誕生日デートです。闇の中に見えたもの。
今は離れちゃったけど。
確かに私の右手は蓮くんの左手とつながれていた。
そっと左手で右手を包み込む。
生ぬるい風がスカートをはためかせる。
夜の海は吸い込まれそうな黒さで。
でも、ところどころ、水面に浮かぶ夜景の星達が闇を和らげているようだった。
辺りは薄暗くて、頼りない外灯が点在しているだけ。
すぐそばにあるレインボーブリッジの方が明るい。
ちかちかと点滅したりして、大きなイルミネーションのよう。
橋の下の向こう。
東京タワーがビルの間にちょっこり見えた。
ここは、お台場の台場にいる。
どうやらここが地名の由来。
物知りな蓮くんが、ここは昔砲台で、外国から江戸の街を守るために作られたんだって教えてくれた。
蓮くんはバッグから三脚を出して夜景を撮るみたい。
私もスマホでパシャパシャ。
画面の向こうはきらびやかな都会の明かりたち。
でもね。
なんかそれどこじゃなくて。
ドキドキはしてるんだけど。
そう。
いきなりつながれた手。
そして、蓮くんの表情と行動が気になってるの。
だって、付き合う約束の条件に入っていた手をつながない。
あれだけ拒んでいたのに何でって。
すっごく嬉しいよ。
嬉しいけど。
それに――
あの何とも言えない顔が頭から離れなくて。
ちょっと、具沢山のお味噌汁みたいに収拾がつかないの。
でも、楽しいのには変わりないんだけど。
何か悩みがあるんじゃないかって。
想っちゃう。
「どう? 撮れた?」
蓮くんは三脚を畳みながら近寄ってきた。
いつもの蓮くんの顔に見える。
「うん。でも、夜景は初めてだから難しいかな」
「そっか」
それから、写真を見せ合いっこして。
でもね、蓮くんの写真。
普通だったの。
きれいだったよ。
でも、蓮くんの優しさがないっていうか。
蓮くんの目を介して見た世界じゃないの。
上手く言えないけど。
何も語りかけてこないんだ写真たちが。
だからか蓮くんも感想を求めてくるようなことはなかった。
どうしたんだろ?
やっぱり何かあるのかなって。
想っちゃうよね。
だから、力になりたいって思うよ。
だって、私は蓮くんからたくさん、たくさん色んなもの貰ってるから。
そして、ご飯食べに行こうってなった。
暗がりが多くて。
足元が芝生と土でちょっとおぼつかなくて。
「掴まってもいい」
私は蓮くんの肘あたりをつまんだ。
「もう掴まってるじゃん」
「へへ」
いつもの声。
変わらない声。
光が届かないとこは真っ暗に近くて。
ざわざわって木が鳴く度に、冷やりとした向かい風が顔に当たる。
私は左手を胸に当てて、小さく息を吸う。
「蓮くん、なんか悩みでもあるの?」
「ん? どうして?」
「どうしてって、さっき私に手を差し伸べてくれた時に怖い顔してた」
怒られるかなって思ったけど。
気になっちゃって。
蓮くんのこと好きだから。
聞いちゃった。
ザー、ザー……
かすかに聞こえる波の音が時を刻む。
「……そうか?」
返ってきた言葉。
少し掠れて鈍い声。
「そうだよ。怖いっていうか哀しいっていうか、上手く言えないけどそんな顔してた。私はここにいるよ、ずっと蓮くんの傍にいるよ」
「……そう、だな」
ピタッと止まった蓮くん。
「大丈夫? 蓮くん?」
「仮に……仮におまえが悩んだりするときどうしてる?」
「え? 私?」
「ああ、例えばの話」
「私は、麻耶とかに相談するかな。あ、でもこれからは蓮くんにも相談することもあると思う」
「そっか……今悩んでることは?」
「今……? 悩んでるというか、その、蓮くんのことだよ……」
「俺のこと?」
「だって、好きだから……かわいいって想ってくれるかなとか、好きって言って欲しいなとか、何か悩みあるのかなとか」
「……そっか」
掠れた声だった。
「蓮くん?」
暗くて表情はさすがに見えない。
あっ。
あの時――
水族館からの夕暮れの帰り道に見せた顔がふいに思い浮かんで。
どっか遠くへ行ってしまいそうな寂しげな顔が。
怒られてもいいから。
私はつまんだ右手を離して腕に沿って――
蓮くんの手を握った。
ビクッて反応したけど。
拒絶はされなかった。
ぎゅっと少し力を込めて握る。
そして蓮くんの方を向いて左手でつないだ手を包む。
「蓮くん、悩みとか不安なこととかあったら話すと楽になるっていうから、私で良かったら話してね」
ザッ、て音がして。
蓮くんが動いた気配がして。
包んだ私の手に温もりが重なった。
「蓮くん?」
その手は震えていた。
「ありがとう、その気持ちだけで十分。いや十分すぎる」
震えた声。
今まで聞いたことない弱々しい声。
「だめだよ。ちゃんと言っていいよ。我慢しないでいいよ」
「……いや」
「いやじゃないよ。蓮くん大好きだよ。……だから、全部、ちょうだい」
次の瞬間。
蓮くんの胸の中にいた。
熱くなる体。
けたたましい心臓。
苦しいくらい。
痛いくらい。
蓮くんの匂い。
髪にかかる吐息。
服越しに伝わる体温と少し早い鼓動。
私は目を瞑って、そっと背中に手をまわしてさすった。
大丈夫だよ。
何があってもそばにいるよ。
そう想いを込めて。
ザー、ザー……
長かったのか。
短かったのか。
蓮くんの腕からゆっくり力が抜かれていって。
解かれた抱擁。
私は蓮くんの腰に手をまわしたまま。
そっと蓮くんの手が私の肩を掴む。
鼓動は収まる気配はなくて。
暗闇に目が慣れてきたのか。
蓮くんの顔は見える。
「ハハ……」
笑った蓮くん。
「俺も橘……おまえのことで悩んでるのかもしれない」
「私のこと?」
「好きだから……」
あっ。
唇に――
柔らかくて。
あったかい。
確かな感触。
蓮くんの服をギュッて握った。
お腹がきゅうってなって。
瞬時に全身を何かが駆け巡って。
熱いのに一段と火照る頬。
膝の力が抜けそうになって。
全身がとろけていってしまいそうで。
うれしさと恥ずかしさと――
もっと、このままでいたいって……
いけないことだけど、もっと、して欲しいって、そう考えちゃった。
そっと吐息と共に離れた温もりの余韻は、私に確かに刻まれた。
「飯、行こうか」
優しい、いつもの。
ううん。
ずっと、ずっと優しい声色。
「……うん」
私の右手は蓮くんに捕まって。
もうずっとこころは蓮くんに夢中。
外灯が増えてきて。
砂浜に戻ってきた。
そっと見た蓮くんの横顔。
微笑んでいた。
瞳が柔らかく光を帯びて。
今が楽しいって。
この瞬間が嬉しいって。
――でも、あんな表情をするぐらい私のことで悩んでくれていたの?
漠然とした違和感があったけど。
グー。
って、鳴った蓮くんのお腹。
ハハって笑って。
「腹減った」
気の抜けたような声。
「うん、私も」
蓮くんの眼差しが私を包む。
私がお腹をさすってみせると。
ニコって咲いた蓮くんの顔に光が当たって消えた。
一瞬の花火みたいで。
きれいで。
見惚れてたら。
右手が引っ張られた。
ちょこちょこと並んで歩きだす。
右手から伝わるぬくもり。
確かめるように力を入れると。
しっかり握り返してくれる。
ほっぺが落ちそうな私。
だって。
好きって言ってくれたし。
それに――
そっと左手を胸に添える。
しちゃったもん。
キス。
こころの奥の奥からわき上がる喜びが私を包んだ。
これが幸せってことなんだよね。
きっと――
お台場の建物たちが満点の星空のようにキラキラして見えた。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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