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【電子書籍化】伯爵様、どうか私を雇ってください!~婚約者を奪った姉を祝福するなんて無理です~  作者: 別所 燈


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35 伯爵夫人になりました 最終話



「奥様、ここの温泉は最高です」

「ネリー、やめてください。今まで通りリズと呼んでください」


 リズとネリーはいま風光明媚な温泉地にやってきている。夫のダニエルはかねてから約束していた温泉地視察に、ネリーとともに連れてきてくれた。北の領地の南部に位置し、唯一温暖な地区だ。過去の武勲で国王陛下から賜った土地らしい。


 彼が、ここを観光名所にしたいと望んでいるのも分かる。景色も温泉もとても素晴らしい。ネリーも随分と膝が楽になったようだ。


 しかし、ここに来るまでの道がほとんど整備されていない。起伏にとんだ地形、でこぼこの道に馬車は揺れた。しかし、すももやリンゴの木々は花盛りで花びらが沿道を舞うさまは秀麗だった。


 もちろん、遊ぶだけでなく、伯爵夫人として挨拶もこなし、住民の話に耳をかたむけた。ダニエルによると住民の理解と協力が大切だそうだ。

 

 空いた時間に、ネリーと二人でひなびた街をそぞろ歩いた。


「そうえば、ネリー、アーノルドが時々、旦那様を『ならずものの頭目』と呼ぶのだけれどどうしてでしょう?」

「そりゃあ、農場の荒くれ者たちを束ねているからでしょう?」

「あらくれもの……それでは私も一度、農場に挨拶に伺わねばなりませんね」


 彼らはリズを実家から救い出すために、ダニエルに協力してくれていた。


「ああ、そりゃあダメだよ。リズ、あんなとこにいっちゃいけないよ」


 ネリーに母親のように諭された。夫人になってもグレイ家の農場には連れて行ってもらえないようだ。




 その後視察を終えた一行は一路王都に向かう。ウォーレン伯爵家の夜会に招待されているのだ。ダニエルは面倒くさがっていたが、自分の父親の例もあるので、社交シーズンには、何度か参加しようとリズと決めた。


 夫は忙しいので、リズはネリーと二人で、久しぶりに王都を散策した。ここにはいい思い出はないが、立場が変わり、グレイ伯爵夫人として訪れると、また感慨深いものがある。


 いつの間にか、ダニエルからは外出禁止令が解かれている。実家が今どうなっているか気になった。攫われたのは一年ほど前だ。


「ネリー、実家が気になるの。遠目でもいいから、見てこようと思うのですが」

「まあ、奥様、おやめになったほうが」

「ネリーったら、またそんな他人行儀な口を」


 するとネリーはいつもの口調に戻る。


「ふう、リズ、私は感心しないね。でもどうしてもっていうんなら、ついて行くよ」


 ネリーの言葉に甘えて一緒に行ってもらうことにした。ダニエルに聞いてしまえば、早いのだが、なんとなく怖い。


 だんだんと見知った場所に近づいていく。下位貴族の住む街に入った。


 街角から、実家をそっと覗く。古びていた玄関は新しいものになり、小さな屋敷は玄関先に花を植え、小ぎれいになっていた。外観からは前よりも裕福になっていることがうかがえる。どうやら家族は幸せに暮らしているようだ。


 すると往来から馬車が入ってきた。リズの生家の前で止まる。中から立派な紳士が出てきて、玄関にそのまま吸い込まれていった。


「あら、お客様のようね」

「そうですかね? そうは見えませんが……。奥様、ちょっとこちらでお待ちください」


 そうリズに声をかけるとネリーは止める間もなく、すたすたとアーデン家に向かっていった。家の前で止まっている馬車の御者に何か尋ねている。

 しばらく話した後、彼女が複雑そうな顔でリズの元に戻って来る。


「ねえ、リズ、あそこにはアーデンって名の貴族は、住んでいないよ。あそこはしばらく空き家だったらしい」





 その夜、王都の拠点として、購入したばかりのグレイ家のタウンハウスで、リズはそわそわしながら、ダニエルの帰りを待った。


「ただいま、リズ」


 サロンに入ってくるなり抱きしめられ、リズは真っ赤になる。まだ新婚なのだ。


「ご主人様、ちょっとお待ちください」


 その言葉にダニエルが不満そうに呻く。


「ご主人様はないだろ」

「……ダニエル様」


「リズ」


 名を呼ばれ、またぎゅっと抱きしめられる。ダニエルは上手い言葉をかけてくるわけではないのに、愛情表現がとてもストレートで、リズはそれに戸惑い、いつもどきどきしてしまう。


「あ、あのちょっとお待ち下さい。お聞きしたいことが」

「何?」

「うちの実家の事で」

「うちの実家ってどこだよ」


 途端にダニエルが不機嫌そうな声をだす。


「元実家です」


 慌てて言い添え、今日の昼の出来事を話した。


「リズは追い出されてひどい目に合わされた家がまだ気になるのか?」


 ダニエルが呆れたようにいう。


「いえ、どこに行ってしまったのかと……」

 

「大丈夫。みな生きているよ。あそこの屋敷を維持できなくなってもっと安い家に引っ越しただけだよ。もう、あの家のことは忘れろ。ついでに、リズの元婚約者は地方に飛ばされた。うちの領地より僻地らしい」


 そんなことになっているとは思わなかった。きっと、もう会うことはないだろう。しかし、皆が無事ならば……。

 




 ダニエルは事実を隠していた。


 エリックは汚い手を使って、雇用主であるグレイ伯爵家から彼女を攫ったのだ。許されるわけもなく、実家から籍を抜かれた。彼はもう貴族ではない。その後、懲罰人事で遠く不毛な土地に開拓団の世話役として送られた。もう、帰って来ることはない。


 

 アーデン家はリズが来てから半年が過ぎたあたりから、グレイ家に度々金を無心してくるようになった。リズの為と思い時折金を包んでいたが、足りないと要求が大きくなり、更にはリズの王都への里帰りを要求してきたので、突っぱねた。なにより彼女が王都を嫌がっている。

 すると今度はリズが攫われてしまったのだ。


 彼女をアーデン家から取り戻したあと、彼らは娘がグレイ伯爵に攫われたと被害者面をした。しかし、こちらにはリズの雇用契約書がある。彼女を渡す気など更々ない。


 やがて業を煮やしたアーデン家がリズの籍を抜くといい始めたので、これ幸いと利用させてもらった。あとから、籍を抜く話はなかったことにしてくれと泣きついてきたが、もう聞く耳はもたない。腹立たしい事に、彼らにとってリズは金づるでしかないのだから。


 結局、彼らは身の丈に合わない贅沢をし、先祖の遺産を食いつぶし、最後は借金で首が回らなくなった。国に居られなくなり、国外に逃亡。それによりアーデン男爵家は跡形もなく消え失せた。

  

 こちらが制裁を加えるまでもなく、彼らは自滅したのだ。


 もし国に帰ってくれば、借金を踏み倒した彼らには苦役が待っている。今まで遊んでいたぶん、苦労すればいい。彼らは礼を欠き、働きもせず、リズを売って楽に金を得ようとしていたのだから。

 それ以前に親戚にも縁を切られている彼らが、国外で生きていける術があるのかもわからない。


 アーデン家と縁が切れ、領地も落ち着きをみせてきたので、勇気をだしてリズに結婚を申し込んだ。 

 

 人が良く責任感の強いリズが、この事実を知ったら、アーデン家の力になろうとするかもしれない。彼女にはしばらく知らないままでいてもらおう。いや、できればずっと。



 幸いウォーレン伯の夜会の招待客には、グレイ伯爵夫人エリザベスを前にこのような不躾なことを話題にする者はいない。




 リズは十八歳で、片道の旅費しか持たず、たった一人で北の領地にやってきた。どれほど寂しく心細かっただろう。


 初めて会ったあの日、彼女は屋敷の正面玄関をしつこくノックしていた。この田舎にはあれほどせわしなくノックする者はいない。何事かと顔を出す。


 その時、きらきらと輝く金糸の髪に深いエメラルドの瞳をもつ美しい彼女が弾かれるように振り返る。どんよりとした救いのない北の大地に天使が舞い降りたのかと思った。


 気が動転して、つい乱暴で無礼な口を利いてしまった。さぞかし驚いたことだろう。かわいそうなことをしてしまった。その後もどんな言葉をかけたらいいのかわからない。彼女のはきはきとした、それでいて丁寧な言葉遣いに上手く答えられなかった。どう接したらいいのだろう。


 しかしそのうち、農場からリズのいる屋敷へ帰るのが楽しみになっていった。彼女は先に休んでいる様に言っても、夕餉の支度をして待っていてくれる。「今帰った」と声をかけると温かい笑顔とともに出迎えてくれた。優しく親切で、穏やかなリズ、美点を上げればきりがない。いつのまにか彼女が存在しない生活など考えられなくなっていた。


 



 ♢





 次の日、いよいよ夜会デビューとなった。リズはドキドキしていたが、ダニエルは意外に落ち着いていて、社交慣れしているかのようにみえる。

 

 なぜそんなに冷静でいられるのかと夫に聞くと「リズとはくぐり抜けてきた修羅場の数が違うから」と言って苦笑した。


 エスコートされウォーレン伯爵邸の立派な屋敷に入る。鏡張りの壁にキラキラと輝くシャンデリアに圧倒され、ぎゅっとダニエルの手を握ると当然のように握り返してくれる。微笑まれ胸が高鳴った。そして隣に立つ彼の存在に安堵する。


 主催者であるウォーレン伯爵に無事挨拶が済み、ほっとしていると若い貴族夫人たちから声がかかった。


「リズ、久しぶり」


 彼女達は口々にいい、ぎゅっとリズを抱きしめてくる。


「あなたの事とても心配していたのよ。突然音信不通になってしまって」

「良かったわ。ほんとうに素敵な旦那様ね」


 皆学校へ通っていたころの友達だ。


「ありがとう。皆久しぶり」

 

 独りぼっちだと思っていたのに、彼女たちはリズが来るのを待ち構えていたようだ。皆あの頃よりも落ちついて綺麗になっている。


「奥様、自領の売り込みよろしく」


 そう囁いてダニエルがほほえむ。


「はい、お任せください」


 リズの伯爵夫人としての新しい人生が動き始めた瞬間だった。








Fin


読了ありがとうございました。感想・評価・ブクマ・誤字脱字報告感謝です!

応援くださった皆様のお陰で

『伯爵様、どうか私を雇ってください!~婚約者を奪った姉を祝福するなんて無理です~』

が電子書籍化です!!

アマゾナイトノベルズ様より4/21(木)から配信です!

書下ろしは二話です。

『その後のアーデン家(リズの実家)がどうなったのか』気になる方、『リズとダニエルの後日談』が気になる方はぜひ!!

挿絵(By みてみん)

そして美麗な表紙はなんと八美☆わん先生ですヤッタ━━━ヾ(*≧∀≦*)ノ━━━!!!実はだいファンです!大好きです。

舞い降りた天使のようなリズに、ダニエルです!!



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