14 必要のないこと
家に着くと、彼が待っていた。
「おはようございます。散歩ですか?」
「うん。朝の散歩は気持ちがよくていいね。」
「それは良かった。朝食はまだ済んでいませんよね?」
「まだだよ。」
「今日は、庭で食べませんか?ハンバーガーを買ってきたので、一緒に食べましょう。」
「ありがとう!」
この家は、広い庭まである。色とりどりの花が植えられた庭には、お茶をするような場所まであり、そこを使うのは今日が初めてだ。
紙袋をテーブルに置いた彼は、照り焼きと海老カツ、普通のと野菜バーガーがあると言ったので、海老カツをもらう。
「1個でよろしいので?」
「2個欲しいな。あなたは何が好き?」
「僕の好きなものは、あなたです。」
「え?」
驚いて彼を見れば、彼は真顔だった。冗談とかではない様子に、私は何も答えることができない。
「・・・どうかしましたか?」
「え、いや。」
それはこっちのセリフだが、彼は何もなかったかのように、もう一度何がいいかと聞いてきたので、野菜を選んだ。真意を問う勇気はない。
「ありがとう。」
「いいえ。飲み物は、ウーロン茶を買ってきました。どうぞ。」
準備が整って、彼も私も席に着いた。
「いただきます。」
「召し上がれ。」
海老カツを一口食べて、ウーロン茶を飲む。そんな様子を彼はじっと見ている。
「どうしたの?」
「ウーロン茶は好きですか?」
「え、普通かな。でも、ご飯食べるときは甘いものより、こういうのがいいよね。」
「そうですね。」
「・・・」
「・・・」
なんだろう、今日は気まずい空気が流れている。今までこんなことなかったのに。
彼の様子を見れば、食はあまり進んでいないようだった。やたらと飲み物を飲んでいる様子は、落ち着きがないように見える。
「何かあったの?」
「・・・少し、聞きたいことがありますが、聞いていいのか悩んでいます。」
「別にいいよ。何でも聞いて?」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが・・・いえ、ここまで言ったのです。聞くことにします。」
「うん。」
改まって何を聞かれるのかわからないが、自然と背筋が伸びた。
「高校生の頃は、何部でしたか?」
「帰宅部。」
「中学生は?」
「帰宅部。」
「・・・なぜ、部活に入らなかったのですか?」
「え、それは・・・」
人と関わりたくなかったから。
「・・・なんでだろう?」
なぜ、人と関わりたくなかった?
「では、今までで一番仲の良かった友人は?」
「仲が良かった子か。あまり友達はいなかったし、みんな付き合いが浅かったんだよね。中高共に・・・今もだけど。そうだね、小学生の時はいたかも。」
顔は思い出せないけど、優しい声だけは思い出せる。一緒に鬼ごっこをしたりはしなかったけど、話しはたくさんした。
「よく覚えていないけど、すごく優しい子だったよ。」
「そうですか。では、小学校の思い出はありますか?」
「思い出・・・」
どんな小学校生活を送っていたか?なぜか浮かばない。
「小学校での思い出なんて、昔すぎて思い浮かばないけど・・・仲のいい子と話をたくさんした気がする。顔は覚えてないけど、たくさん話したから声は覚えているんだよね。今どうしているのかな。」
顔も思い出せないその子は、なぜか中高では付き合いがなかった。だから、その子が今どうしているかは全く分からない。
「・・・大体わかりました。」
「何が?」
「・・・あなたが、忘れっぽいということをですよ。」
「な、確かに覚えていないことは多いけど・・・それは、きっと必要のないことだからだよ!忘れるのは脳の正常な機能っていうから!忘れっぽいのが悪いわけじゃないよ!」
「必要のないこと・・・」
「どうかした?」
「いえ、そうですね。必要のないことは忘れるのが一番です。必要のない記憶のせいで、大切ことを記憶できなければ意味がありませんからね。」
「まぁ、そうだね。」
「この楽園島で、楽しい思い出を一杯作りましょう。そして、必要のないことは、さっぱり忘れて、幸せになりましょう。僕も、あなたも。」
「なんだか、それはそれで怖いよね。」
辛いも苦しいもないのは、危険な気がする。幸せだけなのは、幸せを普通にしてしまうだろう。それは、残念なことだと思う。




