12 慣れ
「姉ちゃんってさ、最近ここに来ただろ?」
「うん、よくわかったね。」
私はそう答えて、持っていた紅茶に口を付けた。まだ一口も飲んでいなかった。紅茶のほのかな甘みでほっとする。
「わかるよ。だって目がキラキラしているから。」
「え?」
そんなに目を輝かせていたのか。ちょっと恥ずかしいが、こんなに素敵な場所にいれば、それは仕方がないことだろう。
「楽園島に来て最初の頃は、大体の人が目を輝かせているんだ。でも、ここで生活しているうちに慣れてきて、どんなに素敵な場所でも、それは日常の一部でしかなくなる。」
少年は、つまらなそうにあたりを見回した。私も同じように見回すが、きっと少年と違って、楽しそうに見ていると思う。自然と頬が緩む。
「俺も、昔は姉ちゃんと同じだった。」
私が少年を見ると、少年はこちらを見つめていた。
「何もかも輝いて見えた。木も草も花も・・・どれも輝いていて、もっと見たいと、ずっと見たいと思っていた。」
「今は思わないの?」
「・・・特に何も思わないかな。」
「そう。」
私もいずれそうなってしまうのだろうか?それは、とっても残念なことだと思う。こんなに素晴らしい景色に、感動できなくなるのだから。
「小さいときに、俺はここに来た。俺は、その時両親とはぐれて、迷子になったんだ。」
「君は、よく迷子になるんだね。」
「・・・それでな、その時にも誰かが声をかけてくれたんだ。それが、不思議と姉ちゃんに思えるんだけど、覚えは・・・あるわけないよな。最近ここに来たのだから。」
「うん、ないかな。」
「だよな。」
少年は、コーヒーを飲み干した。私も紅茶を飲んで、公園に咲く花を眺める。
「姉ちゃんは、本当の楽園の話は知っているか?」
「本当の楽園・・・あぁ、船に乗っていく場所だよね。」
彼が公園の塔の上で話してくれたことを思い出す。港にあるひときわ大きな船で行くという、楽園。今私たちがいるのは、偽りの楽園だ。
「そう、それ。姉ちゃんはそこに行ってみたいと思う?」
「私は、ここがいいな。行かないでって言われているし。」
「ふーん。」
「君はどうなの?本当の楽園に行きたいの?」
「俺は・・・行きたいと思わない。でも、父さんや母さんは行きたいみたいなんだ。」
「・・・ついていくの?」
「・・・」
少年は、少し悩んだ後、口を開いた。
「姉ちゃん、あの日さ。姉ちゃんと会った日だけど、実は置手紙があったんだ。」
「置手紙?」
「そう。父さんたちから。本当の楽園に行くって・・・別れの言葉が書かれていた。」
「それは・・・」
ひどい話だと思う。少年の様子から、突然そういうことになったのだろう。少年に何の相談もなく、別れは置手紙、どれだけ彼は傷ついただろうか。
でも、結局少年の両親は、本当の楽園に行かなかったようで良かった。
「ごめん。気を遣わせて。いいんだ、俺は本当の楽園に行きたいとは思わないから。きっと、誘われても行かなかったから、いいんだ。」
「でも、相談くらいしてくれてもよかったよね。」
「だよな。」
苦笑する少年に、私は気の利いた言葉一つ掛けられなくて悔しい。何とか元気づけたかったが、私にそれは出来そうにない。




