OutputFile_003:パッチ適用の完了と、新しいエラーの予感
「だが、余計なパケットを流すなよ」
「ははっ、善処するわ」
一也との飲みニケーションを終え、新橋の雑踏を一人で歩きながら、俺ーー三本木徳大はポケットに手を突っ込んでふうっと白い息を吐いた。20年来の相棒が、まさかあんな不器用で甘酸っぱい恋愛をすることになるなんてな。20代の頃は「こいつは一生、サーバーと結婚するんだろう」と本気で思っていただけに、人間ってやつはいくつになっても何が起きるか分からない。
だが、これで一件落着、とはいかないのが現実のインフラ保守というものだ。
「交際スタート」という新しいフフェーズに入ったからといって、一也のようなガチガチのレガシー人間と、25歳の今風なギャルが、いきなり完璧に同期できるわけがない。
事実、翌週からフロアのあちこちで、その「世代間ギャップという名のシステムエラー」の片鱗が観測され始めていた。
ある日の昼下がり。
俺がインフラチームの自席でコーヒーを飲んでいると、少し離れたカスタマーサポートの島から、なにやら聞き覚えのある高い声が聞こえてきた。
「だからぁ!御八代さん、LINEの返信が固すぎるんですよ!『本日の業務もよろしく頼む』って、ここは会社のエントランスかー!」
「……っ。それはですね、三神さん。非同期通信における要件定義がだな……」
チラリと目をやると、一也が自分のデスクの端で、両手を少し挙げてタジタジになりながら三神さんに説教(?)を受けていた。
普段、若手エンジニアや他部署の管理職を論理の暴力で完全沈黙させるあのインフラの神様が、ピンクのデコネイルを揺らす25歳のギャルにタジタジである。
周囲を通る社員たちは「あの鬼の御八代さんがタジタジだぞ……」「相手、あの三神さんだもん無理だよ」とひそひそ笑いながら通り過ぎていく。
「……おいおい、大丈夫かよ」
思わず苦笑しながら見守っていると、一也と目が合った。あいつは助けを求めるような、しかしどこか嬉しそうな、極めて複雑な顔でこちらをチラッと見た。
ーーいや、俺に助けを求めるな。お前の恋愛のバグは、お前の手でデバッグしろ。
そう心の中でツッコミを入れながら、俺はコーヒーを一口啜った。
だが、不思議なことに、以前の殺伐とした一也のデスク周りとは明らかに空気が違っていた。殺風景だった一也のディスプレイの脇には、いつの間にか、三神さんからもらったらしい、可愛いうさぎの小さなマスコットがちょこんと置かれている。あれほど「無駄なアクセサリはシステムに不要だ」と豪語していた男が、である。
完全に、骨抜きにされている。
「……ま、いっか」
俺はデスクの上のノートパソコンを開き、未読になっていた社内システムの保守レポートに目を戻した。
20年前、俺たちは「機械のことはお前が守れ、人間のことは俺が守る」という約束を交わした。その役割分担は今でも変わらない。一也はこれからも、社内の重要インフラを守り続けるだろう。そして、その不器用な心を守るための「人間関係のセーフティネット」は、いつだってこの俺が裏から張ってやる。
彼女の名前は、三神ミソラ。
冷え切ったレガシーシステムに突如として侵入した、熱くて甘い、最高に厄介で最高な特異点。
「さてと……」
俺はキーボードを叩き始めながら、小さく呟いた。
「次に一也がどんなヘマをやらかすか、せいぜい特等席で観覧させてもらうとしようか」
ガード下の赤提灯から始まった、不器用なオジサンの初恋物語。
その裏側で、俺という名の監視サーバーは、今日も元気に正常稼働を続けている。
ここまで『管理者の憂鬱と、鉄壁のデバッグ手法 ~オジさんに恋した三神さん 裏側編~』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
本編では描かれなかった、45歳のインフラチーム課長・三本木徳大の視点から、御八代とミソラの恋の裏側(暗躍と苦労)を描いた全3話のスピンオフ、いかがでしたでしょうか。
20年前のサーバー室での誓いから始まり、不器用な親友の初恋をあの手この手で(勝手に)アシストしてきた三本木。
「機械のことはお前が守れ、人間のことは俺が守る」という二人の熱いブロマンス(友情)の裏に、あんな泥臭い「外堀埋め立て工作」や「ジャケットの強制購入」があったんだなと、クスッと笑っていただけたら幸いです。
本編のミソラ&御八代カップルとはまた違う、オジサンたちの渋くて少しおバカな日常もお楽しみいただけましたでしょうか?
もしよろしければ、本編とあわせて評価やご感想を頂けますと幸いです!
(※本編がまだ未読の方は、ぜひプロフィール欄やリンクから『オジさんに恋した三神さん』もよろしくお願い致します!)




