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第十三話:危機回避

 足取り重く学校へと向かう。

 本当なら学校に行く気など起きないのだが、女々しいと言うか往生際が悪いと言うか、今だミカと分かれるという事に未練たらたらなのだ。


 そして、とある曲がり角。

 その角を曲がった所で、たった今、オレが未練たらたらだと言ったミカ本人が現れた。

 向こうも此方に気付いたようで、しっかりと目が合うのが判る。


 ドクンと心臓が跳ねた。


 いつもなら重そうに手から提げている重箱のような弁当が無かった。

 つまりはそういう事。

 もうオレに弁当を作る気が無いという事だろう。


 その事を苦々しく思いながら、それ以上ミカを見ている事が出来ずにオレは顔を背け、学校へと急ぐ。

 早くこの場から離れたくて、ずんずんと進んでゆくと、前方に見覚えある外人が立っている事に気付いた。


 あの金髪執事ヤローだ。


 奴はオレの姿に気付いたのか、此方を見ると口の端を上げる。

 奴の余裕な態度はオレの神経を逆撫でするものだったが、ここで奴に殴り掛かったりでもしたら余計に奴を喜ばせてしまいそうで、すぐに奴から顔を背けた。

 そして、オレも無言、奴も無言ですれ違う。


 きっと奴はミカを待っているんだろう。

 そして仲良く朝の挨拶を交わし、手でも繋ぐのか?

 いつもオレとミカがしていたみたいに……。


 ………。

 すっげー面白くねぇ。

 チッ、やっぱそう簡単に割り切る事なんて出来ねーよなぁ……。


 ハァと溜息をつきつつ、校門に差し掛かってきた時だった。

 またもやオレの前方に、見覚えある人間が居た。


「………」


 何でここを卒業したヤローがここに居るんだ……。

 今は大学生になった筈だろーが……。


 そいつはオレを見つけてニヤリと笑って、掛けている眼鏡をクイッと上げる。


「如月呉羽、一人で登校か? 一ノ瀬さんはどうした?」

「………」


 この笑顔を見れば、こいつが何かしら知っているという事は明らかである。


 と言うか、こいつに垂れ込んでるのは誰なんだ!?

 いくらなんでも、昨日の今日で知ってるのっておかしくねーか?


「フフッ、どうやら君達が喧嘩をしていると言うのは本当らしいな。大方、一ノ瀬さんが君に愛想を尽かしたんだろう」


 ああ、そうか、流石に別れたというのはこいつも知らなかったか。

 それにしたって、こう情報が早いのはどうなんだ?


「ああ、そうさ! 俺には最初から分かっていたとも! 一ノ瀬さんに相応しいのは如月呉羽、お前じゃない! この俺、大空竜貴だ!」

「朝っぱらからウルセーんだよ。少しは黙れ、このアホが」


 こいつ相手に突っかかるのも面倒だ。

 そう思って無視を決め込むつもりだったが、思わずといった感じで出た言葉は、自分の思った以上に低く、苛立ちを含んだものだった。


 まぁ、今更言い直す気も、こいつに気を遣うつもりも無いけどな。

 つーか、寧ろこいつで今直ぐ憂さを晴らしたい気分だな……。


 そんな、オレから漂うただならぬ黒いものに気付いたのか、目の前の元生徒会長は、だらだらと汗を流し、おどおどとし始める。

 やはりこいつはヘタレだ。


「そ、そんな風に脅したって無駄だぞ! 君は一ノ瀬さんに相応しくない!」

「あー、そーだな……」

「な、何だその目は! そんな風に睨んだって、お、俺は怖くないぞ!」


 目線を下に向ければ、足が震えているのが見えた。


 ああ、やっぱりヘタレだ。

 誰がなんと言おうと紛う事無きヘタレだ。


 これ以上は時間の無駄と、オレは一歩前に出る。

 途端にズザザッと後退る元生徒会長に呆れながら、オレはその脇を通った。


「……ミカの事はオレにはもう関係ない。あんたが何しようがあんたの勝手だ。

 だけど生憎だったな。

 もうミカには相手が居るみたいだぜ?」

「はっ!? な、何だって!? それは誰だ!?」


 オレが親切にも言ってやれば、元生徒会長は怖がっていたのが嘘のようにオレに詰め寄ってくる。

 オレはそんな奴に向かって、黒い笑みを作りながら教えてやる。


「あの金髪執事だよ」

「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」

「じゃあな」


 真っ青になる元生徒会長をその場に残し、オレは先を急いだ。


 この元生徒会長は、今まで散々あの金髪執事にお仕置きと称して色々な恐ろしい事をされていたらしいからな。

 奴に対してトラウマになってしまっているのかもしれない。

 そうだとしても、毎回懲りずにミカの前にやってきてたのには関心すっけど。



 そうして学校の門が見えてきた頃、オレは背後に気配を感じ、ハッとして振り返った。


「っ!!」


 かなりビビった。

 恐ろしく綺麗で整った顔をしているが、だからこそ眉間にこれでもかと皴が寄っていると、とてつもなく怖い。

 銀縁の眼鏡の奥から、鋭く切れ長の目がオレをじっと見下ろしている。


 確かこいつはミカのクラスの担任の福山……。


 何でオレをじっと見てるんだ?

 つーか何で怒ってるんだ?

 オレ、何かしたか?


 そんな止め処なく溢れる疑問を余所に、福山はクイッと眼鏡を上げると、口の端も上げ、ニヤリと笑った。


「っっっ!!?」


 オレはピシリと固まってしまう。


 何つーこえー顔で笑うんだよ!!

 本当にオレ、何かしたのか!?


 オレがビビっている事に気付かないのか、福山は懐を探ると、オレに茶封筒を差し出してきた。


 あ? 何だこれ?


 思わず受け取ってしまうと、福山は一言。


「餞別だ……」

「は?」

「礼はいらない……」

「え!? ちょっ――」


 福山は満足そうに頷くと、颯爽と去っていった。


 って、餞別って何のだ!?

 オレがミカと別れた事への餞別か!?

 つーか、何で一教師が生徒のンな事知ってんだよ!?

 ハッ! もしかして、奴もミカ狙い!?


 オレは頭の中で悶々と考えながら、手元の封筒を見やる。

 飾りっ気も何も無い、何の変哲もないただの茶封筒だ。

 軽いが、何かやばい物が入ってそうで、試しに日に透かしてみる。


 四角い薄っぺらい何かが入っている。


 オレは意を決して中身を取り出した。


「………」


 オレは無言でそれを見つめ続けてしまう。

 何というか……ふかふかのクッションに、真っ白い猫が腹を上にして伸びをしている写真であった。


「な、何なんだ……?」


 わっかんねー! 全然分かんねー!

 一体何の意味があるってんだよ!!


 心の中で叫んだ所で解決する訳も無く、オレは諦めて学校へと入って行くのだった。



 ++++++++++



「やあ、おはよう! いち――ガフッ!」


 私は靴を脱ぎ、思い切り振りかぶっていた。


「ハッ、いけない! 靴の中の砂を取り除こうとしたら、うっかり手を滑らせてしまったぁ!!」

「えぇ!? 何か思い切り狙いを定めてたような……」

「随分しつこい砂だったんだな」


 大きな山を越えたと思ったら、予想外の山が聳え立っていて吃驚です。


 私の目の前には、この学園を卒業したはずのチェリーボーイな元生徒会長、嘘吐き棚上げ男――基、大空竜貴が居た。

 彼は私を見つけると、徐に懐からロープを取り出し、微笑みの貴公子よろしくな笑顔で、私に駆け寄ろうとしたのだ。

 しかも、「一ノ瀬さん」とはっきり言おうとするものだから慌てまくってしまった。


 まぁ、口にする前に、こうして撃沈させたけど……。


 しかし、所詮は靴。

 大したダメージも与えられず、すぐさま復活する大空元会長。


 イカンです。このままでは後輩二人にバレてしまいます!


 もう片方の靴を脱ごうとした時、私の隣を物凄いスピードで駆け抜けてゆく影があった。


 ああ、今の影。金髪に燕尾服を着ていたような……って、吏緒お兄ちゃんです!


 完全復活した大空元会長は、いつの間にやら目の前に立っている金髪執事に顔面蒼白になる。

 そして叫ぶ。


「し、執事! 何故目の前に……って事はやっぱり、一ノ瀬さんの新しい相手ってのは本当だったのか!」


 ………チーン。


 はい? 新しい相手?

 一体何の事ですか?

 相手って、何の相手だろ?


 うーんと首を傾げている私に、大空会長は視線を向けてくる。


 ハッ! いけない! このままではまた名を呼ばれる!


 と思ったのだけれど、その前に吏緒お兄ちゃんがむんずと彼の顔面を掴むと(眼鏡を掛けているので顔の下半分)、ずりずりと何処かへと引きずって行ってしまったのだった。


 ……ああ、あれって息出来ないっぽいね……。

 哀れナリ、大空元会長……。


「な、何だったんだろう……」

「なぁなぁ! 今の外人、すげー速くなかったか!? 先輩とどっちがはえーかな!? それにすげーバカ力だし! みこととどっちが強いかな!?」

「ないよ? そんなキラキラとした目で期待されても、あの人と勝負なんてする事無いんだよ、元気……」

「私も、り――あの人とは勝負なんてしないからね?」


 思わず吏緒お兄ちゃんと言いそうになりながらも、きっぱりと否定する私。

 元気君は「そっか……」と酷くしょんぼりとした。


 ああ、なんか垂れ下がる耳と尻尾が見えるようです……。

 やはり、でかいわんこにしか見えませんね……。


 何だか頭を撫でてあげたくなった。


 ハッ! イカンイカン!

 撫で撫でするのは、萌えきゅんした呉羽だけであります!

 はうっ、暫く呉羽萌えしてないな……。


 何て事を考えていると、みこと君が此方を振り返った。


「あの、先輩? さっきの金髪執事に連れてかれた眼鏡の人って誰なんですか?」

「チェリーボーイ棚上げ嘘吐き男です」

「……はい?」

「元生徒の長です」

「お、おさ?」


 物凄く難解な顔をするみこと君。

 元気君はというと、パッと顔を上げ、


「ヤベッ! 今日おれ日直だった!」


 そう叫んだかと思うと、


「じゃあ先行ってるな!」


 とさっさと走って行ってしまった。

 そんな彼の背中を私とみこと君は見送る。

 そして私の隣で、みこと君がポツリと言った。


「先輩っていい人でしょう」

「は? 何をいきなり?」

「いや、元気って実はああ見えて人見知りが激しいんですよ」

「えぇ!? 見えない!」


 寧ろ初っ端から親しく話しかけてきたよ!?


 吃驚する私にみこと君は更に言った。


「そんな元気があんな風に打ち解けてるって事は、先輩がいい人って証拠です。あいつが仲良くなる奴は大抵。

 あいつ、そういうの嗅ぎ分けるのが上手いんですよ。もう何というか野性的直感というか、犬並みの嗅覚というか……」


 ああ、元気君わんこですもんね。

 言い得て妙です。


 私はフフッと笑うと、みこと君を見下ろした。


「じゃあ、みこと君もいい人って事だね」

「え!? 俺……いや僕は……」


 みこと君は真っ赤になってもじもじとしている。


 かーわいいなぁ、もう。

 でも、あれ? 今俺って言って僕って言い直さなかった?

 うーん……ま、いっか。可愛ければそれで♪


 私は暫し、その可愛い仕草で癒されていたのだった。




「おはよう御座います、カーリー」

「………」

「あれ? カーリー? おはよー、聞こえてますかー?」


 教室に入って、いつもの如くカリカリと机に向かって問題集と睨めっこをしているカーリーに、朝の挨拶をばと声を掛けたのだが、彼は此方を見る事もせずに黙々と問題を解き続けている。

 よもや集中していて聞こえないのかと思ったのだけれど、此方をチラリと見ても黙って続きをしているカーリーに首を傾げた。


 あうっ、どうしたんでしょうか?

 いつもならここで突っ掛かってくる筈なのに……。


「カーリー、何かあったんですか? どこか具合でも?」

「別に……至って健康だけど?」


 あ、話しかけてくれた。


「そうですか、良かった! でも全然挨拶を返してくれないんで嫌われちゃったかと思いましたよ!」

「元より僕は君が嫌いだけど?」

「またまたぁー、カーリーがツンデレなのは分かってますから!」

「………」


 カーリーはまたも無反応であった。


「あれ? ツンでもデレでもない、オールマイティ無関心だーって言わないんですか? あ、実は昨日使ったので……はい、20円」


 実は昨日父に向かって早速使わせてもらった。


 いやぁ、なんかしつこくバニーガールの格好をさせようとするんだものな。


『ミカたんの網タイツが見たいんだー!』


 と叫んで……。

 断り続ける私に、父は『ミカたんはツンデレっ子だもんなぁ』とか言いやがるから、早速カーリーの20円ギャグを使わせてもらったのであります。

 ウフフ……父、大口開けて酷くショックを受けた顔してましたねぇ……。

 その後、『酷いやミカたん!』とか言って、いつも母が使う小鳥の小部屋に閉じ篭ってしまいましたが、特に誰も……母でさえも扉を叩いて呼ぼうとしなかった。

 というか、私が手作りのケーキを出したので、夢中になって食べていたのですけど、母が珍しく面白話をしてきたので一緒に食べながら大盛り上がりしていたら、いつの間にか父が背後に立っていて、えぐえぐと泣きながら、


『俺が悪かったです。仲間に入れてください……』


 と言っていた。

 何だか可哀想になってきたので、ケーキを出してあげると、グスグスと鼻を啜りながら大人しく食べておりました。

 内心「小学生か!」と突っ込みを入れていましたが、敢えて生温かい目で見守ってやりましたとも。 


「いやぁ、結構使い勝手がいいですねぇ。特許とったら如何ですか?」


 等と言いながら20円をカーリーの机の上に置く。

 褐色のコインがチャリンと音を立てて転がった。

 すると、カーリーがカリカリと動かしていたシャーペンがピタリと止まり、芯がブツッと折れた。


 おおぅ、微細にバイブレーション……。


 彼の額には青筋が浮かんでいるように見えた。

 しかし、カーリーはゆっくりと息を吐き出しながら、搾り出すように言葉を発する。


「ふ、ふん、ここで君の怒鳴りつけた所で、僕がバカを見るだけだからね。それにもう直ぐテストも控えているし、君に構っている暇も無いんだ。その時、改めて君の実力を見せてもらうとするよ」


 こめかみを押さえながらカチカチとシャーペンの芯を出して、一度私を見てから再び問題を解き始めるカーリー。

 その際、私を見る彼の目はとても挑戦的で、ほんの少し怖かった。


「あうっ、そんなに睨まなくても……あ、でも。実力というほどのものかはわかりませんが、次のテストは満点採りますんで……」

「はぁ!?」


 カーリーが目を吊り上げた。

 と言うか、周りの空気が変わった。

 カーリーだけではなく、他の生徒達も私をなんだか睨んでおります。


 おおぅ、こ、怖いであります!


 思わずガクブルと震える私に、カーリーは言った。


「それは僕に対する挑戦状か。ふん、分かった……受けて立ってやる」


 のえぇぇぇ~!? いつの間にやら私、挑戦状を叩きつけた事になってるよ?

 と言うか、他の人たちも挑戦的な目つきになってるし!

 あぅぅぅ~……折角まぶダチに一歩近付いたと思ったのに……。


 その後、いつにも増して教室内のカリカリ音が半端無かったです。





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