第十四話:おせっかい
『突如集められた何の接点もない男達三人。
そこは険しい山の頂上に建つ不可思議な洋館。
誰が何の為に建てたのか。
その洋館の主は誰なのか。
何故彼らは集められたのか。
まるで迷宮のような洋館の中、彼らは一枚の写真を見つけた。
それは仲睦まじい一組の家族の肖像。
そして、その写真を見つけた事から、物語は意外な展開を見せてゆく。
そして、また新たに現れた、彼らとは別の男達の存在。
謎の女の出現。
その女の背には美しい蝶のタトゥーがあった。
果たして、彼女は誰なのか!?
写真の家族の正体は!?
シリーズ最高傑作 長編バイオレンスミステリー
《新・オヤジ達の沈黙 山脈の頂で愛を叫ぶ獣達》近日発売!!』
「お、おおおおお~!!」
私は携帯を掲げながら訳の分からぬ声を上げる。
いやはや、携帯でオヤジ達の新巻情報を検索して見つけましたこの一文。
ぬはっ! これはこれは、とてつもなく期待させられる紹介文であります!
今度のオヤジ達はミステリーなんでありますか!?
それにそれに、この謎の女性というのは、もしかしなくとも、るみ子ですよね!?
蝶のタトゥーなんて如何にもじゃないですか! 実際るみ子の背中には蝶のタトゥーがあるしね!
ムフフ、そこはあえてのネタバレですな? るみ子ファンには堪らんでしょう。
呉羽ってば何気にるみ子ファンだからなぁ……。
あー……と言うか、呉羽の手にはもう既にこのオヤジ達があるんですよね。
はうっ、羨ましいですぅ~。
晴れてお仕置きが解除になりましたら、早速感想を聞き出さねば!
とは言ってみたものの、気になって気になって、今直ぐ呉羽の元に行きたくてなりません。待ちきれないよぅ。
これは反動が凄そうですね、私……可笑しな行動をとらないといいんですけど……。
そんなこんなで、私が「うーん」と唸っていると、隣に座っているカーリーが私の事を見た。
「君、さっきから五月蝿いんだけど。なに唸ってるんだよ? もしかしてさっき出された問題?
まぁ、確かにあの問題には僕もてこずって――」
「いいえ、それでしたら出された時点で解いてしまいました」
「なっ!?」
カーリーは私の言葉に、信じられないと言うような顔をしているので、証拠のノートを見せてあげた。
「こ、これは……他の応用問題まで……」
「はぁ、時間が余ったもので」
「か、完璧だ……」
カーリーはフルフルと震える手で、わたしのノートを持って、そこに書かれている問題をじっと眺めている。
さすがはカーリー。
ちゃんと正解かそうでないか分かるようです。
学年一位は伊達じゃありませんね。がり勉君だしね。
あっ、今は元か。現在は私が一位だし。
普通を目指す私としては不本意極まりないですけど。
等と、カーリーが聞けば、恐らくは腹立たしい事この上ないような考え。
勿論口には出していないのだけれど……。
「……何か今、物凄くムカつく事考えてなかった? 何だか今、こうイラッとしたと言うか、もやもやするんだけど」
「エ? 何ノ事デスカ?」
おおぅ、カーリーってばエスパー?
「何でいきなり片言? って言うか考えてるよね? その顔絶対考えてるよね!?」
「えぇー? ワタシちっとも考えてないアルよ? 元学年一位のがり勉君なんてちっとも考えてないアル」
「何でまたいきなり中国人訛りになるんだよ! 新渡戸先生じゃあるまいし!」
新渡戸先生と言うのは、新渡戸稲作と言って、去年担任だった杉本先生がおたふく風邪になった時に臨時で入った先生の事である。
パンダが好きなため中国が好きらしく、怪しい中国人の格好をしている非常に変わった先生であった。
今は杉本先生が復帰して、その先生はいないのだが。
「と言うかさ、元学年一位のがり勉君って、それ嫌味だよね? 明らかに僕をバカにしてるよね!?」
「キャッ! 他人の心を覗くなんて、カーリーのエッチ!」
「エ、エッチって! ていうか、やっぱり考えてるじゃんか!」
エッチと言われて、顔を真っ赤にしながら焦っているカーリー。
バンと机を叩いた後、ズイッとノートを付き返してくる。
そのノートを受け取りながら、私はそんな事よりも、なんだか可笑しくてプククと笑ってしまった。
だって……ねぇ?
「考えてるじゃんか」ってさぁ……「じゃんか」って……何気に可愛くない?
普段、生真面目ですましている分、そんな幼い少年のような言葉遣いは、なんと言うか胸がきゅんとした。
ハッ! まさかこれって“萌え”!?
カーリー萌え!?
あうっ、なんか最近、呉羽以外に胸きゅんしています!
う、浮気じゃないですよ! 私の心は呉羽だけなんです!
「ムカつく位にニヤけていたと思ったら、何でいきなりおたおたし始めるんだよ?」
「私は呉羽が大好きです!」
「は? 何でいきなり僕が君の恋人への想いを告げられる訳?」
「呉羽を愛しているんです!」
「だから何で……ハァ、本当にバカップルだよね……そういう事は本人に言いなよ」
心底疲れたという顔を溜息をつくカーリー。
しかしながら、私はその言葉にズーンと落ち込む。
「出来る事ならそうしたいですが、今は会っては駄目なんです……」
「はぁ? 何でさ。彼が来た時も隠れてたけど、喧嘩でもしたの?」
「お仕置きなんです……暗黒執事なんです……」
「はぁ??」
益々もって訳の分からないという顔をするカーリー。
私はと言うと、ズーンと沈み込んだまま、机に突っ伏した。
足りない……足りないであります……。
私から呉羽が足りない……。
期限の一週間まで半分位しか経っていないというのに、これでは先が思いやられるというもの。
そこまで私は呉羽にひたひたに浸っていたと言う事だろうか。
「何だよお仕置きって、暗黒執事って」
「リオデストロイ……」
「何それ」
「石化ビームで相手を攻撃するんです」
「……それってアニメとかヒーロー物の話? ハァ……全く、ひとが心配してみれば……」
カーリーは何やらボソリと言ったけれど、それは私にはよく聞こえなかった。
「うん?」と首を傾げてみれば、カーリーはハッとした様子で、「ありえないっ」と言いながらブンブンと頭を振っていた。
「どうしたんですか?」
「な、なな何でもない! と、とにかく! あんまりウンウン唸ってると、こっちは五月蝿くて勉強に集中できないんだ! 悩むなら一人で静かに悩んでもらいたいものだね!」
何故だか異様にどもりながら答える彼であったが、最後にはフンと鼻を鳴らしながら冷たく言い放つカーリー。
あうっ、カーリー今日は冷たいです。
やっぱり今度のテストで、私をライバル視しているからでしょうか。
何だか彼のその態度に、悲しくなった私は、今日の所はそれ以上彼をおちょくって遊ぶ事はしないでおこうと思った。
何より私がそんな気分じゃないしね。
そうこうしている内に、次の授業を告げるチャイムが鳴った。
私は教科書をごそごそと出しながら、
「呉羽に会いたいな……」
ボソリと小さく呟くのだが、それを聞きつけただろうカーリーが、僅かに眉を顰めて私を見ていた事には気付かずにいたのだった。
++++++++++
その日の放課後。
今だ自分はミカにふられたのだと思っている呉羽は、帰宅途中であった。
何処にも寄る気は起きず、かといって素直に家に帰るのも、と思っていた。
バイトもあったのだが、元よりミカの為に始めたもので、しかも自分の嫌いな父親の店でのバイト。正直もう辞めようかとも思っていた。
そして、そう思っていたその時、携帯が鳴って呉羽は携帯を取り出した。
なんと、丁度考えていたその人物からの電話である。
なんとも言えない嫌な顔をしてその携帯に出る呉羽。
「……何だよ」
『やぁ、呉羽。何だよは父親に向かって失礼じゃありませんか』
「うっせーよ。オレはあんたを父親なんて呼びたくねーんだよ」
『おや? どうしたんですか? いつに無く不機嫌ですねぇ』
「オレが不機嫌でも何でもいーだろーが。あんたには関係ねーだろ!」
その取り付くしまもないような呉羽の言葉に、携帯の向こうから苦笑とも呼べる笑い声が聞こえて、呉羽は更に不機嫌な顔になった。
自分でも分かっている。これは八つ当たりだと。
そして、きっとこの携帯の向こうの人物は、その呉羽の心情に気付いているに違いない。
その証拠に、
『ミカさんと喧嘩でも?』
と訊いてきた。
呉羽はグッと唇を噛み締めると、
「っうっせーな! あんたには関係ねーって言ってるだろ!」
そう怒鳴り返していた。
『否定しないと言う事は、図星なんですね? 全く、不甲斐ない……』
わざとらしい溜息が聞こえてきて、呉羽は携帯を真っ二つに折りたくなった。
額を押さえ、やれやれと言うように頭を振っているに違いない。
その姿がありありと思い浮かんだ呉羽の顔の筋肉はヒクヒクと引き攣っている。
だが不甲斐ないのは事実であり、咄嗟に言葉も出ない呉羽であった。
「チッ、確かに不甲斐ない事は認めっけど……ンな事より一体なんの用なんだよ」
『ああ、そうでした。それはですねぇ……』
「ああ、そうだ。バイト今日は行かねーからな。つーか、もう辞め――」
『駄目です』
呉羽の言葉を遮りピシャリと言われた。
電話越しながら有無を言わせぬ声。
ムッとしながら呉羽は訊き返した。
「何でだよ!」
『貴方には居て貰わないと困るんです』
「っ!」
真剣な言葉だった。
確かに呉羽にとって天敵と呼べる存在であるが、母と別れる以前はまだ父親として慕っていた事もあった筈である。
なので、少しばかりグラリと心が揺れたが、その後に『売り上げ的に』とボソリと言った事が全て台無しにしていた。
呉羽の携帯を持つ手がブルブルと震えている。
『いやぁ、貴方私に似て顔はいいので、ここのところ女性客が増えて増えて。なので今辞められると、売り上げがガタンと下がります』
「知るか!」
このまま携帯を切ろうと思っていたが、変な所で律儀な呉羽は、取り敢えず用件を聞く事にした。
『とにかく、今日はなんとしても来てもらいたいんですよ』
「……なんでだよ?」
その声はまたしても真剣なものだった。
呉羽は少しばかり警戒しながら訊ねてみる。
『今日は私の店でバースディパーティーがあるんですよ。開店当初からの常連さんでしてね、私個人でもお世話になった方なんです』
「?? それで何で俺が必要なんだよ? そんなに客が入るのか?」
パーティーと言うからには団体客なのだろうかと思ったのだが、
『いえいえ、パーティーと言っても少数です』
「じゃあ何で……」
『御指名です』
「は?」
『ですから、そのお客様じきじきに、呉羽にエスコートしてもらいたいと――』
「断る!」
今度は呉羽がピシャリと言い放った。
(エスコートってアレか! いつもこいつが予約制の誕生日イベントで、客の手をとって席まで案内したり、その客の為にケーキ切り分けたり飲み物をサービスしたり……)
とにかく付きっ切りでその客の相手をしなければならないのは事実である。
まぁ、この人は自分の気に入った女性であれば、そんなイベントがなくても常にエスコートしているのをよく見るが……。
はっきり言って、ここはホストクラブかと突っ込みたくなる。
「冗談じゃねーぞ! んなホストみてーな事できっかよ!」
『いいじゃないですか、ホスト。だってミカさんと喧嘩したんでしょ? 丁度いいじゃないですか。新しい出会いも待ってますよ。
その代わり、私がミカさんをもらっちゃいますけど――』
「誰があんたみたいな節操無しにやるか!!」
怒鳴ってからハッとする。
今の自分にこんな事を言う資格などあるのだろうか。もうミカは自分のものではないのに。
すると、携帯の向こうで笑う声が聞こえる。とても愉快そうな声だ。
『全く……ミカさんが大事なら、さっさと無様な姿晒して土下座でも何でもして仲直りしてしまいなさい。貴方の事だから、きっと相手の事ばかり考えて、自分の気持ちを押し通す事を諦めてしまったんでしょう?』
『嫌な所が似ちゃいましたねぇ』と呟く声がする。
そういえばと、音羽が「そういう所はあの人そっくり」とか言っていたのを呉羽は思い出した。
と言う事はこの人もそうだったのかと、物凄く嫌だと呉羽は思った。
(こいつが!? 信じらんねぇ……ってか認めたくねぇ!)
そんな事を苦々しく考えていると、まるで諭すように、教師のような口調で言われた。
『まずは諦める事を諦めてしまいなさい。同じ諦めるでも、こっちの方が何倍もスッキリしますし、手に入るものも多いでしょう。でないとどうなるか……ここに反面教師がいるでしょう?』
「……っ」
呉羽はグッと携帯を握り締める。そして悔しそうに唇を噛み締めた。
不覚にも素直に聞き入れようとする自分がいる。その事を認めたくなくて、いつまでも黙っていると、フッと苦笑するような気配が携帯の向こうからした。
『まぁ、私も受け売りなんですけどね。分かった後にはもう遅かったんですけど、貴方はまだまだこれからでしょう?
私の言う事を素直に聞き入れてくださいとは言いませんけど、取り敢えず今日はお店に来てください。実は今日のお客様がさっきの事を私に言ってくれた人でしてね。色々と相談してみるといいですよ』
「なぁ、その人って……」
『百聞は一見にしかず。会ってみれば、その人となりを理解できるでしょう』
そう言うと、『では』と言ってプツリと切れた。
何だか言いたい事だけ言っていった気がする。言いくるめられた感もしないでもないが、何となくそのい人物に会ってみたいような気にもなってきた。
「それにしても、なんか物凄く父親みたいで気持ちわりー……」
いや、実際自分の父親であるのだけれど、ここまで父親らしい態度をとられた事が正直なかったので、もやもやとした気持ちと共に苦虫を噛み潰したような顔で携帯を睨みつける呉羽なのであった。
そうして、再び帰路につく呉羽の前に、立ち塞がる人物が居た。
何だか夕日をバックに、逆光で顔がよく見えない。
「誰だあんた?」
「フン、如月呉羽だな」
歩み寄ってくる人物は、顔がよく見えてもやっぱり面識の無い男子生徒で、誰だかさっぱり分からなかった。
制服など着崩して、アクセサリーなどをジャラジャラつけている自分と違って、きっちりとした格好をしている優等生タイプに見える。
そんな人間に声を掛けられる謂れは無いと訝しく相手を見た。
とにかくその人物は不機嫌そうな顔をしていて、呉羽の事を忌々しそうに睨んでいる。
(……オレ、なんかしたか?)
そう疑問に思うのだが、性分というかなんと言うか、無遠慮に睨まれて、呉羽も釣られるように相手を睨み返してしまう。
けれどそれに怯む事無く、その眼差しを正面に捕らえるこの人物は、腕を組み高圧的な態度で言い放った。
「一ノ瀬ミカと仲直りしろ!」
「……は?」
一体何を言われるのかと身構えていた呉羽は、その意外な言葉を聞いて口をポカンと開ける。
そんな事はお構い無しに、目の前の男子生徒は苛立たしげに言い募った。
「何があったのかは問わないけど、無関係の僕まで巻き込まないでくれるかな。毎日隣で溜息を付かれ、会いたいだのお仕置きだの、オヤジ達だのと訳の分からない言葉をぶつぶつと隣で呟かれて僕はいい迷惑だ! これで成績下がったら君達のせいだからな! バカップルはバカップルらしく馬鹿馬鹿しくイチャイチャしていろ!」
ビシッと指を突き付け鼻息も荒くそこまで一気に言った優等生風の男子生徒は、ぜいぜいと肩で息をしながらフンと踵を返した。
「え? お、おい!」
言いたい事を言いたいだけ言われ、訳の分からない呉羽は呼び止めようとするが、ここでピタリと歩みを止める男子生徒はもう一度ビシッと指を突きつけた。
「一ノ瀬ミカに、僕をおちょくるのは止めるよう君から言っておいてくれないか! 彼氏なら自分の彼女の管理くらいしっかりしろ!」
また、フンと鼻息を荒く言い放つその生徒は、それで満足したのか頷きこの場から去ろうとする。
「って! 一体お前は誰なんだよ!」
見ず知らずの優等生に、己の恋愛事情をとやかく言われる謂われは、はっきり言って無い。
せめて名前を聞きだそうと問い掛けた。
すると、その男子生徒は「ああ」と声を発し、顔だけ振り返ると一言、
「カーリーだ……」
それだけ言うと、何故だか一瞬動きが止まり再び動いたかと思うと、電光石火の速さであっと言う間に姿が見えなくなった。
その場に残された呉羽は、一人呆然と立ち尽くし、
「カーリーって何だ?」
そう呟くのが精一杯であった。
カーリーはやはりツンデレなのか!?
自分自身でカーリーなんて名乗っちゃってます。激しく自己嫌悪することでしょう。




