闖入者
現実を受け入れるのに少々時間がかかったようで、コクマーが消滅してから数秒の間エリックは虚空を見つめていた。
「は……はは……」
肩を震わせながら、ようやくエリックは俺の方を見た。
少しずつこの状況を受け入れ始めたようだ。
「たった一度の魔術で邪神の眷属をこうもあっさりと消滅させる……? そんなことがありえていいのか……? 街一つ滅ぼせる程の怪物なんだぞ……」
「残念ながら――実際に目の前で起きたことが現実です。まあ、私もこんなに上手くいくとは思ってもみなかったですけど」
純粋な神聖属性の魔術ではなかったので、あまり効果がないと思っていたが……実際に目の前のコクマーは消え去った。
そういや結局、【サード・アイ】のアナライズ能力を使う必要もなかったな。ま、コクマーは無事に倒せたから別に良いんだけれども。
「クソ……! クソクソクソ……! このままでは帰れん! 俺の命を捧げてでもお前達を倒さねば、カーリー様に合わせる顔がない……ッ!!」
取り乱しながら、エリックは懐から何かを取り出した。彼が取り出した瓶の中には、何やら怪しいタネのようなものが入っている。
ふむ……。恐らくあのタネは、取り込んだ者の力を増幅させるとか怪物に変貌させるとか、とにかくパワーアップするためのものだろう。俺のファンタジー脳がそう叫んでいる。
「これでもうお前達はお終いだ……。カーリー様から頂いたコレがあれば、俺は人知を超えた存在に昇華できる。コクマーなど目ではない。俺の力で、お前達は滅ぶのだ――!」
と、エリックはそのタネを口に放り投げた。
その直後、禍々しい魔力にエリックは包まれ、変貌した。
筋骨隆々な体躯に、赤黒い肌。上半身が異常に発達し、服は破れ散った。
目もどす黒く変化し、もう完全に魔物である。
やはり、そういう感じのアイテムだったか。想像通りだ。
「ハーッハハハ!! カンジルゾ、カーリーサマノオチカラヲ!! コノチカラナラバ、ナニモノニモマケハセン!」
そう言って、魔物と化したエリックは一瞬で俺の前に瞬間移動した。
「シネェーーッ!!」
邪悪な魔力によって生成された剣が、俺を襲う。
怒涛の連続斬撃。ひとまず俺はその斬撃を黒曜丸で全て捌いた。
「コノコウゲキヲサバクカ。クハハハハ! サスガハコクマーヲタオシタオンナダ! ダガ、コノテイドデハナイゾ――!」
エリックは一度後退し、これまた禍々しい魔力弾を頭上に生成した。
どうやら、辺りの生物の生気を吸い取っているようだ。木々が段々と枯れ果てていっている。生命力を吸収し、放つ魔弾というところか。
「クロエちゃん――!!」
エルーさんが俺の名を叫んだ。
ありがたいことに心配してくれているようだ。
でも大丈夫。あの程度の力なら、何も問題ない。
「ではこちらも――」
魔力による攻撃なら、【ネビュラ・ホール】で吸収すればいい。二次被害を防ぐためにも、厄介な攻撃は消すに限る。
俺はすぐに【ネビュラ・ホール】を創り出し、相手が魔弾を振り下ろすと同時にソレを打ち出した。
「コノイチゲキデホロビルガイイ――!!」
生気を吸った禍々しい魔力の玉と、俺の【ネビュラ・ホール】がぶつかり……合うことはなかった。エリックの渾身の魔力弾は、呆気なく俺の【ネビュラ・ホール】に吸い込まれていった。
「ナ……!? カーリーサマノジュツガ……スイコマレタ……ダト――!? バ、バカナ! コノヨデモットモキョウダイナマジュツダゾ! ソレヲコウモカンタンニケシサルナド……ユルサレルコトデハナイ――!!」
怒り狂った魔物エリックは、邪悪な魔力を辺りにまき散らし始めた。
ミレーヌさんはすぐさま聖なる結界でみんなを包み込んだ。
彼女が聖王教会のシスターだということは分かったが、それにしては有能過ぎる。聖王教会のシスターってこんなに強い人ばかりなのだろうか。そう思わずにはいられなかった。
「メザワリナ! シスターフゼイガ、ジャマヲスルナァァァ!!」
「――っ!」
唐突に標的を変えたエリックが、その魔力の剣をミレーヌさん目掛けてぶん投げた。恐らくあの結界があちらにとって面倒なものだと瞬時に判断したようだ。
「させません……!」
すぐさまミレーヌさんの前に移動し、飛んできたエリックの魔力の剣を黒曜丸で斬り払った。
「――あ、ありがとうごいます……」
「いえ、こちらこそみんなを守ってくれてありがとうございました。私、神聖属性は扱えなくて……。とにかく、ミレーヌさんも結界の中へ入っていてください。あとは私がやりますので」
「ふふ……。あなたは本当にお強いのですね。まるで聖王様のようです」
そう言って、ミレーヌさんも聖なる結界の中に入った。
これで憂いなく目の前の敵を倒せるというもの。
「チィ……! ヤハリオマエヲドウニカシナケレバナラナイヨウダナ……」
エリックは再び魔力の剣を創り出し、構えた。
だが、いくらやっても同じことだ。相手の力量では魔神の力を超えることは到底敵わない。なんなら、クロヴィスの足元にも及ばない。所詮は与えられた仮初の力。そんなものに負ける道理はない。
「さて、そろそろ終わらせようかな」
これ以上は無意味だ。
こちらは体力も気力も魔力も充分。余力しかない。
それに比べ、エリックは目に見えて疲弊している。魔術を発動させるたびに命を吸い取られているかのようだ。
「オマエナンゾニ、オレハマケラレナイノダ……!!」
エリックは邪悪な魔力を増幅させ、更なる変貌を遂げた。
恐らく、あれは彼自身の生命力を糧に力を与えるもののようだ。
さすがは邪神。やることがえげつないな。
「コレデ……シネェーッ!」
エリックが増幅させた魔力を一気に解き放とうとしたその刹那。
唐突に表れた黒い影がエリックを蹴り飛ばした。
「ガァ……ッ!?」
その衝撃でエリックは奥の岩肌に激突し、禍々しい魔力が蒸発している。
どうやら今の一撃でエリックはその魔力を失ってしまったようだ。
「……えぇ」
……にしても、いきなり現れてとんでもないことをするなぁ。
今から決着という場面なんだから、空気を読んで欲しいものである。
「――申し訳ございませんクロエ様。美しいお顔に汚れをつけてしまいました……」
そう言ってエリックを蹴り飛ばした張本人は、俺の元へと来て顔に着いた汚れをハンカチで拭った。ちなみにこの泥は、さっきの蹴りの衝撃で俺の顔に付着したものである。
「それは構いませんが――。クロヴィスは、どうしてここに?」
そう、急に現れてエリックを蹴り飛ばしたのはクロヴィスであった。
魔力とか魔術で攻撃するのではなく、蹴り飛ばしたところが実にクロヴィスらしい。
「禍々しい魔力を感知しましたので、確認のために来てみたのです。するとあの者がクロエ様と対峙していたので、とりあえず敵だと判断し攻撃を行いましたが……もしや、邪魔をしてしまったでしょうか……?」
「ああいや、それは別にいいんですけどね……」
なんとも締まりが悪いというか。
最後の場面でいきなり現れたヤツに蹴り飛ばされて伸びてしまったエリックが哀れに思えてきたよ……。
ま、まあ、無事に終わったようだしいいか。
ただ、これ以上結界内にいる仲間達の頭が混乱しないように、クロヴィスには撤収してもらおう。
「その身体、分身ですよね? ここはもう大丈夫なので、話がややこしくなる前に消えてもらっていいですか? 報告は後でしますので」
「クロエ様のご命令とあらば――」
そう言って、クロヴィスの分身体は忽然と姿を消すのだった。