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再接触




 そうして次の日。

 俺は再び冒険者ギルドへ訪れていた。

 目的はエルーさんと仲直りすることだ。

 そのためにきっかけとして依頼を受けてもいいなと思い、掲示板の前で依頼書を眺めている。が、中々良さげな依頼が見つからない。簡単な採取系があればそれがいいかなと思っていたけど、今日に限っては討伐系ばかりだった。


「昨日は結構採取系の依頼が張り出されていたんだけどなぁ。どうして今日に限って討伐系の依頼ばかりなんだろ……」


 俺はため息をつき、一度掲示板から離れた。

 基本的に朝一に依頼は張り出されることが多く、それ以降に出てくる依頼書はあまり多くない。つまりギルドでぼーっと待っていても、俺が求める戦闘をしなくてもよさそうな仕事が舞い込んでくる可能性は低いということだ。


 俺はとりあえず空いている丸テーブルの椅子に座った。

 まだ早朝だからか、ギルド内に人はあまり多くない。一日中ギルドの酒場で飲んでいたような連中は隅っこで行儀悪く寝てたりするが、真面目に朝から仕事を受けようという人は多くないようだ。


「酒場の方のカウンターに行けばお酒以外の普通の飲み物も買えるかな……」


 この身体でお酒はちょっと気が引けるし、そもそもこんな朝っぱらから飲酒とかありえない。ウーロン茶とかジュースとかあればそれが一番いいんだけど、この世界でそういったドリンクを売っている店ってあまり見たことないんだよな。


「――ミルクならあるけど」


「えっ」


 後ろから声をかけられ、俺は咄嗟に振り向いた。

 すると、そこにはフードを目深に被ったヴェロニカさんがいた。

 急に声をかけられ、言葉が出てこない。

 せっかくのチャンスだというのに、何かこう気の利いたことを言わないと――。


「アンタ、お酒以外のが飲みたいんでしょ?」


「あ、はい……っ」


「だから、ミルク。アタシも飲もうと思ってたから、欲しいなら一緒に買ってくるけど」


「えっ、いいんですか?」


「良いって言ってんじゃん。ほら、お金出しなよ」


「あっ、はい……!」


 急いで懐からお金を取り出す。

 ミルク一杯くらいなら、100リラで十分だろう。

 ちなみにリラとはこの世界の通貨である。恐らくだが、円と同じくらいの価値だ。


「お、お願いします……」


 そう言って、俺はお金をヴェロニカさんに手渡した。

 ヴェロニカさんはお金を確認すると、そのままカウンターの方へ行き、ミルクを購入した。両手に二杯のミルクを持って、ヴェロニカさんは俺の元に戻ってきた。


「はい。わかってはいると思うけど、容器は返却しないとだからね」


 言って、ヴェロニカさんはカウンターの方を見た。

 飲み終えたら向こうのお姉さんに持っていけということだろう。


「あ、ありがとうございますっ」


 ミルクを受け取り、礼を言う。

 というかさっきから陰キャみたいになっとる。

 あ、って何回行ったよ俺……。

 さすがにちょっと落ち着かないとダメだな。

 というわけで、俺は一度大きく息を吸って吐いた。

 チャンスだなんだと意識し過ぎずに、普通に話そう。


「あの、少しお話しませんか?」


 俺がそう言うと、ヴェロニカさんは少し悩んだ末に頷いた。

 俺の横に座り、ヴェロニカさんはミルクを一口飲んだ。


「それで、話って?」


「えっと、まずは自己紹介からしていいですか?」


「別にいいけど」


「それでは。私はクロエ・ノル・アートルムと言います」


「クロエ……それにアートルム……。てことはやっぱり、エリーゼは……」


「はい。残念ですが……エリーゼさんの魂はこの身体にもうほとんど残っていません。禁断魔術によって、私の……クロエの魂がこの身体に宿っています」


 そう話すと、ヴェロニカさんは複雑そうな顔をした。

 それもそうだろう。エリーゼさんのことを知っているのだから、戸惑うのは当然の反応だ。


「……そっか。ま、そうだよね。もしかしたらって思ったけど、エリーゼは大転移の時に力を使い果たしてたから。わかってはいたけど、いざ違うやつがエリーゼの身体を使ってると思うとやっぱりくるものがあるかな」


「そ、それは……。すみません……」


「なに謝ってんの。アンタも巻き込まれた側でしょ。とまあ、それはいいとして……。クロエはなんで魔神として生きようと思ったの? 色々と面倒じゃない?」


 ヴェロニカさんの質問は、ごくごく自然なものだった。

 見知らぬ身体に転生させられ、その人の代わりとして人生を歩む。

 ヴェロニカさんの言う通り、面倒くさいと思う。

 魔神の力だけ貰い、後は適当にこうやって冒険者にでもなって暮らしておけば人生はイージーモードだったかもしれない。クロヴィスや魔族のことなど気にせず、のほほんと生きていた方が気も楽だっただろう。


「どうしてでしょうね……。私も、気づけばこの道を選んでいました。もちろん、エリーゼさんと約束したというのもありますが……」


「約束? エリーゼと? もういないのにどうやって?」


「実は、この身体にはまだエリーゼさんの魂の欠片が残っています。なので魔神の力を頂くときに、エリーゼさんとは精神世界で長い時間を一緒に過ごしたんです。にわかには信じられないと思いますけどね」


「いや、そこは信じるよ。エリーゼのことだから精神世界の構築くらい出来るでしょ。でもそれじゃあ、その身体にはまだエリーゼの魂が残っているってことにならない? アイツはなにやってるの?」


「表に出る程の力は残っていないそうです。同じ体を共有している私と精神世界で会うくらいしかできないと言っていました」


「……そうなんだ。なら、もうアンタが2代目黒の魔神ってわけか」


 言って、ヴェロニカさんはミルクを飲み干した。

 そして、ふぅと一息つき、


「知ってると思うけど、アタシは元黒の魔神の使徒、ヴェロニカ・シュトルンツ。ま、それは前の世界での肩書で、今じゃ見ての通り吸血鬼ヴァンパイアとしての力を失った、そこらの冒険者にも敵わないひ弱な魔族だけど。――どう、笑えるでしょ?」


 ヴェロニカさんは自虐風に言った。

 この世界の魔族は、弱者だ。それは前の世界で力を持っていた者も変わらない。


「あの、そのことなんですが、私はあなたの力を元に戻すことが出来ます。時間も長くはかかりませんし、ヴェロニカさんさえよければ、また魔神の使徒として私の傍にいてくれませんか?」


 と、俺が言うと、ヴェロニカさんは小さく吹きだした。

 さすがにこの話は急すぎただろうか。

 でも、いずれ言わないといけなわけだし、それなら早い方が良いと思ったのだが……。


「なにそれ、愛の告白? 傍にいてくれーだなんて、プロポーズみたいじゃん。もしかして冒険者の資格取ったのも、アタシに近づくためだったり……? はは、だとしたらほんとバカっぽいね、アンタ」


「あっ……いやその……。バカでしたか……?」


 冒険者の資格はヴェロニカさんのために取ったのは事実だ。

 バカって言われたのは、ちょっぴり悲しい。ヴェロニカさんも本気で言ったわけじゃないだろうけど。てか、この案を最初に出したのはヨルムンガンドだから実質あいつがバカってことか。いやまあ、同意した俺もバカか……。


「って、ほんとにアタシのために冒険者の資格取ったんだ。ふ、ふ~ん……ま、まあ、使徒の件は……考えとく」


 ヴェロニカさんは俺から視線を逸らしながらそう言った。

 なんだか照れているようにも見えるが……。相手はフードを目深に被っているので、微妙な表情の変化は確認しづらかった。


「あ、あと、言っとくけどアタシはまだアンタのことを認めたわけじゃないから! 魔神としての力を受け継いだのかもしれないけど、アタシより弱かったら許さないからね!」


「あ、はい……! 頑張ります……!」


「いや頑張りますって……。あーもう、アンタと喋ってるとペースが乱れる……! ――はぁ、まあいいか」


 言って、ヴェロニカさんは頭をかきながら立ちあがった。


「考えるとは言ったけど、冒険者のヴェロニカとしてやり残したこともあるし、アンタの言葉にはまだ応えられない。だから、もう少し待っててよ」


「やり残したこと?」


 聞きつつ、俺も立ち上がる。


「そ。これはアタシの意地でもあるから」


 ヴェロニカさんの言葉からは、不思議な熱意を感じた。

 何を言われてもやり遂げるのだと、そう言っているようだった。


「――わかりました。でも、何か手伝えることがあったら言ってください。私も一応冒険者ですし、それになにより、ヴェロニカさんのお力になれれば私も嬉しいですから」


 俺がそう言うと、ヴェロニカさんは不意を突かれたような顔をした。それから彼女は数回目をパチパチさせてから、頬を緩ませた。


「……まったく、中身は違うのにそういうところはアイツに似てるんだから。――いいよ、アンタは気にしなくて。これはアタシの問題だしさ」


 気のせいかもしれないが、振り向きざま、ヴェロニカさんは微笑んだようにも見えた。


「それじゃあね。余計なお世話かもだけど、アンタもその眼なんだからならず者には気をつけなよ」


 それだけ言い残して、ヴェロニカさんはギルドから去っていった。


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