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頼ること




 その夜。俺はオレリアさんに誘われて一緒にお風呂に入っていた。

 屋敷の風呂は大浴場なので、一緒に入ることは容易だ。

 問題は、俺が女湯に入ることに慣れつつあるということだろう。

 女性の身体を直視しなければ大丈夫なくらいにはなってしまった。

 まあ、まじまじと見ることはまだ出来ないのだけれど。


「――それで、どうだったんだ? 冒険者として初めての仕事は」


「それがですね……。実は――」


 俺はいい機会だと思い、オレリアさんに今日あった出来事を相談した。洞窟の中で戦闘して、それからエルーさんと気まずくなったことを包み隠さず話した。


 恐らくだが、彼女の自尊心を折ってしまったのだろう。

 正直、俺はあの時どうすればよかったのかが分からなかった。ただ、エルーさんを守らなければと必死だったのだ。その後のことまでは、頭が回らなかった。


 「一緒に戦いましょう」と言えばよかったのか。

 それとも逃げる選択をすればよかったのか。

 だが、確実にエルーさんを守るには俺があの巨大ムカデと戦うことが最善だったはずだ。それは間違いなかったと信じたい。


「――というわけなんです。こういうこと、私初めてでどうすればいいかわからなくて……」


「……なるほど」


 オレリアさんと二人で広い湯船に浸かりながら、俺は肩を落としていた。


「余計なお世話だったでしょうか……」


「……バカな事を言うな。話を聞くに、クロエがその巨大ムカデとやらと戦っていなかったらエルーという娘は死んでいたかもしれない。何があったとしても、仲間を守ったクロエに落ち度はないさ」


「逃げるとか、他の選択肢を取っていた方が良かったのかもとか思うと、どうにもやるせない気持ちになっちゃうんです。あの時は咄嗟に色んな事を考える余裕がなかったので……」


 巨大ムカデからエルーさんを守ることしか考えられなかった。

 冷静に、その後のことを考えて行動していれば、違う結果になっていただろうか。


「私なら守ってくれて嬉しいと感じるが……。まあ、感じ方は人それぞれか。だけど、身を挺して己を守ってくれた者を嫌ったりはしないと私は思うよ」


「オレリアさん……」


 この気まずい感じ、久しく味わってなかった。

 生前では仲の良い友人もいなかったので、こういう気持ちにもならなかった。というか、気にもならなかった。


 だけど、今回は違う。

 相手は一緒に仕事をしてくれた仲間だ。

 魔族の俺を忌避することなく付き合ってくれた人だ。

 生前の同僚やクソ上司どもとは違うんだ。

 明るくて優しい人だから、嫌われたくない。せっかくできた友達だから、これからも仲良くありたい。


「ま、クロエがそのエルーって娘と仲直りしたいのであればもう一度話してみるといい。一番よくないのは関係を修繕しないまま時を開けることだ。時間が解決してくれると言うが、この場合の解決は自然消滅することだろうからな」


「自然消滅ってオレリアさん……」


 俺とエルーさんは恋愛をしているわけではないけど、その言い回し方は妙にしっくりきた。


「はは、ちょっと意味合いが違うか。まあ、似たようなことになるということだよ。疎遠になるとか、そんな感じさ」


「言いたいことはわかりますよ。ですが……そうですね。このまま放っておくわけにはいかないということだけは間違いないです」


「ああ。とにかく行動してみることだ。それでもダメだったら、また私を頼るといいさ。私ならクロエの愚痴だって悩みだっていくらでも聞いてやる。こういうことは、使徒であるクロヴィスとかには話しづらいだろうからな」


「そうですね。クロヴィスに話したら余計面倒なことになりかねません……。それに……私は魔神、ですし……」


 俺は魔神だ。

 彼らの上に立つ存在だ。

 それなのに、こんなことで悩んでいると知れたらなんと思われるだろうか。多分、クロヴィスは邪険にはしないし真剣に聞いてくれるとは思う。でも、俺には俺の考える体裁というものがあるのだ。


 しかし、俺の言葉に対してオレリアさんは肩を震わせていた。

 どうやら笑っているようだ。変な事を言ってしまっただろうか。


「ふふ……。クロエ、考えすぎだぞ」


 言って、オレリアさんは俺の額に人差し指をトンっと差してきた。


「魔神だからと見栄を張る必要はないよ。まあ、クロヴィスに話したら面倒なことになりそうなことは私も同意するところだが――」


「あ、そこは同意見なんですね」


「ああ。彼はちょっと変わっている節があるからね。とまあ、それは置いておいて。魔神だからと無理をする必要はない。他の魔族の者達も、苦しんでいるクロエを見たいわけじゃないだろう。ただ一つ、皆がクロエのことを慕っているということだけは忘れないで欲しい。何かあったら相談して、辛かったら愚痴を吐いていいんだ。魔神だから、上に立つ者だからと遠慮しなくていい。……なんたって私達は、仲間なんだからな」


「オレリアさん……。ありがとうございます。なんだかちょっと、胸のつっかえ棒が取れた気がします。魔神だからって無理に見栄を張らなくてもいいんですよね……。――そっか、そうだよね……」


 立派な魔神でなくてはならない。

 自分を着飾ったとしても、素の自分はそのままなのだ。

 魂はそう簡単に変えられるわけじゃない。

 もちろん、努力はする。

 だけど、それでも本当に辛いときは仲間を頼ればいいんだ。

 今の俺は1人じゃない。家族のような仲間達がいる。俺を慕ってくれる人たちがいるのだから。


「これからも私達を頼ってくれていいんだからな」


「はい。おかげで決心がつきました。明日もう一度エルーさんに会って話してみようと思います。何て言えばいいかわからないけど……オレリアさんの言う通り、このまま何もしなければ自然消滅……ですからね」


「ふふ、迷いがなくなったようで何よりだ」


 それから、二人でゆっくりと入浴を楽しみ――

 俺はまた明日、冒険者ギルドへ向かうことを決意するのだった。



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