脅威の存在
教会の中で、クロヴィスは分身体をまたもや辺りに走らせていた。
もちろん、戦場にも数体紛れ込ませている。万が一もないだろうが、主であるクロエの盾くらいにはなるかもしれないと踏んでの行動だった。しかし分身体とはいえ、帝国兵程度に負けることはまずありえないのだが。
それと、ヨルムンガンドのお供にも気を遣わなければならない。
何かあって暴れ出されても困る。クロヴィスは最新の注意を払いながらヨルムンガンドの道案内を分身体にさせていた。
「――やはり、姿が見えませんね」
そんな中、クロヴィスの一番の気がかりは、傀儡魔術を行使していた魔術師のことだ。普通の人間が、そのような魔術を操れるとは思えない。彼には、この一件に何かまだ裏があるように思えてならなかった。
「クロヴィス様。何か気になることでも?」
教会の椅子に座っていたベレニスがクロヴィスに尋ねた。
「ええ。ヨルムンガンドと剣聖オレリアを囲ったあの結界。それを作ったのが傀儡となった魔術師部隊でした。そして、エリベルトの元には魔術師部隊を操った者がいた。その者を捜しているのです」
「傀儡魔術……。ですが、エリベルトの配下ならばこの戦場にいるのではないでしょうか?」
「私もそう思って捜していましたが、見当たらないのです。相当な使い手のはずですから、戦場で戦っていれば判りそうなものですが……」
エリベルトの元にいた傀儡魔術の使い手は、ただの協力者である可能性もある。利害が一致したか、はたまた金で雇ったか。どちらせよ、その術者が何者であるのかをクロヴィスは把握する必要があった。
「クロヴィス様、もしやその傀儡魔術の使い手があの者である可能性を考慮しているのですか?」
「そうです。憂いは断っておかなければなりません。もし、アレがこの世界で目覚めているのであれば、可能性がないとは言い切れない」
「赤の魔神、ですか。ですが、あれは魔界でエリーゼ様が封じたはず。この世界で目覚めているとは思えないのですが……。というより、目覚めていて欲しくないというのが本音ですね……」
ベレニスは神妙な表情で言葉を漏らした。
クロヴィスも、ベレニスと同じ想いだった。この世界で、先代の黒の魔神が手を焼いたあの男が復活しているというのは、あまり考えたくはない事だからだ。
「とはいえ、まだ可能性の段階ですよ。傀儡魔術という珍しい術を使う者がこの世界で多く存在するとも思えないので、真実を確かめたいだけなのです」
クロヴィスは難しい面持ちで言った。
赤の魔神。その存在は先代の黒の魔神であるエリーゼ・ノル・アートルムに引けを取らない程の実力者だった。同じ魔神種として君臨し、様々な魔族達を従え、世界を支配しようとした魔王。魔界での戦いで、先代黒の魔神が苦戦を強いられた相手の1人である。
そして黒の魔神同様に、赤の魔神も使徒を有している。
その赤の魔神の使徒の中に、傀儡魔術を使う者がいたのだ。
搦手を使う厄介な相手。その者がこの世界で暗躍しているのであれば、それは黒の魔神の使徒であるクロヴィスにとって絶対に把握しておかなければならないことであった。
「まあ、この件はハッキリとしてからクロエ様には報告するとしましょう。いらぬ心配をさせてしまうわけにはまいりませんからね。それに、クロエ様は直接赤の魔神と対峙したわけではありません。もし、また赤の魔神とぶつかるようなことがあるとしたら、その時はこちらの使徒が全員集結した後である方が望ましいでしょうから」
クロエの力は魔神として本物だ。それはクロヴィスも理解している。
だが、赤の魔神の力も同じく本物なのだ。向こう側の陣営がどのくらい整っているかはまだわからないが、黒の陣営は正直に言ってまだ全然整っていない。使徒もクロヴィス1人で、軍勢と呼べる魔族達もいないのだ。
だが、望むのならば取り越し苦労であって欲しいとクロヴィスは思う。
この世界で、特殊な魔術を扱える者がたまたまエリベルトの元にいただけ。
ただそれだけであったなら、クロヴィスの悩みの種も一つ消えるというものだ。
「ならば、私もワイズマン家に戻った際に探りを入れてみましょう。帝国と繋がりがあるのなら、なにかしらの手がかりが見つかるかもしれません」
「そうですね。無理はしない程度に情報を集めてください」
クロヴィスがそう指示すると、ベレニスはコクリと頷いた。
そして、クロヴィスは分身体に意識を向けた。
一刻も早くその傀儡魔術師を捜さなければならない。
クロヴィスはクロエが戦う戦場を気にしつつも、自分の役割を全うするのだった。