第一話『魚と黄金手』-1-
一人めが産まれたとき、王は、アレイポラスⅧ世はならわしにしたがい鷲と白雪の軍団を与えた。二人めが産まれたときも同じように、先祖の教えを敬い狐と三日月の軍団を与えた。しかし三人めが産まれたとき、約束された軍団はなく、三人めは祝福されない子として殺されることになった。
アレイポラスⅧ世は、それを悟りただ黙していた。
国を仕切っていたのは王家ではなく、共和制の民衆議会だ。混凝土で作られた、丸く天井の無い議場で都市や地区の顔である議員は、アレイポラスⅧ世に言った。
「神々の祝福を受けないとはつまり呪われているということ。即刻に石打ちこそ相応しい」
当代王、アレイポラスⅧ世は大いに眉をひそめたが、不服を語ることはなく、程なく処刑は執り行われることとなった。
アレイポラスⅧ世は言った。
「我が末の息子だ。我が手でもって、せめてもの憎しみの受容と情けをかけさせてほしい」
民衆議会は、アレイポラスⅧ世が末息子を逃す時間稼ぎをしていると叫んだ。混凝土と漆喰で作られた白亜の議場を醜い言葉と唾が飛び交う。
「王よ、我らには不要な王よ。それは許されないだろう。何故ならば、親である王は必ずその末息子を野に逃すとわかりきっているからだ」
議長ノグ=ボーの捻れた頭皮は、彼の捻くれた性格を表しているかのように歪みを見せ、またアレイポラスⅧ世の三男、祝福されざるエクランドスの命をなんとしてでも逃してはなるものかと睨んだ。
聡明なアレイポラスⅧ世は、民衆議会が求めているものが、祝福されざるエクランドスの処刑ではなく、処刑そのものであることを見抜いていた。
王族の処刑と言えば古代より、慈悲の処刑だ。つまり、完全武装を施され、獣達と戦うことで身の潔白を証明する裁きである。王とは神々に地上を任せられた、神々に連なる血筋であり、またそうでなければならない。民衆議会が王よりも力を持っている理由でもあった。
王族に神の祝福は無く、無残に、無慈悲に力学へと身を裂かれ、必ずやエクランドスは牙と爪で腸と血を砂に吸わせるだろう。
アレイポラスⅧ世の“たわごと”に乱れた議員らを黙らせ、ノグ=ボーは言った。
「不要な王よ。ならばよいだろう。我らが全員が、王に付いて回り、その腕で、その眼で見据えながらエクランドスを石打ちし亡き者にする瞬間を見届けよう。嘘も偽りも許さぬ。今から、これより、そしてエクランドスを最初に王よ、貴方が見た瞬間に刑を執行するのだ」
アレイポラスⅧ世は、頷くことはなく、
「我らが対等なる民衆議会の総意ゆえ、承知した」
と、答えた。
海底より吹き上げた黒い石を切り出した道を渡る王、アレイポラスⅧ世の両脇を議員が固め、その周囲を人民の盾軍団が完全武装で護衛した。
アレイポラスⅧ世の足取りに迷いはなく、彼の城あるいは館まで、寧ろ早足で駆け抜けた。城の衛兵が不動で見守る中で、門の前で立ち止まる。
「約束は守って貰いますぞ、アレイポラス王よ」
「ノグ=ボーよ、嘘は言わん。だが我が家に入ることは遠慮してもらおう。戦乱の時代、我が家には例え議員と言えども、建てつけを知られたくはない」
「我らに対する不信がおありか!」
ノグ=ボーは叫んだ。同意するように、口汚く、愚かな王、無知な王、破廉恥な王と議員が足で道を打ち鳴らした。
「貴族の夜討ちが多いのだ。例え身内と言えども、お家騒動があるご時世、理解していただきたい」
思うものがある議員は黙し、残りの半数は考えを動かさず罵倒を続けた。だがアレイポラスⅧ世が敷地に入ったとき、彼の背中を追う議員とそれに連なる者共は誰一人として追うことはなかった。
やがて、アレイポラスⅧ世の手でエクランドスの処刑はなされた。巨大な牛の首を、いまだ切り離されて間がなく血が滴るそれを持ち出し、彼は言った。
「これが、俺が絶世の乳牛レウルシルに覆い被さりこれを孕ませ産ませた子エクランドスである。神と精霊と民衆の祝福されざる王子として、呪われている災いとして処刑し、持ち寄った」
度肝を抜かれた民衆議員は、混血児を恐れた。牛頭の怪物であればなるほど、祝福されないのも道理であると。民衆議会議員は各々の答えを勝手に見つけては、アレイポラスⅧ世が例え混血であろうとも、大義によって我が子を殺めた謝罪として、願いを一つ叶えるべきではないかと話された。
子をただ殺させたとは、民衆の反感を買うのは必然だ。子を殺したからには、次の子のためになることをしなければならないのだ。
報恩には物が必要である、と。
「なれば、王家に三番目の軍団の編成を許可していただきたい。もし、我が子に次、祝福されざる子ではなく、祝福されし子が産まれたとき、この哀れなエクランドスのごとく祝福されざる子としないために」
子殺しの罪の願い、それは次の子をこそ思うものであり、感激した多くの民衆議会議員らは三番目の軍団の編成を許可した。
議長ノグ=ボーの顔が歪む姿を脇目に、アレイポラスⅧ世は爽やかな感謝に腰を折る。




