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帰還


 テントを片付けた後、セレッソ達はコンタールの町へと戻ろうとその場を出発した。

 その為にはまず崖を登らなくてはならないのだが、落下した場所から崖の上を見上げればなかなかに高い。

 これを登るのは骨が折れるなと思っていたところ、ルシエが「向こうから来たの」と言った。

 ルシエの先導で崖を伝ってぐるりと歩いて行くと、その先にはやや低めで、土や岩がゴツゴツとした崖へと辿り着く。

 上からはロープが下りており、土や岩に乗った雪にはルシエ達が下りる際についたであろう足跡もあった。これならば先程よりも登りやすそうだ。

 崖の上にはローロ達の姿が見えた。恐らくルシエの発煙筒の煙を見て駆けつけてきたのだろう。


「おーい!」


 セレッソ達の姿を見て安心したように笑いながらローロ達は手を振る。

 彼らに返すように手を振った後で「それじゃあ、登るか」と、セレッソ達は崖を登り始めた。




 セレッソ達が山を降りた頃にはすでに空は橙色に染まり始めていた。

 ルシエ達が降りて来た崖は、セレッソ達が落下した崖よりも低いものの雪が積もっている。

 足を滑らせて落ちないように慎重に登らなければならない為に、やはりかなり時間が掛かってしまっていた。

 疲労により口数も少なくなった頃に、ようやくぽつぽつと灯りが付き始めたコンタールの町がはっきりと見えて来る。

 その灯りに一同が「着いたー!」と口々に嬉しそうにそう言いながら、町の門へと足早に近いた。


「あ」


 ふとその時、町の門の付近にシスネやグルージャを始めとした冒険者達が数人立っているのが見えて、セレッソは軽く目を見張る。

 軽く手を振ってみると、どうやら向こうからもセレッソ達が見えたらしく手を振り返してくれた。


「隊長、セレッソさん!」


 最初に声を上げたのはシスネだ。

 シスネハセレッソ達の姿が見えると大きく目を見開き、セレッソ達に駆け寄る。


「隊長、セレッソさん、ご無事ですか!? ああ、良かった……」

「心配かけて悪かったな」

「いえ! いえ、ご無事で何よりです……!」


 ベナードの言葉にシスネはぶんぶんと頭を横に振った。

 近くで見ればシスネの緑色の目は少し潤んでおり、目の下にもクマが出来ている。

 セレッソとベナードが崖から落ちたと聞いて相当心配したのだろう。


「ただいま戻りましたわっ」

「はい。……おかえりなさい」


 セレッソがそう言うと、シスネは心の底からほっとしたように表情を緩めて微笑んだ。

 そこへグルージャもやって来る。


「よう、遅かったな」


 グルージャはニッと笑って冗談交じりにそう言った。

 その声にも安堵の色が混ざっている。

 ベナードはグルージャに応えるように手を軽く挙げて笑い返した。


「面倒かけて悪かったな、支部長の旦那」

「いいや、無事で何よりだ。セレッソも怪我はねぇかい?」

「ええ、大丈夫ですわっ」


 セレッソはグルージャの言葉に力強く頷く。

 グルージャは「そうか」と笑うと、討伐班のメンバー達の顔を順番に見た。


「腹減ってるだろ? コラソン亭の方で食事を用意して貰っているから、一息ついたら行ってやってくれ」

「よっしゃー夕飯ー!」


 グルージャの言葉に真っ先に反応をしたのはカトレーヤだった。

 両手を大きく振り上げて嬉しそうに叫ぶとのとほぼ同時に、ぐう、と彼女の腹の虫も鳴る。

 お腹が空いていたのだろう。

 アベートはそんなカトレーヤを半目になって見ながら額を押さえ、大きくため息を吐いた。


「お前、元気過ぎるだろ……」

「何だよ、アベートは元気ないのか? 安心しろって、プリン食べたら元気出るからさ」

「忘れろ!」


 カラカラと笑ってプリン、プリンと言うカトレーヤに、アベートは顔を真っ赤にして怒鳴る。

 プリンは確かに美味しいが、一体何の話だろうとセレッソとベナードは揃って首を傾げた。

 そうした後でベナードはセレッソ達に、


「それじゃあ、俺とルシエは支部長の旦那に話があるから、お前ら先に行っててくれ。シスネもな」


 と、セレッソとシスネ、ローロに先に戻るように指示を出す。

 だがシスネはベナードの言葉に目を丸くして首を横に振った。


「え? いえ、隊長、僕も残ります。僕はコンタールの町で待機をしていただけなので、まだまだ平気です」

「いいや、あんまり寝てねぇだろ、お前さん」

「いえ、そんな事は……」


 グルージャの言葉にシスネは言葉を濁して目を伏せる。

 シスネの目の下のクマを見ても、よく眠れていないのは明らかだ。

 休憩自体は取ってはいるだろうが、セレッソとベナードが心配でちゃんと休めてはいないようだ。

 渋るシスネを見て、向かい側に立つグルージャがセレッソに『何とか連れて行ってくれ』と言うような視線を投げかけた。

 セレッソはシスネに気付かれないように『お任せくださいな!』とばかりに小さく、だが力強く頷くと、


「シスネさん、シスネさん」


 とシスネに声を掛けた。

 呼びかけられたシスネは首を傾げてセレッソを見上げる。


「はい?」

「申し訳ないのですが、ちょっと宿まで荷物を運ぶのを手伝って頂けないでしょうか。その、バトルアックスが重くて……」


 そして片手を頬にあてて(、、、、、、、、)セレッソはそう言った。

 疲労は思考を麻痺させるものだ。

 一部から『片手で持ってんじゃねーか』と言わんばかりの視線が飛んできて、セレッソは『しまった!』と内心冷や汗をだらだらとかく。

 だが、やってしまった以上は仕方ない。

 セレッソは何とかリカバリーする為に、シスネが疑問を持つ暇を与えないように、慌てて両手で持ち直すとサッとバトルアックスを差し出した。


「ど、どうしたんですか、それ」


 差し出されたバトルアックスを見てシスネは目を丸くした。

 いや、シスネだけではない。グルージャ達もだ。

 セレッソの手にあるバトルアックスは、言わずもがな、カチンコチンに凍っている。

 薄らと青色がかかったそれは綺麗ではあるが、言わばバトルアックスの氷漬けだ。

 氷の分だけ大きく、見た目的にもずっしりとした重さが伝わってくる。


「氷の獣に刺さりましたの」

「刺さった!?」

「それで凍ってしまって、ちょっと重くて……」


 セレッソが困ったように眉尻を下げ『重い』という言葉を強調する。

 つい今しがた片手で持っていたのを見れば分かるが、もちろんこれはシスネを連れて行く為の口実である。

 普段からチェロケースにバトルアックスとその他諸々の荷物を入れて持ち歩いているセレッソだ。氷分の重さが増えたところで、持てないわけがない。

 だが、疲労は思考を麻痺させる。

 本来ならば注意深いシスネも疲労のせいか、セレッソの言葉を特に疑う事はなかった。


「そう、ですね。分かりました、手伝います」


 そう言ってセレッソの手からバトルアックスを受け取った。

 手に持った時にバトルアックスの重さで体がぐらつかなかった辺り、シスネもシスネで力があるのだろう。

 それを見てベナードは頷き「よし、それじゃあ後でな」と軽く手を挙げた。


「はいですわっ! それでは、また後で!」


 セレッソはにこにこと笑うと、シスネやアベート達と共にその場を後にした。




 夕焼けに染まるコンタールの町をセレッソとシスネは歩いていた。

 アベート達とは途中まで一緒だったのだが、セレッソが泊まる宿とは別の方向に拠点があるので別れ、今は二人だけである。

 セレッソは歩きながらシスネと冬の討伐の話をしていた。


「氷の獣の体はこんな色をしているのですね」


 バトルアックスを見ながらシスネは興味深そうにそう言う。

 まるで初めてみたような口ぶりにセレッソが首を傾げた。


「見たことがないんですの?」

「ええ。お恥ずかしながら、何度か討伐に参加してはいるのですが、僕は氷の獣を実際に見た事はないのです」


 セレッソの言葉にシスネは少しだけ残念そうに頷いた。

 コンタールの町の冬の討伐は今までは全て騎士隊のみで行われている。

 その際に、今回のシスネのように、隊長か副隊長のどちらか一人が連絡役として隊舎に待機する事となっている。

 なのでシスネは討伐班のメンバーとして毎回参加しているのだが、何故かシスネが向かう方向には氷の獣は一度も現れた事がないのだそうだ。

 もちろんシスネは好戦的な方ではない。 

 ないのだが、それでも討伐に向かった先で一度も氷の獣に遭遇出来ないのは、何とも言えない気持ちになるらしい。

 自分もコンタールや仲間の役に立ちたいとシスネは言った。


「冬の討伐は精霊の試練とも言われていますから、もしかしたら僕は精霊に嫌われているのかもしれません」


 肩を落として言うシスネに、セレッソは「うーん」と唸った。


「逆に好かれているような気もしますけれど……」


 一度も遭遇しなかったという事は、精霊がシスネとは『戦いたくない』と思っているのかもしれない。

 それに、遭遇しないとはっきりと分かれば、万が一冬の討伐の際に逃げ遅れた人等を発見した時に、安全に救助をする事が出来るだろう。

 セレッソがそう言うと、シスネは目をパチパチと瞬いて「そう言う考え方もあるのですね」と呟いた。


「物事は前向きに考えた方がお得ですわっ」

「お得ですか」


 店でお買い得商品でも見つけた時のような雰囲気でセレッソが言うと、シスネは思わず噴き出した。

 そうして笑った後で再び手に持ったバトルアックスに目を落とし、


「それにしても本当に見事に凍り付いていますね。王都の学者が見たら喜びそうです」

「そうなんですの?」

「ええ。こういった事はあまり起きないので」


 シスネが言うには、氷の獣の体に刺さった武器がそのまま残っているのは珍しい事なのだそうだ。

 氷の獣の体は硬い。

 そこへ武器を突き刺すならば、砕いたり切り落としたりするのと同様に、それなりの力や威力が必要になる。

 だが、ただ武器を突き刺すだけならば、力があれば良いのでそれ程難しくはない。

 難しいのはそれが残っているかいないか(、、、、、、、、、、)だ。


「大抵は氷の獣が動き回っている内にどこかで落ちるか、逃げられる前に倒してしまうかのどちらかなのです。何より、吹雪に体を変えた後もなくならずに同じ場所に残っているとは思いませんでした」


 シスネにそう言われてセレッソは大きく目を見張った。

 言われてみればその通りだ。

 氷の獣のボスの姿そのものが頭に焼き付いていたので気付かなかったが、確かに不思議である。

 氷の獣は日没と共にその体を吹雪へと変化させる。昨晩セレッソも体験しているので、それは分かる。

 だがその間、バトルアックスはどうなっていたのだろう。

 氷の獣が生まれる際に出来る樹氷石(ヌアザ・ギハーロ)ならば納得は出来るが、バトルアックスは後付けで、しかも人の手で作られたものなのだ。


「話のネタとしては良いのですけれど、不思議ですわね……」


 セレッソとシスネは「うーん」と唸りながら首を傾げた。

 精霊とはそういうものと結論付けてしまえば話は早いのだが、一度気になってしまうとなかなか頭から離れてはくれない。

 セレッソとシスネは、ああだこうだと歩きながら話し合っていると、気が付けばセレッソが泊まっている宿へと到着していた。

 何かに夢中になっていると時間が過ぎるのは早いものだ。

 セレッソはシスネに礼を言うと、預けていたバトルアックスを受け取った。


「ありがとうございます、シスネさん」

「いえ。では、準備が出来るまでお待ちしています」

「え?」


 セレッソは意外そうに目を丸くした。

 てっきりシスネはそのまま隊舎に戻るものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 シスネは小さく笑うと、


「その、逆に気を遣って頂いて」


 と、申し訳なさそうにそう言った

 どうやら話している内に先程のセレッソの失敗(、、)に気が付いたようだ。

 セレッソは笑って誤魔化すと「なら、ササッと支度をしてしまいますわね!」と言い、ぱたぱたと走って宿の中へと入って行く。

 その背中を見送りながら、シスネは頭の中にセレッソとベナードが戻ってきた時の事を頭の中に浮かべた。


「…………良かった」


 二人が無事で、本当に。

 呟いて、じわりと目の奥に熱を感じたシスネは、服の袖で目をぐいと拭くと、宿の壁に背中をつけてセレッソが戻って来るのを待った。

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