光の道
セレッソとベナードを探しに来たのはルシエとレアル、カルタモとカラバッサの四人だった。
討伐班に選出された他のメンバー達は周辺の警戒と、ボスの逃亡を防ぐ為にコンタール山の各地で待機しているらしい。
そんな話をセレッソ達にしながら、ルシエは青色の煙の出る発煙筒を焚いて二人の無事を知らせている。
レアルとカルタモはその間に、ルシエの指示で周辺の確認へと向かった。
「でも本当に無事で良かったわ。怪我らしい怪我もないようだし……雪のおかげかしら?」
レアル達を見送った後で、改めてほっとした表情でルシエは言う。
確かに雪がクッションになってくれたおかげでもあるだろうが、それ以外に恐らくベナードの魔法も絡んでいるのだろうとセレッソは思った。
崖から落ちた時にセレッソはふわりと体を包む、あたたかい何かを感じたのだ。
七年前にベナードがセレッソに掛けてくれた魔法。
あれに似ている。
だがこの世界にある魔法とはささやかな手助け程度のものだ。
雪と魔法だけでこうして怪我もなく無事でいられた事は、セレッソにはやはり少々不思議だった。
「それと精霊のおかげかもしれないな」
ベナードがぽつりと呟く。
そうかもしれない。
冬の精霊の悪戯で、コンタール山の植物の一部が活性化しているのを見たセレッソは、ベナードの言葉に頷いた。
「おーい、セレッソ」
そんな事を話していると、カラバッサが手を振って近づいて来た。
カラバッサの手にはカチンコチンに凍ったままのバトルアックスと木の棒が握られている。
木の棒は一部のみ凍っているが、バトルアックスは端から端まで、物の見事に氷漬けである。
氷の獣のボスを倒した今でも、やはりこの気温では融けてはくれないようだ。
バトルアックスはボスの体と同じ青く透き通った氷に包まれて、日の光に当たってキラリと輝いている。
「攻撃力が上がりそうですわね」
「ヤダコワイ」
真顔でそう言ったセレッソにカラバッサは苦笑しつつ、バトルアックスを手渡した。
セレッソはカラバッサに「ありがとうございます」と礼を言うと、一日ぶりに戻ってきたバトルアックスを握って嬉しそうに微笑む。
攻撃力どころか氷の重さも増しているが、気にならないようだ。
「暖炉の前にでも置いておけば何とかなるか」
ひょいと覗き込んだベナードがそう言うと、セレッソは頷く。
「……ここから氷の獣のボスが復活する、なんて事はないわよね」
「ヤダコワイ」
バトルアックスを見つめながらルシエがそう言うと、今度はカラバッサが真顔になった。
「まぁ、それはない……とは言い切れねェが、どちらにしろ融かしちまえば大丈夫だろう」
「そうですわね」
ベナードの言葉にセレッソも頷いた。
ちなみにルシエの「氷の獣が」の辺りで、セレッソの頭の中にはバトルアックスからキノコのようにポコッと氷の獣が出現する様が浮かんだが、敢えて気にしないでおく事にする。
「そう言えば、その木の棒は?」
「ああ、バトルアックスと一緒にあったんで、とりあえず持って来たんだが」
ルシエの言葉に、カラバッサは思い出したようにもう片方の手に持っていた木の棒を軽く持ち上げて見せた。
バトルアックスがない間、セレッソが武器として使っていた木の棒だ。
こちらもバトルアックス同様に青色に透き通った氷で、全体の三分の二くらいが凍りついている。
セレッソはカラバッサからそれを受け取ると、バトルアックスと合わせて両手に持った。
「大分ぼろぼろだがどうするんだ? 薪か?」
「いえ、ベナード隊長との共闘記念に取っておきますわ!」
カラバッサの言葉にセレッソはにこにこと満面の笑顔で言った。
ベナードとルシエ、カラバッサはセレッソの言葉にポカンとした顔になった後、
「ぶれないねぇ」
と、吹き出すように笑った。
セレッソも「うふふ」と笑っていると、木の棒の端に何か薄い青色をした石のようなものが刺さっている事に気が付く。
何だろうと首を傾げて取ってみたところ、それは植物の葉のような形をした石だった。
樹氷石だ。
セレッソは目を見張った後、ベナードを見上げた。
ベナードはセレッソが何を言いたいのか分かったようで、頷く。
「カラバッサさん、これを後で、ギルドの方からカルタモさんに渡して頂けますか?」
そう言いながらセレッソは樹氷石をカラバッサの方に差し出した。
カラバッサはそれを受け取ると驚いたように少し目を開き、
「直接渡さねぇのかい? というか、いいのか、これ。結構貴重な素材だぜ?」
とセレッソとベナード、ルシエの顔を順番に見ながら言った。
セレッソはカラバッサの言葉に首を横に振ると、
「騎士隊の方は討伐が目的でしたし、それに支部長さんが言っていたでしょう? 討伐に参加したら氷の獣を倒した際に稀に落とす珍しい素材も手に入るかもしれないって。その流れで渡して貰った方が角が立たないと思いますの」
何よりも意地を張っていらないと突っ返されても困るのだ。
もちろんカルタモがこれを本当に必要としているかどうかはセレッソには分からない。
サウセから「こうかもしれない」と聞いただけで、カルタモからは直接は聞いていないのだ。
だが、もしもカルタモがこれを必要としているならば、必要としている人の手に渡った方が良い。
必要としていなければそのままギルドで保管して貰えば良いだけだ。
グルージャならば悪いようにはしないだろう。
そうセレッソが言うと、カラバッサは樹氷石を軽く握ってニッと笑い「まかせとけ」と頷いた。
レアルとカルタモが戻って来たのはそれから十分程度経った後だった。
辺りを見て回ったが氷の獣らしきものの姿は見当たらなかったようだ。
あとは今夜一晩、吹雪きも何も起きなければ、それで討伐は完了である。
「いやー冬の討伐に参加したのは久々だから、オッサン腰にきたわぁ」
両手を大きく伸ばして、おどけたようにカラバッサは言う。
そうしてルシエに目配せをすると、二人は「崖の方を確認してくる」と歩いて行った。
二人の様子にセレッソとベナードが顔を見合わせて首を傾げていると、不意に、レアルとカルタモがセレッソ達に向かって勢い良く頭を下げた。
セレッソとベナードはぎょっとして目を見張る。
「我々の行動で、二人を危険な目に合わせてしまい、本当に……本当に、申し訳ありませんでした」
昨日の崖の上での戦闘の事を言っているのだろう。
セレッソは首を振ると、
「バトルアックスが凍った事に動揺して、咄嗟に手を放せなかったわたくしも悪いですわ」
「俺も自分で飛び出したからなァ」
「いいや。あの場で騒ぎを起こしたのは俺達だ。あれは死んでいてもおかしくはなかった。……本当に、悪かった」
カルタモは顔を上げず、そのままの体勢で「どんな処分でも受ける」と言った。
確かにカルタモの言う通りではある。
セレッソとベナードが助かったのは運が良かったからだ。
もしもこれが夏などの雪が薄い時期であれば、恐らく無事では済まなかっただろう。
ベナードは考えるように腕を組み、セレッソは「うーん」と顎に手をあてる。
そうした後で最初に口を開いたのはセレッソだった。
「……なら、後でこの討伐の事を、本に書かせて下さいな」
「本?」
レアルとカルタモは思わず顔を上げて、目を丸くしてセレッソを見た。
セレッソは二人に向かって頷くと、
「わたくし、正式に隊付き作家になったら色々と書きたい物語がありますの。その物語の一つに、今回の討伐の話をいれたいのですわっ」
セレッソは力強くそう言った。
バトルアックスを振り回したり紙芝居を披露したりしているが、基本的にはセレッソは隊付き作家志望だ。
隊付き作家の本来の仕事は、騎士隊の活動内容を広く知って貰う為の本を執筆する事である。
そして、それをするに当たって必要なのが情報だ。
セレッソとベナードが崖下にいる頃に他の騎士達はどんな事をしていたのか、ルシエ達の班ではどんな事が行われていたのか、そんな事を全て調べて吟味し、多少調整した上で、執筆する。
それがセレッソが隊付き作家になった際の本来の仕事であり、セレッソが本当にやりたい仕事である。
だからその為に二人がその目で見た情報が欲しい。
セレッソはそう言っているのだ。
レアルとカルタモはセレッソの言葉に、驚いたように目を見張り、少しの間ぼうっとしたようにセレッソを見つめた後で「分かった」と頷いた。
「なら、わたくしはこれで十分ですわっ」
セレッソはレアルとカルタモに返すように頷く。
他の人達にも許可を貰ったり、話を聞いたりしないとと気合を入れるセレッソにベナードは苦笑した。
「まぁ、何のお咎めなしってわけには、いかねェか」
セレッソとベナードが崖から落ちた原因の一端は、レアルとカルタモの言い争いにある。
それに至るまでに何があったのか話を聞くのも含めて、騎士は騎士隊で、冒険者は冒険者ギルドで、それぞれ処分を考えるという事になった。
ベナードがレアルとカルタモにそう言うと二人は頷き、改めて「申し訳なかった」と頭を下げたのだった。
話がひと段落した後、セレッソ達はコンタールへ戻る為にテントへ戻って来た。
そこではすでにルシエとカラバッサがテントの片づけを始めてくれている。
セレッソは「手伝いますわ!」とぱたぱたと駆け寄って行く。
「元気だねぇ」
レアルが感心したように呟くと、ベナードも笑って頷いた。
昨日の疲れや、先程の戦闘での疲れを微塵も感じさせない様子に、カルタモも少し驚いているようだ。
セレッソの後ろ姿を見ながらベナードは「そう言えば」と思い出したように口を開いた。
「そう言えばお前ら、よくここが分かったな」
ベナードが言っているのはテントの張られている場所の事である。
テントが張られているのは崖から少し離れた森側だ。
落ちて直ぐの場所ではない上に、落下した跡や足跡は昨日の吹雪でほとんどが消えてしまっているだろう。
にも関わらず、比較的早い段階でこうして合流出来た事が、ベナードには不思議だった。
「ああ、確かに足跡とかはほとんどなかったのだがね。あれが見えたのだよ」
そう言ってレアルはある方向を指さした。
ベナードはレアルが指した方向に顔を向ける。
向けて、大きく目を見張った。
そこには淡く黄色に輝く光の道が出来ていた。
白い雪の地面の上に伸びる淡い光は、しっかりとテントまで続いている。
ベナードの頭に昨晩セレッソが言っていた言葉が蘇った。
恐らくあの光はセレッソの鞄から零れ落ちたルースの実の粉だろう。
粉というくらいなので零れ落ちれば吹雪で飛ばされてしまうかのように思えたのだが、目の前の状況を見るからに、その粉の性質は騎士隊で利用されている特殊な粉末に良く似ているのかもしれない。
氷の獣を追跡する際にベナードが使った、粉の上に雪が乗ってもじわりと浸み、滅多な事では消えたりはしないアレである。
「まるで魔法みたいだったよ」
光の道を見ながらレアルがそう呟く。
キラキラ、キラキラと。
太陽の光に照らされて雪と共に淡く輝く光の道。
「そうか」
ベナードは晴れやかに笑うと、光の道をじっと見つめ続けた。




