トランクの中身
隊付き作家とは、その名前の通り、騎士隊付きの作家の事だ。
この国の騎士隊では騎士隊付きの作家を雇う事はそれ程おかしな事ではない。
武勇を誇る為という隊もあるが、大体は自分達の活動内容を広く知って貰う目的で、隊付き作家を雇って自分達の活動内容を執筆して貰うのだ。
もちろん事実そのままではなく、騎士隊長等の役職が望めば読みやすいように多少の脚色や変更が行われる事もある。
そうして出版された本は、一部がその隊の収入としても認められる。
そう言った事もあり、活動経費を増やす為にも歓迎される傾向にあった。
もちろん、腕の良い作家ならば、というのは重要な点ではあるが。
「悪ィが、うちは作家を雇えるような余裕はないよ」
「ご安心下さい! 自分の給料分は自分で稼いできましたわ!」
そう言って、セレッソは自信満々の笑顔で手に持っていたトランクを開けた。
先に給料を稼いでくるってどんな状況なのだろうか。
そんな事を思いながらトランクの中を覗き込んだベナードは、さらにぽかんとした顔になる。
中に入っていたのはアルディリアの流通貨幣であるオルデン紙幣だった。
ちなみにアルディリアにはオルデン紙幣以外にオルデン硬貨がある。百オルデン硬貨で一オルデン紙幣だ。
そのオルデン紙幣が、トランクの中にぎっしり詰まっている。
どこの金持ちのお嬢様だとベナードは思ったが、目の前にいるセレッソは確かに『自分で稼いだ』と言っていた。
さすがのベナードでも言葉のままに信じる事は出来なかった。
「まさか鞄の中身がぎっしりと詰め込まれたオルデン紙幣だとは俺も思わなかったぜ」
「というわけで、当面の心配はございませんので置いて下さいな!」
「ちなみにどうやって稼いだんだ?」
「作家の活動以外でしたら、早朝の新聞配達から始めて、近所の農家さんの動物の世話、昼前には食堂の手伝いをして、終わったら山へ入って薪を採るくらいの繰り返しかしら。自分で決めた金額を達成するのに思ったよりも時間が掛かってしまいましたわ。本当はもっと早くにお会いしたかったのですけれど……やだ、わたくしったら!」
ぽっと赤らめた頬に手を添えて言うセレッソにベナードは唖然とした。
早朝の新聞配達に、家畜の世話に、食堂での手伝いに、山に入って薪だ?
幾らなんでもやり過ぎだろうとベナードは思った。
もしかしたら誰かから「面接ではこう言え」とアドバイスを貰ったのかもしれないが、ベナードはその線を早々に捨てた。
ベナードは騎士隊長である。
アルディリアには魔物と呼ばれる狂暴な獣が存在するが、その討伐も騎士の仕事の一つだった。
だがそれ以上に多いのは自分達と同じ人間の犯罪者を取り押さえる事である。
犯罪者をかばって嘘を吐く者の対応も何度もしてきた。
経験から、相手が嘘を言っているのかそうでないのかは大体は分かる。
視線の動き、まばたきの数、手の動き。他にもあるが、相手のそんな様子を見れば、ベナードには分かる。
だが、セレッソはどうだ。
もじもじと恥じらうような動きはしているものの、今までベナードが『嘘を吐いている』と判断してきた要素が残念ながら見当たらない。
残念ながら、と言うのは少々意味が違うように思えるが、ベナードとしては断る理由の一つがなくなってしまうので『残念ながら』になるのだ。
ベナード隊には隊付き作家を雇うような余裕はない。これは本当だ。
ついでに言えばセレッソのような見た目からひ弱そうな女性を、余所と比べて荒事に携わる数が多い自分の隊で受け入れるのは、心配でもあるのだ。
あるのだが。
「そこらの騎士志望よりよっぽど働いてねェかい?」
「いえ、わたくしは隊付き作家志望ですわっ」
セレッソは握り拳を作った両腕を軽く曲げて力強く答えた。
服の袖が地面の方へと少し落ちる。
その際にベナードはセレッソの腕をちらりと見た。
何か、凄く引き締まっている。
ムキムキというわけではないが、程よく筋肉のついた腕だ。
断る理由として考えていた一つ一つをきっちりと潰してやってきたセレッソに、ベナードはダメ押しでもう一つ尋ねてみた。
「うちは人数が少ねェから、最低限自分の身を守れねェ奴は置いておけねェぜ?」
そう言われてセレッソは目をぱちくりと丸くした。
ベナードはこれは効いたかと少しばかり期待したのだが、その期待は次の瞬間には脆くも崩れ去る。
セレッソはぱちんと手を合わせると、にこにこしながらチェロケースを開けた。
斧が出てきた。
「バトル……アックス……」
ベナードは目を剥いた。
チェロケースから出てきたのは片刃の斧だった。
正確には斧ではなく戦斧に分類されるものだ。
長さはセレッソの身長の半分くらいだろうか。入っていたチェロケースよりは小さいが、見た目的にもずっしりとしている。
「木の伐採にもお役立ちですの!」
ぽかんとしたベナードの表情を見て、何かを勘違いしたらしいセレッソは慌てて補足した。
そういう問題じゃない。
ベナードは瞼に手を当てて天を仰いだ。
セレッソはと言うと、ベナードの様子を見てしまった不合格かとオロオロし始める。
そうして、しばらく。
ベナードは肩を震わせ始めた。
それを見たセレッソは、不合格の上に怒らせてしまったのかと青ざめ、しょんぼりと肩を落とした。
「あ、あの……うう、分かりました。分かりましたわ! もうひと思いにスパーンと言って下さいませ……」
「ふ、ふはは……あっはっはっは!」
覚悟を決めたセレッソだったが、返って来たのは笑い声だった。
きょとんとした顔のセレッソの前でベナードは自分の足を叩き腹を抱えて笑い出す。
目には涙まで浮かんでいた。
やだ、ベナード隊長が笑ってる。格好良い。
セレッソは先程までの悲壮な顔ではなく、両手を合わせて目を輝かせた。
ひとしきり笑い終えると、袖で目を擦り、ベナードはセレッソに向き直った。
「あー、笑った笑った。あんた、逞しいねェ」
「いえ、わたくしなど、祖父母や母に比べたらまだまだですわ」
「あんたの家系何者だ」
ベナードはニッと笑い、右手を差し出す。
「ひとまず、三か月は試用期間って事でオーケー?」
「も、もちろんですわ!」
セレッソはベナードの手に飛びついて、上下にぶんぶん力強く振る。
ベナードの予想通り、セレッソの手のひらは硬かった。
「……こりゃ、断わりにくいわなァ」
「?」
苦笑しながら呟いたべナードの言葉を聞き取れずにセレッソは首を傾げた。