試合の行方
ようやく始まった雪合戦は、それぞれなかなかの好勝負だった。
騎士チームはローロとルシエが雪玉を作り、ベナードとレアル、シスネが攻撃。
冒険者チームはサウセとカラバッサが雪玉を作り、アベートとヒラソール、ペーラが攻撃。
雪玉は先程シスネが投げたように、ひゅんとまっすぐに相手へと向かうものもあれば、雪壁の向こうを狙って大きく弧を描いて投げられたものもあった。
得点数はどちらもじわじわと増えてきているものの、点差はなかなか開かない。
片方が抜かせば片方は追いつく、片方が追いつけば片方が抜かすの繰り返しである。
「皆さん、上手いですわね」
「まぁ、雪で遊ぶ以外に、あまり面白ぇ事もなかったからな」
試合の様子を見ながら、セレッソとグルージャはマイクを離して話す。
雪の多いアルディリアでは、そこの住む者のほとんどが雪遊びをして育っている。
もちろんコンタールでも同様だ。
もともとコンタールには娯楽と呼ばれる物は少ない。
たまに商工会や出版社等が主催して旅芸人や楽団などをコンタールへ呼ぶこともあるが、それでも一年に一度か二度くらいである。
王都を中心に活動をしたり王都に拠点を置く彼らにとって、コンタールは王都から離れている事もあり移動費も掛かり、自主的にここまで来てくれるものはなかなかいなかった。
その点、雪遊びは費用も掛からず誰でも楽しめる娯楽なので、重宝されていたのだ。
「試合時間もそろそろ後半戦ですねわね」
「ええ。一進一退の攻防、先に大きく点数を引き離すのはどちらでしょうか」
実況をする二人のテーブルに置かれた砂時計の砂は最初の時の半分まで減っている。
セレッソが残り時間を確認した時、冒険者チームに動きがあった。
アベートである。
セレッソの声にちらりと砂時計に目をやったシスネの一瞬の隙を見逃さず、アベートが力強く雪を踏みしめ雪玉を投げたのだ。
「おらっ!」
アベートの投げた雪玉は風を切る音を立てながらシスネへと向かう。
気付いて避けようとしたシスネだったが、間に合わない。
ニッとアベートの口元が上がった、その瞬間。
「甘ェよ!」
シスネに向かっていた雪玉がパァン、と空中で弾けたのだ。
「コノヤロウ」
アベートが目を張って悔しそうに舌打ちする。
その視線の先に立っているのはベナードだ。
シスネに向かって投げられた雪玉を、ベナードの投げた雪玉が相殺したのだ。
「おっと! これは上手い! ベナード隊長、自分の雪玉で相手の雪玉を相殺しました!」
「ベナード隊長、格好良いですわ! 婿に!」
「熱烈な応援ですねぇ。ですが当のベナード隊長は、良い笑顔で両腕でバツ印を作っています!」
「また振られましたわー!」
セレッソは実況がてら、いつもの調子でマイクに向かって叫ぶものだから、辺りに大きく声が響く。
見物客からどっと笑いが起こり、シスネはこめかみを押さえてため息を吐いた。
グルージャもマイクを離してくつくつ笑っている。
そんな笑い声の中、冒険者チームでは、ヒラソールとペーラが雪壁の向こうから騎士チームの様子を見ていた。
「うひゃーなかなか雪玉当たんないッスね」
「さすがに良い動きしてるよなぁ」
ひょっこりと顔を覗かせると、それを目がけてシスネの投げた雪玉が飛んでくる。
慌てて雪壁の下に顔をひっこめると、二人は顔を見合わせた。
「狙い目はレアルさんだと思うんスよね」
「でかいしな。あと、雪像作りで少し疲れているっぽい。うちのサウセもだけど」
ちらりと視線を後ろに向ければ、サウセがぶつぶつと何やら呟き、笑いながら雪玉を作っていた。
恐らく疲れもあるのだろうがその光景は不気味で、ついでに言えば雪玉を作る際に顔らしきものをつけるのはやめて欲しいとヒラソールは思った。
同じくカラバッサも少し離れたところで雪玉を作ったり、たまに雪玉を投げたりしている。
だが相手チームを狙うというよりは、サウセの作ったマーメイドの雪像を飛んでくる雪玉から守っているだけのようだ。
あいつは俺が守ってやるぜと言わんばかりの笑顔を浮かべたベテランに、ペーラは半目になった。
「アベートセンパイが眩しく思えるッス」
「まったくだ」
ヒラソールとペーラはサウセとカラバッサから視線を戻すと、彼らが作った雪玉を一つずつ手に持った。
そうして、お互いに頷き合うと、バッと左右に分かれて飛び出す。
向かう先は陣地の左右両端ギリギリだ。
同じタイミングで辿り着くと、二人はそこから足をはみ出さないように気を付けて雪を踏みしめ、レアルに向かって雪玉を投げる。
アベートに狙いを定めていたレアルは、両側から飛んでくる雪玉に咄嗟に反応が出来ず、
「うわっ!」
体を後ろにずらして何とか一つは避けたものの、もう一つは避けきれず、頬に雪玉を受ける。
「おおっと! ヒラソールさんとペーラさんのコンビネーションアタック! レアルさんは避けきれず、雪玉がヒット! 冒険者チーム一点追加です!」
「ヒラソールさんとペーラさんは、試合開始から着実に一点一点を取りに行っていますね。うまいぞ、二人とも!」
雪合戦が始まってからの初の協力攻撃に、セレッソとグルージャの実況にも熱が入る。
見物客達からもわっと歓声が上がった。
「お兄ちゃん、すごい!」
「ペーラおねーさん、かっこいー!」
クルトゥーラとパステルも手を叩いて声を弾ませた。
歓声を受けてヒラソールとペーラは嬉しそうに笑うと、パンッとお互いの両手を打ち鳴らした。
「ぐぬぬぬ……」
一方雪玉が当たったレアルは、ぱらぱらと顔から雪玉の欠片を落としながら、悔しげに口をへの字に曲げた。
それを見てアベートは高らかに笑う。
「はっはっは! どうだ、見たか!」
「フッ! 偉そうなセリフは、一度でもボクに雪玉をぶつけてから言うのだなっ!」
「何だとう!」
レアルの言葉にむっとしたアベートは、言い返そうと口を開く。
そこへ騎士チームから雪玉が飛んでくる。
「ぶっ!?」
雪玉はアベートの顔面に当たった。
思いのほか速度のある雪玉だった為、その勢いで思わずアベートは数歩後ずさった。
じんじんと痛む顔面についた雪を手で払い、アベートは飛んできた方向へと顔を向ける。
そこには雪壁から半分体を出したルシエがいた。
ルシエは自分で投げた雪玉がちゃんと当たった事に自分で驚いていた。
ルシエはローロと共に雪玉作りを担当していたが、恐らくある程度雪玉が貯まって来たので攻撃班の手伝いをし始めたのだろう。
「はーっはっは! ナイスだルシエ副隊長!」
「ルシエさーん!」
「ひい!」
レアルの高笑いと共に、見物客からルシエへの声援が飛ぶ。
ルシエは肩こそびくりと跳ねたが、だんだんと慣れて来たのか、その歓声に向かって、おどおどとした様子ではあるが少し微笑み、手を振った。
あのルシエが、微笑んだ。そして手を振ってくれた。
ルシエに声援を投げかけた見物客はそれを見て感極まったように涙ぐみ、お互いの肩を叩いて喜びを分かち合う。
それを見たローロが、まるで自分の事のように嬉しそうに微笑んでいた。
実に微笑ましい事である。
「一部でほんわりとした空気も流れていますが、試合時間も残すところ僅かですね」
「ええ、今のところ点数差もそれ程開きがないですし、ここが勝負所と言ったところでしょうか」
砂時計の残りを見るからに、砂が落ち切るまでにあと十分程度だろう。
試合は今のところは騎士チームの方が勝っている。
だが得点差は一、二程度で拮抗している為、これからの冒険者チームの逆転も十分にあり得た。
「残り時間も少ねぇな。こうなりゃ、総力戦で行くか」
得点と残り時間を確認していた冒険者チームのカラバッサが、自分のチームメンバーに向かってニッと笑いかけた。
一体何をするのかと首を傾げたアベート達に、カラバッサはぴっと親指で自分の後ろを指す。
そこには、ずらりと並び、重ねられた雪玉の山と、ぐったりした顔で雪玉を作り続けるサウセの姿があった。
「おや? 冒険者チーム、何やら全員雪壁の向こうに身を潜めましたね」
「一体何をしているのでしょう……あ!」
実況の声が響き、騎士チームが怪訝そうに冒険者チームを見る。
すると雪壁の向こうから、両腕いっぱいに雪玉を抱えた冒険者達がザッと姿を現した。
アベート、ヒラソール、ペーラ、カラバッサの四人である。
「あれ、まさか……」
ローロがひくりと頬をひきつらせた。
その言葉に応えるように冒険者達はニッと笑う。
「くらいやがれええええ!」
アベートの掛け声を皮切りに、冒険者達が一斉に雪玉を掴む。
そうしてその雪玉を、やたらめったら全力で投げ始めたのだ。
「冒険者チーム全員で、いえ、四人で雪玉を全力で投げています!」
「先に勝負に出たのは冒険者チーム! サウセさんが死にそうな顔で雪玉を作っているのが見えますね」
冒険者チームから投げられた大量の雪玉が、騎士チームに降りかかる。
まるで白い雨である。
「はっはっは! こいつァすげェな」
「フッ良いだろう! ならば僕達も受けてた等ではないか!」
「えっちょっ!?」
楽しげなベナードとレアルにシスネは一瞬焦ったが、飛んでくる雪玉の雨を見て「致し方なし」とばかりに、自身も雪玉を引っ掴んだ。
そうして騎士チームも投げ始める。
騎士チームはベナードとレアル、シスネとローロの四人だ。
屋根をつけた事が幸いだったか、雪玉に当たる心配のないルシエは雪壁の中でせっせと雪玉を作ってはそのサポートをしている。
「騎士チームも受けて立つようです! 両陣営から降り注ぐ雪玉、雪玉、雪玉!」
「これはすごい! つーかお前ら加減しろよ、点数カウントするのすげぇ大変だよ!」
セレッソとグルージャは実況しながらそれぞれに雪玉があった数を紙に書いてカウントしていく。
片手にはマイクを、片手にはペンを。二人とも必死の形相で点数を書き綴っていた。
カウントするのは大変だが、ラストスパートとばかりに大量の雪玉が飛び交う試合に見物客も大盛り上がりである。
屋台で料理を作っていた商工会の人々も身を乗り出して眺めていた。
「はははは、こりゃすごいわ」
コラソン亭の主人もそれを眺めながら、コートから外れて跳んでくる雪玉を避けつつ楽しげに笑った。
両チームとも、とにかく多く投げる事に比重を置いた為にコントロールの精度は落ち、雪玉はたまにコート外へと飛んで行く。
子供達は飛んでくる雪玉を見上げながら、きゃいきゃいと楽しそうに避けていた。
「わーい! 雪ー!」
「あっそっち落ちるよぉー!」
楽しそうに跳ねる子供達の声にグルージャはふっと笑いながら、砂時計を見た。
「さて、そろそろ終了の時間ですね」
砂時計の砂はもうあと数秒で落ち切るという所だろうか。
どちらかもそろそろ最後の攻撃になる。
冒険者チームではペーラが、最後ならばと、しっかりと狙いを定めていた。
そうして投げようと、大きく振りかぶった時だ。
その腕に騎士チームから飛んできた雪玉が当たった。
「わあ!」
投げる体勢になっていたペーラの体がバランスを崩し、その拍子に雪玉が高く高く、空に向かって大きく上がる。
その時、砂時計の砂の最後の一粒が落ちた。
「そこまで! 今、手から離れた分を最後の攻撃とします!」
グルージャの声に両チームの手が止まる。
どちらも相当全力だったのだろう。ぜいぜいと肩で息をしながら、だらだらと汗を垂らしていた。
「終わった……」
シスネががくりと地面に座り込むと、つられるように両チームともどさりと地面に腰を下ろす。
それを横目で見ながら、グルージャとセレッソも、お互いに綴っていた得点数を見せ合う。
二人とも、少し汗をかいている所を見ると、どうやらこちらも全力だったようだ。
ちなみに冒険者チームのカウントをしていたのがセレッソで、騎士チームのカウントをしていたのがグルージャである。
得点を何度か確認し合うと、二人は頷き、グルージャがマイクを取った。
「……よし、出たぞ。得点は五十二対五十一! 騎士チームの勝ちだな」
グルージャの言葉に冒険者達が疲れたように息を吐いた。
ベナードも、ふー、と息を吐きながら空を見上げる。
見上げて、目を見開いた。
空の上、太陽に重なって、きらりと光る何かが落ちてくる。
体を動かそうとしたが、疲れ切った体は動くことを拒否するかのように、重く地面に沈む。
ベナードは苦笑をしながら顔を下ろすと、肩をすくめた。
「いや」
そうして軽く首を振る。
その頭に、ペーラの投げた雪玉が落ちた。
雪合戦会場にいた全員が「あ」と口を揃える。
「引き分けだ」
ベナードがそう言うと少しの沈黙の後、グルージャがニッと笑って試合終了の笛を鳴らした。




