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試合開始

 グルージャの宣言と共に、騎士チームと冒険者チームが雪合戦のコートのそれぞれの陣地へと移動した。

 このコートは、朝からせっせとセレッソとグルージャ、シスター・フルータを始めとした教会の有志達が、青色の絵の具で線を引いて作ったものだ。

 長方形に線が引かれたコートの真ん中にも、同じように青色の絵の具の線が引かれている。

 教会に向かって左側が騎士チームの陣地、右が冒険者チームの陣地である。

 それぞれが陣地内で走り回っても大丈夫なくらいの適度な広さとなっていた。

 セレッソ達がなるべく雪を踏み固めないように気を付けながら作ったので、コート内の雪はもともと積もっていた上に、教会の雪をかき集めてあるので、今はシスネの膝くらいまでの高さがある。


「これは結構、動き辛いですね……」

「よくこれだけ集めたもんだ」


 歩きながら雪の様子を確認しているシスネの横で、ベナードは腕を組んで感心したように呟いた。

 ちなみにベナードもコート作りを手伝うつもりでいたのだが「やる前から参加者を疲れさせるわけにゃあいかねぇだろう」とグルージャが断ったのだ。

 ふと見ると、セレッソとグルージャも少し疲れた顔をしながら、実況席作りの為にテーブルと椅子をコートの横に移動させている所だった。

 だがどちらも楽しそうだ。

 ベナードはふっと笑って、騎士チームを振り返って声を掛けた。


「それじゃあ、頑張ろーぜ」


 さて、雪合戦の試合が始まるまでに、簡単に今回の両チームのメンバーについて紹介しておこう。

 まずは騎士チームだ。

 こちらは元々人数が少ないので特にいつもと違いはない。

 ベナード、ルシエ、ローロ、レアル、シスネの五人が参加者である。


「はーはっは! このボクがいるからには勝利は確実だとも!」


 相変わらずのレアルの高笑いに、シスネがこめかみを押さえてため息を吐いた。

 セレッソはその様子を見て少しだけ羨ましそうに目を細めた後、冒険者チームへと視線を移す。

 冒険者チームはアベートとサウセ、ヒラソールに、ペーラとカラバッサという二人を加えた五人だ。

 ちなみにセレッソはペーラとカラバッサとは初対面である。

 ペーラはヒラソールと同じく新人の冒険者で、歳は十代半ば。

 毛先が外側に跳ねた金髪のショートボブに、青色の目をした少女である。

 身長はシスネよりも少し高いくらいだろうか、活発そうで愛嬌のある雰囲気の小柄な冒険者だ。


「うッス! センパイ達の足を引っ張らないように、頑張るッス!」


 びしり、と敬礼しながら、少し緊張した面持ちでペーラは言った。

 彼女はヒラソールよりも後に冒険者ギルドに入ったばかりの新人なのだそうだ。

 その隣ではカラバッサが頭の後ろに手を当てて苦笑している。


「オッサンも足引っ張らねぇようにしねぇとなぁ」


 カラバッサはペーラとは正反対に、大柄でがっしりとした体格の男だ。

 歳は三十代半ば、くすんだ緑色のボサボサした髪に、茶色の三白眼が特徴の冒険者だ。

 コンタールの冒険者ギルドには二十年近く所属しているらしいベテランの冒険者である。

 ちなみに冒険者チームのメンバーはあみだくじで決められている。

 理由は参加希望者が多すぎた為だ。

 セレッソはコンタールの冒険者が全員で何人いるのかは知らないが、見物している冒険者の人数を見るからには二十人以上はいそうだ。

 そのほとんどが参加希望を出したらしいのだが、試合に参加できるのは五人。

 何で参加者を決めるかギルド職員で話し合った結果、あみだくじと言う事になった。

 それで決まったのがこの五人である。


「よぉし! 騎士の野郎なんてぶっとばしてやろうぜ!」

「センパイ、それまずいッス! 髪刈られるッス!」

「か、勝つぞー! おー!」


 気合を入れて言うアベートの言葉が聞こえ、セレッソとグルージャがちらりと視線を向ける。

 それを見たペーラが慌てて両手を振ってストップを掛けた。

 うっと詰まったアベートはそっと目を逸らした後、早口で言い直した。


「えー、そろそろ両チームの準備はよさそうですね」


 先程と同じ響き石(ディレクシオン)が先端に仕込まれたマイクを手に持って、グルージャは両チームの様子を見て言う。

 セレッソとグルージャは運んだテーブルと椅子をコートの外に置き、そこに座っていた。

 テーブルの上には『実況席』と書かれた手描きの紙と、砂時計が置かれている。

 いつの間にかセレッソの手にもグルージャと同じマイクが握られていた。

 一通りぐるりと見回して、両チームのリーダーであるベナードとアベートが頷くと、グルージャも返すように頷いた。


「それでは――――――試合開始!」


 グルージャはポケットから笛を取り出すと勢いよく鳴らす。

 同時に騎士と冒険者がバッと動き出し、セレッソはテーブルの上の砂時計をぐるんと逆さにした。

 さらさら、さらさらと砂時計の中の砂が落ちて行く。

 この砂は全て落ち切るまでに大体一時間くらいの時間が掛かる。

 今回は、雪合戦の際に身を隠す為に使用する雪壁などの事前準備がない状態でのスタートとなるので、少し長めなのだ。

 商工会からも、飽きられない程度に長めの試合時間だと嬉しいと言われてもいる。

 動き出した両チームを見ながら、グルージャは再びマイクに向けて話し出した。


「実況解説はこの私、冒険者ギルド・コンタール支部の支部長を務めておりますグルージャと、ベナード隊隊付き作家見習いのセレッソ嬢の二人でお届けします。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。まずは両チーム、相手をけん制しつつ雪壁作りを始めましたわね」


 同じようにセレッソもマイクに向かって話す。

 響き石を使った道具を使うのは初めてだったセレッソは、内心少しドキドキしている。

 自分の声が大きく響くというのは慣れるまではなかなかに緊張するものだ。

 そんな様子を知ってか、グルージャも小さく笑うと、途切れないように話題を続ける。


「ええ、そのまま立っていたら雪玉をぶつけられ放題ですからね」


 特にせっせと雪壁を作っているのは騎士チームのルシエだった。

 恐らく一番の理由は身を隠したいのだろう。

 ベナードとシスネはルシエに飛んでくる雪玉を自分の雪玉で防ぎつつ、雪壁作りを手伝っている。ローロは雪を運んだり、雪玉作りをしているようだ。

 対して冒険者チームはアベートが率先して雪壁を作っている。

 好戦的なアベートにしては意外で、セレッソは少し目を張った。

 アベートの雪壁作りをペーラとヒラソールが手伝っている。

 どちらのチームも、まずはしっかりと雪壁を作り上げる事をメインにしたようだ。


「おー、チームワークいいですね」


 実況を交えながら雪壁作りを眺めること、十数分。


「よし、できた!」


 最初に声を上げたのが冒険者チームのサウセだった。

 青空のように晴れ晴れとした誇らしげな笑顔を浮かべている。


「おっと、サウセさんが雪壁を完成させたようですね」


 グルージャの声に見物客の視線が集まる。

 注目が集まった事に機嫌を良くしたサウセは、両腕を大きく開いて自分が作った雪壁を披露した。


「おうよ! こいつでどうだ!」


 マーメイドだった。


 マーメイドとは、上が人間の女性の姿、そして足が魚の姿をした精霊である。

 雪壁を作っていたはずなのだが、サウセが自信満々に披露したのは雪像である。

 しかも上手い。

 この短時間で作れたのが不思議なくらい精巧な出来だった。よく見れば鱗まできちんと彫られている。

 綺麗なデザインの水着まで身に着けているマーメイドは太陽の光を浴びてキラキラと輝く。

 どこからどう見てもやはり雪壁ではないのだが、美しかった。 

 

「マーメイド! マーメイドです! これは南のニンナナンナ共和国の伝承にある水の精霊ですね」

「何故マーメイドなのか分かりませんが、サウセさんは誇らしげですわっ」


 ニンナナンナ共和国とは、アルディリアからはるか南にある、四方を海に囲まれた島国だ。

 アルディリアの住人に行ってみたい国はどこかと尋ねると八割方名前が上がる。

 そのニンナナンナでは、マーメイドの歌声が響くと嵐が起こるという伝承がある。マーメイドは嵐の前兆を知らせてくれる水の精霊なのだ。

 海から離れたアルディリアではマーメイドの容姿も含めて憧れの一つであった。

 この短い時間でよくここまで作れるものだとセレッソとグルージャが感心していると、そこへカラバッサが雪を持ってやって来た。

 何をするのかと二人が注目をしていると、カラバッサはサウセに何やら話をし、持って来た雪でマーメイドの雪像を加工し始める。


「あっ! そこにカラバッサさんが……胸です! マーメイドに胸を盛りました! 何してんだあいつは」


 最後の方はマイクを離して真顔でグルージャは言った。

 サウセはサウセで「確かにそうだ!」と指を鳴らしている。

 観客席からも、わっと、主に男性の歓声が響いた。

 グルージャが苦笑いをし、セレッソが頬に手を添えて半目になっている、その時。

 ひゅんと騎士チームから雪玉が一つ飛んできた。


「うわっ!?」


 雪玉はまっすぐに冒険者チームの陣地へ飛び、サウセの顔面に当たる。


「おっと、雪玉がサウセさんの顔にクリーンヒット! 投げたのはシスネさん! シスネさんです! 騎士チーム、一点追加!」


 セレッソの実況が響き、騎士チームの方へと視線が集まる。

 その先には雪玉を投げたシスネが、ぶるぶると震えながら顔を真っ赤にして怒っていた。


「ち、ち、小さい子もいる前で、一体何をしているのですか!」


 シスネの言葉に同意するように見物客が頷いた。

 そのほとんどが女性陣である。

 彼女達は隣に立つ自分の旦那や恋人を横目でじろりと見ていた。

 サウセとカラバッサは、見物客の男性陣と共にへこへこと頭を下げた。


「えー、では気を取り直して、騎士チームの方も見てみましょう」


 微妙な空気を切り替えるようにグルージャはそう言うと騎士チームの方を見た。

――――見て、思わず噴き出した。


「フッどうだい、このボクの素晴らしい雪像は!」


 騎士チームの陣地では、レアルがそんな事を言いながら肩にかかった髪を払った。

 彼の隣には等身大のレアルの雪像が出来ている。

 サウセのマーメイドと同じく、こちらも細かい部分まで良く出来ている。

 振り返ったシスネが頭を抱え、ベナードが半目になり、ローロが苦笑していた。

 ルシエだけはそんな様子を気にも留めず、せっせと雪壁を作っている。


「レアルさんが作ったのは自らの雪像! 自らの雪像です! どんな場所でも自分は輝く、そう言っているのでしょうか!」

「お前らちゃんと雪壁作れよと言いたくなるくらいですが、それにしても良くできていますね」


 実況席の二人がそう言うと、レアルの雪像を見たサウセがカッと目を見開いた。


「やるなお前……!」

「おっとサウセさんが対抗心を持ったようですね」

「良い事だと思いますよ。ライバルとの出会いは己を磨く良い機会ですからね。両チームがなかなか見事な雪像を披露してくれていますが、これ、いつになったら本格的に雪合戦が始まるのでしょうか」


 見物客はこれはこれで楽しそうだが、なかなか本来の雪合戦が始まらない。

 やはり最初に雪壁を用意しておくべきだったかとセレッソとグルージャが考えていると、両チームでようやく普通の雪壁が完成したようだ。


「あ、両チーム、雪壁がそれぞれ二つ出来たみたいですわね」


 雪像に気を取られている間に、どうやらまともな雪壁も作り上がったようだ。

 しゃがんで、二人程身を隠せるくらいの大きさの雪壁だ。

 セレッソとグルージャがそれを見てほっとしていた。


「あの雪像を含めるならばお互い三つですわね」

「まぁ雪玉を防げるなら雪壁扱いでも良いかもしれませんね。そう言えば、騎士チームの雪壁は、少し変わっていますね」


 グルージャがそう言うと、視線が再び騎士チームへと集まる。

 その先にあるのは、木箱を横にしたような形の雪壁である。

 相手チームから雪玉を防ぐ為の正面の壁以外に、左右の壁、そして屋根までついている。

 まるでかまくらだ。

 そしてその中に入っているのがルシエである。

 屋根によって出来た影の中でほっとした顔で膝を抱えて座っている。


「ルシエ副隊長が満足げに頷いています。 わたくしもあそこで、コラソン亭の温かいスープが飲みたいですわ」

「もうちょっと広ければ居心地も良さそうですね。 つーかお前らちゃんと雪壁作れっての」


 マイクを離してグルージャが苦笑する。

 何だかんだでお互いの準備が整ったようだ。

 それぞれの手に雪玉を握って、お互いに相手チームを見る。

 

「ヘッ覚悟しろよ、負け犬隊!」

「覚悟するのはそっちだな。手加減しねェぞ」


 アベートとベナードがニッと口の端を上げて笑うと、ほとんど同じタイミングで手に持った雪玉を大きく振りかぶり、投げた。

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