第一回コンタール雪合戦
「何だいこれは」
教会の門の所に掲げられた『第一回コンタール雪合戦』と書かれた看板を見上げて、レアルは半目になって呟いた。
その日、コンタールの空はカラッと晴れた良い天気だった。
冬特有の薄い青色の空には白一色の雲が浮かんでおり、差し込む光に町に積もった雪がキラキラと輝いている。
「レアルさんは話を聞いていなかったのですか?」
「聞いてはいたが、何故見物客までいるのか」
呆れたように言うシスネの言葉に軽く首を振ると、レアルはぐるりと周囲を見る。
セレッソが紙芝居をする時以外は大体静かな教会の広い敷地内には、騎士や冒険者以外にもコンタールの町の住人達がわいわいと集まっている。
子供達はきゃいきゃいと走り回り、教会の神父やシスターまで外に出て、何だか楽しそうな笑顔を浮かべている。
見ると、ヒラソールやクルトゥーラ、コラソン亭の主人や娘のパステルはもちろん、サウセやアベート達もいた。
教会の敷地の端の方にはコンタール商工会の食べ物の屋台まで並んでおり、まるで小さなお祭りでも始まっているかのようだ。
呆然としているのはレアルだけではなく、サウセやアベートなど一部の冒険者達にも同じような表情が見られる。
何だろう、この状況。そんな戸惑う心の声が聞こえて来るかのようだった。
「何だいこれは」
「雪合戦ですわ!」
再度呟いたレアルの言葉に応えたのはセレッソだった。
さて、何がどうなっているのか、という事だが。
実はこれが、先日コラソン亭でセレッソが言った『良い考え』とやらである。
コラソン亭で良い考えがあると宣言したセレッソは、店を出ると直ぐに騎士隊長であるベナードと副隊長のルシエ、そして冒険者ギルドの支部長のグルージャに連絡を取った。
双方の役職持ちを集めて何をするのかと頭に疑問符を浮かべていた三人にセレッソは「雪合戦をしましょう!」と提案をしたのだ。
何を言い出すのかと思うだろう。
もちろんそれはベナード達も同じだ。
目を丸くした三人にセレッソは順序を立てて説明をしたのだ。
『ええ、そうですの! 雪合戦ですの! 雪合戦なら余程の事をしなければ大怪我にはならないでしょうし、殴り合いみたいにシスター達を困らせる事はないでしょうし。あっすみません、何故雪合戦をですわよね! 実は先程コラソン亭で冬の討伐についての騎士と冒険者のそれぞれの考えを教えて頂きましたの。要は話の行き違い、説明不足、もともとの考え方の違いが原因ですわ。つまり納得が出来ないからこうなったんですのよね。口約束だけだと言った言わないで厄介な事になりますから、ここはどかーんと目に見える形で納得させれば良いと思いますの。騎士が雪合戦に勝ったらこれまで通り冒険者は町で待機、冒険者が勝ったら冬の討伐に参加を認める、というような感じで。雪合戦じゃなくても良いとも思いますけれど、ちょうど雪かき代わりにもなりますし、コンタールの皆様は娯楽が少ないんでしょう? 殴り合いよりこういうスポーツとか遊びの方が見物しても楽しいですし。一石二鳥、いいえ、一石三鳥じゃないかなって!』
あの時のセレッソは、ベナードやグルージャからしても「よくあれだけスラスラ言葉が出て来たな」と思う程だった。
ルシエなど思わず拍手をしたくらいだ。
話した後はさすがにぜいぜいと肩で息をしていたが。
簡単に言えば、事の発端が『冬の討伐』に関係しているならば、はっきりと分かる形でお互いに納得させたらどうか、という事である。
言葉でこんがらがったものを、言葉で言い合っていても埒が明かない。ならいっそ、溜まった鬱憤やストレスの発散も兼ねて武術大会のようなもので決着をつけたら良いとセレッソは考えたのだ。教会を選んだのは万が一の乱闘を防ぐ為である。
最初は渋い顔をしていたベナードだったが「勝てば良いのですわ」というセレッソの言葉と、ルシエの「もし冒険者が参加になった際も、こちらの指示を聞いて貰うのを条件につけたらどうかしら」との言葉に、しぶしぶではあるが了承した。
グルージャはと言うと、どちらが勝っても冒険者としては特に困らないし、討伐に参加出来たら出来たら氷の獣を倒した際に稀に落とす珍しい素材も手に入るかもしれないから良いぞと快諾してくれたのだ。
それで諸々の準備を整えて、開催日となったのが今日だ。
見物客に関してはグルージャがコラソン亭を始めとしたコンタールの商工会に協力をして貰い、宣伝して貰った。
稼ぎ時を見つけた商工会の面々の食いつきようは凄かった。あちらはあちらでし烈な屋台争いが起こっていたらしい。
見物客も見物客で、商工会が『騎士と冒険者の因縁の対決!』などと大々的にキャッチコピーまで考えたものだから、なかなかの賑わいである。
「すげェ集まったなァ」
「ひ、人が……人がいっぱい……!」
「ルシエ、だ、大丈夫?」
セレッソ達の所へベナード達もやって来た。
ルシエは集まった人々を見て相変わらずの人見知りを発揮しており、ローロが心配そうに声を掛けている。
ちらりと遠くを見ると、見物客の中に明らかにルシエ目当ての者達も見えた。
時折「ルシエさーん!」と声を揃えて呼びかけられてルシエがびくりと肩を跳ねている。
だが彼らは近づかない。それが彼らの中のルールだからだ。
「ははは。ここまで賑やかなのは、年越しの祭りと、春祭りくらいじゃねェか?」
そう言うベナードも楽しげに笑う。
最初こそ渋っていたものの、決まった後は一番はりきって行動をしてくれたのだ。
セレッソも嬉しそうににこにこ笑って頷いた。
そうしていると、声を拡張する響き石と呼ばれる石が先端に仕込まれたマイクを手に持ったグルージャが、教会の扉の前に立つ。
キィン、と独特の音を立てて、グルージャの声が響き始める。
「えー、それでは! 第一回コンタール雪合戦を始めたいと思います!」
ざわざわとしていた声が一斉に静かになり、グルージャに視線が集まる。
今回の司会者はグルージャだ。一番そういう事が上手そうという事もあるが、どちらから見ても角が立たなさそうな人物だという理由も含まれている。
グルージャは周囲をぐるりと見回しながら言葉を続ける。
「勝負は五対五、それぞれの陣地内から雪玉を投げ、時間内により多くの雪玉を相手にぶつけた方が勝ちだ。騎士チームが勝てば冒険者は冬の討伐では例年通り町で待機、冒険者チームが勝てば冬の討伐への参加を許可する!」
グルージャの言葉に冒険者達がざわつく。
サウセとアベートは驚いた顔でベナードを見た。
まるで初めて聞いたようなその様子にセレッソは首を傾げた。
「知らなかったんですの?」
「支部長の旦那が、先に知らせない方が面白いだろうってな」
ベナードはそう言ってからからと笑う。
シスネがこめかみを押さえるのが見えて、セレッソは噴き出した。
「で、だ。まぁ、それだけじゃやる気が出ねぇ奴がいるかもしれないので、副賞としてー……」
ちらり、とグルージャが後ろに視線を送る。
するとコラソン亭のパステルが何やら木箱を持って来た。
グルージャはパステルに礼を言うと、その木箱を受け取って中を開く。
中から出てきたのは、金属の上蓋に炎を纏ったトカゲが彫られたカンテラだった。
「火トカゲのカンテラだ!!」
「なっ火トカゲのカンテラだと……!?」
ざわつく声が冒険者だけではなく、騎士からも上がる。
火トカゲのカンテラとは、アルディリアのとあるカンテラ工房が開発したカンテラだ。
カンテラとは携帯可能な照明器具で、手に持ったり、腰のベルトに下げたりと持ち運び方はある程度自由がある。
そこまでは普通のカンテラと同じだが、唯一違うのが燃料である。
火トカゲのカンテラは油ではなく雪や水で火を灯すのだ。
実はこの火トカゲのカンテラに使われている燭台は、幾つかの特殊な鉱石を溶かして作られており、燭台自体が油と同等の成分を持っている。
そしてその燭台に雪や水が触れるとその成分がじわりと溶け出し、油の代わりとなるのだ。
一年を通して雪が多いアルディリアでは、実質燃料代無しで使用する事が出来るので人気である。
ただし燭台を作る為の鉱石の幾つかが稀少である事や、大量生産が出来ない商品である事からかなり値は張り、市場にもなかなか出回らない。
「うおおおおお火トカゲのカンテラだああああああ!」
「あのカンテラは俺達のもんだああああああ!」
雄たけびを上げる冒険者達にルシエが再度びくりと肩を跳ねる。
副賞があるとは聞いていたが、内容までは知らなかったベナードは目を丸くしてセレッソを見た。
「どうしたんだあれ」
「ちょっとツテで」
ベナードの問いかけにセレッソは苦笑すると、そっと頬に手を添えた。
「原稿の前倒しと別件で執筆の仕事を幾つか引き受ける代わりに、無理を言って取り寄せて頂いたんですの」
「作家の仕事をちゃんとしていたのか!?」
「どういう意味ですのレアルさん」
別の意味でレアルが目を張り、それを見たセレッソが口を尖らせると、ローロが噴き出した。
そうしている間にもグルージャの話は進んで行く。
「で、禁止事項。ここ重要だぞー。一つ、雪玉の中に石とか危険な物を入れない。二つ、殴り合いはしない、以上。もし違反したら……」
グルージャがふっと視線をセレッソに向ける。
それにつられて集まった人々も視線を移す。
セレッソはその視線を受けながらチェロケースを開いた。
斧が出てきた。
正確には戦斧に分類される、片刃のバトルアックスである。
それを見た一部がぎょっとして目を剥いた。
片手で軽々と持ち上げているのを見たサウセだけは「ああ、これが入っていたのか……」と少し遠い目になっていた。
「刈りますわ」
「何を!?」
うふふ、と笑いながらセレッソが言うと、大勢からツッコミが入る。
セレッソはその言葉に「あっ」と気が付いたように声を出すと、言葉が足りなかったと恥ずかしそうに言い直した。
「髪を刈りますわ」
「言い直しても大して変わらないのだがね!?」
「ご安心を、丸刈りは得意ですわ!」
「安心できる要素が一つもねぇよ!?」
青ざめる一同に、セレッソは相変わらずにこにこ笑ってバトルアックスをチェロケースに戻した。
ちなみにセレッソは『何で』髪を刈るかとは言っていない。
バトルアックスはただ見せただけだが、それを知らない相手からすれば、ひやりと肝が冷えたようだ。
冒険者と騎士達は「まさか本気じゃないだろう」とすがるような目でグルージャやベナードに視線を向けた。
だが二人は良い笑顔を見せるだけで、肯定も否定もしない。
「まぁ、正々堂々とやればいいだけだって」
「ええ、別にやましい事がなければどうと言うことはありません」
何とも言えない空気を破るようにヒラソールが明るくそう言うと、シスネも真面目な顔で頷いた。
グルージャは二人の言葉にニッと笑って頷くと、
「そういう事だ。……さて! それじゃあ、始めるとしよう!」
大きな声で開始を宣言した。