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負け犬隊長と負け犬隊

こちらには流血や怪我等のきつめの残酷描写が登場します。

またコメディ色はなくシリアス一色です。

苦手な方はご注意くださいませ。

 かつてアルディリアは、一度他国を侵略しようとした事がある。

 もちろんそれは国の総意ではなく、一部の過激派が自国の民を救いたいが為に強引に推し進めようとしていたものだ。

 当時のアルディリアの食糧事情は現在と比べて悪く、技術的な問題もあり温室等の食糧を確保する為の手段も設備も浸透していなかった。

 食糧の輸入に掛かる費用は大きく、輸送費も掛かり、それを国内で販売しようとするとどうしても販売価格が高くなってしまう。

 そんな苦しむ人々を見てはいられなかったのだろう、過激派の中には貴族や政治家以外に国を守る騎士の一部も含まれていた。

 だが自国の為に他国の恵みを奪い取ろうとする彼らの考え方は危険すぎた。当時の王や保守派達が彼らに反対し何とか押さえてはいたが、徐々に過激派に同意する者達も増えていった。


 そして豊かな資源を得る為に『アルディリアの民の為』を掲げた過激派達が、他国への侵略を強行しようとしていた時だ。

 アルディリアに大雪が降った。

 はらはらと空が泣くように白く冷たい雪の粒は七日七晩降り続けた。

 一時も止むことはなく、はらはら、はらはらと。

 その大雪によりアルディリアの町はそのほとんどが雪の下に埋まった。多くの者が命を落とし、何とか生き延びた者達も食料なく、飢えた。

 アルディリアの精霊が、この国の民が他国の精霊の恵みを奪い取ろうとした事に怒り、悲しみ、戒める為に起こした事だと人々は口にした。

 アルディリアの大災害と呼ばれたこの大雪以降、過激派達は鳴りを潜めるようになった。行動をする余裕がなかったというのも正しい。

 けれど残念ながら彼らは完全には消滅はしなかった。


 それから三十年後の事だ。

 セレッソが生まれた村はごくごく普通の小さな村だ。

 山の麓にある村で、アルディリアカエデを栽培し育て、そこから樹液を採って作られたシュガーシロップを特産品としながら、アルディリアらしく自然と共に生きていた。

 シュガーシロップ以外は際立った何かがあるわけではないが、食料品を販売する店以外に書店や食事処と、村の中で色々済ませる事が出来る程度には小さいながらに利便性がある。

 駐留する騎士は村の規模に合わせて数人程度だったが、問題らしい問題も起こらず、時折山から獣が降りてくるくらいで、とても平和だった。

 それゆえに、過激派達が潜むにも都合が良かった。


 ある春の初めの頃の事だ。

 セレッソ達の住む村の付近に過激派が潜んでいるとの情報が騎士団へと入る。

 騎士団は直ぐに一つの隊を調査に向かわせた。

 その隊の長を務めていたのがベナードである。当時はまだ二十人ほどの騎士がいる隊だった。


 過激派は騎士隊から逃げる為に村を襲い、村人を守ろうとした騎士を切り捨て、そして人質を取って村の近くにある砦へと立て籠もった。その時の人質がセレッソだ。

 ベナード隊は過激派に襲われた村人達の救護や治療、また村に残った過激派達の捕縛にも尽力してくれた。

 村長であるセレッソの祖父が、人質として連れて行かれた自分の孫娘を助けてくれとベナードに願った。

 それを聞いたベナードは、本部に連絡を取るように命じた後に、騎士を二人連れてすぐさま砦へと向かう。

 

 砦の中の様子を伺い、中へと突入するタイミングを計っていた所、砦の中からセレッソを連れた男が走って来た。

 青ざめたセレッソを支えるように右手で肩を抱いている。恐怖によるものか疲労によるものかセレッソの足はふらふらとしており、騎士隊長に引き摺られているようにも見える。

 男が纏う服の色は濃紺。それはアルディリアの騎士が身に纏うものだった。

 その顔を見てベナードの部下の騎士は驚いたように立ち上がる。

 別の隊の騎士隊長だ。アルディリアの大災害を生き延び騎士隊長となり、周りからも信頼の厚い男だ。

 姿を見せた騎士隊長に驚き、また人質セレッソを連れていた事を見て救援に来てくれたのかとの安心感もあったのだろう。

 訝しんだベナードが制止する前に彼は騎士隊長に駆け寄った。


「ダメ! この人、悪いひ」

「え?」


 セレッソが叫ぶのと騎士が驚いて口を開くのは同時だった。

 騎士隊長はセレッソの肩を抱いていた手を放して剣を抜き、一瞬気を抜いた騎士の喉笛を、勢いよく横に一閃した。

 飛び散る血と共に信じられないと目を見開きながら騎士はその身を地面に沈める。

 セレッソは悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。

 ベナードともう一人の騎士は剣を抜いて身構えた。


「何故だ、あんたみたいな人が何故こんな事をする!?」

「私の全てはアルディリアの為にある。弱みを握られ、足元を見られ、他国の気まぐれに振り回され続けてきたこの国を精霊の恵みで満たす為ならば、私はどんな事でもする」

「そのアルディリアの子供を人質に取って良く言う」

「大の為の小の犠牲は仕方がないさ」


 そう言うと騎士隊長はへたり込んだセレッソを無理やり立たせ、盾にし、剣を振るう。

 やがて砦の上から姿を現した過激派達も矢を放ち始めた。自分達の仲間もそこにいるにも関わらずである。

 セレッソに当たらないように剣を振るうベナード達と違い、騎士隊長はセレッソの命など気にも掛けていない様子だった。

 大の為の小の犠牲、彼のその言葉通りだったのだろう。暗く燃え盛る炎が宿るその目には、かつてベナードが憧れた誇り高い騎士の姿はどこにもなかった。

 だがどれ程に騎士らしくなくなったとしても、長年積み重ねた経験と腕はそのまま残っている。

 やがてベナードの部下の騎士は騎士隊長に胸を突かれ倒れた。

 部下の名を叫び、ベナードが怒りに燃える目で騎士隊長を睨みつける。


「ベナード、お前ならば分かるはずだ。私達に手を貸せ」

「断る。俺はアルディリアの騎士だ。アルディリアの騎士はアルディリアを守る為に存在する。そこに大も小もねェよ」


 そしてベナードは騎士隊長に切っ先を向け、走る。


「残念だ」


 騎士隊長は軽く首を振ると、すうと目を細めてベナードを剣を構えた。

 そしてその剣を振るった――――瞬間、ベナードはわざと剣を持った自分の右腕を相手の剣に突き刺し、左手で腰の短剣を抜いてセレッソを掴む騎士隊長の手を力任せに切りつけた。

 ごり、と骨の折れる嫌な音がしたかと思うと、赤い血がボタボタと地面を濡らした。

 騎士隊長の手は持っていた剣ごとセレッソから離れ、ベナードはその隙をついてセレッソを自分の方へと引き寄せる。

 同時にベナードの腕を突き刺していた剣も抜ける。相当の痛みがあったはずだろうが、ベナードは眉一つ動かさなかった。


「貴様……!!」

 

 騎士隊長が腕を押さえ、ベナードを睨みつける

 ベナードは騎士隊長から視線を逸らさずに、セレッソの肩を抱いてじりじりと下がる。

 ガチガチと歯を鳴らしてセレッソが震えていたのが伝わったのだろう。

 血まみれの右腕をだらんと垂らしながらベナードは明るく笑った。


「大丈夫だ、何も心配はいらねェよ。すぐに家に帰してやるからな」


 ベナードは左腕でセレッソの頭を撫でると、小さく何かを呟く。

 自分の足を何かがふわりと撫でる感覚がしたかとセレッソが思った瞬間、ベナードはセレッソの手を握ってその場を走り出した。

 後ろから騎士隊長の怒鳴る声と、それに次いで何人かが追いかけてくる足音が聞こえて来る。

 セレッソがびくりと体を跳ねると、安心させるようにベナードはセレッソの手を少しだけ強く握る。

 その手がとてもあたたかくて恐怖が和らいで、セレッソは走りながらベナードを見て少しだけ目を張った。


 ベナードはセレッソを連れて村まで戻ると傷の手当てもそこそこに、万が一過激派が追いかけてきても大丈夫なように騎士を配備した。

 その最中にベナードは倒れた。出血量が多かった上に、そのままセレッソを連れて走り続けたのだ、無理もないだろう。

 連絡を受けた本部から騎士隊が駆けつけたのはそれから半日経っての事だった。

 そして騎士隊が砦へとたどり着いた時には、中はすでにもぬけの殻で、元騎士隊長や過激派は捕まることなく今も逃げ続けている。

 ベナードが負け犬と呼ばれるようになったのはそれからだ。

 戦場から命惜しさに逃げ帰った負け犬、過激派を取り逃がした無能な騎士隊。新聞にはセレッソや村を救った事には一切触れず、過激派を取り逃がしたことだけが大きく書かれていた。


 その記事を読んでセレッソは愕然とした。

 何故ベナードが非難されているのか。自分達を助けてくれたあの隊が、どうしてこんな風に書かれているのか。セレッソには理解できなかった。

 分かったのは、自分達を助けてくれたあの騎士が、自分達を助けてくれたせいでこうなっているのだという事だけだ。


「真実は人よって如何様にも姿を変える。……だが、わしらを助けて下さった騎士様達へのこの仕打ちは、あまりにも一方的すぎる」


 恐らく過激派の中に騎士隊長がいたという事を隠す為ではないだろうかとセレッソの祖父は言っていた。

 真実は如何様にも姿を変える。人の手が加わる事で、別の意味をも持たされる。

 けれど見た相手によって違うのならば、自分が見た真実はどうして新聞ここに書かれていないのだろう。

 あの人達は必死で助けに来てくれたのだ。

 あの人は片腕が使えない状態にも関わらず笑って元気づけてくれたのだ。

 それがどれ程に、どれ程に、心強かったか。 


――――なら、自分が書こう。自分が知っている真実を、自分の手で書いて知らせよう。


 あの時、自分達を助けてくれたあの人が、あの隊が、どれ程に希望に見えたのか。

 そう決意してセレッソはペンを取った。

 拙いながらも一生懸命、毎日毎日書き綴っては新聞社に手紙を送った。

 それを見た祖父や村人も同じように国や騎士隊に手紙を綴ったが、その間に一度たりとも手紙の返事はなく、新聞にも彼らのやった事を訂正する記事は載らなかった。

 



 それから、七年。

 セレッソは条件付きだが隊付き作家として、負け犬隊と呼ばれたベナード隊にいる。

 窓から差し込む夜明けの光に、眩しそうに目を細めながら、セレッソは一枚の大きな厚紙を高く掲げた。


「――――できた」


 それは彼女が見た、彼女の真実。

 三人の騎士が悪者から、少女と村を救う物語が描かれた紙芝居だ。

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