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エピローグ

 東京拘置所から一人の少年が出所してきた。


 二月の憂国烈士団による叛乱で自らも隊を率いた秋山雷人だった。

 

 自分の行いに悔いは無かった。

 本来なら市井の人々を混乱させ、大君に不安を与えた事を悔いて切腹すべき所だろうが、國繁によって入団当初より全団員に対して自害は厳に禁じられていた。  


 そして、決起当時の自身の行いを精査された後、仮釈放が決定されていた。


 決起の際、烈士団は政治家・無法集団のスキピオを多数殺害している。

 しかし予め口裏を合わせ合っていた常盤、久保田、漆原らがその殺害の実行を強引に引っ被ったのだ。


 断固として全ての責任と罪を背負う先輩幹部達に対して痛痒を抱きながら、それでも秋山は先輩達からの教え通り、出所後は世間からどう見られようと真っ当に生きる事を決意していた。

 

 クーデター時の犠牲者遺族の恨みを買い、出入り口で刺されたとしても抵抗すまい、とも覚悟していた。

 …まさか拘置所の前で宮間が日傘を差して待ち受けているとは夢にも思わなかったが。


 謹厳な表情で応じて追い返そうとするが…年相応に可愛らしい私服姿の宮間は、秋山の鯱張った表情を殊更に顔真似して反撃して秋山を敢無く降参させた。


「どうしてここに居るんですか? …それもこの炎天下の中を」

「さて、どうしてでしょう?」

「…わかったよ。喉、渇かない?」

「カラカラです。 あぁ、その前に…」

「おかえりなさい、秋山君」

「…ただいま」


 宮間を連れ、秋山は穏やかな面持ちで適当な喫茶店に入った。






 旺盛なクマゼミとツクツクボウシ、やや遠くからミンミンゼミの大合唱。午後になればこれにアブラゼミも参加する。 この時期、準限界集落と言われた秋川村も、虫の音だけは都会より賑やかになる。


 麦わら帽子に白いワンピースドレス姿の香山桜は、買い物袋を持って助手席から降り、自宅前の坂道に立った。照り付ける日差しの中、ガードレールの向こうにはすっかり夏真っ盛りの野山の装いに着替えた秋川村の全景をぼんやりと眺めた。 軽トラックはその先の砂利を敷いた駐車場に駐車し、運転席から私服姿の斎城日菜子が買い物袋を手に下りてきた。


「日差しはキツいけど、ここ、涼しくて過ごしやすいわね。標高が高いからかな?」


 桜は微笑みながら頷いた。

「山道を行くと牧場もありますから。家の中に居れば、扇風機さえあれば大抵はエアコン要らずで過ごせるんです」 


 隊葬を終えたばかりだった。

 

 彼の世界に埋葬すべきか迷ったが、彼の世界に埋めるとしたら、知り合いの居ない彼は独り寂しく埋葬される事になる。 結局、身寄りのない彼の為に…彼が望むか分からないが、村の墓地に黒島が隊費から工面してくれた小さな墓を用意し、そこに弔った。


「おい、これもドジョウか?やたら俺に懐いてて可愛らしいな?」

 年老いた近所の人々から「若い連中で管理してくれ」と頼まれた棚田から、藤崎の豪快な声が聞こえてくる。


「…それはヌマビルだ」

 消え入りそうな尾倉の声が続く。

「ヒッ、ヒル!?おい、取ってくれぇッ!」

「わっ、こっちくんなよ、海! ミッチー、なんとかしろ!」 

「…落ち着け。ヤマビルと違って基本的に害は無い」

「ギャッ、ゲジゲジ!?浮田、アンタ何とかしてよ!男でしょ、一応!?」

「だ、男女平等の時代だろ!? 俺は蛙も蛇もヒルも、カブトムシとか以外の足が六本以上の虫も全部無理だ!男だって苦手なモンは苦手なんだよ!」



「賑やかねぇ…」

 荷台からも買い物袋を下ろし、日菜子は香山宅に買い出して来た日用品や食料を運び込んだ。 桜もその後に続いた。


「よう、買い出しご苦労さん」

 隣接する隣家の窓から黒島と星村が顔を覗かせて手を上げた。

 

「お疲れ様。今日は東京に居なくていいの?」

「ああ、復興は順調だ。 それに、向こうの世界も相変わらず平和なようだ。 で、手が空いたからこっちのリフォームでも手伝おうかと思ってね」


「…まさか、こんな形で小隊全員で押し掛ける事になるとはね。秋川村の皆さんが歓迎してくれて良かったけど」


「あっ、それはもう村の皆さん大喜びで。 全員、いつまでも居て下さいと」

 桜が嬉しげに補足した。


「…全員じゃないけどな。 …これがあいつらの…大淵の望んだ遺志…未来だったんだから、せめて俺達が代わりに叶えてやることが、奴への弔いになるのさ」





「…いつまでも勝手に殺すな」



 聞き慣れた声。 桜はその声を今も聞ける事…その奇跡に感謝しながら声の主を振り返った。

 ブーニーハットにグレーの…泥まみれの作業着姿の大淵がスコップと鍬を抱え、ウンザリした顔で黒島を睨んでいる。


「キャー、お化けぇ~!」

「…お前は化けられもしないように収納にでも仕舞っておくか」 

 大淵は溜息交じりに苦笑して言った。


 発見されたレイスの腕。その中に取り込まれた収納の結晶石に収納される事で大淵は生還を果たしていた。…もっとも、発見時には既に瀕死の状態で、香山と都内の大病院に勤務するヒーラーと医師が連携した上での大掛かりな大手術を経て、大淵はまたしても奇跡的な生還を果たした。 

 収納内には大淵の切断された左腕も収納されており、これも無事に接合再生に成功した。今はまだ包帯を巻き、桜のヒールと安静第一でリハビリしている段階だ。


 もっとも、死亡とほとんど変わりない深刻なダメージを負った上での復活故か…それとも大淵の言う《《役目》》を終えた為か…大淵のスキルやステータスは大幅に欠落・弱体化していた。


 ステータスは軒並み三割近く減少し、自動回復・そして異能オーバースキルである剥奪を失っていた。


 もっとも、上位者との決戦に勝利して彼の世界も安定している今、大淵及び小隊の戦闘単位としての必要性も薄れ、従って代々木の拠点に常駐する意義も薄れつつあった。


 そこで黒島曰く「セカンドライフ計画」のため、万一の事態に備えて代々木の拠点機能を残したまま、拠点と行き来できるようにしたこの秋川村を今後の第二の拠点として農林業をこなしながら過ごす。 黒島は隊で作る農産品・手芸品などを、自ら立ち上げた個人通販サイトを通じて売り出すビジネスを考えているようだ。


 隊の皆…自分についてきてくれた皆を連れ、この村に移り込んだ。

 レイスをこの地…これから皆で暮らすこの村に埋葬した。


「ああ、それと大淵。夜になったらお前の御親友と愛弟子たちが遊びに来るそうだぜ」

「賑やかになるな…桜、日菜子、すまんが料理の方…頼めるか?」

「どうする、桜さん?」

 日菜子が悪戯っぽく尋ねた。

「はいっ、お任せください!」

「…ありがとな」


「イェーイ!」

 アリッサの駆る小型原付バイクが棚田の畔を爆走していく。

「こら、アリッサ、てめぇ! 畔が壊れるから止めろって言っただろ! 後で治させるからな!」

「アリッサニホンゴワカリマセーン♪」

「あいつめ…」


 

 村の中心部に向かって行くと、一度は廃業した村唯一の雑貨屋があった。雑貨屋の隣には消防小屋と、[老朽化により上り下り禁止]と看板を下げられた火の見櫓もあった。


 雑貨屋の前には村に一台だけの古めかしい飲料自販機があり、その脇のベンチにはラフなシャツとジャージ姿のカリューが土と草だらけの網エプロンと刈払機を脇に置き、アイスキャンディーを片手に堂々と座っていた。カリューの前には、その巨体と比べると小人同然の小柄な高齢女性と高齢男性が椅子付き手押し車の椅子に座って何やらカリューと談笑している。


「よう、大輔!言われた通り草刈りはやっといたぜ。西の畑は蜂が多いな!俺は刺されても全然平気だけど。 …けどコレ、まだるっこしいなぁ。なぁ、剣で一気に刈っちゃダメか?」


「ダメだ。 でも草刈り、ありがとうな、カリュー。 こんにちは。皆さんも日差しが暑いので外作業はお気を付けて」

「ありがとうございます、大淵さん」

「おう、そっちもな、部長さん」


 部長、と呼ばれて大淵は苦笑しながら視線を移した。…隣接する消防小屋には「秋川村消防団 第三分団 四部 二班」と錆びかけたプレートがあり、その横の木札には部長に大淵の名が、班長にはカリューの名がある。 


 …彼の世界で火龍として暴れていたカリューが消防団班長とは、何とも皮肉なものである。

 

 そのまま大淵は雑貨屋の中に入った。


 数年前に廃業し、住人も移住して廃墟になっていた商店跡だったが、これも黒島が所有者と相談・交渉して買い上げ、簡単な改修を済ませて開店していた。


「い、いらっしゃ…大輔か。よく来たな、何でも買って行ってくれ」 

 店番にはリザベルがつき、生真面目な表情でガラスケース…かつてはタバコなどを並べて売っていたカウンターの向こうに座っている。


 店の中にはコンビニには及ばないものの、大抵の雑貨商品は揃っていた。これも隊員・村人のニーズに合わせて黒島が色々と資機材・商品の納入先を手配してくれている。


「ダイス。私はここが気に入ったぞ。この商店を我が租借地…いや、城とする。 ビールも美味いがこのラムネも美味だ」

 カウンターの奥にある居間ではマオが座椅子に座り、店の冷蔵庫から抜き取ったであろうラムネを傾けていた。

 大淵は冷凍庫を開けて缶ビールを取り、リザベルの座るカウンターに置いた。

「税込みで300円だ。なるべく釣り無しで頼む」

 小銭を支払いながら大淵は微笑んだ。


 「お前たちも馴染むのが早いな。大したもんだ」


「うむ。ここは良い。清涼なマナで満たされているから私も過ごしやすい。年寄共は私のカリスマ的な魅力に気付いているらしい。 よく手作りの菓子や肴を献上しに来る。殊勝な事だ」

「気に入られて何よりだ」 


 店を後にし、棚田の間の農道を通り…水田に囲まれた村の墓地に出た。


 大淵はその中で端にある、最も新しい小さな墓標の前に立った。


「…お前《《達》》のおかげで、今日もあいつらと生きていられるよ」

 ビールを開け、墓標に垂らした。



 あの時…大淵が命を終えようとする時、同じく瀕死のダメージを受けていたレイスが駆けつけた。

 

レイスは大淵の左腕を見つけるとそれを取り、そこから収納の魔法石を取り出して自らの左手に取り込み、大淵と左腕を収納してガントレットを装備した。


 収納された者の時間は止まる。 大淵は死の淵のまま、レイスの声を聞いた。


「…お前には帰りを待つ奴らが居る。 …特に、あの女は…大事にした方が良い」


(レイス、お前…)


「まぁまぁ楽しい時間だった。 …戦いだけが全てじゃ無いと、お前らが教えてくれた。 …どうやら、俺の中にも幾らかはお前の…オリジナルの人格が分かれて…微かに残っていたらしい」


 収納からストームランスを取り出し、レイスはMPの限りを使って地球へと向かった。

 ブロワーの風が螺旋を描きながら凍りついては、ダイヤモンドダストとなって美しい軌跡を描いた。

(よせ、レイスッ!)

「…本当に、よくやってくれた。 …これからもあいつらを …桜を頼むぞ」


 レイスと、オリジナルの大淵大輔の魂は大気圏で燃え尽きていった。

 独尊に守らせた左腕と、その中の収納の魔法石…大淵を地球に送って。


 更に奇跡は繋がった。


 広大な太平洋で…皮肉にも、浮遊していた海洋ゴミに絡まれたお陰で深海にも沈まずに奇跡的に発見され、心ある軍人の機転によって救われ…仲間達の元に帰って来られた。


 桜の気配を感じ、大淵は墓標の前で待った。

 やがて自分の傍らに同じく屈み込んだ桜を抱き寄せた。


 ――これから忙しくなるな。

 

 山村を圧する蝉の鳴き声。


 青々とした山々を、どこまでも突き抜ける青空を見上げ、大淵は抱き寄せた温もり…その腕に抱えた幸福を噛み締めた。

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