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夏空の下で

 代々木公園管理拠点屋上。 大淵はからりと照り付ける猛暑の中、眩しい空を見上げた。


 出現まで最も長い時間を置いた上位者…魔導書の最後のページに記された魔法陣は明後日現れる。

 

 最後のページに記された魔法陣が何を意味するのか…これまでの出現法則を参考にするなら、それが文字通り最後の上位者の出現となる筈だが…。


 三ヶ月にも渡る、巨大な敵性体との戦いが終わる… どうしても犠牲者を防ぎきれない、日本最大の人口密集地上空での、神経を削られるこの戦いがようやく終わる… その事への期待と安堵が半分。


 しかし、最後に召喚される上位者は今までに戦った手合いと同じなのだろうか?


 最後の魔方陣がこれまでの倍…再出現までに一週間もの時間を置いた理由は?

 

 自分達は心と体の休養を取り、新たな装備も得た。

 …だが、それは敵も同じだとしたら? 


 …何れにせよ、激しい死闘になるだろう。

 あの変態悪魔が言った通り、上位者が人類を抹殺するための上位存在だという事は嫌という程思い知らされた。 …この力が…自分だけがこれだけの特殊な力に恵まれながらも、レイスが居なければ危うく自分も黒い矢の雨に呑まれてどうにかなる所だった。 

 自分やレイス以外のスキル保有者達が上位者との戦闘に不利である事はあらゆるデータが示していた。 現代世界における最強職である竜騎兵が、歴戦の猛者を引きつれてようやく上位者一体と戦えるほどの、途方もない戦力差。 


 幸いにも自分が対抗できる力を持ち、そして自分達に敗北して以来徐々に人らしさを得つつあるレイスのお陰で、これまでに一万以上の上位者を仕留めてきた。 


 「星の数ほどいるらしいですから」そう補足した悪魔の言葉を思い出し、次の闘いで現れる上位者の規模をシミュレーションし…大淵の心は東京の空模様とは真逆に荒れた。 


 三千を超える大勢の犠牲者・戦死者を出しながら、これだけの相手をようやく一万仕留めて…それでもまだ天文学的な敵が攻めてきたら…



 …今度こそ、自分の仲間達から死者が出るかもしれない。星村が開発してくれた最新鋭メイルアーマーを身に着けた竜騎兵や成体化したマオやカリューでさえ、今の自分の化物じみた防御力や生命力には遥かに及ばない。

 

 今までは…言い方は悪いが、雑魚の露払いを皆に任せ、大物を自分とレイスで処理してきた。それができていた。 …だが、今度こそ処理が間に合わなくなったら…?


 皆の顔が浮かんだ。


 …思えば、死の間際に望んだ通り、大勢の良い人に恵まれたものだ。

 勿論、自分は魂がこの世界で死んだ大淵大樹…その肉体に乗り移った存在に過ぎない。それでも…


 それでも、この仲間達はあまりにも他の何物にも代え難い。


 …できることなら、自分の権限の限りを使って仲間達だけ安全な場所に避難させたい。 レイスさえ説得して同調させ、自分がゴネれば政府はノーとは言えない筈だ。 

 それは上位者との戦いが始まってすぐに、最悪の選択肢として既に考え付いていた。 …恐らく皆は賛同しないだろう。 だから今まで、選択肢として在りながら実行に移さないでいた。


 だが、今度こそは今まで以上に危険な戦いになる。 


 皆に避難を強く促すべきでは無いか。


 その為に他の戦士や民間人が幾らか…いや、今まで以上の犠牲を出す事になったとしても…その時は「隊長命令」を出した張本人として責任を取るまでだ。


「そんな顔して、何を考えているのかなぁ?」


 背後から抱きすくめられ、大淵は屋上の縁で慌てた。


「ひっ、日菜子か…脅かすな…!」

「ごめんなさい。でも、随分思い詰めてるように見えたから。 それも屋上の縁でね。そしたら見過ごす訳にも行かないでしょ?」

 日菜子は大淵から離れ、その隣に立って悪戯っぽく微笑んだ。



「なんでもないさ。 屋上で物思いに耽るヒーローごっこだ」

「嘘が下手ねぇ。さっさと観念して白状したら?」

「参ったな。 …次は今までよりヤバイ戦いになるだろう。 後顧の憂いなく戦えるよう、皆には都から避難してもらいたいと思ってな。これが嘘偽りない本音だよ」


 日菜子は答えず、微笑したまま大淵を見返していた。


「…そのくらいの我儘は通る筈だ。俺達だって、そのくらいの働きはしてきたつもりだから…」


 日菜子は無言のままだった。 


 無言に耐え切れず、大淵は俯いた。

「…更に本音を言えば…桜や日菜子、マオ、アリッサ…黒島の大馬鹿や、あの怪力バカ三人も…浮田や射方、リザベルやカリューもリノーシュ達も…誰一人欠けて欲しくないから。 また全員で、俺とレイスを迎えて欲しいから」


「…うん」


 思わぬ返答に日菜子を見返した。


「このままじゃ足手まといになる、って危機感くらいは私達も持っていたから」

「足手まといなんて…! 地上戦で避難誘導や、俺達が処理しきれなかった上位者や小型の敵から大勢の命を助けてくれたのは皆や他の戦士、それに警察や自…」

 斎城は血相を変えて言い募る大淵の口に指を押しあてた。


「ごめんごめん、そういう意味じゃ無かったんだけど。 大輔君達が全力で戦えるように、ってね。皆も同じ結論に行きついてたから。 …けどね、やっぱり私達だけ逃げるなんてできないよ。今も大輔君が言ったじゃない。他の戦士や警察、自衛隊の人だって皆家族がいるのに命懸けで戦い続けている。それを、大輔君達が頑張った分の見返りを私達だけが享受して逃げて、それでより大勢の犠牲者が出たら、死んでいった人たちに申し訳が立たないよ。 …それに、私達自身が後々苦しむことになるのは目に見えているから。 …だからさ、約束しよ?」


 日菜子は小指を上げて見せた。


「何があっても…戦いに勝って、必ずまた皆で沢山楽しい事しよ? …今度こそ、約束守ってくれるでしょ?前科持ちさん?」

 

 …仲間を放り出してマオを助け出しに行った後の事を鮮明に思い出した。

 日菜子や桜に怒られたり、泣かれたっけな…。


「…ああ。今度こそ、な。 汚名返上だ」

 その小指に自分の小指を絡めた。

「嘘ついたら?」

「針千本…か。 流石に俺でもキツそうだ、絶対に破れないな。 …証人も大勢いるようだし?」


 屋上出入口の扉の向こうに感じていた気配に向けて視線を動かしながら言うと、斎城は小さく舌を出した。


「バレてるか」

「ああ。 でも安心しろ、絞めるのは黒島だけにしてやる」


 聞こえやすいよう大きな声で言ってやると、途端に階段を慌てて逃げ降りる黒島の悲鳴と足音が聞こえてくる。

 

 開いたドアの隙間からマオや怪力三馬鹿が窮屈そうに顔を覗かせ…桜も照れ笑いの顔を見せた。

 

 …俺の居場所はここなんだ。 戻ってくるとも。 何があろうと。

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