ユーステッド、助力す
テーブルについてからもホセの様子はおかしかった。ソワソワしてるようでおどおどしているような……簡単に言うと挙動不審。
「おい!ホセ!」
「はぁ……」
「ホセ……どうした?具合でも悪いのか?」
僕が話しかけても上の空。視線はマスターを見つめ、追っている……本当にどうしてしまったんだろうか?
「は~いおまたせ!ホセくんも同じもので大丈夫だったかしら?」
「あ、は、はい!いただきます……!」
「……お前ほんとどうしたんだよ」
「ふふふ。とても久しぶりに会ったんでしょ?いくらでも居ていいからゆっくりしていきなさいね?」
マスターがカウンターの奥に消えた途端、ホセが上半身を乗り出して僕の顔面にミリの近さで詰め寄り、少し興奮した様子で話し始めた。
「ユース!俺はとうとう見つけた!見つけたんだ!あぁ……!今までに感じたことの無いこの気持ち……」
「見つけたって……お前が毎度毎度言っていた『運命の女性』のことか?だから……ロベリアはダメだって――」
「違う!彼女だ!」
バンッ!とテーブルを叩き、ビシッっと指差したその先にいたのはマスターだった。もったいなかったけど僕はカフェラテを吹き出さざるを得なかった。
「げほっけほっ……本当に言ってるの?」
「俺は嘘はつかない!ユースとエリカの事でも本音を言っただろ?やめておけと!」
「う……まぁ確かに……でもマスターは……」
マスターは男性だ。
乙女心を持ってはいるけれど……れっきとした男性なんだ。僕だって最初は驚いたけど、マスターの人柄に惹かれてカフェに通うようになった。けど、まさかホセの『運命の女性』にマスターがドンピシャにはまるとは思いもよらなかった。
「美しさで惹かれる女性には幾人も出会ってきた。けれど……ここまで心揺さぶられることは無かった。どうしようユース……俺が俺じゃなくなるみたいだ……」
そういってマスターが作ってくれた温かいカフェラテを大事そうに口に含み味わうホセ。マスターを見つめるその顔は恋をする乙女のようだった。
僕は悩んだ。
ホセの境遇はいいものじゃない。僕みたいに悪行をして家族に嫌われているとかじゃない別の理由がある。
ただ第4王子というだけで期待もなにもされないまま……そこに名前と体が置いてあるだけだった。だからホセは自分で動くしかなかった。『運命の女性を見つけて一生を捧げて生きたい』と。
僕を含めて……僕が知る人物たちは色々と抱えて生きているんだとあらためて感じる。考えてみたものの……うん。
想いの先がどうあれ、僕がホセを応援しない理由が見つからない。だって、僕が幸せになる事を願ってくれた大切な友人だから。
「僕と同じように一目惚れしたってことだろ?」
「……これが一目惚れ……なのか」
「ホセ……君がそんな顔をするのは初めて見たよ。本気の恋に気付いた顔だ」
「本気の恋……」
「どうしたんだホセ?君らしくないじゃないか?いつもの君ならどうしてる?本気じゃないから簡単に話しかけてたのか?本気だから……話しかけもしないのか?違うだろ?本気で愛したいから……相手を知りたいから声を掛けてたんだろ?なら……どうする?」
僕の言葉を聞いたホセはひと息吐いて、いつも通りの表情で僕を見る。
「本当の自分に気付いた男は違うな?ユース。まさかこの俺が君に勇気づけられるとは思わなかったよ」
「僕もこんなこと言うとは思わなかったよ……で?」
「あぁそうだな……俺らしくなかった。ちょっと席を外すよユース」
「……いってこい」
と、送り出したのはいいけど……大丈夫だろうか。年齢も僕たちより一回りも上だろうし……当然マスターの好みの問題もある。女性を口説くことには自信があるだろうホセも……さすがに今回の相手は初めてだろうし。どうなるか気になって聞き耳を立てる。
「あら?どうしたの?おかわり?」
「いえ……違います。俺は……あなたとお話をしたくて」
「ふふふ!可愛い子ね?いいわよ付き合ってあげる」
「ありがとう……俺はホセ・サジタリウス……貴女のお名前をお伺いしても?」
そういえばマスターと呼んでいたから僕も名前を知らない。なんて名前なんだろう?
「ワタシの名前……ね。……シャルル・シュヴァリエ……こんな格好しておいて騎士だなんて笑えるわよね………」
「笑うなんてとんでもない。素敵な名だ……ん……じゃあ……シャルと呼べばせてもらってもいいだろうか?」
「っ……あら…ふふふ。ありがとうホセ。そんなこと言われたのは初めてよ?」
名前だけでここまでマスターの心をほぐすとは。言い方なのか……こちらからは見えないけどホセの表情を見て応えてくれたのか。さすがとしか言いようがない。
「シャル……つかぬことをお伺いするのだが……その……今お付き合いされている方はいるだろうか?」
「え、ええぇ?い、いないわ……よ?」
「そうか……よかった!なら……俺が立候補してもいいだろうか?」
……展開が早すぎやしないか?いつもホセはこうやって女性を口説いてるのか?……友人のこんな姿を見てしまうのはなんだかこちらも恥ずかしくなってくるな……。
「ちょ、ちょっと!そんな風に大人をからかったらだめよ……?もっと素敵な人がきっと――」
「あなたじゃなきゃ駄目なんだ。俺はあなたを一目見て愛してしまった。まだ俺のことをなにも知りはしないと思う。だから……これから俺を知ってほしい。そして……俺もシャルのことを知っていきたい」
「ホセ……」
まんざらでもなさそうなマスターの表情。でも、うれしい反面やはり困惑はしているようだった。
「急にこんなことを言って困らせてしまっているね……この島に冬がくるまで俺は滞在するつもりでいる。その間毎日ここへ通って……あなたと語らいたい。そのあとでもいい。返事をきかせてくれ」
「……そ、うね。まずはお友達から……ね?」
マスターの手をとりキスをして、僕のいるテーブルに戻るホセ。マスターは固まってぼーっとしている。
見ていたし聞いていたからわかっちゃいるが、鼻息荒くホセが成果を報告してくれた。
「好感触っ!……ここでの滞在がとてもいいものになりそうな予感がするよ!ありがとうユース!」
「そう、か?お前がそう思うならいいけど……」
少し冷えてしまったカフェラテをすすりながら、そういえば……と、なにかを思い出して僕に問う。
「ところでユース。君はどんなプロポーズをしたんだい?愛していると伝えたんだろ?」
「……」
「なんだい?そんなに恥ずかしいことでも――」
「僕……ティアに『愛している』と言っていない……」
「ユース……君って奴は……恥ずかしいどころの話じゃないんじゃないかい?」
言われて今頃気付くなんて……『想い』自体は伝えていたけれど、僕ははっきり『愛している』を言葉にして届けていなかったことに。




