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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十七章 準備された奇跡

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44 紫のサイニック

※だいぶ言葉を濁しましたが、それでも人に対し不快になる言葉などが出て来ます。苦手な方はこの回をお避け下さい。






会議室から出てきたナシュラことサダルに友人が駆けてきた。


「おい!ナシュラ!見たか?あの被験体。」

「……。連絡が来ていた話か?先まで会議だった。」


「すっごいきれいなんだ!」

「は?」

「一瞬目を開けたんだが、片目が紫だ!」

「…………時々いるな。そういう色は。」

「最初ニューロスアンドロイドかと思ったら、人間でさ。髪も逆染めしていた。」

逆初めとは元々淡い色の髪を、逃亡や何かの作戦のために染めることだ。

「それがさ、相手が言うにはまだ13、14歳ほどらしいんだが、身長も170近くあるんじゃないか…?人形みたいで………」

「………」

「兵士なんだぞ?あんな目立つ女がなんで傭兵をしてるんだって聞いたら、相手もとにかく助けてあげてくれって必死でさ!また、戦える体に戻してほしいとか言っているけど、愛人にさせて連れ回してたんじゃないかって話で。年齢もどうだか。」

「…………。」



返事は返さず聞いている。


虫唾が走る。



ハッサーレからも、「帰すな。その少女兵をそのままこっちの被験体にしろ」と指示が来ていた。



「オルビーが、四肢が一部潰れたり取れそうだから、もうそのまま切断していいかって確認の連絡が来てる。」

「…右足は元々義体なのか?」

その友人がデバイスを出すのでサダルは足を止めた。


そこには潰れたり取れそうな手足と、とにかくそれを応急処置したであろう形跡。顔までは正面から写されてはいないが、血だらけの頭、そして胴体は腹にも損傷を受けていた。いくつかの検査結果や部分写真なども送られてきた。


「地雷か?」

「爆破物を抱えたって聞いたけど。詳しくはまだ分からない。よく生きているなって感じだよ。」


そこに、オルビーと言われていた同僚から連絡が入る。

『ナシュラ、見たか?どうする?』

「連れ込んだ相手は?」

『タイナオスの傭兵らしい。とにかく命を助けてまた戦えるようにしろと。この歳でかなり敵を殺した逸材だ。ハッサーレ(ここ)が一番近くて優秀だからと助けを求めたらしい。』

「…………。」



タイナオスは大陸南だ。なぜそんなところの兵がと思う。


そして写真を見た時に感じた気分。

…ニューロスと親和性がいい感じがする。送られてきた資料を見ていく。


『それにナシュラ。北斗チップだ!』

「?!」

『義体のシリコンが最新の「北斗」なんだ!』

「………」


『腹部も潰れている感じがする。向こうが兵士を望むなら、それに関わっていらないものや再生に手間がかかる物は切除していいか?』

「いい、そのまま進めろ。現場はオルビーに一任する。相手の希望は兵士なんだな。」

『ああ。』

「失血死する前に進めよう。」



この時、この少女兵の未来が決まる。



彼女は生還と兵士としての復帰を優先され、それ以外の人格はなかった。


この状態で死なない生命力があり、完全な肉体への復帰はおそらく不可能で、身元が誰かも分からない傭兵。この時代の傭兵の多くは傭兵に拾われた孤児や捨て子だ。そして義体を付け戦場に出て優秀な成績を残している人体。もし失敗してもそれまでとしか言いようのない損傷。


そしてどうせ、誰かの愛人。



ニューロス研究の地位を上げたいハッサーレにとっては、好機な人物だった。


一見先進地域でありながら、いち人格への尊重に欠如する部分のあるハッサーレ。

この少女がここに来てしまったことがよかったのか、悪かったのか。



後にオミクロン族の正式な兵士であると判明するその少女は、この時に損傷の少ない左足以外の四肢や、腸の一部、施術にはいらないと判断された出血していた生殖器官の一部などを失った。

どうにか温存することができただろうものもあった。


おそらくここが、東アジアや他の連合国側先進地域だったら、損傷を受けた部位であれ、本人に意識がなくとも、最初に人体機能の回復を努力し、義体化するにしても意識回復を待ってからであっただろう。少なくとも他の二肢を失うことはなかったはずだ。



けれど彼女は、初めから兵士としての復帰を目的として施術をされたのであった。




***




遅れて研究所に入って来たサダルは、病院から少女の負傷兵に同行した医師にひどくなじられた。


切除する必要のないものまで切除したと。お前が許可を出したと。


「国の指示がこのまま強化義体の完成を作れという事だ。どうしろと言うんだ。」

今までで一番親和性の良い被験体に思えた。

「医師の風上にも置けない!!」

「本当は左足も切れと言われていたんだ。でもそこは温存しただろ。」

「お前が止めれば別の処理ができたはずだ!!」


憐みの心があったわけではない。とりあえず義体化してある右足を見て、両腕で試してからでいいと思っただけだ。


眉間に皺すら寄せずに真顔のままサダルは歩く。

「ならお前が国に反対すればいい。それにそのままにしたら、どのみちその少女は障害者になる。義体化できるところまでした方が、生活もしやすい。」

「でも、まだ少女だ!下腹部の手術はもっと考えるべきだった…。」

医者が悔しそうに言って最後は、自らの拳を握りしめる。医療処置だけなら自分たちでできたのにと。

「人命優先で何が悪い。出血もひどかった。いちいち全部に考慮していたら、間に合わないこともあった。今も言ったはずだ。」

どのみち両手は障害が残るだろう。

「………。」




サダルは片腹痛かった。


今まであれだけ医療でも薬剤会社でも、患者を人体実験のように治験のように扱ってきた国の人間が何を言うと。これまでそうして治療と言う名で自国民に好き勝手をしてきたのに。義体化であろうと治療であろうと。


ハッサーレは見た目の発展だけは先進国に並んでいたので、一般の市民にはそんな世界は見えなかったが。後で知っても泣き寝入りだ。


それが普通に通う病院や義体研究所で行われたか、国のラボで行われたかの違いだけだ。


こいつは国際病院の救急にいてもそんなことも知らないのかとバカバカしい。近隣国に輸出するワクチンも病院に来た患者がそのまま治験者だったりする。犯罪者、捕虜、政治犯もよく対象になる。自分たちの愚行を知らないのか。ここはそんな国なのだ。



ただ、自分にも人間の尊厳に振れるのは嫌悪感があるので、現場のオルビーたちに一任してしまえるのは気が楽だった。




***




あれから数日。


大人なのか子供なのか分からないその少女は、本当に人形のようだった。



自分のように表情が抜けていいる。


この少女に対して、自分はただそう思うだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

目の前の少女が人間にも見えなかった。



研究員たちが根元から生えるイエロー系のプラチナブロンドや紫の目に関心を寄せる中、サダルだけはこの容姿には何も思わなかった。


一部の研究者は人形のような姿に惚れこんで、毎日眺めに来る者もいた。この被験体を自分が担当したいと言ってくる人間もいたが、サダルは霊性で見て変な気を流して見ている者は言い訳を作って全部外した。



皮膚機能再生のための溶液に静かに沈む少女。紫の両目は少し開いたのに意識は戻らない。


脳波は波打っているが、揺らぐこともない。

水に濡れる、体が傾くなど大きな環境の変化でしか体も動かない。それも全て脊髄反射なのか。


職員たちは困り果てていた。回復しない。起き上がることもない。

何が損傷したのかも分からない。





「本当にきれいな子ね。どこの民族でもない、何とも言えない顔をしてる…。」

自分もバターブロンド髪を揺らめかせ、サダルの助手をしている美人な女が手摺に顎をついて眺めていた。


「ねえ、でもこの子。これ以上危険じゃない?」

「…。」

「起きないんでしょ?このままだと、特殊療法が必要になるよ。胃ろうになったら兵士や義体化どころじゃなくなる。」

兵士に戻せないならおそらくこの国はこのまま被験体にするか、まさに誰かの玩具のようにされるだろう。

「…………。」


サダルは少し焦っていた。今まで体機能低下以外で、一定の身体能力を持つ被験体がこんなふうに動かなくなることはなかった。ハッサーレでは良くも悪くも胃ろうはお金に余裕のある人間しかしない。この被験体が延命する対象になるかならないかは国しだいだ。そもそもサダルに選択権などない。指揮の筆頭と言っても指示を仰ぐべき上官は何人もいる。


サダルは彼らより目立ち過ぎてもだめだということを知っていた。外国の自分に自意識があると分かった時点で圧迫の対象になるであろう。




手元の資料を見る。

連れてきた男が言うには、この被験体の名は「サイニック」と言うらしい。


ただのサイニック。それ以外は何もない。


出生地不明。幼いころからユラス東南地域小国の傭兵の中で育っている。

非常に優秀でバランス型。物事の飲み込みも早く、何をさせてもすぐに習得する。3つの隊を回ってきたが、どこでもトップに好かれて重宝されていた。



そして引っ掛かった一文。


――手は血に染まっているが処女。

サイニックを前任者から預かった時に言われている。その前の前の前任者からも。

『無傷で返してあげてほしい』――


無傷?何のことだ?貞操のことか?体のことか?

傭兵の中の愛人じゃなかったのか?返す?どこに?



一瞬、この少女の体にこのハッサーレでメスが入ったことへの嫌な感触が自分の背中を走る。


寒気がして、動かない少女を見るが、目は開いていても彼女はどこも見てはいない。

おそらく、サダルさえも。もしかしてこの部屋さえも。




何も見えていない。




「そして、昨日同行してきた傭兵が新しいことを吐いた。」

職員の1人が言う。

「サイニックは今は傭兵ではない。」

みんなが顔を上げる。


「ユラス民族オミクロン族の二等兵だ。」

「っ?」

サダルは『オミクロン』の名に一瞬気持ちが揺らぐ。


自分が本来行きべきだった場所。アジアへの架け橋だった場所。

世界で最も強化ニューロス化された人間が多い国。


「強さそのものは士官クラスではないがな。

………でも、バランス性が飛びぬけて高い。」



サイニックを連れてきた傭兵は、かつて傭兵たちの部隊でナンバー2として仕事をしていたが、オミクロンに預けてからも気になって様子を見に来たのだ。許しを貰って一般的な業務の同行を願った。そこには中央ユラス兵たちもいた。


その日、いきなりの北からの激戦に遭遇する。士官クラスの仕事で北の任地にいた時に襲撃を食らったのだ。難しい仕事ではなく山岳低地の民間人への食糧、物資援助だった。


しかし、サイニックとその傭兵、指揮官クラス以外が敵う相手ではなかった。中立地帯であるのに、北方系の国が特殊部隊を潜伏させていた。ちょうど物資の交換場所。だがオミクロン側は守る者対象が多すぎた。


強化プロテクターを付けていたが、サイニックはそこで負傷。


その場は制し相手兵は分散して逃げる。


サイニックと数年過ごした傭兵は、応急処置だけして抱え、安定したサイドカーに乗せバイクで必死に病院を探す。傭兵は位置情報で最も近い研究所があるハッサーレ東に逃げ込んできたのだった。




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