帽子の影から
* * * 帽子の影から * * *
この頃俺はそわそわしてる。
そろそろ夕焼け空かな、と思いきや絶妙なタイミングで小型低空飛行船が割り込んできて、去った時には排気で再び空が濁って見え、落胆したからか。
それとも、渉が一方的に通信を切る前に行ったあれだからか。
「それから、罌粟を触った後は念入りに消毒しなよ。あぁ?もちろんお前の手だよ、消毒すんのは。それを間違ってなめた日にはLSDに目覚める可能性も十分にあるんだぞ。」
罌粟って毒あったの?薬?ドラッグだったのか?やべぇ、俺自分の指なめちまったかもしれないじゃねぇか!
と、いうのも違うとは否定できないが、最近胸の高鳴りを感じるようになったのも理由の一つだろう。この感覚は期待のようで、不安のようで、時々きれいでもない空をガラス越しにながめては返されるはずもないのに姉ちゃんに語った。
ゆらには何も言わない、いや言えなかった。物言いたげな顔をしてたが、不思議と何も問われなかった。
計画を実行するまでの時間は残りわずかで、ある瞬間ふとこれは犯罪活動ではないか、との考えがよぎったが、すぐにふり捨てた。
だから当日、そのまま家を出ようとしたけど、やっぱり俺らしくないと思って明るくことわってから出かけた。どうせ死ぬわけじゃないし。
「姉ちゃん、行って来る。」
口を覆いながらつぶやく。
「あんたのお仲間減らせるかもしれねぇ。すまんな。でも俺があんたのところに行くのも...ありえないわけでもないな。」
頭を掻いて自嘲ぎみに笑った。
「なんだよお前、死ぬつもり?」
やぶから棒に渉の声が響いた。
「人が悪いんだよ渉!人の独り言に耳立てるなんざデリカシーねぇなコラ。」
多少おどけながらも努めて大声を出した。
「人聞き悪いなぁ。で、お前死ぬつもり?」
「んなわけねぇだろ。」
俺は全力で否定した。死ぬつもりはないけどその可能性はある。
「そうか。」
渉が淡々と流していつものように仏頂面で歩き出した。
NASAに行くためにはどうしても安全管理万全のため、各方向へとつながったこの巨大城砦から外の道を通行しなければならない。
屋外で出る前、渉にマスクと渡したが、この天上天下唯我独尊野郎は俺の好意を無視して自分のをわざわざ探して着けた。
「チェッ」
と俺は舌打ちする。
渉はそれをも無視する。
肌が焼けるような日差しを浴び、壊れたスプリンクラーのように汗が噴き出す。それに比べ渉は周りの人が憎らしくなるほど涼しげな顔をしている。汗もない。毛穴がふさがってたらいつか身体を壊すと俺は祟るのだが、その兆候もない。
NASAの飛行場の前に渉と同じく涼しそうな人を発見した。嫌味を吐こうとするが、よく見ると福寿姉妹だった。
「お~っ、ごふっ」
声をかけようとしたところで渉に口をふさがれた。
「巻き込みたくないんだろ。」
鋭くにらんでくる。俺はゴクリを音が立つほど唾を飲んだ。そして持ってきた帽子を深く被った。
正門から入る時(忍び込むんじゃない、正々堂々と入るんだ、と渉は言う。)、帽子の影からわずかに福寿姉妹に目を向けた。ゆらが往の話しにあいまいに相づちを打ちながら、こっちを凝視していた。




