縁
* * * 縁 * * *
福寿妹が行くのは本当にもうすぐだった。キャンセルできないのは分かってる。
姉ちゃんが去る以前、俺はなにか物騒な気配を感じて本部まで押し入ったこともある。結局返された返答は「キャンセルすることは不可能です。」との機械質な声と、世界のためだの人類のためだのという講義と、マニュアルどおりの笑みだった。(上記の講義こそ俺の言うきれい事の完璧な一例だ。)
逃走など福寿妹がするわけない。要に、人目のつかないところで飛行時間まで閉じ込めればいい話しだが、それでは妹に一生恨まれそうだし、俺たちは疲れ果てるだろうし、どうせ衛星なんて作動されて見つかるし、それこそ正に『骨折り損のくたびれ儲け』だ。
俺が渉をNASAに残した理由は飛行船全体を止める可能性を作ることだった。でも今はそれは遠大すぎるような気がして、まだやってもないのに己の無力に打ちのめされる。
休みに部屋にこもって何をするわけでもなく寝転がって、またあの夕焼けが見られるか期待していたところ、渉から通信が来た。
何事かと思ったら、何故かこのガリ勉は百人一首を持ち出した。
「面白いの見つけたよ。」
「百人一首に面白みを見つけられるあんたはいち早く古典の教授になれコノヤロー。」
と一息で風刺的に聞こえるように気を配った。
「第四十六首、曾禰好忠作なんだけど…」
華麗なほど見事に俺を無視して渉が続ける。
ていうか誰だよ、曽祖父好爺ってのは。
それを口にした瞬間、渉の絶対零度のにらみによって大紅蓮地獄へ送られることを想像した俺は何も言わなかった。
「由良のとを、渡る舟人、かじを絶え、行方も知らぬ、恋の道かな。という恋愛の無常を詠った詩だ。」
「ふ~ん。で、早く結論言え。」
ヒュー、風流だね、と口笛を吹きながら昨日取り替えたばかりの白罌粟を弄んだ。
「福寿姉妹と僕の名前で共通点を見つけたまえ、十を知って一を知らず君。」
半ば俺の馬鹿にはあきらめたようだが、それでも渉は皮肉を忘れない。
ついでに想うがあだ名にしては『十を知って一を知らず君』は長すぎるんじゃないか、と。
俺はさっきの詩を思い浮かべる。『由良の』、ゆらだな。『渡る舟人』は渉か。で、最後に『行方も知らぬ』に福寿妹の往が入ってる。(どうせこうなら往はゆくえに改名すべきなと考える。)
「あぁ、なるほどなるほど。それは縁があっておめでたいなぁ、渡る舟人くん。」
「お前、それダジャレ?もしダジャレだったら親父ギャグだね。寒いよ。」
うっさい!渉は軽やかに俺の反抗をスルーする。
「残念ながら誰かさんは入ってないようだが...」
哀れむような口調だ。
俺はつくづく思った。友達は選んで作れ、じゃなくて、いや、それもそうだけど、渉はやっぱり鬼で悪魔で悪者だ。
「誰が入ってないだと?」
立ち上がろうじゃないか、尻に敷かれている者たちよ!
「違うのか?」
「もちろんだ。お前らが詩なら俺は作者になってやら。曽祖父、じゃなくて曾禰好忠に。」
「曽祖父?」
渉の鋭い耳は決して聞き逃さない。そして彼の口は一番触れて欲しくないものをずばりと聞く。
俺は当たり前のようにでたらめが流れ出た。
「いやぁ、俺の曽祖父が遺言でよ、」
「分かった分かった。お前は作者でも舵でもいいから。ともかく、止める方法だ。福寿妹だけじゃなくてみんなを止める方法だ。」
渉が本題に入った。目つきが鋭くなる。刹那だけだが、首に氷の刃をそえられたような錯覚に陥る。
「ああ、方法だな。」
あいまいに答えることしかできなかった。
「考えてみたんだけど、バグらせるとか、ウイルスとか、システム崩壊とか、手っ取り早くやるなら真実を言うとかも...」
「いや、それはやめた方がいい。」
「本当の事を暴く、てのが?」
「ああ。」
このご時世、裏に何があるのか未知数だ。それはまだいい。もっと重点的なのは、人だ。
もうほとんどの人の家族や知人が宇宙に行ってる。
何かを失った時に感じるあの虚しさ、心臓が押し潰されるような感覚。その後長引くトラウマ...知りたくない。知ってほしくもない。
この感情を全人口が体験した時、世界は崩壊する。心情という荒波によって秩序の壁が打ち砕かれる。
「システム崩壊はどうよ。」
別にどれも同じような気がしなくもないので、てきとうに選んだ。
「バグらせたり、爆発させたり、その間に騒ぎ起こせば...」
「じゃあお前がなんかごちゃごちゃやってる間に俺が騒げばいいのか?」
渉が大きくうなずいた。
「方法分かってんのかよ。」
疑わしそうに聞く俺を渉は、
「僕をなめんな。」
と吐き捨てた。




