第九十三話 ゆく年くる年
怒涛のクリスマスイブから早一週間、今日は粉雪が舞い散るあいにくの天気だが、それでも立花さんが今年最後の日を一緒に過ごしたいって事で、僕の家に泊まりにきてくれた。
結局あのあと(クリスマスイブの日)、避妊具が九個なのは絶対におかしいとしつこく立花さんに問い質したところ、全てを自供した。
どうやら僕が、お風呂場でのぼせて気を失った事を千載一遇のチャンスだと思ったらしく、どうやったら今の関係より前進できるか? と考えたところ思いついた苦肉の策が、一回経験していれば二回目はすんなりいけるんじゃない? だったらしく、それで貞操を失ったことを捏造したらしい。
最初こそ頭の毛が逆立つ思いをしたけれど、立花さんに僕の緊張を取り除きたかったとか、今以上に仲良くなりたかったって言われたら、僕にも原因があったのかと思い、それ以上なにかを言う気にはなれなくなっていた。
上手く丸め込まれたわけではない。その証拠に、立花さんとは今まで以上にいい関係が築けていて、今年最後の大晦日を一緒に過ごせることになったのだから。
「は、はじめまして、立花蒼といいます。きょ、今日は宜しくお願いいたします」立花さんが震えた声で挨拶をする。
そう大晦日の日は、普段単身赴任で家を空けている父さんが帰ってくる日でもあった。
「アオイさん? 宜しくお願いします」父さんがそう言って、眼鏡をつまみ上げた。
四人掛けのダイニングテーブルに、僕と父さんが並んで座り、立花さんと母さんが並んで座っている。
「お義母様、あの⋯⋯景くんのお兄さんとかではないですよね?」そう言いながら恐る恐る父さんに視線を向ける。
母さんが苦笑いを浮かべると、僕と父さんは絶妙なタイミングで「「違いますよ」」と答えた。
そんなに似ているかな? 僕がマジマジと父さんの顔を眺めていると「す、すみません。あまりにも似ていたので」と立花さんが頭を下げた。
「気にしないで下さい。それよりアオイさん、出身国はどちらですか?」父さんが真剣に訊ねる。
立花さんが少し慌てて日本ですと言ったあとに「ママがロシア出身で、私の髪は銀色なんです」と答えると、
「これは失礼しました」と今度は父さんが頭を下げた。
少し気まずい雰囲気が流れた。ここは僕がなんとかしないと、そう思って腕をまくると、
「お義母様とお義父様の馴れ初めを聞いてもいいですか?」立花さんがいきなり凄い話を切り込んできた。
父さんは、まぁ僕の父さんなので、狼狽えることなく、だからといって何かを答えようとするわけでもなくただ腕を組んでいると、見るに見兼ねた母さんが、
「馴れ初めねぇ⋯⋯」と言って片手で頬をおさえる。
母さん変なこと絶対に言わないでよ、と視線を送ると、そんな僕をよそに母さんが話しを続けた。
「あれはそうね⋯⋯なかなか距離が縮まらなくて、少し焦り始めていた時、クリスマスを二人だけで過ごせることになったのよ」母さんが人差し指を唇に当て、なにかを思い出すように話しをしていく。
正直僕は嫌な予感しかしてないが、立花さんが前のめりになって、目を輝かせている。
話の腰を折るわけにもいかないか? と思って、警戒しつつ聞き耳を立てていると、
「当日、かなり気合いを入れてお父さんの家に行ったのにうんともすんとも言わないじゃない? 流石に痺れを切らした私は、無理矢理お風呂に突っ込んで、お父さんがのぼせたところでベッドまで連れていって、既成事実を作りようやく結ばれた⋯⋯て感じよ」そう言って母さんがお茶目に舌をだした。
他人事に思えない⋯⋯そう思って顔面蒼白で父さんに視線を移す。立花さんが流石お義母様です! と言って母さんに羨望の眼差しを向ける。
そんな様子を見ているはずなのに、父さんはうんともすんとも言おうとしない。
心配になった僕が父さんと言って肩を揺らすと、「あ、あぁ~〜」とだけ言って、天を仰いだ。
父さんは今、いったいどんな感情でこの場にいるのだろうか? そして僕はこのあとどんな顔をしてこの場に居ればいいのか?
答えが出せないまま、僕も天を仰ぐと、
「「二人ともなにしてるの?」」母さんと立花さんが息ぴったりに訊ねてくる。
僕と父さんが向き直って「「あ、あぁ~〜」」と息ぴったりに答えると、母さんと立花さんが吹き出して笑った。
なにが面白いのかはわからない。けど、こうやって笑って終われる年の瀬も悪くないって思える。
ひとしきり会話を楽しむと、もうすでに二十三時になっていることに気が付いた。
「立花さん、この天気では初詣は明日にしたほうがいい気がしますが、どうしますか?」僕が窓の外を眺めながらそう訊ねると、
立花さんも窓の外に目をやり「確かに! 今日はまったりして明日行こう」とサムズアップを送ってきた。
立花さんから賛同も得られたのでって言っても、家にいても特別やれることないんだよな。
そう思って腕を組み、なにかないかと思案を重ねていると、
「いったん着替えて、お化粧落としたいから景くんの部屋に行きたい」と言って立花さんが立ち上がった。
言われるまで気付かなかった。僕はずっと家に居たから楽な格好をしていたけど、立花さんはずっとよそ行きの服装のままだった。
それに、父さんが帰ってきている事で、いくら立花さんでも多少は緊張しているはず。
立花さん気の利かない彼氏ですみません。
そう思って、急いで立ち上がり「立花さん行きましょう」と手を差し出すと、
うん! と言って、立花さんは僕に駆け寄りその手を取った。
そのまま二人で僕の部屋に向かう途中。背中越しに、じゃまた後でね! と母さんの声が聞こえた。
僕たち二人はうん! と大きな返事を返して、いったん部屋に戻る事にした。




