9.マグリット王国の人間たち
──人間たちの村。初めてだった。父さんの名が語り継がれているのも驚いた。素直に嬉しかった。けれど、二階で眠っているアキハの様子がとても心配だった。アメルは元気そうで良かった。
「お兄ちゃん? 食べないの?」
「あ、あぁ。食べるよ、アメル」
「二人とも遠慮なく食べなさい。しかし、不思議じゃな? ジグムントの飛空船に子どもが乗せられておったとは」
お爺さんが話をするたび、ドキリとする。僕とアメルには半分魔族の血が流れている。いつか、バレやしないだろうかって。
僕とアメルは、村長のクムリのお爺さんと一緒に大きな台所のある部屋で三人で朝食を食べていた。アメルは、あれから何皿もお代わりをしていてモリモリと食べていた。部屋の片隅には木のテーブルが壁にくっつけて置かれてある。父さんと母さんが居たのを想い出す。
けれども、僕らの後ろでは慌ただしく料理が作られ続けていた。村の人たちなんだろうか。人間の女たちが多い。
「あ、あの。沢山お料理が作られているんですね? これって、一体……」
「あぁ、そうじゃとも。王都マグリットから魔法師団、王国騎士団、教会の聖職者や僧侶たちが、サリバドールに派遣されてな。森の消火活動や瘴気の浄化、それに救護活動なんかで大勢の者たちが駐在しておる」
「へぇー。沢山、人間がいるんだね。ねぇ、お兄ちゃん?」
「あぁ、そうだね。アメル」
アメルが変なことを言いやしないかって、またドキリとする。僕は、お構いなしでモリモリ食べ続けるアメルを見て苦笑いをした。
「後で家の外を見てみるが良い。サリバドールの美しい湖がある。今は人が多くて慌ただしいが、マジョーラ湖は普段はとても静かで美しい場所なんじゃ。晴れた日にはモレイラ山脈の雪の尾根を湖一面に映す。絶景じゃぞ?」
お爺さんがそう言いながら、肉汁の出る棒のような塊をボリッと口にすると──、アメルも負けじとボリボリッと音を立ててムシャムシャと口いっぱいにその棒のような肉を頬張っていた。
「これ。何ていうお肉なの? 美味しいね?」
「ん? サリバドール名産のボリボリウィンナーじゃぞ? 知らんのか? ハムハムチーズもあるぞ?」
「あ、それ? もう食べてるよ。美味しいよね? ハムハムチーズって言うんだ?」
お爺さんに言われてアメルは、まさにハムハム……とハムハムチーズを口いっぱいに頬張った。アメルの食べる姿が可愛い。何だか食欲が湧いて来て、僕もアメルのようにボリボリハムハム……と、ボリボリウィンナーとハムハムチーズを口いっぱいに頬張った。
「そう言えば、名前を聞いておらんかったな?」
「僕は、レオルです」
「私は、アメルだよ?」
すると、そこへ──。大きな身体をした人間の男が、ガチャガチャと音を立てて重厚な鎧を身に着けてやって来た。
「食事中、申し訳ありません! 村長のクムリ殿でありますか?」
「いかにも。ワシが村長のクムリじゃが?」
「マグリット王国騎士団、副団長のヘイダルであります! マグリット王国よりイリス姫がお目見えになられたのであります!!」
「何?! イリス姫が?!」
「はい! イリス姫とアキハ殿は旧知の仲だと聞いております! アキハ殿のご容態をお気になされて、居ても立っても居られぬと!」
人間の大男が鎧に剣を携えて、クムリのお爺さんの目の前でビシリと直立して立っていた。お爺さんがツルリと頭をなでてから髭を触った後、小さな丸まった背をピンと伸ばして木の椅子から立ち上がった。アメルは、まだお構いなしにモグモグと食べていた。僕が三人の様子を見ながらキョロキョロしていると──、入り口からアキハより少し小さめの人間の女が入って来た。護衛の為なのか、両脇に後ろにと鎧を着た人間の男たちを引き連れていた。
「お初にお目にかかりますわ? マグリット王国のイリスです」
「い、イリス様。サリバドールの村長、クムリと申しますですじゃ」
「アキハは何処に?」
「は、はい。二階の部屋で眠っております。今は、お遣いくださった僧侶様たちが治療に当たっておりますじゃ」
イリス姫──。長い金色の髪が頭の上に束ねられていて、背中と耳もとに流れる様に掛かっている。胸って言うのが、アキハより小さめだった。白のベールに透けて見える顔は、アキハと同じくらいの年に想えた。マグリットから来た人間の女は皆、ベールで顔を隠すんだろうか。金色の金属の輪っかみたいなのを両腕と耳と首に身に着けている。白色のフワフワとした長いズボンと服は、とても着心地が良さそうに見えた。とても良い匂いがした。
「村長さん? この子たちは?」
「飛空船から救助された子たちですじゃ」
「ジグムントの飛空船から? 何か訳ありのようね? 青い髪に金色の瞳の男の子と、朱色の髪にエメラルドグリーンの瞳の女の子。何処の国の子たちかしら?」
またもや、ドキリとした──。人間と出会うたび、こんな調子じゃ身が持たない。
イリスはそれだけ言うと、くるりと身を翻して兵士たちを引き連れて部屋から出て行った。村長であるクムリのお爺さんが、慌ててヨボヨボとイリスの後ろを追って早足で出て行った。僕とアメルは、そのまま椅子に腰掛けてモグモグと今の内に食べられるだけ食べ続けていた。
「お兄ちゃん?」
「どうしたの、アメル?」
「長居は無用だよね? ジグムントとかマグリットとか信用出来ない。人間たちに捕まる前に、ここを出なきゃ」
「そうだね。アキハのことは心配だけど、今晩の内に……」
「アキハ? お兄ちゃんって人間の女が好みなの?」
「ち、違うよ!」
「後、二、三日もすれば話せる様になるよ?」
「そうなの?」
「うん」
アメルが、そう言いながらも手に掴んでいる朝ご飯を口に運ぶことを止めなかった。
「しっかり食べられるだけ食べて、今はぐっすり眠らなきゃ。ここを出るのは、それから。ボリボリウィンナーとハムハムチーズが食べられなくなるのは残念だけど」
「また、何処かで食べられるよ。きっと」
「そうだよね、お兄ちゃん」
それだけ言うと、アメルはゴクゴクと沢山コップに注がれたミルクを飲み干してお代わりをした。それから、僕とアメルは部屋に戻って二人一緒にお布団で眠った。また目が覚めると、起きてアメルとご飯を食べて、アメルと一緒にお布団で眠った。結局、あのイリスって言う人間のお姫様もアキハが回復するまで、村長さんのこのお家で寝泊まりすることになった。護衛の兵士たちや村の人たちが、入れ替わり立ち代わりして昼も夜も人間を沢山見かけた。
その夜──、僕は変な胸騒ぎがして急に目が覚めた。枕もとには、アキハの部屋に居たあの変な魔法の光を使う女僧侶が、僕とアメルが寝ているベッドの傍に立っていた。
手には、光る鋭利な刃物を持ち、今にも振り下ろそうとしていた。




