10.魔族への復讐
──僕は、暗がりの部屋に浮かんだ女僧侶の姿に、ゾッとした。
「危ない!」
ドン──!と、女が振り下ろした刃物がベッドに突き刺さる。お布団が裂けて羽毛が舞う。僕は咄嗟にアメルと一緒にベッドから床下に転がり落ちた。
「お、お前は……。やっぱり、人間は信用出来ない」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ? あの傷の血と魔法反応。貴方たち、魔族ね? そうやって子どもの姿で欺いて、どれだけの人間を殺して来たのかしら? 残念だけど、生かしておけないわ?」
窓辺に差し込む月の明かりを背に、刃物を握った女の目がベール越しに見えた。まるで冷たい炎が燃えているようだった。僕とアメルを殺すつもりだ。突き刺さるような、とても怖い目をしていた。
「証拠の血は取ってあるわ。王都に持ち帰れば、例え被災した身でも魔族の貴方たちは問答無用で即刻処分されるでしょうね?」
刃物を持った女が僕とアメルにゆっくりと詰め寄った。女の胸の十字架が光る。それがあの変な魔法の光と同じように嫌な感じがした。僕は尻もちをつきながら後ずさりをした。
「お兄ちゃん……ジッとしてて?」
その時──、僕の背中の後ろでアメルの小さな声が聞こえた。
(バサッ! バサバサバサッ!!)
すると、女の後ろから一冊の本が壁の本棚から飛んで来た。その分厚くて固い本の角が、女の頭のこめかみに直撃した。アメルの魔法だ──。
「うっ! 痛っ! 許さない……許さないわ!」
女が呪文のような言葉を唱えると、薄暗い部屋の宙空に六本の光り輝く刃が現れた。女の振り上げた刃物を中心にして、円を描くように浮かんでいる。
「魔族を貫く光輝く刃の魔法よ? 私の家族を奪った魔族たちは滅び去るのよ!! 死ね!!」
女が刃物を振り下ろした瞬間、六本の光の刃が僕とアメルに同時に降り注ぐ。僕は片目を閉じてアメルを庇うように床に伏せた。ベッドから女に裂かれたお布団と枕が僕とアメルに覆い被さった。
「うわっ! くっ!!」
(バァン──!!)
絶望した瞬間──、大きな物音がして、父さんと母さんに祈りながら目をゆっくり開けた。お布団から顔を出すと、バサバサと本が沢山飛び交っていて、女は床の上で倒れた本棚と本の下敷きになっていた。……アメルの魔法だ。
そして、光の刃の魔法が覆い被さったお布団と枕の上で消えて行くのが見えた。女の刃物が、僕の足もとの木の床に枕と一緒に突き刺さっていた。
(ビイィィン……)
「あ、あぁぁ……」
「光の魔法は確かに魔族には脅威だけど。魔族以外は貫けないはずよ? 簡単に防げるわ。それが貴方たち聖職者でも扱える理由でしょ? 神に仕える者たちが、人を殺したり物を壊して良いはずがないものね?」
「お、お前たちは、人間なんかじゃない! 呪われた魔族の子だ!!」
床から立ち上がったアメルの言葉に、女が本棚の下敷きになったまま、僕とアメルを睨みつけて言い放った。ベールがめくれ上がったその顔の表情は、まるで本物の魔物のようにさえ想えた。
「何事ですの?!」
その時、イリスって言う人間の女が目の前に現れた。マグリット王国の人間の国のお姫様だ。僕とアメルは、魔族の国の王子と王女だった。けれども、他の魔族たちが今何処に居て、どうしているのかなんて知らない──。
「い、イリス様! こ、この子たちは魔族です! 私の家族を殺したんです!! 今の内に殺しておかないと!!」
女は焦った表情でイリスに訴えかけた。自分こそが正義で自分には何の罪も無いのだと──。
しかし、イリスの背後に居た二人の鎧の兵士たちが、長い槍の切っ先を女の首にあてがい交差させている。蝋燭の火が灯されて、女の顔が明かりに浮かび上がる。イリスは女に静かに話しかけた。
「殺す? 聖職者が口にして良い言葉じゃないわね? 辛いでしょうけれど、この子たちが貴方の家族を殺して、貴方を殺そうとしたのかしら?」
「くっ……!」
イリスがそう言うと、鎧の兵士たちに女は手錠を掛けられていた。女は静かに俯きながら黙ったまま立ち上がった。連れられていく女の背後で、イリスは屈んだまま床に散らばった本と蝋燭の火を見つめながら言葉を続けた。
「魔族──。もしも本物なら、貴方たちに命は無いわ? けれど、発見した兵士が言うには、貴方たちはアキハを助けるようにして共に倒れていた。魔族が人を助けるなんて考えられない。どの道、アキハの回復を待つしかないわね」
僕が床から立ち上がると、隣に立つアメルの手が触れた。部屋から出る女が、兵士に手錠を掛けられたまま呟いた。
「悠長なことを……今この瞬間にも人が魔族に殺されているのかも知れないのに。この子たちの血液を王都の裁判所に提出します。精査すれば分かることですから」
女が兵士に連れられた後で、村長であるクムリさんや泊まり込みで作業をしていた人間たちが、部屋の入り口の前まで押し掛けてきた。
「い、イリス様!! な、何事ですかな?!」
部屋の中を覗き込む様にして、クムリのお爺さんが慌てながら心配そうに叫んだ。部屋の入り口の前では、王国騎士団の副団長を務めるヘイダルって言う大男が鎧を纏ったまま立ち塞がっている。村長のクムリさんだけが部屋に通され「用の無き者は立ち去るが良い」と言って、大男は低い声を響かせた。
その時──、イリスがクムリのお爺さんにタタッと駆け寄って、目を輝かせながら……その手を握った。
「クムリさん? アキハが回復したら、この子たちを王都に連れて行っても良いかしら?」
「え? いや、その……その子たちには身寄りが居ない訳ですし、心配なのですじゃ。サリバドールで、わ、ワシが預かろうかと……」
「ね? 良いでしょ? 貴方たちも王都に来ない? 悪いようにはしないわ? 王都には、もっと沢山美味しいものがあるんだけど。フカフカのベッドも用意するわ?」
僕は頭が混乱した。クムリのお爺さんも驚いていた。このイリスって言う人間の女は、僕とアメルを騙そうとしているのかも知れない。アキハのことも気になる。けど、アキハとイリスは友達みたいだし。もしも、魔族として認定されたら逃げ場がない。殺される。
「し、死にたくない……」
僕は、アメルをチラリと見た。アメルのエメラルドグリーンの瞳が輝いている。嫌な予感がした。僕は、クムリのお爺さんが居るサリバドールの村でアキハとアメルと居るのが良いって正直想った。けれども、それも長くは続かない気もしていた。
どの道──。人間に見つかってしまった僕らは囚えられる。そう思っていると、アメルがイリスの前に近づいた。朱色の長い髪を掻き上げて、アメルはエメラルドグリーンの瞳でイリスの目をジッと見つめた。
「契約しましょ? 私とお兄ちゃんは、マグリットの人間たちを殺さない。魔力拘束具も付けたままにするわ? その代わり、さっきみたいに人間が私とお兄ちゃんを殺すなら守って欲しい。どう? イリスのお姉さん? それと、フカフカのベッドと美味しい食べものも沢山ね?」




