第7話
翌朝、匡はポストに入れられていた手紙とキャバクラのボーイから渡された小高宛の手紙をテーブルに並べて見比べてみた。
「間違いない、全く同じ筆跡だな」
リオも頷く。
「この手紙を書いたのが誰なのかはわかりませんが、もしこれが小高を消した犯人によるものなのだとしたら……何故僕達に接触してきたのか謎ですね。やはり宣戦布告のつもりなのでしょうか」
「どうだろうな。向こうも魔法使いなら単純に同胞の俺達を監視している可能性はある。或いは他の目的があるのか……。そもそもこの小高宛の手紙もよくわからん内容だし」
と言ったところで、事務所のほうから来客を知らせるチャイムが鳴った。
「こんな朝っぱらから誰だ?」
事務所の玄関は格子ガラスのドアになっているため、ドアの向こうに立つ人物が見える。
ドアの向こうにいたのは、両手にスーパーの袋を下げた久保だった。炎天下の中、相変わらずしっかりスーツを着用している。
「久保!!?」
匡がドアを開けると、久保が両手の袋を持ち上げながらニコニコ微笑んだ。
「おはよう匡くん!」
「ああ、おはよう……って、何の用だ?」
「暇だったから遊びに来ちゃった!」
リオも事務所に顔を出す。
「あれっ、誰かと思ったら久保さんじゃないですか。その袋はなんですか?」
「リオくんおはよー!これはただの差し入れだよ!まあみんなでゆっくり語ろうじゃないか。お邪魔しまーす!」
「ちょっと待て!俺は上がっていいなんて一言も言ってないぞ!!」
匡が止めるのもお構い無しに久保が事務所に入る。
殺風景な事務室は中央に来客用と思われるテーブルとソファが置かれ、壁に沿う形で机とパソコン、そして本棚などが置かれている。
入口ドアのすぐ横にパーテーション代わりの観葉植物が置いてある以外は、これといった装飾もない。
「へえー、スッキリしててなかなかいい事務所だね。陽当たりもいいし」
久保は辺りを見回しながらテーブルに飲み物とコンビニスイーツを並べている。
「で、お前の真の目的はなんだ?ただ駄弁りに来た訳じゃないんだろ」
匡が冷めた視線を向けて言うと、久保は
「そうそう、ちょっと真面目な話があって」
と言ってソファに座った。
「単刀直入に言うね。匡くん、リオくん、オレと手を組まない?」
久保の突然の提案に、匡は顔を顰める。
「手を組むっていうのは、小高達が消えた件で……ってことか?」
「そうそう。オレ、昨日君達と行動して確信したんだよね。現状オレひとりではどうにもならないことでも、匡くんとリオくんがいればきっとなんとかなるって」
そう言って得意気な顔で笑う久保に、匡は呆れた表情を向ける。
「何を根拠にそんなこと言ってんだよ。俺達はまだ何も掴めてない状態だぞ?お前のほうがよっぽど小高の情報とか持ってるだろ」
「それはそうだけど、でも君達には超能力があるんでしょ?それがどんな能力なのかオレにはまだわからないけど、オレの霊能力と合わせればすごく大きな力になるんじゃないかと思ってるんだ。少なくとも、人を消すなんて無茶苦茶なことをやる奴相手にまともな方法で勝てるはずないんだから」
久保の言うことはもっともである。
相手は、大勢の目撃者の前で何の証拠も残さずに人を跡形もなく消す力を持っている。
警察も手を尽くしてはいるだろうが、そんな非科学的な事件を地道な捜査だけで解決できるはずがない。
しかし相手が魔法使いなのであれば、匡とリオの力で勝てる可能性はある。
そこに情報を持つ久保が加われば、それは確かに戦力になるだろう。
「……わかった、手を組もう」
匡がそう言うと、リオが困惑したような表情を見せた。
「いいんですか?匡様」
「ああ。正直俺も、警察とのコネクションを持ち情報を手に入れられる久保が仲間になってくれれば心強いと思ってる。超能力便利屋なんて肩書きじゃ胡散臭がられることも多いが、そこに久保がいてくれればそれだけで調査の道も広がるだろ」
「……確かに、それもそうですね」
リオも納得したのか頷く。
久保は嬉しそうに微笑むと
「ありがとう!恩に着るよ!」
と言い、匡の手をがっしり掴んだ。
その時、再び来客を知らせるチャイムが鳴った。
「また来客か。今日は忙しいな」
ドアの向こうにはワンピース姿の見知らぬ女性が立っている。
匡がゆっくりドアを開けると、その女性は真っ青な顔で何度も頭を下げた。
「すみませんあの、便利屋……超能力便利屋ってここで間違いないですか!?」
「え?ああ、はい、そうですが」
「よ、よかった!!あの……私を助けてください!!警察はもう頼りにならないんです!!」
そう言って女性が匡に縋り付く。
匡は女性をやんわり離すと
「とりあえず中入ってください!」
と事務所に招き入れた。
「水野さん!?水野さんですよね!!街華学園高校の……!!」
久保が目を見開き立ち上がると、女性がぱっと笑顔になった。
「久保さん!!そうです、街華学園高校の古文教師の水野です!!」
匡は二人を交互に見て
「なんだ、知り合いだったのか?」
と尋ねた。
久保の話によると、昨日街華学園高校に行った際に職員室で挨拶を交わしたのだという。
毛先を巻いた黒髪をリボンバレッタでハーフアップにし、淡い花柄のフェミニンなワンピースを着用している。実年齢は30代後半らしいが、小柄な体型と服装のせいか実年齢よりずっと若く見える。
「昨日久保さんから名刺をいただいたので、ここに来る前に流星心霊探偵事務所のほうに行ったのですが、留守だったので……。ドアに超能力便利屋にいると書かれていたので、その地図を頼りにここまで来ました」
そう言って頭を下げる水野を見て、久保はあることを思い出した。
「そうだ……!!昨日外山くんから水野さんがうちの事務所に来るかもしれないからよろしくってメール来てたんだった!!すみませんでした!!マジでド忘れしてた……」
久保が慌てて頭を下げると、水野も慌てて首を横に振った。
「い、いいんですそんな!!……とりあえずここで久保さんに会えたのでよかったです」
水野はそう言うと、リオに案内されソファに腰掛けた。
「それにしても……警察は頼りにならないって、一体何があったんですか?」
リオが水野にお茶を渡す。
水野は渡されたお茶を飲むと、ふーっと息を吐いた。
「すみませんでした、先程は取り乱してしまい……実は、私、その……消されるかもしれないんです」
水野の言葉に匡とリオ、そして久保の三人で顔を見合わせる。
「消されるって、どうして」
久保が言い終わる前に、水野がスマートフォンを取り出した。
「これ……昨日の夜、非通知でかかってきた電話なんです。留守電に入ってました」
そう言って留守電を再生する。
『こんばんは、水野さん!私は財前です。小高と関根を消した“人消師団”のメンバーです。おめでとうございます!水野さん、あなたは次の世界に行けることになりました!この世界に別れを告げる準備をしておいてくださいね!あっはははははは!!』
犯人の声はそこで終わっていた。
水野は肩を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「この世界に別れを告げる準備……これってつまり、次に消されるのは私、ということですよね!?」
水野が顔を覆い俯いた。
「……この声と、財前という名前に心当たりは?」
久保が尋ねると、水野は黙ったまま首を横に振った。お茶を持つ手が震えている。
「人消師団?ってなんなんでしょう……」
リオが首を傾げると、久保が
「オレ、どこかでヒトケシって単語聞いたことがある気がするんだよなあ……」
とぽつりと呟いた。
「……この電話を貰ってすぐに警察に電話しました。しかしなんというか、心ここに在らずというか……無関心そうな対応をされて。その後交番に直接行ったら、警察はもうこの件には関われないから久保さんに頼ってくれって、外山という方に言われたんです。おかしいですよ、何もかも……」
吐き捨てるように水野が言う。
「それで外山くんからメールが来たのか。でも警察はこの件には関われないってどういうことなんだろう」
久保がそう言うと、水野は暗い顔のまま小さく笑った。
「……きっと警察も、こんな事件どうすることもできないと思っているんでしょうね。私だってそう思います。人がいきなり何の証拠も残さずに消えるだなんて……でも、私は確かにこの電話を受けて脅されているんです!!ああ、もうどうしたら……」
水野はぶわっと涙を溢すと、急に声を荒らげて泣き出した。
「……とりあえず僕、警察行って話してきましょうか?」
リオがそう言うと、久保が
「リオくんが行くならオレも一緒に行くよ」
と言った。
「そうだな。何かの間違いかもしれないし、俺達が間に入れば何かしら対応してくれるかもしれない。悪いな、二人とも頼む」
「了解です!その前に僕ちょっと着替えてきますね!さすがにメイド服で行くわけにはいかないので!!」
リオがそう叫んで事務所の奥のドアに駆け込んでいった。
「……てか警察行くだけならオレ一人でも全然大丈夫なんだけど、リオくんも行った方がいい?」
久保の問いに、匡が
「ああ、リオも連れて行ったほうがいい」
と答えた。
「お待たせしましたっ!」
しばらくすると、黒地のシンプルな半袖ワンピースに着替えたリオが事務所に現れた。
「それじゃ、行ってきます!」
リオと久保が出かけるのを見送り、匡は未だ俯いたまま震えている水野の向かいに座り直した。
「すみませんが、さっきの留守電をもう一度聞かせてもらってもいいですか」
匡に話しかけられ、水野が再度震える手で留守電を再生させる。
『こんばんは、水野さん!私は財前です。小高と関根を消した“人消師団”のメンバーです。おめでとうございます!水野さん、あなたは次の世界に行けることになりました!この世界に別れを告げる準備をしておいてくださいね!あっはははははは!!』
声だけでは男なのか女なのかも判別できない中性的な声。
匡はこの声に聞き覚えがあった。
(街華学園に潜入した時に見かけた怪しい二人組!あの白い服の奴の声に似てる……!!)
匡は身を乗り出した。
「水野さん!ここ最近身の回り、特に学校付近で怪しい人物を見かけたりしてませんか?あ、ちょっと待ってくださいね」
匡はそう言うと机からメモパッドとボールペンを持ってきてささっと絵を描いた。
白い服を着た黒髪の人物と、黒いフード付きコートを着た男。しかし水野はその個性的すぎる画風に首を傾げる。
「えっと……死神、ですか?」
「ああ……俺の画力が無いばかりに……」
項垂れる匡。水野は
「か、可愛いですよこの絵柄!」
と慌ててフォローを入れつつ、匡が描いた絵を凝視した。
「……白い服と黒い服の人物ということであれば、一度街華学園高校の近くで見かけました。ちょうど小高先生が消えた日です」
「!!それは本当ですか!?」
匡が顔を上げる。
「ええ、でも近くで見たわけではないので、どんな感じの方かはちょっとわからないんですけど……男性のほうが夏なのに真っ黒なコートを着てて目立っていたので印象に残っていました。あまり参考にならずすみません」
匡は慌てて首を横に振り、水野に笑顔を向けた。
「とんでもないです!物凄い有力な情報ですよ!助かります!!」
匡の明るい笑顔に、水野は少しだけ頬を染めて俯いた。
「……匡さんって、優しいですね」
「そ、そうですかね?リオ、いや身内にはよく話しかけづらいからもっとニコニコしてろと言われるんですが」
「優しいですよ、こんな私の話を親身になって聞いてくれて。こんな風に優しくされたら好きになっちゃいそう……なんて、すみません変なこと言って!忘れてください!」
水野はそう言うと、戸惑う匡に笑いかけた。
***
「えっ、今なんて……」
警察署にやって来たリオと久保は署内で呆然と立ち尽くしていた。
「だから、何度も同じことを言わせないでください。その事件に関して警察は関与しません。上の命令で手を引くことが決まっているんですよ」
署長が冷たく言い放つ。
「いやちょっと待ってくださいよ!じゃあオレはどうすればいいんですか!?警察のほうから捜査協力の依頼が……」
久保が狼狽えながら叫ぶと、署長が長いため息をついた。
「……それも白紙に戻しましょう。まああなたがどうしても捜査を続けたいのであればお好きにどうぞ。ただしその探偵ごっこに警察を巻き込まないでください。我々はもうこの件には関わりませんから」
まるで何かに操られているかのように、抑揚のない声で喋る署長。久保は苛立ちを隠せない顔で署長を睨み、握り拳に力を込めた。
「……なんだよそれ。消えた人のことはどうでもいいのかよ!!」
「久保さん、帰りましょう!これ以上何か言っても無駄です」
リオが久保を引っ張って警察署を出る。
その間も、警官は皆無気力な表情でただリオと久保をぼうっと見つめていた。
二人は警察署近くの広い公園に入ると、自動販売機で飲み物を買ってベンチに座った。
頭上では葉を広げた桜の木がざわざわと音を立てている。
「あ〜クソッ!!なんなんだよあれ!!オレあの署長と話したことあるけどあんな人じゃ無かったはずなのに!!外山くんも何故か交番にいないし!!」
缶コーヒーを飲みながら久保が叫ぶ。
「はあ……昨日会った時点で決まってたことなら言ってくれればよかったのに、外山くん……」
ぐったりと項垂れる久保の隣で、リオは足を組んで考え事をしながら俯いていた。
(間違いない、交番と警察署全体に強力な魔法がかけられている。おそらく一種の催眠魔法……そのせいで警察が“人が消えた事件”に対して無気力になってしまっている)
魔法を解けば警察も元の人格を取り戻すだろう。しかし、魔力を感じ取ることはできてもその魔法がどのようにかけられているのかがわからない。術者のみが解き方を知る魔法であれば、そもそもリオや匡が魔法を解くことはできないだろう。
「久保さん、どうします?署長はああ言ってましたけど、捜査は……」
「続けるに決まってるだろ!!」
久保がそう言ってコーヒーを飲み干す。
「オレにだって探偵としての矜持がある。あんなバカにされてのこのこ引き下がれるか!!」
そう言うと立ち上がり、空き缶を持った右手を大きく振りかぶった。投げられた缶は空中で大きく弧を描き、数メートル先のゴミ箱にカランと音を立てて入った。
闘志を燃やす久保に、リオは安心したように微笑む。
「……ふふっ、久保さんがポジティブな方でよかったです!匡様は変なところでネガティブなので……」
「え?そうなの?」
「そうですよ。初対面でお二人がすぐ仲良くなれた理由がわかった気がします。タイプが違うからこそ相性がいいんでしょうね!」
「……仲良くなれたのかな?」
「少なくとも僕は同年代の男性とあんなに楽しそうに話す匡様を今まで見たことがないですよ。匡様にとっては初めてのお友達と言っても過言ではないですね!」
リオが笑いかけると、久保は照れくさそうに笑った。
「そっか、それならよかった!」
二人は事務所に戻るために公園を出た。
「匡くんと水野さんは大丈夫かな〜」
久保が青空を横切る飛行機雲を見上げながら呟くと、リオの目つきが僅かに鋭くなった。
「初対面の人のことこんな風に言いたくないですけど、僕あの水野さんって方苦手です」
「え?なんでよ」
「久保さんは気づきませんでしたか?水野さん、匡様と話す時だけ胸の谷間を強調して上目遣いで匡様を見つめてたんですよ!!これは男の勘……いや漢の勘、いや雄の勘ですが、あれは相当男を食ってますよ!!」
そう言って怒りを露わにするリオに久保が笑いかける。
「いやそれはさすがにないでしょ〜!リオくんの考えすぎ……」
と言ったところで久保も思い出した。
昨日職員室で挨拶をした時、水野はよろけたフリをして久保に抱きつき、その豊満なバストを押し付けた。久保が咄嗟に謝ると
「謝らないでくださいよっ!わざとなんですから……」
と小声で囁き、頬を赤らめていた。
「……匡くん、大丈夫かな、貞操」
久保が呟くと、リオが青ざめた顔で叫んだ。
「ちょっと久保さん!!物騒なこと言わないでください!!」
***
帰ってきたリオと久保から詳細を聞いた水野は、絶望したような、それでいて最初から諦めがついていたような暗い表情で俯いた。
「……そうでしたか。すみませんでした、わざわざ警察署まで行ってもらって」
「気にしないでください!とにかくオレ達はこれからも独自で捜査を続けますから!」
久保が一生懸命励ましている。
水野はそんな久保を意味深な目で見つめると
「……ありがとうございます、久保さん。私のために……」
と呟いて頬を染めた。
そして腕時計をちらりと見て、何かを思い出したかのように慌てて立ち上がった!
「わっ、もうこんな時間!すみませんでした!突然お邪魔してしまい色々お話も聞いてもらっちゃって……私この後用事があるので、今日はもう帰ります。また来ますね!」
水野は頭を下げると、走って帰って行った。
「なんか台風みたいな人だったね」
久保がテーブルを片付けながら呟いた。
「……匡様、水野さんと二人きりの時、何のお話してたんですか?」
リオが匡をじろじろ見ながら言う。
「話はそんなにしてないぞ。貰い物の焼き菓子が大量に残ってたから片っ端から出して食わせてた」
「残飯処理じゃん……」
久保がそう呟きながら苦笑した。




