12-1. 子供の景色は今ここに
セミの声が鳴る。ビニールのバックに入った水着を持ち、小学生は駆ける。力こぶのような大きな入道雲が天に伸び、その扉をノックする。
「……今日は、私の勝ち」
夏休みに入り、早くも1週間が経った。惰眠を貪り堕落した生活を送る俺に、夏の日差しは朝早くから優しくしてくれない。
時間通り、それなりに混む改札前に着くと、今日は待ち人が居た。
「風花、早いな」
時間に遅れてはいないのだけど、少し申し訳ない気がする。待たせられる方と待たせる方。俺が辛いのは待たせる方だ。
そして、今日の風花は制服ではなかった。白く低いヒールサンダルに、濃いネイビーのロングチュールスカート。白いTシャツからは細くしなやかな純白の腕がすらりと伸びる。
頭には麦わら帽子が被られ、白いリボンが爽やかで涼しい印象を与える。
「似合ってるな」
前回の制服とはなんだったのか。彼女のスタイルが生かされたオシャレさに、俺は冷静ぶって褒めたが、目が飛び出るほどに驚かざるを得ない。
「……おばあちゃんが、選んでくれた」
なかなかハイカラなおばあちゃんだ。
帽子の鍔を下げ目元を隠すと、もう既に目の前に見える場所に行こうと、彼女は俺の腕を引っ張った。
そして俺たちは、なかなか似つかわしくない地へのゲートを潜り、足を踏み入れる。
「遊園地なんて何年ぶりだろう」
小さな子供と母親や祖父祖母、同じ歳ぐらいの学生や少し大人なカップル。平日だというのにやはり夏休みだからだろうか、結構混み合っている。
こういう場所へ来るのは初めてと言う風花は言葉もなく、隣で様々なアトラクションに目を輝かせている。
「なにから行く?」
俺はそんな風花を眺めながら、今日1日盛大に楽しんで貰いたいと改めて思う。
左手には大きな観覧車が見え、遠く奥の方には絡まってるんじゃないかと思うほど複雑に、そして巨大なジョットコースターが既に悲鳴を響かせながら走っていた。
「……」
彼女は顎に手を当て、考える仕草を全面に押し出すと、俺の腕から手を離し、チケットと一緒に渡されたパンフレットを開いた。
一見、どれを楽しもうとしているのか、どうすれば効率的に回れるのか、どちらで悩んでいるのかわからない。両方なのかも知れない。
彼女はインプットというようにパンフレットをパタンと閉じ、肩から下げた小さな鞄に仕舞った。
「……行こう」
彼女はまた俺の腕を引っ張り、颯爽と右のルートへ進んだ。
どうやらここは早速子供用アトラクションみたいですよ風花さん。
小さなジェットコースター、回るコーヒーカップに空飛ぶ動物達、メリーゴーラウンド。全体的にパステルカラーが使われた、優しさ溢れる敷地内。子供達は笑顔で手を振ったり、また親の手を引っ張ったり、保護者は保護者で写真を撮ったりと、皆無我夢中だ。
風花はなんの躊躇も見せることなくその敷地内に入り、まるで少女漫画、煌びやかなメリーゴーラウンドが気になるご様子。
「……これが、回転木馬」
彼女はしげしげとここでもう何十年と回り続ける馬や馬車を見つめると、さすがに羞恥心もあるようだが、乗ることに決めた。
「どうぞー!」
とアナウンスのお姉さんが元気な声を出すと、メリーゴーラウンドへのゲートは開かれた。
風花は馬車に乗り込むと、隣の席をポンポンと叩く。
そりゃ1人で馬には乗らんよ……と思いながら、俺は風花の隣に座った。
「それでは、行ってらっしゃーい!」
掛け声と共に陽気なメロディーが流れ、木馬はゆっくりと上下しながら、回転し始める。
大人が乗っても楽しくはないだろう。と思うが、これが案外楽しい。というより感慨深いものがある。
子供の頃に見た景色を、まんま大人になって見ることなどそうはない。それを意識してとなると尚更だ。ゆっくりと回るこの遊具には、確かに子供の時分と今を重ね合わせる魔法がかけられている。
恥ずかしさがなくなるわけではないが……
メロディーが鳴り終わり、メリーゴーラウンドはゆっくりと止まる。
ゲートを出て地面に足を付けると不思議と現実世界に戻って来た気がする。
「……うん」
初めて乗った彼女には感慨深さも面白さも特別なかったようで、乗れて満足。といった感じである。
1人で楽しんでごめんね。
2人はパステルカラーの世界を飛び出し、また次の世界へ足を運ぶのだった。
子供の景色は今ここに。




