11-2. 約束 いぢらしい幼馴染と
朝、厳しく太陽は照りつけ、木々をざわめかせる風もなく、ただ気怠い夏の匂いを漂わせる。
「あんた、最近朝早いじゃない」
珍しく浅葱心は俺に対して感心した表情を見せる。
彼女の足取りは軽く、背筋は伸び、健康的なその肉体は、夏の中に居ても堕落することはない。
「こんな日差しの中、走りたくないんだよ」
彼女とは対照的に、俺の身体は夏の日差しに押し潰され、いつもよりグデーとした背骨を戻せずにいる。
「ふふ、まあなんにせよ、ゆっくり登校できるのは良いことよ!それにしても、暑いわねえ」
心は手庇をしながら空を見上げる。暑いわねえと言う割に、その顔には笑みが浮かび、晴れやかな印象だ。夏が似合う。
「お前昔から夏好きだよなあ」
俺はそんな彼女を見ながら、暑さに弱ってる姿を見たことがないなあと記憶を振り返る。
「エネルギーが溢れる!って感じでいいじゃない!」
彼女はグッと二の腕に力を入れ、その細い腕を折りたたむと、こちらに向かって、そうでしょ?とウインクをしてくる。
お前のエネルギー像なんか古くね?ウインクも合わさっておばさん感凄いぞ。
「E=mc2って美しいよね」
「なんで無視するのよっ!」
そんなことを話しながら、会話は自然と来る夏休みへと向かう。
「あんたはどこか行くの?」
どうせ予定なんてないだろうけど!という態度を取りながらも、彼女はなんだかそわそわと落ち着きがない。
「後輩の子とどこか行こうとはなってる」
結局あの帰り道、風花とどこへ行くか具体的には決まらなかった。
「へー、ふーん、あ、そう……後輩?」
新たな人物の登場に、浅葱心は眉間に皺を寄せた。
「だ、男子よね?」
さっきまでの爽やかさはどこへやら、彼女は俯き、顔に影が差す。
「いや、女子だけど」
俺は隠すこともなく、彼女に打ち明けていく。不穏な空気を感じ取りながら。
「へ、へーそう……仲良いんだ」
浅葱心は顔を下に向けたまま、言葉を紡いでいく。
「まあ悪くはないんじゃないか?」
俺がそこまで言うと、彼女はボソッと呟く。
「……とも……わよね」
俯いたまま、小さな声で話すのでうまく聞き取れない。
「え、なに?」
心は足を止め、勢いよくこちらを向くと、声を大にしてこう言う。
「私とも!!行くわよね!?」
フーフーと鼻息荒く、彼女は言葉は足りていないが、夏休みどこかへ行こうと俺を誘った。
「……」そうだな。と言おうとした時、世界はその手を止めた。ボタンはまだ、全て留まっていないというのに。
オシロイバナの花弁が道端で町を彩り、浅葱心は潤んだ瞳でこちらをしっかりと見据える。踵を浮かせ、こちらに詰め寄る彼女は、両手で夏服のスカートをギュッと握り締め、可憐な少女の一面を見せる。
『え、行くの?』
『でもお前ジャージしかないじゃん』
目の前に浮かんだ2つの選択肢は縁取られ、俺の頭を悩ませた。
どっちも行きたくなさそうじゃん……心が可哀想じゃん。不機嫌になっちゃうじゃん。と俺は少なからず、どちらを言うのも嫌な気持ちになる。
『え、行くの?』「なんで私とは行けないのよ!もういい!」とプンッとなる心が見える。そうなったらこの頑固者はもう曲がらない。その後どれだけ誘っても首を縦には振らないだろう。
『でもお前ジャージしかないじゃん』確かに心はジャージしか着ていない気がする。でも下はパンツやスカートに履き替える時もある。上はジャージだけど。別にいいだろ!放って置いてやれよ!俺は嫌いじゃないよ心!そう今フォローしても、彼女には届くはずもなく、「どうしても私とは行きたくないのね!もういい!」とプンッとなる未来が見える。
どちらがいいだろう。どちらも悪く思える。詰んだ。これは詰んだ。さすがに詰んだ。選択肢は常に優しくあれ。俺に優しくあれ。
しかし、選ばなければならない。選びたくはないが……ジャージだ。ジャージにしよう。ジャージでも恥ずかしくないところに行こう。これでフォローできる。ジャージだと恥ずかしい場所もよく分からないが、やるっきゃねえ。
「『でもお前ジャージしかないじゃん』」
最悪殴られると思い、俺は上半身を反らす。が、反応はない。
踵をトンと着地させ、彼女はスカートを握っていた手をフッと脱力させる。前を向き直すと、俯き、静かに歩き始めた。
やばい。まさか、泣く?俺は後ろから静かに追いかけ、彼女と並ぶ。
フォローしようにも、なかなか言葉が口から出ず、そのまま沈黙を残したまま、俺と心は校門がもう見えるところまで来てしまった。
「……く……から」
彼女はまた小さな声で呟く。
「え?」
俺は聞こえず、耳を心の口元に近づける。
「夏休み!あんたと!服買いに行くから!!」
彼女は頬を赤くし、半泣きになった潤んだ瞳をこちらに真っ直ぐぶつけると、学校に駆けていった。
耳をキーンとさせながらも、俺は安堵していた。
彼女との関係が変に拗れなかったこと、彼女が泣かなかったこと、彼女と出かけられること。
なぜ俺は、彼女と出かけられることにまで、安堵しているのだろう。
浅葱心の走り去る背中を見ながら、俺はその正体に手を伸ばしてみるのだった。
約束 いぢらしい幼馴染と。




