11-1. 約束 無口な美少女と
梅雨が終わり、茹だるような暑さがやってくる。アイスクリームを食べながら、畳の上でゴロゴロと、君を想っていたい。
図書館に行き、いつもと変わらず窓際に座る風花の前に腰を下ろす。今日はいつもより集中して本を読んでいるようで、俺の存在に気が付かない。
教室にはエアコンが取り付けられたが、なぜ図書館にはないんだ。
その中でも汗1つ流さず、涼しい顔で本を読み続ける風花って凄いな……なんて思いながら、俺は机に凭れ眠ってしまった。
「……ばったね」
なにかが耳元で聞こえ、頭をさわさわされている。
「……えらいね」
俺は目を開き、机に凭れ掛かったまま横を向くと、対面にいた風花がいつの間にか隣に来ていた。
「なにしてるの……」
俺が起きても、風花は頭を撫でる手を止める気はないらしい。
「……褒めて、伸ばしてる」
「お母さんか」
俺はさすがに気恥ずかしくなり、上体を起こす。
「……ああ」
彼女は名残惜しそうに俺の頭を見る。
外は全然暗くないが、時計の針はもう午後5時を指している。
「もう帰ろう」
俺がそう言い立ち上がると、風花は座ったまま頭をこちらに向けている。
「……どうした?」
俺は鞄を肩に掛け、帰る気のない風花に質問する。
「……私の番」
風花は相変わらずこちらに頭を向けたまま、返事をする。
なるほど。撫でろと、そう言っているのですね。
「はいはい偉い偉い」
俺はポンポンと風花の頭を撫でるというか優しく叩くが、彼女はそうじゃないと言わんばかりに微動だにしない。
「……ちゃんとやって」
くっ、こんなプレイをどこで覚えたんだこの子は。
「今日も1日頑張りました。えらいぞー」
俺はくしゃくしゃと風花の髪を撫でる。
イマイチ納得していないようだが、まあ今日はこのくらいで許してやるかと、風花はボサボサの髪のまま鞄を持って立ち上がった。
そのまま帰るつもりか……
俺は帰ろ?とこちらを向いたまま止まっている風花に近づき、手櫛で彼女の髪を直す。
「……ありがと」
彼女はクルリと踵を返すと、少し早歩きで図書館の出入り口に向かう。
やられたらやられたで恥ずかしがるんじゃない。俺まで恥ずかしくなってくるだろ……
俺はなんとも言えない羞恥心をポケットに入れながら、前を行く風花を追いかけた。
夕方になっても暑さは衰えず、梅雨の間に増えていた川の水は、あっという間にその水嵩を減らしていた。
「もうすぐ夏休み、嬉しいな」
もう1週間後に控えた夏休み。宿題はあるにしても、惰眠を貪れるというだけでその価値はダイヤモンドの何倍もある。
「……うん。嬉しい」
特に盛り上がるわけでもないが、彼女なりに夏休みを歓迎しているようだ。
「……でも」
風花は珍しく言葉を繋いだ。が、その後の言葉は出てこず、ただ俺を見つめるだけだ。
俺が1人でやっていけるか心配なのだろうか……俺は大丈夫だぞ。と声を出そうとした時、2つの選択肢は現れる。
『夏休み、どこか行こうか』
『夏休みは1人で過ごす予定なんだ』
世界は静まり返り、輝く太陽の暑さは感じない。彼女は重たい前髪の間から、その美しい瞳をこちらに向けたまま、動くことはない。
『夏休み、どこか行こうか』
これを見て、彼女が「……でも」で止まった理由を間違えていた気がする。
もしかして、あなたと会えないのは寂しい的なあれだったのか?自惚れじゃなければ、そういうこと、なのか?選択肢を信じていいのか?なんなんだ?どうなんだ?
『夏休みは1人で過ごす予定なんだ』
確かに今のところその通りなんだが、改めて目の前に字面で出されると、胸に来るものがあるな……なんでぼっちを押し出さなけれならないんだろう。
自惚れでもいい。ぼっちを回避できる道があるなら、元い、彼女の喜ぶ無表情が見られるのなら。
「『夏休み、どこか行こうか』」
身体を焼くような暑さが戻り、それを聞いた風花の瞳は少し揺れた。
「……行く」
彼女は無表情に、雰囲気をパアッと明るくさせる。
ああ、ありがとう選択肢様。風花様は僕と出かけたかったようです。
2人はどこへ行くか、静かに、けれど楽しみを隠しきれない様子で、まだ明るい夕刻を歩いて行く。
幸せの色は何色だろう。俺はふと、そんなことを考えるのだった。
約束 無口な美少女と。




