第九話 お屋敷
六人が旅に出てから十日程が経った。神父に渡された食料等を大事にしながら彼等は西へと進み続け、漸く一つ目の街に着いたのだ。その街は大きく、活気もあり栄えているようだった。中々無い大きさの街に、心が躍るユウとセツキ。そんな二人を見ながらセン達はまず宿屋へと向かったが、どこも空いていないようで、断られてしまう。
「困ったな…宿に泊まれないのは想定外だ。」
「まさか空きがないなんて…。」
これだけ大きな街である、宿屋だって何件もあった筈なのに、どの宿も満室だという。神使としての命を明かし無理にでも作らせる事は出来るかもしれない。しかし、もしもそれが漏れて盗賊達に知られ逃げられたら、達成するのは難しくなる。今回は極力神使や修道女である事を明かさずにいきたい彼等は、どうしたものかと、悩んでいた。
当然センはいつもの修道服ではなく地味なローブを身に纏っているし、神使の証である紋様を、ユウとヒリトは隠している。手の甲にあるユウは手袋を、首筋にあるヒリトは隠れるような服装にして。余程敏感な者でない限り、気取られる様なことは無い筈だ。
「お腹空いたぁ…。」
「買い物に行きたいですが、せめて身なりを綺麗にしないと…。」
今の彼等の格好は、お世辞にも綺麗とは言い難い。気を付けていたとしても十日もの間野宿をしていれば、汚れてしまうのは当たり前である。いくつかある宿全てが埋まっているとなるとは思わず、六人は街の隅で立ち尽くしていた。ふとそんな時、センの首元に居たスイがカンナへと目配せをした。気付いたカンナはスイの視線の先を見ると、路地の向こうで誰かの声が聞こえた気がした。ほんの少しだけ考えた後、カンナは皆に声を掛ける。
「…ちょっと向こうを見てくるよ。少し待っててくれ。ヒリト、行くよ。」
「カンナ?どうかしたの?」
「いいから、ほら。」
「…分かった。すみません、ちょっと待ってて下さい。」
「はい、此処で待ってますね。」
ヒリトはセン達に言葉を残すと、先に歩き出したカンナの後を追う。少し走れば直ぐに追い付き、黙ってカンナの後ろを歩く。そのまま先程の路地に入り進むと、ヒリトにも誰かの声が聞こえた。それは決して大きな声ではないけれど、悲鳴のような、泣いているような、そんな声と下品な笑い声だった。
「カンナ…!」
「ああ、行くぞ!」
二人は声のした方に走り出す。辿り着いた先には、一人の女性が複数の男に組み敷かれているところだった。泣きながら抵抗をしようとするが、男達は簡単に力で押し込める。そんな彼等がヒリト達に気が付くと、下卑た笑いをしながら男が一人近付いてくる。
「おいおい、ニーチャン。こんな所で何してるんだ?危ない場所に一人で来るなんて、駄目じゃないか。痛い目見ても文句言えないぜ?」
見下したような目で話し掛けてくる男にカンナは苛立つ。おそらく女性の憑物だろう、犬の姿をしたソレは、男達の憑物によって酷くボロボロにされていた。それを見て更に苛立ちを覚えるカンナへと、そんな事もお構いなしにと彼等はさらに言葉を続けた。
「どうした、ビビっちまって声も出ねえか?」
「こんなとこにやって来た自分を恨むんだなぁ!」
近付いていた男が大きな声を出すと、ヒリトへと思い切り殴りかかってきた。ヒリトはその拳を難なく避けると、そのまま腕を掴み後ろ手に回すと身動きが取れないようにした。その動きに他の男達が驚いていると、カンナも残りの暴漢に向かって素早く手刀を当て気絶させる。ヒリトに組み敷かれた男は、突然の出来事に言葉が出なかった。カンナが気絶した男に向かってナイフを構える。数秒の沈黙の後に、酷く怯えたような声で話し掛けてきた。
「ま、待ってくれ!俺達が悪かった、だから、その…。」
「いきなり殴り掛かってきた奴が何を…。」
「もう二度とこんな真似はしねぇ!だから助けてくれ…!」
ヒリトは男の叫びに小さく息を吐く。ビクリと震えるその様子に、後ろ手に組んでいた手を放す。自由になった男は、悲鳴を上げながら走って逃げて行った。
「おいおい、せめてコイツ等も連れて行ってやれよ…。」
「カンナがナイフなんて向けるからだよ…。お嬢さん、大丈夫ですか?」
ヒリトは倒れたまま動けずにいた女性に声を掛けた。後ろでやられていた憑物も、ヨロヨロになりながら彼女に駆け寄る。近付いてきた憑物を優しく抱いたその女性は小さくハイ、と返事をして立ち上がった。
「あ、あの、どうもありがとうございました…。おかげで助かりましたわ」…。」
「いえ、無事な様で良かったです。どこか怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です…。でも、ザックが…。」
「ごめんなさい、フロイラ。助けてあげれなくて…。」
「ううん、私こそ…。」
フロイラ、ザックと呼び合う彼等はお互いの事をギュッと抱きしめあっている。カタカタと少し震えながらも、しっかりと離れない様にくっついていた。
「憑物の方、酷い怪我だな…。ヒリト、診てやりな。」
「うん。失礼、少し診せて頂いても宜しいですか?」
「あ、はい。お願いします…。」
ヒリトは抱き合っていた二人に話し掛けると、憑物の怪我を診る為に憑物の方へと手を伸ばした。自分の体へとやって来た憑物の怪我の手当てを、手際よくササっと済ませる。彼女達は再びお礼を言いながら、自分達の名前を名乗った。
「本当にどうもありがとうございました。私の名前はフロイラ・フェルス。こっちは私の憑物でザックと申します。この街で暮らしていますわ。」
「私の名はヒリト、此方は私の憑物でカンナと申します。先程この街にやって来た旅の者です。」
「旅人さんでしたの…。そうだ、何かお礼を…。」
「いえ、お気になさらず。何とか助けられた様で良かったです。」
「ですが…。」
ヒリトは特に気にする事もなく、当然の事をしただけだとお礼を拒む。それでも何かを…、と言うフロイラに対してそれなら…、とカンナが口を開いた。
「実はアタシ達、宿が取れなくて困ってたんだ。他にも旅の仲間がいるんだが、一晩でいい。寝床を提供してもらえないか?」
「えっ、でも、カンナ…。」
「まぁ、それは大変です!是非、家でお休みになって下さい。貴方達は恩人ですから、お連れ様方と幾らでもゆっくりしていって下さって構いませんわ。」
「手当してくれてありがとう。案内するよ、連れの人は?」
「助かるよ、ありがとう。あっちの方に居る。」
余り納得していないヒリトを気にする事無く、カンナはフロイラ達を先程まで居た場所へと案内する。街の隅で二人の帰りを待っていたセン達は、彼等が知らない誰かと戻ってくるのが見えて、不思議に思った。ヒリト達はフロイラを待たせてセン達の傍へと近寄る。
「ヒリト様、カンナ様、お帰りなさいませ。あちらの方は?」
「先程の路地で襲われているところを見つけた。助けたお礼に、宿を貸してくれるそうだ。」
「…僕は当然の事をしただけであって、お礼はいらなかったのですが…。カンナが話を進めてしまって。」
「厚意はありがたく頂くものだろう。宿も必要なわけだし、相手も何かお礼をした方が気が楽になるものだ。」
「全く、カンナは…。」
諦めたかのようにヒリトが呟くと、待たせていたフロイラを此方へと呼ぶ。合流したフロイラに、センが自己紹介を始めた。
「初めまして、フロイラ様。私はセンと申します。此方は、スイ様。この子達はユウ君とセツキ君です。」
「僕、ユウ!」
「俺、セツキ!」
声を揃えて宜しく!と元気な挨拶をする二人に、思わずフロイラはニコリと笑ってしまう。一目見て鬼憑と分かったフロイラだが、二人の余りの無邪気さに鬼憑という事が気になる事は無くなった。その様子を見て、センとヒリトは内心ホッとした。
「私はフロイラ、この子はザックと申します。この度は、危ないところをヒリト様とカンナ様に助けて頂いて…。本当にありがとうございました。ささやかなお礼ではありますが、私の家で出来る限りのおもてなしをさせて頂きますわ。」
「此方こそ、ありがとうございます。ご厚意に甘えてしまって…。」
「お気になさらないで下さい。本当に…、危ないところでしたから…。」
そう言うフロイラの身体が、少しだけカタカタと震える。先程の出来事を思い出したのか、顔色が余りよくないようだった。直ぐに気付いたヒリトは、フロイラの手をぎゅっと握りしめた。
「えっ、あ、あの…。」
「大丈夫ですよ、フロイラさん。もう彼等はいませんから。それに二度と近付きはしないでしょう。ですから、怖がる事はありません。ね?」
「は、はい…!」
フロイラを安心させようと、優しく微笑む。彼女が直ぐに落ち着きを取り戻すと、握っていた手を離した。
「あ、それでは、家までご案内しますわ…!どうぞ、此方へ。」
「はい。ありがとうございます、フロイラさん。」
「い、いえ…!」
前を向きセン達を案内するフロイラ。後ろからテクテクと付いて行く彼等だが、ヒリトに対して頬を赤らめるフロイラの姿をカンナは見逃さなかった。
「(おいおい…。何してんだか、アイツは…。)」
呆れたように頭の中で呟くと、カンナは聞こえないように小さな息を一つ吐く。そのまま案内されてやって来たのは、街の中心から少し外れた、明らかに他の家よりも大きな屋敷だった。フロイラの姿を見た門番が門を開き、中へと招き入れる。屋敷へと入れば大勢の使用人がズラリと並び、一斉に頭を下げて出迎えた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
「只今戻りました。此方の方々を客室へとご案内して頂けますか?」
「はい、かしこまりました。」
使用人がセン達に近付くと、どうぞ此方へ、と部屋までの案内を始めた。途中、お風呂に入りたいと告げれば、直ぐにご案内致しますと彼等に告げる。セン達は連れて来られた部屋に荷物を置き、部屋の外で待機していた使用人に浴槽へとやって来た。
「…凄く大きいお風呂ですね、スイ様。」
「そうだな…。」
「あの子、結構いいところのお嬢様だったのか…。」
服を脱ぎ、中へと入ればそれは見事な大浴場だった。きっとヒリト達男湯の方も、ユウとセツキが大はしゃぎでいる事だろう。そこは、たった三人で入るには広過ぎる程の大きな湯船が幾つかあった。白く濁った色をした湯船に、ブクブクと水が沸きだすような泡立った湯船。それに、何かの植物が浮かべられた良い香りのする湯船。
三人は取り敢えず、一番近くにあった白く濁った湯船へと入る。肩まで浸かれば少しとろける様な感触に、不思議と小さな息が出た。
「ふぅ…。凄い、こんなお風呂は初めてです…。」
「アタシも初めてだ。はぁ…、こんなに気持ちの良いモノがあるなんてねぇ…。」
トロリとするような感触を楽しむセンとカンナは、気持ち良さそうに湯船を楽しむ。十日もお風呂に入っていなかったのだ。水浴び位は出来たが、やはり風呂とは全然違う。体の芯から温まる様な感覚に、自然とうっとりとした表情になる。
「スイ様、洗いますので此方へ。」
「うむ。」
センの傍に近付くスイの体は、白く汚れのない綺麗なままだった。十日間も野宿をしていれば、どれだけ清潔にしていようと必ず幾らかの汚れは付いてしまう。それなのにスイの体が綺麗なのは、毎日センがスイの体を清めていたからだった。センは丁寧にスイの体を洗い、優しくお湯を掛ける。
「終わりました、スイ様。如何ですか?」
「とても良い。ありがとう、セン。」
「ふふ、それなら良かったです。」
スイの体を洗い終わると、再び湯船へと戻る。それからどれ位の時間が経っただろうか。のんびりと浸かっていたセン達だが、スイがピクリと反応し、入口の方を見る。どうしたのかとセントカンナも見るが、センは分からずに首を傾げた。しかしカンナには分かった様で、そろそろ出るか、と声を掛ける。言われてみれば大分長い間入っていたかもしれない。のぼせる前に出た方が良いだろう。その言葉に頷いて、セン達も湯船から上がった。
濡れた体を拭いて、用意されていた綺麗な服に着替える。肌を通せばかなりの上物と分かるだろう、滑らかな肌触りの煌びやかな服だった。センは少し戸惑いながらも、折角の好意を無駄にする訳にもいかず、その服を着た。あまり派手ではないものの、普段修道女として過ごすセンにとっては、大変高価な物だというのが分かる。所々にあるレースには気品さを感じ、袖や裾にあるフリルは控えめながらもとても可愛らしい。実際はただのワンピースなのだが、センにとっては初めて着た、まるでドレスのような服に少しおどおどとしてしまう。
「セン、似合っている。」
「あ、ありがとうございます、スイ様。しかし、いつもと違って、何だか落ち着きませんね。」
「たまには良いんじゃないか。いつもあの服じゃ、飽きちまうだろ。」
スイに褒められて照れたのか、センの顔は少し赤らんだ。浴場の外へ出るとずっと待機していたのか、使用人が佇んでいて、セン達を食堂の方へと案内する。中に入れば先に出ていたユウ達が、席に座ってセン達の事を待っていた。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「お姉ちゃん!ううん、僕達もさっき来たばかりだよ!」
「いつもの服と違うね。何か姉ちゃんじゃないみたいだ!」
いつもと違う格好をしたセンを見たユウ達は、普段と違うセンを見て大はしゃぎになっていた。どこかの令嬢のようなその姿に、ヒリトは顔を真っ赤にして固まってしまった。皆が集まった事を聞いたのか、フロイラも食堂へとやって来た。着替えたセンを見て、まぁまぁ、と顔を綻ばせたフロイラがニコニコと近付いてきた。
「お似合いですわ、センさん!」
「あ、その、ありがとうございます…!」
テンションが高くなったフロイラに、センは少し慌ててしまう。褒められているので照れてはいるのだろうが、普段とはまるで違う環境にアタフタとするセンを見て、スイは誰にも気付かれない様、静かにフッと笑った。
「皆様のお洋服は綺麗にしておきますので、どうか本日はそちらで我慢して下さいませ。」
「すみません、ありがとうございます。」
フロイラの気遣いに、ヒリトは笑顔を向けてお礼を言う。少し頬を染めたフロイラが顔を隠すように振り向き、そのまま近くの使用人に声を掛けると直ぐにテーブルの上に食事が用意された。様々な料理が並べられたテーブルに、ユウとセツキの目はキラキラと輝いていた。今までこんなご馳走は見た事が無い、何て声を出す二人は既にテーブルしか見えていないようで。そんな様子にセン達は微笑ましく、クスクスと笑っていた。
フロイラの、皆様どうぞ召し上がって下さいませ、という言葉を聞けば直ぐにいただきます!と、元気な声で手を合わせた二人が料理に手を出した。美味しそうに食べる二人を見て、セン達もいただきます、と食べ始める。
「美味しい…!」
「これは、美味いな…。」
「あらあら、嬉しいですわ!後でシェフに伝えてあげませんと!」
料理を誉められたのが嬉しかったのか、自分が作った訳でもないのに、自分の事の様にニコニコと笑うフロイラ。出された料理はどれもこれも、滅多に食べられない物ばかり。セン達の食事はとても質素な物ばかりだ。外で食べたとしてもそれは変わらず、自分達で作った方が余程豪華だったりする。ヒリト達も神使憑きとして崇められてはいるものの、自ら節制して滅多な事では必要以上に食べたりはしない。フロイラの様なお嬢様が食べる料理など、まず口にする事は無いのだ。
そんな料理に、ユウとセツキはとても大はしゃぎだった。その小さい体のどこに入るのか分からない位、アレもコレもと沢山食べている。口の周りが汚れる度にセンが拭いてあげると、ありがとうとお礼を言ってそのまま食べ続けた。
「美味しいね、セツキ!」
「美味いな、ユウ!」
美味しい、美味しい、と言いながらモグモグと食べ続ける二人を、セン達は微笑みながら見ていた。そこまで食べる訳ではないセンが、ご馳走様でした、とフロイラに告げる。それに続いてフロイラも食べ終わると、二人で話を始めた。
「そう言えば、センさん達はどうしてこの街に?やはり、明日のお祭りがお目当てですの?」
「お祭り、ですか?」
「あら、違いましたか?てっきり、今の時期この街に来る方々の様に、お祭りを見学に来たのかと思いましたのに。」
「あぁ、なるほどね。」
「お祭りがあるんですか。だからどこも宿が一杯だったんですね。」
食べ終えたヒリトとカンナが、会話に混ざってきた。
「此処は大きな街ですから、お祭りも大掛かりなのですわ。この時期になると外からの観光客でとても賑やかになるんですの。お祭りでは土の神様であるソイランド様に供物を捧げて、盛大に祝うのですわ。」
「へー、そうなんですか。」
「この街は昔、それはそれは荒れた土地でしたの。幾ら耕しても土が悪く、作物なんて出来ない位に。けれど、諦めずにこの土地を何とか豊かにしようと毎日、毎日、耕し続けていたら、突然大地からソイランド様が現れて、この土地を豊かにしてくれたそうです。それ以来、この街ではお礼と豊作祈願を兼ねて、その年に出来た供物を捧げ、盛大に祝う事になったらしいですわ。」
「そんな歴史ある街なのですか…。それだけ信仰深いのなら、教会はあるのでしょうか?」
「いえ、この街に教会はありませんわ。」
セン達は少し驚いた様な顔をする。毎年供物を捧げ、祭りを催すならばソイランドへの信仰は深いものだろう。それなのに教会が無いとは、不思議に思う。
「この街には沢山の方がいらっしゃいますから。神に信仰を捧げる方も、その逆の方も。大きな街な分、色んな考え方の人間が居ます。争いの元になる様なものは、初めから建てておりませんの。」
「…大変なんですね。」
「ふふ、その分やり甲斐もありますわ。私の家は、代々この街を治める者ですから。皆様の話を聞いて、より良い街にする為、日々努力を怠ったりしませんわ。」
「(…つまり、昼間の奴等は、この家の統治に反対する奴等って事か。)」
カンナは一人、頭の中で納得していた。どれだけ上に居る者が優秀だとしても、必ず反抗する者は現れる。人間とは欲深く、愚かな生き物だとカンナは知っている。人間とは臆病で、それでも優しい生き物だと知っている。人間とは何をするか分からない、神ですら操れない生き物だと知っている。だから、それが面白いのだと、自分の主は言うけども。
「(少なくとも、己を害するものを排除するのは、人も神も同じなんだよな…。)」
今回の神仏を盗む輩に対しても、それは自分達を害する敵と判断しての事だ。敵に対して、神は決して容赦などしない。どんな事があろうとも直ぐに解決を望む、その為ならば相手がどうなろうと関係ないのだ。
「それで、お祭りとはどういうものなんですか?」
「それはそれは、賑やかで、華やかで…素晴らしいんですのよ!急ぎでないのならば、是非ご覧になって下さいませ!各地の名産品が並んだ商店に、色鮮やかな装飾品、様々な種類の催し物と、一日中決して飽きる事はありませんわ。」
「ふふふ、それはとても素敵ですね。」
「余り時間がある訳ではありませんが、折角なので、少しだけ見てみましょうか。」
センやヒリト達が話しているのを見て、カンナはフッと息を吐いた。その後ろでは、お腹が一杯になって眠くなったのか、小さな寝息を立てているユウとセツキが、使用人に部屋へと運ばれていた。楽しそうに話す三人は、祭りの話題で夢中のようだった。自分の憑代であるヒリトすら、とても楽しそうに話している。ヒリトだって、生まれてまだ二十も経っていない、カンナからすれば子供も同然の人間。そんな笑顔を見て、こういう奴等ばっかりなら、この世界も平和なのにな、何て考えてしまう。
「…カンナ?どうかしたの?」
黙って見ていたのに気が付いたのか、ヒリトはカンナに声を掛けた。
「いや、何でもないさ。」
そっか、何て返事をして、ヒリトはまたセン達との会話に戻っていった。今度は横目でスイの方を見れば、ただただジッとセンの方を見ているだけだった。ユウ達が運ばれた時には向こうを見ていたが、何事も無いと分かったのか、視線は直ぐにセンへと戻る。きっと、自分も神であるスイも、憑代の笑顔には弱いのだな、何て考えてしまって、直ぐに考えを改めた。
「(流石に、神の考えを自分と同じにするのは不敬だったな…。)」
決して悟られないようにカンナは静かに瞳を閉じた。あぁ、こんな日がずっと続けば、自分の憑代は傷付かず、ゆっくりと暮らしていた筈なのに。そもそも、自分が憑代にしていなければ…なんて、過ぎた事である。それでも、少しでもヒリトが幸せになれるよう、憑物の自分が頑張ってやらねば、と思う。
「(セン様を落とすのは大変だろうけど、アタシは応援してやるからな、ヒリト。)」
心の中で、誰にも知られる事の無いカンナの願いが、そっと呟いたのだった。