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東京ユタ・金城牧子の霊録  作者: はまゆう


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第5話:血筋の枷(かせ)

第一章:届けられた古い箱


 それは、私の活動を知ったある旧家の方からの依頼でした。

 都内の住宅街にひっそりと佇むその屋敷は、周囲の新しい家々とは明らかに異なる空気をまとっていました。

 門をくぐった瞬間、湿った土と古い木の匂いが鼻をかすめ、胸の奥がざわつきました。


 出迎えたのは、顔色のない壮年の男性。

 彼は、代々伝わるという古い桐箱を前に震えていました。


「これを開けてから、家中の者が次々と体調を崩し、寝込んでしまったんです。まるで、何か重い石に押さえつけられているようで……」


 桐箱は、ただ古いだけではありませんでした。

 箱の表面には、見たことのない模様が薄く浮かび上がり、触れなくても“冷たさ”が伝わってくる。


 ひと目見た瞬間、私の背筋に冷たいものが走りました。

 沖縄で言う「ヤナカジ(嫌な風)」が、箱の隙間からどろりと漏れ出していたのです。


「高橋さん、これはあなたの先祖が、かつて沖縄の島から持ち帰ったものではありませんか?」


 私の問いに、彼は絶句しました。

 かつてその家は、南方の交易で財を成した一族だったのです。


「……祖父の代に、沖縄の離島から“何か”を持ち帰ったと聞いたことがあります。詳しくは誰も話したがらなくて……」


 その沈黙こそが、長い年月の中で積み重なった“罪”の証でした。


---


第二章:カンダーリ(神懸り)の記憶


 私は、箱を浄化するために、部屋の四隅にヒラウコー(平線香)を立て、中央にビンシーを据えました。

 線香に火をつけた瞬間、空気が重く沈み、部屋の温度が数度下がったように感じました。


 箱の中から聞こえてきたのは、微かな、しかしはっきりとした、女性のすすり泣く声。

 それは、長い時間を閉じ込められた者だけが持つ、深い深い悲しみの響きでした。


「サリ、ウートートー。忘れ去られた御魂みたまよ。故郷を離れ、狭い箱の中で何十年、何百年と過ごした苦しみ、お察しいたします……」


 私はかつて、修行時代に経験した「カンダーリ」を思い出していました。

 神や霊に翻弄され、心身をすり減らしたあの苦しみ。

 この箱に閉じ込められた霊もまた、誰にも気づかれず、供養もされず、ただ「持ち物」として扱われてきたのです。


 泡盛を口に含み、箱に向かって勢いよく吹きかけると、箱の蓋がガタガタと震え始めました。

 部屋の隅に置いた線香の煙が逆流し、まるで霊が息を吸い込んでいるように見えます。


 やがて、蓋がゆっくりと開き、中から現れたのは――

 色あせた古い珊瑚の数珠と、一枚の布。


 布には、細い糸で祈りの文様が縫い込まれていました。

 それは、ノロ(祝女)に近い家系の女性が身につけていたもの。

 無理やり故郷から引き離され、祈りの力を奪われたまま、この箱に閉じ込められたのでしょう。


 その怨念は、静かで、深く、そして痛ましいものでした。


---


第三章:ヌジファー(抜き払)と帰郷


 私は珊瑚の数珠を手に取り、グイスを唱え続けました。

 数珠は触れた瞬間、ひどく冷たく、まるで海の底に沈んでいたかのようでした。


 部屋の空気が一気に冷え込み、視界の端に幻覚が揺らめきます。

 真っ赤な夕陽に染まる沖縄の浜辺。

 波打ち際に立つ、白い衣をまとった女性の影。


「もう、自由になってもいいんですよ。あなたの帰るべき場所は、ここではなく、ニライカナイ(海の向こうの楽園)です。私がその道筋を作りましょう」


 私はサン(魔除け)を使って、部屋の中にこびりついた執着を、一枚ずつ剥がすように扇ぎました。

 サンが空気を切るたび、黒い霧が細かく砕け、ヒラウコーの白い煙と混ざり合っていきます。


 やがて、箱から漏れ出していたどす黒い霧は、静かに天へと昇っていきました。

 その瞬間、部屋の空気がふっと軽くなり、長く閉ざされていた窓が開いたような感覚がありました。


 依頼人の男性は、深く、深い溜息をつきました。


「先生……今、波の音が聞こえました」


「それは、彼女が海へ帰れた合図ですよ。この数珠は私が預かり、適切な時期に沖縄の御嶽うたきへお返ししてきます」


 都会の喧騒の中で、私たちは忘れがちですが、

 血の繋がりや土地の因縁は、時に時空を超えて私たちを縛り付けます。

 それを解き、正しい場所に還すのが、私たちユタの務め。


 帰り道、私のポケットにある珊瑚の数珠が、ほんの少しだけ温かくなった気がしました。

 それは、ようやく故郷へ帰れることを喜ぶ、静かな脈動のようでした。


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