北の砦へ③
次の日、朝の訓練終わりに考えた警備計画をオスカーに見てもらったが、合格とはならなかった。
「悪くないよ。でも、ここ、少し四角になっちゃうよね」
もちろんすぐに合格になるとは思っていないが、自分の未熟さに少しだけ落ち込んだ。
指摘されたところをよく見れば、確かに警備の穴があった。
「落ち込まなくて大丈夫だよ。方向性は間違ってないから。あと、皇太子殿下の警備との兼ね合いもちゃんと考えていて、とてもいいよ。警備の考え方も間違いない。誰に教えてもらったんだい?」
「兄、一番上の兄に…」
「ああ、確かアメジスト王国の王太子殿下の側近だったよね。なるほど…。うん。なるほどね」
「変ですか?」
兄は文官で、オスカーは武官だ。
こういう計画の考え方が、もしかしたら文武で違うのかもしれないと、アリーナは不安になった。
「変じゃないよ。武官が初めて警護計画を考えると、どうしても武力で解決することを優先した布陣になりがちなんだけど、アリーナ嬢はとてもバランスよく考えられてるから…。感心したよ。でも、もう少し考えてみようか。まだ日にちはあるから…」
「はい。承知いたしました。では、また考えてみます」
「はい。方向性はいいから、そこから本当に穴がないか、王女殿下を護れるか、もう一度よく考えてみてね」
「ご確認いただきありがとうございます」
アリーナが頭を下げてその場を辞そうとしたら、オスカーに引き止められた。
「少し興味があるんだけどさ…」
「何がですか?」
「アリーナ嬢の兄上の教えだよ。どんなふうに考えたらいいって教えてもらったの?」
興味津々のキラキラとした瞳で尋ねられれば、アリーナは立場的にも断れない。
もちろん、アメジスト王国の兵法の教科書にも載っていることだが、いま、オスカーはまるでアリーナの上官のように、色々と目をかけてくれている。
ここは素直に話してしまっても問題ないと判断した。
「まず、自分を護衛対象者だと思って、中心におきます。そこから横に一周、そして縦に一周見渡して、どこから攻撃されたら防げないかを、考えます」
「なるほど…」
「ただ、護衛対象が攻撃されても反撃時に反撃できるとは限りません。ですから、今度は少し後ろの位置から、護衛する側の視点に変えて考えます。そしてまた、死角やここから攻撃されたら嫌だなってところに警備を置く…みたいな?」
「うんうん。問題ないね。そのまま考えて大丈夫」
オスカーの大丈夫の一言で、アリーナは少し安心した。
アメジスト王国の兵法とエメラルド皇国の兵法で違うことがあれば、最初から学び直さなければと思っていたのだ。
「あまり難しく考えない方がいいよ。第一、兵法なんて、もう何百年も前にほぼ確立されていて、プラスのところが各国のやり方があるって感じだしね。おそらく君の兄上はよくわかってるから、君には本当の基礎になるところを忠実に教えてくれたんだと思うよ」
「今までの考え方と、大きく変えなくていいってことですか?」
「ああ。各国の特色の部分は今からしっかり覚えていけば大丈夫。あと、おそらく我が国の兵法もわかってて教えている感じがするから、本当に今のまま、少し視野を広げていくという感じて考えていこう」
「はい!わかりました」
まさかアドリアンがエメラルド皇国の兵法についても学んでいるとは思わなかった。きっと、リオネッタの騎士としてエメラルド皇国へ共に移り住むことを考えて、忙しい中エメラルド皇国の兵法についても取り入れてくれたのだろう。
兄の心遣いに、じんわりと心が暖かくなると共に、そんな兄の思いに応えなければと、気を引き締めた。
「あ、あと、ユーフェミアだけど…」
「はい」
「君とナナリー嬢と同じ馬車で行くことになったから、よろしく頼むよ」
「そうなのですか?」
ユーフェミアとの会話はとても楽しいし、彼女とはこれからも良い関係を築いていくことが大切なため、同じ馬車で北へ向かえることは、単純に嬉しかった。
「あと、こっちに来て」
オスカーの他に女性騎士と男性騎士が二人、アリーナの後ろからついてくる。
これはオスカーとアリーナを二人にさせないという気遣いに見えたのだが、何故だか三人はにこにこと上機嫌だった。
確か、この三人は前年に親衛隊に入ってきた新人だったはずだ。
「ここだよ」
着いたのは厩舎だった。
「前回の訪問の時に、元軍馬の出産に付き合ってもらっただろう?あの時の仔馬たちを今度の北への訪問に同行させることになったんだ」
栗毛色の美しい毛並み。くっきりとした、黒い瞳。以前見た時よりもずいぶんと大きくなっているが、まだあどけなさの残る顔立ちをしていた。
「美しいですね…」
アリーナがゆっくり手を伸ばすと、ふすふす鼻を鳴らして、馬は差し出された手の匂いを嗅ぐ。
しばらく匂いを嗅いで、今度は安心したように、アリーナの手に擦り寄ってきた。




