第四話-① 王都、東京
「ほら、見てください。あれが街ですよ。」
草原を抜けると、遠くの方に城壁が見えた。見るからに巨大要塞と呼べるような、大きな大きな城壁だ。その向こうには恐らく城らしき天守閣も見える。
「あれが街ですか…。」
「そうです。この桐田国の首都、東京です。」
「と…東京…?」
俺の知っている東京とは全く違う。当たり前だが、ビル群は無く、渋滞とは無縁そうな、平和な東京だ。
「えらくこじんまりとした王都ですね。」
俺は嘲笑交じりに話す。馬鹿にしている訳ではないが、俺の知っている東京とはかけ離れすぎているからだ。
「ええ、無理もありません。弱小国家ですので…。」
「お気を悪くされたなら申し訳ない。」
「ですが、国王は大変な国民思いの盟主です。自身は貧しくても、国民が飢えぬよう、考えて下さっている。」
「申し訳ない。言いすぎました。」
俺は少し反省した。弱小国家だと少し馬鹿にしすぎたが、国民からの支持は本物のようだ。
「つい最近国王が退位されまして、新たな国王の下、歩き始めたところでございます。あ、そうそう。新国王は転移者だそうです。」
「転移者…?」
「そうそう会えるものではないので、考えから外しておりましたが…。」
しかし希望は湧いてきた。国王が転移者。これはもしかしたら、もしかするかもしれない。戻る方法について、何か知っているはずだ。
「先を急ぎましょう。時間が惜しいです。」
「そうですね。行きましょう。」
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「ここから先は王都、東京である!厳戒態勢中につき、身分証の提示を求める!」
門の前では、門番が大きな声で群衆に注意を促していた。
「身分証…私持ってないんですけど…。」
「多分大丈夫だとは思いますが…。」
そうこうしているうちに列は捌けていき、俺たちの番になった。
「これはこれは、ニッタ様。…こちらは?」
「この方は私の客人です。それよりも、何かあったのですか?」
「それが、王が朝から行方不明なのです…。」
「ははは、またですか。手を焼く王様ですね。」
王が行方不明…?それにまたって、おいおい、フランク過ぎるだろ、王よ。と言うか日常過ぎて普通なのか…?
「まあ、ニッタさんの客人なら大丈夫でしょう。特別許可証を発行しますので、こちらに氏名の記入をお願いします。」
早川…文雄…と。
「へえ、下の名前、文雄っていうんですね。」
そういえばニッタさんには苗字しか教えてなかったっけか。そう思いながらニッタさんの身分証をチラッと見ると『新田 劉禅』と書いてあるのが見えた。りゅうぜん…?
「新田さんも下の名前、変わってますね。」
「ええ、前国王に名付けて頂いたのです。」
わお。すげえ。サラッととんでもないオヤジかもしれない、新田さんは…。
「それじゃ、行きましょう。」
豪華絢爛な門をくぐり、俺たちは王都へ足を踏み入れた。
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王都は、言わば巨大な太秦映画村だった。
江戸時代の情緒も残しつつ、工業製品も数多く見える。ガラスもあるし、巨大とは言わないまでも、三階建てくらいの建物は沢山ある。木造建築もあれば、レンガ作りの洋風な建物もある。まるで近代史で見た、明治・大正の日本だ。
人々は平和を謳歌し、商店街には新鮮な果物や野菜、魚に肉と、本当に向こうの暮らしと何も変わらないような街並みが広がっていた。
一瞬映画の中に入ってしまったような錯覚に陥るが、これは紛れもなく日常なのだ。
「凄いな…これは…。」
あまりの都市の美しさに思わず息をのむ。和洋折衷と言えば、ごちゃごちゃしたような、とっ散らかったような印象を受けるだろうが、こんな美しさもあるのかと再確認する。
「さて、まずは酒場にでも行きましょうか。何時の時代も、情報とは酒の席にあるものですから。」
新田は少しはにかみながら歩いていく。多分、お酒が好きなんだろうな。
「あら、新田さん、こんにちは!」
「こんにちは。」
「新田の旦那ぁ、毎度です!」
「八百屋の旦那、どうも。」
「新田さん、ごきげんよう。」
「あら、花屋の。」
本当に新田さんは顔が広い。道行く商店の店員は、皆新田さんの顔見知りらしい。
「顔が広いんですね、新田さんは。」
「ええ、まぁ…。色々とご縁もありましてね…。」
そう言った新田さんは、少し恥ずかしいような、照れているような、そんな顔をしていた。
とにかく、新田さんの顔の広さは今は武器になる。少しでも情報を集められるなら、それに越したことは無い。
「さあ、酒場ですよ。」
見ると、『居酒屋よっちゃん』と書いてある。向こうの世界そっくりじゃないか。
ガラガラ、と引き戸を開けると、懐かしいような、それでいて喧騒が鬱陶しいような、そんな気持ちになれる場所が現れた。
「賑わってますね、新田さん。」
「まあ、ここの料理は東京でも随一と言われてますので…。」
見渡すと、カウンター席にテーブル席、奥の方には個室も見える。皆ビールやチューハイらしきものを酌み交わし、盛り上がっている。唐揚げにフライドポテト、グゥとお腹が鳴る。
「新田様、ようこそいらっしゃいました。」
黒服の店長らしき人が、新田さんに挨拶している。
「実は…。」
新田さんは向こうの方で店員と何かを話している。話し声に耳を傾けようとするが、この喧騒の中だ。聞こえるはずもない。
「なるほど…。丁度良かったです。」
黒服は二、三言話すと、店の奥へ消えて行ってしまった。
店内は色んな人でどよめき合っている。ワインや日本酒らしきものもあるようだ。
「お待たせ致しました。こちらへどうぞ。」
一通り店内を見まわしていると、黒服に声を掛けられた。店長らしき黒服が店の奥へと案内する。テーブル席の横を通り、個室を抜け、厨房へお邪魔する。料理の腕を振るっているシェフを横目に、さらに奥の扉へと進んでいく。
奥は休憩室になっており、丸テーブルに一人、男が座っていた。
「それでは、私はこれで…。」
「いつもすまないね、店長さん。」
店長は一礼すると、元の扉より出て行ってしまった。
「おいおい、何の用だぁ~?俺は今、一人で酔いたいんだよぉ~。」
「すみません、少しお話しておきたいことがありまして…。」
新田さんは平謝りをする。この人はいったい誰なんだ?
そして何故こんなにも偉そうなんだ?
男が振り返る。ヒゲ面に短髪の、少し恰幅の良いおじさんという感じだ。そして凄い酒のニオイだ。
「実はですね…。」
新田さんが男に耳打ちをする。俺の話でもしているんだろう。
「ほう、転移者…。」
俺の方をまじまじと見つめる。上から下まで。顔の隅々まで見られている気分だ。
「お前、名前と年齢、転移前はどこに居たか、職業と言え。」
なんだコイツ。偉そうにしやがって。
見た感じは俺と大して年齢変わらないくせに、とんだクソ野郎だな。
「早川 文雄、四十五歳。最後に記憶しているのは港区の会社、職業は広告代理店。」
「早川…文雄…そうか…。」
そう言いながらオヤジは眉間に皺を寄せる。何かを考えているような素振りだ。
「四十五…同い年か…。お前、出身は東京か?」
「ああ、生まれてからずっと東京だよ。生まれは大田区。」
「そうか大田区か…。中学はどこだ?」
やけにコイツ詳しいな…。もしかして転移者か?
「〇〇中学校だよ。」
「おいおいホントかよ…。嘘だろ…あり得ねえ…。奇跡だろ…これは…。」
突然、オヤジは泣き出した。一体何なんだよ、情緒不安定かよ。
「まさか、こんな形で再会するとはなぁ…。」
一頻り泣いたオヤジは、ため息をつきながら俺に話す。俺は何のことか全くわからない上に、こんなヤツなんて知らない。こんな汚い嗚咽を披露するような小汚いオッサンなんて俺は知らない。大のオトナ二人を前にして、泣きじゃくるオッサンなんて知らない。
再会だなんて、会ったことも無いヤツに言われたくないんだよ。
「あの、悪いんだけど、会った事無いでしょ?」
「馬鹿野郎…。俺を忘れるんじゃねえよ、ふみっちょ。」
ふみっちょ、懐かしい。そんな名前で呼ばれるのは何十年ぶりだろうか。
…じゃない。なんでコイツが俺の小中学校時代のあだ名を知っているんだ。
「まあ忘れてても無理ねえわな…。俺だよ、速水だよ。」
「速水…。え、お前、あの速水か⁉」
思い出した。小中と地元が同じで、名前順だといつもコンビだった。何をするにも二人一緒で、色々バカな事をした事を思い出した。。ほとんど同じクラスで過ごしてきて、中二の夏休み終わりに転校して行ったんだっけか。
「おいおい、待てよ。なんでお前がここに居るんだ⁉何してんだ⁉何があった⁉」
俺は興奮が止まらない。怒ってはいないが、語気が強くなる。
「まあ色々聞きたい事はあるだろうが、簡単に言うと“気が付いたらこっちの世界に居た”んだよ。」
信じられない。驚きと興奮が入り混じり、よく分からないことになっている。
それよりも、俺の知っている人間が、身近な人間が、同じような境遇でこの場所に居るという事で、安堵にも似た気持ちになっている。俺だけじゃなかったんだ、俺以外にも居たんだという、安心感はかけがえのないものだ。
「まあ気になる事は色々あるだろうし、順を追って話してやるから。少し長くなるが、いいか?」




