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28:王権の行方


 ノガレがセシャトから引き出した膨大な記録情報の中には、シモーヌの近況に関する、重要な記憶も含まれていた。

 セシャトにとって、聖女シモーヌとは、魔術的儀式によって自身を召喚し、いいように使役している「召喚主」であり、必ずしもシモーヌに好意や忠誠心などは抱いていなかったようである。


 ただ、セシャトの上位者たる異界(ヘリオポリス)の九柱神といわれる大神たちは、いずれもシモーヌと浅からぬ協調関係にあり、セシャトもその関係上から、シモーヌに協力していたにすぎなかった。


「その彼女……セシャトの記憶によれば、シモーヌは、教皇ウルバヌス三世に公会議の召集を促し、そこで全ての都市国家へ新たな聖戦を呼びかけさせたようですね。王国管区の大司教座を援助する名目ですが、あわよくば王都を軍事的に制圧し、財貨、奴隷、奪えるものはすべて奪いつくしたうえで、王国全土を教皇国の実質属領とする狙いがあるようです。詳細はこちらに」


 モランソルニエ侯爵邸の食堂。

 ノガレは、朝食を終えたレダたちへ、新たな資料を提示し、説明を加えた。セシャトが記憶していた今次「聖戦」の計画について、ノガレが羊皮紙に書写したものである。


 あくまでセシャトの耳に入っていた情報のみで、おおまかな概要程度のものではあるが――。


「……なんだこりゃ。えらく杜撰だな。規模だけは大きいが、ろくな輜重も準備してないとは」


 レダが呆れ顔で呟いた。

 さもあらん、という態でノガレが応える。


「はっきりいえば、これは最初から略奪目的ですからね。必要物資はすべて略奪徴発で賄いつつ前進するつもりなのでしょう」

「なぁにが聖戦だか。これじゃ、まるで盗賊の大群じゃねーか」


 ノガレの返答に、横からポーラが呟いた。


「なに、地上の国家など、大小問わず、どれも本質はそういうものだぞ。いまでこそ王家だの貴族だのと取り澄ましておるような者どもとて、元を辿れば所詮、野盗山賊の(ともがら)でしかないからの」


 メイが静かに笑って、容赦なく述べた。

 メイの肉体は、都市国家ブライアの王族に生まれついたが、その身に宿る狩猟神(ニンギルス)の価値観からすれば、人間の身分の尊卑など、あってないようなものだった。


 強いて言えば――人間すべて、平等に、たいした価値などない。

 というのが、メイの人間に対する見方である。


「これは手厳しい……。ですが」


 応えながら、しかしノガレも微笑んでいた。


「実際、私も宰相などという職分についていますが、その職掌柄からも、国家とは、強者が弱者から搾取するために編み出した方便の一形態にすぎないと、常々感じておりますよ。……特に、この世界においては」

「ふん。強者が問答無用で頂点に立つということなら、そこは、わたしらも大差ないと思うけどな。レダ様がめちゃくちゃ強い御方だからこそ、わたしらも従ってるんだし」


 ポーラがレダへ顔を向ける。

 レダは不敵に笑った。


「そりゃな。アタシらは、いってみりゃ腕力ですべてを決める。その単純明快さが神々の座(バビロン)の秩序だ。ところが人間は、そうはいかんのさ。実力の基準も、腕力武力だけにとどまらない。政治や軍事の駆け引きのうまさ、人格で他者を惹き付ける者、それ以外にもなにかしら特殊な才あるものが、人の上に立つ、もしくは擁立される。だが人間には寿命ってものがあるし、老い衰えるのも早い。そうでなくても人間は簡単に死ぬ。それで実力者が衰えたり死んだりするたび、後釜をめぐって殺し合ってちゃ、秩序を保つのも大変だ。だから実力者の血統なんてものに価値を見出し、箔をつけ、無闇に有り難がるようになった。アタシらにしてみりゃ、馬鹿馬鹿しい限りだが」

「……レダ様」


 レダの言い様に、すかさず、ノガレが反応した。


「先日も申し上げましたが――そうしたお考えであられるなら、いっそ、あなた様に、この国の女王となっていただきたい。されば真にとこしえの――」

「却下」


 にべなく、レダは答えた。


「おまえ昨日、アタシの許しも得ないで、勝手にとんでもない演説ぶちあげてたよな。あの連中を、アタシの民として受け入れる? そこまで面倒見てやる義理は、アタシにはねえよ」

「そこをなんとか。王都の民衆は、あなた様方の御力を目の当たりにして、シモーヌの女神教の虚構なることを悟り、ついに信仰を捨て去りました。もはや彼らは、あなた様にお縋りするより他にないのです。国王も、すっかりあなた様に国を譲る気になっていますし……」

「だからってなー、なんでアタシが」

「女王がお気に召さぬならば、女帝でも、聖王でも……」

「そういう問題じゃねーよ! 地上の政治なんかやってられるかつってんだよ!」

「いえいえ、そういうことであれば……」


 ノガレは、いつになく粘り強い調子で説得につとめ、やがて、ある妥協案を持ちかけた。

 結局、レダも渋々ながら譲歩し、その一案を受け入れることで合意した。


 妥協案とは。


「王権神授の儀……か」


 レダは、まだ不満げな顔で、周囲を見回した。


「それで全部うまく収まりゃいいがな?」

「なるほどのー。ようするに、レダ様が箔付けをなさるわけだな。ここの国王とやらに」


 メイが確認するように呟く。

 ノガレはうなずいた。


「ええ。王宮のあった場所に、新たに壇を設け、神授台を築き、そこで真なる女神(エンリル)様であられるレダ様から、じきじきに、王権……この国の代理統治権を、国王フィリップ五世へ授けていただくのです。国を挙げて大々的にその儀式を実施することで、新たな体制を国内全土に周知し、新たな法と秩序をあまねく行き渡らせることができましょう」

「ふぅん。国王が、レダ様から与えられた権威を振りかざして、人間どもを強引にまとめ上げるってか」


 ポーラが、少し感心したような顔をノガレに向けた。


「それで、後のことは、国王が全部責任を持つと。そうなりゃ、レダ様はもう何もしなくていいわけだな。落としどころとしちゃ、悪くないんでない?」

「そうかもしれんが……」


 レダは、なお憮然たる面持ちでノガレを見た。


「それとですね」


 ノガレは、レダの眼差しを涼しげに受け流し、さらに説明を付け足す。


「王権神授の成立と同時に、王権を賜わったフィリップ五世王自身も、レダ様への信仰と忠誠を誓約し、新たな女神教の成立と教団組織の立ち上げ、それを今後の国教として全面的に奉じる旨を、全土へ宣告することになるでしょう。こればかりは、王権神授の大前提となるものですし、また以前にもお話しした通り、シモーヌへの対抗上からも必要な措置とも存じますので、どうか曲げてもお許しをいただきたく」


 つまるところ、レダを女王として推戴することは諦めるが、レダを新たな女神教の「ご神体」として祀り上げることについては、既定路線であり、変更はしない――ということである。


「ああ、もちろん、教団組織の構築や教義の策定、国内及び周辺国への周知、布教活動などについては、一切レダ様のお手をわずらわすことのないよう、こちらで全てやっておきますので――」


 滔々と述べるノガレへ、根負けしたように、レダは小さく息をついてみせた。


「はぁ。しょーがねえな。宗教とか、そのへんはもう、おまえの好きにやればいい。こないだ、そんな約束をしてるしな。必要なら、儀式とかにも、たまには顔ぐらい出してやるよ。……ただ、そういうことなら、聖戦とやらは、そっちで対処しろ。人間どうしの争いなんかに、アタシらはいちいち関与しないからな」

「ええ、お任せください。そのためにも、一日も早く国内を纏め上げ、戦力の糾合と再編を行わねばなりません。王権神授の儀式については、今日から早速、準備に取り掛かります」






 ノガレは、なおしばし、王国再建や今後の外交などにまつわる腹中の計画をあれこれ語り、レダたちを散々うんざりさせてから、やけに満足げな顔で退出していった。これから儀式用の祭壇の着工準備に入るのだという。


「あの、レダ様」


 ノガレが去った後、それまで無言でやりとりを見守っていたメイド姿の雷神(アダド)ことスージーが、ふとレダのそばに寄ってたずねた。


「聖戦とやらには関与しないということですが……もしそれで、万一、この国の軍隊が負けたときは、どうするんですか?」

「……その可能性はある」


 レダは、少し考えるように、眉をひそめた。


「都市国家の寄せ集めなど、ポーラの言うように、野盗の群れでしかない。わざわざ動員をかけるまでもなく、いまの正規軍や各地の領軍の戦力を少し糾合するだけで、容易に打ち破ることができるだろう。まっとうな戦争なら、この国が敗れることは万に一つもありえないが……」


 言いつつ、レダは、いまも窓の桟に無言でたたずむ、黒い小鴉へ、ちらと視線を向けた。


「もし、シモーヌ自身や、あるいはシモーヌと組んでいるという異界(ヘリオポリス)の神とやらが介入してくれば、話は違ってくるだろうな」

「……さっきレダ様がおっしゃった、『人間どうしの争いには関わらない』って、そういう意味ですか」

「そうだ。逆にいえば、もしその戦場に、ノガレ――あの不死人(フラック)の手にも余るほどの存在が関与してきたなら、それはもう人間の戦争じゃない。アタシらの領分ってことだ。となれば、嫌でも面倒でも、アタシらが手出しせざるをえんだろう。ヘリオポリスだかなんだか知らんが、余所者どもに、そうそう好き勝手させるわけにはいかねえからな」

「むしろ、そうなる可能性が高いと、レダ様は予測しておいでなのですね」

「ああ。もしその場にシモーヌ本人が出てくれば、かなり厄介だが……あいつはこれまでずっと、アタシらの手が届かない場所に引きこもってたようだし、まずそれはないだろう」

「でも万一、そうなったら……?」

「そうだな。もしシモーヌが()()を出してきたら、こっちもタダでは済まないかもしれん。だが」


 レダは、薄笑いを浮かべながら、窓際の小鴉の赤い両眼を、じっと見据えた。


「どれほど手を焼くとしても、結局、最後に立ってるのはアタシだ。そんで、あいつの背骨を三つ折にきっちり畳んで、魔界にお持ち帰りしてやるさ。……そこで死んだフリしてる小物も、よくよく肝に銘じておけよ。アタシに喧嘩売ったらどうなるか、その末路ってやつをな」


 その言葉とともに、レダの氷刃のごとき眼光が、生ける屍と化していたはずの小鴉……旧神セシャトの肺腑を射抜く。

 たちまち小鴉は全身を激しく痙攣させ、わななくように頭を振って、泡を吹きながら窓外へ転げ落ちていった。



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