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足跡を辿るように 後編

「久しぶりだな? 慧とは上手くやってるか?」


「その慧のことで、話があって来たんだ」


 海人の真剣な様子に、笑っていた靖也の目に鋭いものが浮かぶ。


「深刻な話か? だったら、ここじゃねぇ方がいいな。付いて来いよ」


 歩き出した靖也に続きかけ。海人は怜奈を気にして振り返る。

すると、彼女は笑いながらひらひらと手を振っていた。


「アタシのことはいいから、行ってらっしゃい」


「悪い。ありがとな」


 海人はドアの向こうに消えた靖也を追った。

 狭い廊下を進むと、楽屋らしき場所を抜け、ライブハウスの裏側に出る。そこは人気もなくひっそりとしていた。

 立ち止まった靖也が振り返ると、男の方から話を切り出してくる。


「今日はバンドの助っ人に来てるんだ。この後ライブだからよ、手短に頼むぜ。話ってのはなんだ?」


「慧がいなくなった。あいつの行きそうな場所を知りたい。あんたならわかると思ったんだ」


「……またか、あの馬鹿っ。原因はなんだ?」


 男は低く毒づくと、皮ジャンの胸元から煙草とライターを取り出して火を付ける。

 その口ぶりから、以前にも似たようなことがあったらしいと悟り、海人はこれまでのことをできるだけ短くまとめて話す。


「亡くなった恋人のことが、慧の意図しない形でバラされた。ただでさえ、ここのところいろいろあったから、あいつも限界だったんだと思う」


 靖也は深くため息をつくと、苛立たし気に煙草のフィルターを噛む。


「余分なことをしやがったのはどこのどいつだ。まったく慧も慧だ……相変わらず馬鹿みたいに一途な女だな。らしいっちゃ、らしいけどよ。これじゃあ、あいつも安心して眠てらんねぇだろうよ」


「あいつってのは亡くなった恋人のことだな?」


「そうだ。三年前に死んだ。あいつは、晃史はオレのダチでもあった。もともとあいつの方が慧に惚れこんで猛アタックしたんだよ。何度振られても折れなかったもんだから、慧も最後は絆されてな。晴れてお付き合いに至ったってわけだ」


 見ていて気持ちがいい関係だったと靖也は言う。


「あいつ等は対等だったから、上手く嵌ったんだろうよ。依存してるんじゃなく、互いを尊重して共存してた。その分、喧嘩した時は本気でやるから派手だったが」


 大事な友達だったのだろう。懐かしそうな顔をして語る靖也の声は、柔らかなものだった。


「あの時の慧を見たからわかる気がするよ。その人のことをどれだけ好きだったのか」


 彼女の叫びを思い出す。


『あいつを想って、なにが悪い? 死んだからって、それを理由にどうしてこの想いを消すことが出来る? 晃史のことを一つも知らない他人が、わかったような口をきくな!』


 暗い光を宿した慧の目にあったのは、切ないくらいに強い思慕と、憐憫の情。

 まるで、取り戻すことなど出来ない過去を、それでも掴もうともがいているようだった。

 彼女の頬には涙は流れていなかった。しかし、あの時、その心はきっと泣いていた。

 

 慧がそこまで想った男。それを思えば、羨ましさとも嫉妬とも取れるものを感じる。

 しかし、それと同時にようやくわかった気がしたのだ。本気の恋、その本当の意味を。


「会ってみたかったな。慧が今でも想う奴だ。きっといい男だったんだろ?」


「あぁ、男のオレから見ても、いい男だったぜ。ヤンチャもしたが兄貴肌で、下からも随分と慕われてた。弟がいたせいか、面倒見もよかったしな。──あいつが死んで、慧は一度ぶっ壊れた。オレは晃史の代わりに、そんな慧を支えてきたつもりだ。けど、結局元には戻してやれなかった」


 そこで靖也はゆっくりと煙を吐き出すと、目を伏せる。


「オレは全部見てきた。あいつが暗い目をして声もなく泣いているのを。眠れないまま、食事もとれずにやつれていく姿も。苦しんで苦しんで、そんで一度はカメラさえ手放した。オレは晃史のダチでもあるから、慧を本気では想えない。最後の一線を越えて、あいつを救ってはやれなかったんだ。もっとも、慧も恋人の代わりなんて望んではいなかっただろうがな」


 そこで靖也は目を開けると、海人を鋭く見据えてくる。


「慧の為にここまで動いたお前になら、これから先は任せられるな。あいつを助けてやってくれ。──ただし、これだけは忘れるな。慧を本気で傷つけやがったら、晃史の代わりにオレがぶん殴るぜ。さんざん辛い思いをしたんだ。せめて人並みの幸せを与えてやってほしい」


 慧を思った言葉を、海人は真摯に受け止める。


「誓う。慧を泣かせるのは今回だけだ。教えてくれ、慧はどこに行ったんだ?」


「たぶん、慧はあそこにいる。あいつと晃史の故郷に──」


 詳しい場所を海人に教えると、靖也は煙草の火を携帯灰皿に押し付けて踵を返す。しかし数歩進んだところで、その足が止まる。

 振り返らないまま、靖也の穏やかな声が届く。


「慧に伝えてくれ。──お前が捨てた写真はオレが預かってる。何年かかってもいい、必ず取りに来い。それまでずっと待っててやるからってな」


「あんたの言葉、絶対慧に伝えるよ。いろいろ、ありがとう」


 背中越しにふらりと手が上がった。

 海人は彼女を支え続けた男を見送ると、強い気持ちで歩き出す。


 ──待ってろ、慧。必ず見つけてやるからな。




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