あたしの愛する人 前編
小高い山の麓。寂れた公園からは小さくなった街が見える。ここは、慧の故郷であり、思い出が色濃く残る場所だった。
「あんたはここが好きだったよね──晃史」
フェンスに指を絡めて、慧はゆっくりと沈む夕日を見つめる。
連なった小さな家々が、オレンジ色に染まっていくのが目を優しく撫でていく。
何年たってもここから見る夕日は、変わらず奇麗だ。変わらない気持ちに安堵して、堪らなく切ない思いを噛みしめる。
なにかある度に、慧はここへ来る。
彼の死を受け入れられなかった時。
写真を撮れなくなった時。
地元を離れる決意をした時。
いつもここが、行き場を失くした慧の最後の居場所になってくれた。
形見の指輪に視線を落としながら、そっと目を細める。今では、これが慧と彼を繋ぐ唯一のものだ。
どうして人は変わってしまうのだろう。あんなに変わりたくないと、そう思っていたのに。気付けば、一番愛していた人の笑顔さえ、朧げになってしまった。
薄れかけた記憶を懸命に手繰り寄せながら、慧は囁くように言葉を繋ぐ。
「あんたを死ぬまで想いたい。そう思っていたのに……こんなに苦しいほど、あんたを想っているのに、自分の心さえ、少しも思うようにいかないよ」
晃史が死んだと聞かされたあの時から、胸が痛まなかった日なんて一日もない。
どうして、死んでしまったのは彼だったのだろう。
どうして、あの日だったのだろう。
どうして、失うまで一番大事な言葉を伝えられなかったのだろう。
苦しいほど繰り返した疑問を、どこへ向ければいいのかさえわらかなかった。そして誰を恨めばいいのかも。それは今もわからないまま、重しのように胸の中に存在している。
胸を食む後悔に唇を噛みしめて、慧はもう一度、視線を街並みへ向けた。
その時、背後で砂利を踏む音がした。
「見つけた」
聞こえた声に振り返った慧が見たのは、半ば予想していた姿だった。
「海人……」
後ずさって咄嗟に逃げようするが、その前に腕を引かれる。気付いた時には、海人抱きしめられていた。
震える吐息が耳元を擽り、触れた身体から熱が伝わる。
「頼むから……逃げないでくれ、慧」
「放せ! どうして来たんだ……っ。あたしなんて、放っておいてくれればよかったのに……」
切なさで胸がすり切れそうだった。湧き上がる海人への恋心と、晃史への想いに切り刻まれて、慧の心は痛みに弾けそうになる。
海人の顔を見ただけで正直な心は鼓動を刻んでいく。しかし、それと同時に晃史を想う【慧】が、今の慧を責めるのだ。
──こんなこと、許されるはずがない!
「あんたには、他に大事な人がいるはずだろっ? もうあたしに構うな!」
慧は海人の胸を押しやり、離れようとする。
だが、女の力では、男の海人には敵わない。抵抗すればするほど、拘束は強いものになる。
「他の奴なんか知るか! オレは、お前が好きなんだよ!!」
突然の告白に、慧は言葉を失う。
思わず抵抗が止まると、海人もすんなりと拘束を解く。
「な、に? なにを言って……」
慧は混乱したまま、目を見開いて固まる。
「愛香ちゃんには告白されたけど、ちゃんと断った。最後に、一度でいいからデートしてくれって頼まれて、付き合っただけだ。オレが好きなのは──慧、お前だよ」
「嘘だ……そんな素振り、一度もなかったじゃないか。あたし達は、親友、だろ?」
上擦る声で、慧は縋るように海人を見上げた。違うと、冗談だと、否定してほしかったのだ。しかし海人は切なさを堪える顔をして、緩く首を振る。
「これまではそうでも、今は違う。オレはもう、慧を親友としては見れない。オレが男で、お前が女である事実に気付いたから」
海人の熱のこもった目が、その想いが本物であることを伝える。




