第9話:赤き聖王
第二章スタートです。
今回からは文章も少し長くなります。
それはかつてあった戦いでの出来事。
一つの国に攻め入る万の兵を従えた隣国の軍勢。
だが、その国には戦える者はいなかった。幾多の戦いによって兵たちは疲労し、国民たちも皆、闘いの為に貧しい生活を送っている。
王は絶望のあまり自害した。その絶望は国全体へと広がる。
そんな惨劇を見つめる男が1人。
男は先祖に竜を持つ特殊な家系の者だった。
ゆえに男には竜の血が流れている。
だがそれだけだった。
血が流れているだけで、男に竜の強大な力などない。
男はただの兵士の1人に過ぎなかった。
『どうすれば……』
男はただ拳を握ることしかできない。
国の滅びの時を黙って見ているしかなかった。
『力が欲しいか?』
男の中に眠る竜の血がそう問う。
それは禁断の質問。
『ああ、欲しい。』
男はその問いに答えを返す。
それは禁断の望み。
『たとえ、自分を失ったとしてもか?』
『使いこなしてみせるさ、必ず。』
男は全てを受け止める覚悟を決めていた。
そして男は禁断の力を手に入れた。
現れる軍勢。そしてその前に立つ1人の男。
だが、男はもうただの兵士の1人ではなかった。
竜の力を手に入れた男には恐怖などはとうに消えていた。
解放される禁断の力。
『グゥゥォォォォォォ!!』
戦場に響く竜の咆哮。
それは1人の怪物の凱歌となる。
男は斬る。1人の敵兵を。
さらに男は斬る。1人の敵兵を。
1人、1人また1人、
男は敵を次々に斬り倒していく。
流れ出す大量の、大量の血。
たとえ自分の流した血で大地が赤く染まろうとも、
たとえ敵の流した血によって大地が赤く染まろうとも。
その身がいかに傷付こうが彼は止まらない。
そしてまた1人、1人……
そうしてできていく死体の山と大きな血だまり。
敵は恐怖に慄く。
なんだこの男は?
なんだこの力は?
なんだこの地獄は?
なんだ?なんだ?なんだ?
だが、そんな思考も、男の手によって消える。
その命と共に。
止まることのない圧倒的な力。
『グゥゥォォォォォォオオオ!!!!』
竜の叫びは止まらない。
敵の全てを滅ぼすまで止まらないだろう。
その咆哮は国へも届く。
国民たちはただその強大な力がこの国を滅ぼすことがないように祈り続けていた。
気がついた時、残っていたのは万の死体と血に染まった大地に立つ、一つの人影。
その場にあった命はたった一つだけだった。
『グゥゥ……』
男の自我はすでに失われつつあった。
このまま我を忘れ、暴走すれば、せっかく守った国が危ない。
『なンとか……シなケれバ。』
朦朧とする意識の中、男は自分の他にあるはずのない人影を目にする。
『いんや〜素晴らしいですね〜。まさか国を守る為に竜の力に手を出すとは、やはり人間は最高ですね〜。』
影は周りの死体にもうろたえず、まるで何事もないかのようにひょうきんな口調で語る。
『ダレ……ダ?』
『あっしですか〜?そうですね〜いうなれば……死神。」
『シニ……ガミ……?』
男はそんな言葉に耳を疑う。
『グゥゥゥゥ!!』
男の自我がだんだんと失われていく。
『あんら〜お辛そうですね〜。まぁ、人間が竜の力を制御するなど、無謀な話ですよね〜。』
『グゥゥォォォ!!!』
苦しむ男に死神は問いかける。
『あっしがそれを制御する術を与えて差し上げましょうか?」
『……ホントウカ?』
『ええ、本当ですよ?ただ、私の言うことを一つ聞いてもらいますがね〜。』
『……ワカッタ。オマエノネガイヲキイテヤル。』
国が滅ぶよりマシだ。たとえこいつに魂を取られたとしても構わない。そう覚悟した男は死神の申し出を受け入れる。
『契約成立ですね。』
取り戻される、自我と体の自由。
そして2人の間に交わされた盟約。
『あっしとの契約、決して忘れないよう。』
そして死神は姿を消した。
戦いから生還した男を待っていたのは、大きな喝采と羨望と畏怖の混ざった眼差し。
そんな眼差しに男は気づいていた。
『これからこの国は俺が治る。この俺の力で。お前達は俺についてこい。そうすれば、俺は2度とお前たちに絶望を与えない!!」
男は高らかに宣言する。
自分に向けられた畏怖の眼差しを消す為に。
男に与えられたのは、その国の玉座と『聖人』の称号、そして『赤き聖王』という呼び名だった。
だが、国民たちは知らない、王となった男の背後に死神の影があったことを。そして後日に国を訪れた男が人間ではないことを。
そして、時は現在へと戻る。
「ローズ……、ノーグレス……あぁ、寂しい……。」
少女は第二の故郷とも言える都を懐かしんでいた。
「お前はいつまでメソメソしている?ノーグレスを旅立ってもう1週間は経つ、そろそろ次の国にもつくというのに。」
「だって、だって、だって……あんたが無愛想だからでしょうが!!」
リリンは胸の内をさらけ出す。
「この1週間、わたしはあんたとの関係を少しでも深めようと思って、色々と話をしてきたのに、あんたって奴は……『ああ』と『違う』ぐらいしか言わないじゃない!!」
「それは言い過ぎだ。それにこれでもコミュニケーションはとろうと努力している。」
ジンは無機質な顔でそう言う。
「嘘つきなさいよ!!あんたの1週間の言動のどこが努力してたのよ!!」
「嘘じゃない。そもそもコミュニケーションをとろうとしていなければ、お前の無駄な言葉にいちいち耳を貸したりしない。」
ジンはリリンの言葉に冷静に対処する。だか、一言が余計な気がする。
「無駄ぁ!?あんた今、無駄って言ったわね!?もういいわ!!あんたと会話なんて絶対にしてやらないからね!!」
「そうか……」
2人は互いに口を閉じる。
「……」
「…………」
「………………」
長い、長い沈黙が続く。
そんな沈黙にリリンが耐えられるだろうか?
いやそんなことできるはずがない。
「…………次の国まであとどれくらい?」
沈黙に耐えられなくなったリリンが口を開く。
「会話なんてしないんじゃなかったのか?」
そんなリリンに意地悪に聞くジン。
「どうせ私は落ち着きのない子供ですよー。」
リリンは拗ねたように言う。
「わかったならいいさ。」
ジンは少し楽しげだ。
「くっ……。どれくらいなのよ!!」
苛立ちが溜まっていくリリン。
「あと10分ってところだな。」
「赤竜の国《ウェルシュ》だっけ?」
「あぁ、そうだ。」
2人が最初の目的地に選んだのはノーグレスより西にある喧騒の国
理由としては、アドニス教団の襲撃を国に知らせるためだ。
だが、ノーグレスからメギドまでの道のりは遠く、二つの国を通過し、集会所の依頼を受けて旅費を稼ぐ必要がある。
その国の一つが赤竜の国《ウェルシュ》だ。
「どんな国なんだ?」
ジンがリリンに問いかける。
「私もよくは知らないんだけど、昔ローズのくれた情報では、『聖王』の治る国だって。」
「『聖王』?」
「聖人が国王だからそう呼ばれてるそうよ。」
「聖人か……言葉は聞いたことがあるが、具体的なことは知らないな。確か、奇跡を起こしたものを聖人と呼ぶんだったか?」
「正確には、一万年に一度の奇跡ね。その国王の名前はジークフリード・バーンハートって言うんだけど。」
「ジークフリードだと!?」
名前を聞いたジンが驚く。
「何か知ってるの?」
「聖人ジークフリードといえば、『闘いの聖人』と言われている男だ。国の王になっていたのは知っていたが、まさかウェルシュだとは……。」
「詳しいのね。そんなに有名なの?」
ジンの説明に驚きながらも質問を返す。
「武の道を極めようとする奴なら誰だって知っている男だ。」
「そうなんだ。」
そんな会話をしていると、国の門が見えてきた。
門の周りはぶ厚い壁に覆われており、戦争時代の名残がみられる。
門の前には衛兵が2人ほど立っている。
「旅の者か。職業は何だ?見た所商人ではないようだが?」
2人に気づいた衛兵の1人が質問をする。
「冒険家のリリン・ガーデンです。そしてこっちは同行者のジン・マクレインです。」
リリンは集会所で発行された冒険家認定証を見せる。
「おお、冒険家か。まだ若そうだが偉いもんだ。うちの国の王は冒険家が大好きでね。冒険家が来たと聞くたびに城下に来て旅の話を聞きに来るんだ。」
「随分と自由な人なんですね。」
リリンは衛兵の話に軽く言葉を返す。
「まぁ、そこいらの王様よりは自由だろうな。もともと王族の身じゃないからしがらみに囚われることもないしな。」
「でも王様がそんな気軽に城下に出て大丈夫なんですか?物騒なことでも起きたら。」
リリンの質問に衛兵は笑い出す。
「アッハッハ。そんなことあるわけないだろ?相手は聖王だぞ?そんな事を企む奴いねぇよ。いたとしても返り討ちだ。」
「でもいくら強くても大勢で襲われたら危ないんじゃ?」
「なんだあんた知らないのか?うちの王様はーー」
その時、
「俺がどうかしたって?」
男の声が聞こえる。
声のした方へ振り向くとこちらに歩いてくる1人の男が。
それを見た衛兵が慌てて声をかける。
「聖王様!!どうしてこちらに。」
「え、聖王?この人が?」
「こいつが……」
ジンとリリンは衛兵の言葉にそれぞれ反応する。
「たまたま城下を見回っててな、お勤めご苦労さん。それより嬢ちゃんたち、冒険家なんだってな。」
友好的に話しかけてきた男は赤を基調にした軍服のような衣装に身を包んでおり、その姿は王というより軍曹というのに近い。背は180cm以上はあり、年は30代前半といったところだ。赤みがかった髪をしており、その瞳には多大なる自信を宿し、全身には王たる雰囲気を纏っている様に見える。
「いえ私は旅に出てまだ日が浅い新米の冒険家で……」
「おいおいそんな固くならなくて良いんだぜ。もっとフレンドリーに行こうぜ嬢ちゃん。」
ジークフリードはかしこまるリリンに笑顔で接する。
「いやでも、そういうわけには……。それに私、嬢ちゃんっていう歳でもないんですけど。」
「いやいや、俺からすれば、嬢ちゃんはまだまだ嬢ちゃんだぜ?」
「それはそうですけど……」
リリンが返す言葉に詰まっていた時、ジンが口を開く。
「聖王ジークフリード・バーンハート殿下、私の名はジン・マクレイン。僭越ながらあなた様に頼みがございます。」
ジークフリードに膝をつき、丁寧な口調で喋るジン。
「だからそういうお堅いのはなしでいこうぜにいちゃん。言ってみろよ。特別に俺に出来そうなことなら聞いてやる。」
その言葉を聞いたジンがジークフリードの方をまっすぐ見ながら、頼みを口にする。
「この剣士ジン・マクレイン、大切なものを守る為に日々精進を重ねております。さらなる高みを目指す為、『闘いの聖人』と呼ばれるあなた様との手合わせを所望したいのですが。」
ジンは臆することなく、その目に強い意志を宿らせてジークフリードに手合わせを要求する。
ジークフリードもまた、ジンの方をまっすぐ見つめている。
驚いていたのは衛兵とリリンの方だった。
「ジン、あんた本気なの!?相手は聖王様よ!?すごく強いんでしょ?」
「あなた様の強さは十分に承知しております。かつてこの国に進軍してきた隣国の一万以上の敵兵をすべてお一人で撃退されたそのお力、武の高みを目指す者として直に目にしたいというのが私の望みです。」
「そんなに!?」
そんなジンを見ていたジークフリードは口を開く。
「大切なものを守る為か……。にいちゃんの覚悟が本物だったことはわかった。けど、これでも俺は一国の王だ。今日この街に来たような冒険家とほいほいと手合わせはできない。」
「……そうですか。突然の頼みに丁寧な返答、大変ありがとございます。」
ジンはそう言って頭を下げる。
「けど、まっすぐな奴は嫌いじゃない。俺との手合わせは無理だが、この国の精鋭の戦士と戦わせてやる。」
「……!!本当ですか!?」
ジークフリードの言葉に驚くジン。
その表情には微かな喜びが表れていた。
「なんか話の展開についていけてないの私だけ?」
リリンは話の流れについていけず、ただ立ち尽くしている。
「その戦士は今どこに?」
「もうそろそろ来るはずだ。」
ジークフリードがそんなことを言っていると、
「見つけたぞジーク!!」
「また勝手に城下に降りて、困りますよジークさん。」
ジークフリードのことをジークと呼ぶ二つの声が聞こえる。
「来たなライラス、アルト。待ってたぜ。」
二つの声に反応するジークフリード。
そこにいたのはジークフリードと同じく軍服のような衣装を着た2人の男たち。
1人は鳥の巣のようにボサボサした髪と気だるそうな目が特徴的な男で歳は20といったところだろうか、腰には剣を差しており、この国の兵士であることは間違いなさそうだ。だが、見た目がそのような状態なので兵士と言っても通じない可能性がありそうだ。
もう1人の男は輝く金色の髪と目を持っており、歳はジークフリードと同じか、少し下という感じだ。こちらは剣を携帯していないようだが、ジークフリードやもう1人の男と同じ格好をしていることから彼もこの国の兵士だろう。
「紹介するぜ。こっちのぼさぼさ頭のダメ男がライラス、そしてこの金ピカ男がアルトだ。2人とも俺の臣下で、特にアルトとは兵士時代からの付き合いだ。」
ジークフリードがジンとリリンに2人を紹介する。
紹介された2人は何が何だかわからないようだ。
「誰が金ピカ男だジーク。お前こんなところで何してる?まだ仕事は残ってるだろ?」
「面倒くさい。おいライラス、お前やっとけ。」
王とは思えない怠惰な発言するジークフリード。
その発言はただの冗談ではなくあわよくば本当にやらせようという気持ちが垣間見える。
「ジークさん。あなた本当に王としての自覚があるんですか?真面目に仕事をしてください。最後に泣くのはあなたなんですよ?」
「……まぁそんなことはおいといてだ。どうだにいちゃん、どっちと闘いたい?」
「そうですね……」
ジンは少し考えた後、
「アルトさんでお願い致します。」
と答える。
「アルトだな。分かった。おいアルト、ご指名だ。お前、このにいちゃんと手合わせしてやれ。」
「全く話の内容がわからないんだが?それに俺にもやる事がたくさんあるんだ。」
当然といえば当然の回答をするアルト。
だが、そんなことはこの男には通じない。
「その仕事は俺がやっておいてやろう。だからこのジンっていうにいちゃんと手合わせしてやれ。」
自分の仕事をさぼっている男の言うこととは思えないが、そんなことを分かっているのかいないのか、ジークフリードはアルトに恩着せがましい笑顔でそう言う。
「自分の仕事をしろ。だいたいなんで俺がそんなことをやらなくちゃならない。」
「にいちゃんと約束しちまったからな。アルト、これは国王命令だ。いや、聖王命令か。」
手合わせを断ろうとするアルトに横暴ともいえる言葉をかけるジークフリード。
そんなジークフリードに諦めを感じたのか、アルトはため息をつきながらジンの方を向く。金色の瞳がまっすぐジンを見つめる。
「坊主、俺と手合わせしたいんだって?」
「本当はジークフリード殿下との手合わせを所望していたのですが、代わりに王国と精鋭と手合わせをさせていただけるという殿下の慈愛に満ちた言葉をいただいたので。」
「手合わせとなれば、国の兵として手加減はできん、それでも良いんだな。」
「手加減など必要ありません。自分はただ、赤竜の国の精鋭相手に自分がどこまでやれるのかを試してみたいだけです。」
忠告ともとれるアルトの言葉に躊躇うことなく言葉を返すジン。
そんなジンのまっすぐな言葉を聞いて顔つきの変わるアルト。
「ジンって言ったか、気に入ったぜ。おいジーク、俺はこいつとの手合わせを受ける。」
ジークフリードの方へ向き直りそう言うアルト。
ジークフリードは満足げな笑顔を見せる。
「いや〜分かってくれたかアルト。俺のこの若者を応援したいという気持ちが。」
「ただし、こいつとの手合わせはお前の今日の職務が終わってからだ。」
アルトの言葉にジークフリードの笑顔が固まる。
「最近のお前の怠慢には目が余る。俺がいないとお前は確実に仕事をサボる。だから手合わせはお前の仕事が終わってからだ。お前は若者を応援したいんだろ?だったら職務ぐらいすぐに終わらせてやれるよな。」
そしてジークフリードは瞬く間に縛り上げられる。
「しまったー!!墓穴を掘っちまった!!」
「まぁまぁ、もう諦めましょうジークさん。」
「ちくしょー!!俺は諦めねーぞ!!」
「手合わせは明日の昼から城の訓練所で行う。明日の朝に使いの者をよこす、それまでは宿屋にはいてくれ。それじゃあな。」
ライラスとアルトはジークフリードを連れて城へと戻っていった。
ジークフリードの叫びと共に。
「なんか……色々とすごい人達だったわね……」
1人、聞きに徹していたリリンが口を開く。
「でも大丈夫なのジン。相手は王国の精鋭らしいけど。」
「やれるだけのことはやってみるさ。」
今の俺がどこまでやれるのか……。
明日が楽しみだ。
少年は決意を新たに拳を握るのだった。
如何でしたか?
第二章からは新しく登場する人物が何人もいるのでお楽しみにして下さい。
今回も意見、ご感想お待ちしております。
それでは。




