2-1
「クロウさん、アロンゾさん、ライアさん。ワタクシと護衛の契約を結んでいただけませんか?」
「え? サラ様何を――は、は、反対です!」
周囲にとりあえず更なるゾンビがいなさそうであると言う事を確認したカリン達は、教会が用意してくれた一室に居た。ゾンビ退治に協力してくれた三人も一緒である。
カリンは先程自分が晒した醜態に自己嫌悪に陥りながら、しかし次にどうするべきかを考えながら、茶を啜っていた。
そんな状況でいきなり飛び出したのが、上記のサラの発言である。
「わ、私がいるではないですか。私はサラ様の専属護衛ですよっ!?」
「はい。でもまたゾンビが現れたら大変じゃないですか?」
疑いや嘲りではなく、純粋に疑問の色を瞳に浮かべながら問い返してくるサラに、カリンは言葉に詰まってしまった。
なにせゾンビを目の当たりにして醜態を晒したのはついさっきである。漸く気持ちを整理していた時に言われてしまえば、返す言葉など出てくるはずも無いのがカリンの立場だった。更に言えばそう問われる事で、先程のゾンビの姿と匂いを思い出し、催してくる吐き気に口元を反射的に抑える事までカリンはしてしまった。
その姿を見てサラは、カリンが納得してくれたものと思ったのか話を進めようとした。
「では護衛の件ですが――」
「ま、待ってください。確かにゾンビ相手には不覚を取りましたが、それでも他の魔物であれば問題ありません。人間相手であってもです。ゾンビに対しても、訓練いたします。ですから――」
「はい。ワタクシもカリンさんのその姿勢は疑っておりません。ですから、ここから聖王都に帰るまでの間のことです」
「……サラ様は、その間にゾンビがまた来ると考えているのですか?」
「はい、その危険性は高いと考えております」
ゾンビが出なければ問題ない、というのは護衛としては情けない限りだったが、そこを回避して話を進める事もできない。だからゾンビがもう現れない可能性をカリンは聞いたのだが、サラはゾンビの再来の可能性が高いと答えて来た。
「な、何故そうお考えなのですか?」
「まずモンテウッドでは魔物はそこまで多く無かったと聞いております。だからこそ自警団や駐留軍のようなものが少なかったのだと。またゾンビが現れたのもほぼ初めてのケースだと。であればかなり稀な事態が起きていると考えました」
レアケースであるという事はカリンにも否定できなかった。
「またこのまま何もせずに問題を放置して帰る訳にも行かないでは無いですか。少なくとも防御においてはワタクシも貢献できますのに、それを無視して帰る事は聖王候補としてやって良い事とは思えないのですが」
これもまた痛いところを突かれてしまったとカリンは思った。自分達の身の安全だけを考えれば、即座に帰るというのはありえる選択肢ではある。しかし今、サラは聖王候補としての実績作りの為に来ているのだ。そこに"ゾンビ問題が起きているのに逃げ帰った"という経験を残す訳にも行かない。これはサラというよりも、サラの養い親であるヤークトー卿の都合も多分に含まれてはいるだろうが、カリンとしても即座に帰る事ができないのは納得せざるを得なかった。
「ワタクシ達が即座に帰れないならば、そしてゾンビが現れるという異常事態が起きているならば、ワタクシ達がゾンビと遭遇する確率は高いと思うのです。その時の護衛を雇いたいと考えたのですが、いかがでしょうか?」
(~~~~~、サラ様の癖に!)
この時のカリンの脳内と言葉にするとこういうことになる。普段はポヤッとしていて、知識も経験も足りずに、常に周りをヒヤヒヤさせてしまう少女がサラだった。が、問題が起きた時に率先して首を突っ込んだり、そして物事を考える時にはそれなりにちゃんと理屈を述べて来る所など、一筋縄では行かないところがカリンは少し苦手だった。
尊敬すべき護衛対象であればその言葉には一も二もなく従う。逆に完全なる庇護対象であれば言いくるめてでもカリン自身の意見を押し通す。
だがサラはこういう時には頑固で、カリンがいくら言葉を弄しても意見をひるがえしてくれないのは、ここ数か月の間で嫌と言う程に理解していた。
結局二の句を告げなくなったカリンに、サラは再度三人の方へ向かって護衛についてを話しかけていた。
(――情け、ない)
サラの言葉を止める事ができない自分にカリンは悔しさでいっぱいになったが、さすがに涙だけは堪えた。そこだけは自分の立場として超えては行けない一線だと思ったからだ。
「あのさ、お金さえ払ってくれれば護衛もやぶさかじゃ無いよ? けど、その支払いはちゃんとされるのかい?」
「それは勿論。聖王候補たるワタクシの名においてお約束します。ちゃんと契約書にだって残しますよ? お養父さまだって、もし今回の事を切り抜けられたならばそこは評価してくださる筈です」
ライアの疑わし気な言葉にもサラは笑顔で返していた。そこら辺のやり取りはむしろ自分よりもしっかりしているのではないかとカリンは思う。その他に足りないところをいくらでも見ているので、聖王候補だからさすがだ、とはカリンには思えないが。
「まあ契約書とか金額の話はまたするとして、だ。俺達をそんなに信用していいのか?」
「はい? と、言いますと?」
「立ち寄った街でたまたま居合わせた三人だろうが。裏切るかもしれないだろって事だ」
それはその通りだ、むしろそれをこそ最初に自分が指摘すべきだった、と情けなさにうつむいていたカリンはクロウの言葉に顔を上げた。しかしその後に言うべき言葉が見つからなかった。"ではどうしますか?"と問われた際に答える言葉を持たなかったからだ。それもまたカリンの心に、重くのしかかっていく。
「裏切るのですか? 何の為に?」
「いやいや、俺は裏切らないよ? 金さえ払ってくれればね」
「はい、ワタクシもそう思います。お金を好きな方は多いので、その支払いさえちゃんと契約すれば、お仕事してくださると思ってました」
「お金を好きな方が多いって、お前……」
サラのあまりの言い様にクロウの方が言葉を失ってしまっていた。計算でやっているかは分からないが、サラのこういう所は怖いとカリンは思う。
「まあ、あたいがお金を好きなのは否定しないよ? けど例えばそれだけなら、あんたを浚って身代金でも要求するかも知れないよ?」
「残念ですがワタクシにはそこまでの価値はありませんもの。まだ実績が足りない数ある聖王候補の一人に過ぎないのですから。多分、苦労の割には二束三文しか手に入らないと思うので、そうするくらいだったら素直に護衛してた方が儲かると思いますわ」
「自分の価値を高く見積もってるのか低く見積もってるのかどっちなんだい……」
少し呆れた顔をしたライアだったが、ややあってからククッと喉から笑い声をあげた。
「分かった分かった、あたいは良いよ。契約書は貰うし、値段の交渉はさせてもらうけれどとりあえず護衛につくのは問題ない」
「まあ、良かったですわ。ワタクシはスラム出身でこの二年で色々教育を受けさせてもらった聖王候補です。なので色々知識が足りない所があると思いますが、よろしくお願いいたしますね」
「なんだいなんだい。随分と変わった経歴をしてるんだね。ちなみにあたいもスラム出身だよ。そっから魔法を身に着けてギルドに入る事にしたんだ」
「まあ、お揃いですのね」
言いつつクスクスと笑うサラに"そこはお揃いって言うなよ"とライアが微妙な顔をする。と、そこにクロウが乗ってきた。
「俺も良いぜ? お揃いってなら俺も同じでスラム出身だ。今じゃ情報屋みたいな事をしてる」
「情報屋ですか? どんなお仕事ですか?」
「情報屋だから情報を売ってるんだよ。例えば……そうだな」
自分が関わらないところで話が進んでいくのをカリンが呆然と見るしか無い中、クロウが一人静かにしていたアロンゾを指さした。
「あのジジイがむっちゃ怪しい奴っていうのは知ってるぜ」
「な、なんだとっ!?」
その言葉に思わずカリンは食って掛かってしまった。
自分の情けなさを一旦忘れ、そして三人の戦闘力を見た上で護衛として受け入れるならば。そう考えた時にカリンが考えていたのは、アロンゾ一人ならば信用できるのではないか、という事だった。
そもそもクロウは胡散臭いし、ライアにしてもギルドメンバーと言うだけだ。奇しくもクロウが言っていたが、ギルドに属しているからといって善人であることが保証されている訳でもないし、聞けばクロウもライアもスラム出身と言うではないか。
自分の護衛対象であるサラもまたスラム出身であるため口にすることは出来ないが、どうしても怪しいという思いをカリンは捨て去る事は出来なかった。
そこを行くと、アロンゾは三人の中で唯一の常識人にカリンには見えた。クロウやライアと違って口調も乱暴ではなく、物静かで丁寧だ。その上、聖像を持ち歩いている程の聖神教の徒である。流麗な剣技の持ち主であることも合わせれば、アロンゾ一人だけならば護衛として雇うのも良いではないか、とすらカリンは考えていた。
それにも拘わらずよりにもよってクロウからの、アロンゾへの不審の指摘である。"お前に言えたことか!"と言う思いがカリンの中で爆発してしまったのだ。
だがカリンの言葉に反応しこちらを見て来たクロウの目がやや厳しかった事にカリンは更なる言葉を紡げなくなった。これまでクロウとアロンゾは何回か言葉で小競り合いをしてきたが、あのようなレベルではないもっと真剣な事を言おうとしているのに気づいてしまって。
「あのジジイがさっきの戦いで使ってた剣を見たか? ……あれは聖剣騎士団に渡される剣だ。神聖金属セレスタイトで作られる特別製で他で手に入るもんじゃない」
「……良く知ってますね」
「さらに言えばジジイ、お前の名前がアロンゾってんなら一つ思い当たる事がある。カリンだったか、お前さんにも覚えが無いか?」
言われてカリンの心の片隅にあった何かが警鐘を上げる。確かにカリンはアロンゾという名前に聞き覚えはあった。最初に聞いた時には何とも思わなかったのだが、その聞き覚えと合わせるとなると――。
「聖剣騎士にして、聖典騎士にして、現在は聖杯騎士団所属。聖痕者で聖王候補でありながら半世紀前に当時聖王国で大罪を犯したとかで、それ以来聖杯を見つけるまで聖王都への立ち入りを禁止された、事実上の追放処分を受けた男。ちょっとマニアックな歴史書になら載ってる"放浪騎士"アロンゾ――そんな設定てんこ盛りのインチキジジイが、こいつだ」
***
設定てんこ盛りのインチキジジイ、という言葉にサラは目を見開いた。と言っても、その語られた内容に驚いたという訳ではない。あまりにも情報過多だったためについていけなかったのだ。
他の人はちゃんと理解できたのかしらと周りを見てみると、ライアは面白い事になったと言わんばかりにニヤニヤしているし、アロンゾは黙ったまま。カリンは"信じられない事を聞いた"と言わんばかりに目を見開いて口を両手で押さえていたのをみて、サラは"ああ、良く分かってないのはワタクシだけみたい"と思い、余計な口を挟まずにクロウの言葉の続きに耳を傾けた。
「まぁ俺も怪しいのは否定できないぜ? そっちのライアの姉ちゃんもそうだが、単に自称かもしれないし。だけどそのうさん臭さってのはここではこれ以上検証できないから、まあ確定しない訳だ。だけどそのジジイについては違うぜ? 明確に聖剣騎士の剣という証拠がある。アロンゾという名前を合わせれば、ジジイが怪しさ満点というのは確定してんだよ」
言うだけ言い切ったのか、クロウが口を閉ざした所でサラはアロンゾの方を見たが、彼は何ら反論することなく黙したままだった。
そのまま沈黙が続いたので、サラは思い切ってアロンゾに向かって口を開いた。
「あの、クロウさんが仰っていた事は本当なのですか?」
さすがに自分にされた疑問には答えるしかなかったのだろう。アロンゾが特に表情も浮かべないまま、頷いた。
「……ええ。インチキジジイ、というのは違いますが、少なくとも肩書きについてはその通りですね」
「聖剣騎士にして、聖典騎士にして……何でしたっけ?」
「は?」
サラの言葉に疑問の声を上げたのはクロウだった。これくらいの事は聖神教では常識だったらしいとは思いつつ、まだ習っていないから仕方がない事ですし、とサラは心の中で呟いたが。
「おいおいカリン。この聖王候補様は大丈夫か?」
「呼び捨てにするな! が、その……サラ様はまだ教育を受けておられる途中なのだ」
「それにしたってなぁ……」
「あの、それでちょっと詳しい事を教えていただきたいのですが」
カリンも守ってくれなさそうだと分かって、サラは二人の会話に口を挟んだ。知らないのならば聞いてしまえば良いのだ、というのがサラの考えだ。
「聖剣騎士にして、聖典騎士にして、聖杯騎士。……この三つについても説明が必要か?」
「できればお願いいたします」
それを聞いてクロウは一つため息をつきながらも説明してくれた。
聖神教が奉じる聖神とは、三柱の神の事を指す。
すなわち、叡智を司る天空神、武を司る蒼海神、そして慈愛を司る大地母神である。
この三柱の神はそれぞれ一つずつの神器を人間に対して与えた。これが三種の聖神器である。
天空神から授かったのが聖典。蒼海神から授かったのが聖剣。そして大地母神から授かったのが聖杯である。
この三種の聖神器を授かったのが聖王国であり、それが引き継がれているのが聖神教の総本山である聖王都なのだ。
そしてこれら三種の神器は聖王国において、その名を冠する騎士団の団長に与えられた。
聖典騎士団、聖剣騎士団、聖杯騎士団こそが、特別区となった聖王都の中でも独自に保持する事を許された軍なのである。
長い歴史の中でその在り方には変化が生まれていた。
聖典は聖典騎士団の団長に引き継がれているが、その紙片が騎士団員に与えられている。
聖剣は現在でも聖剣騎士団の団長に受け継がれている。ただし聖剣は聖典とは異なってわけることもできないため、聖剣騎士団では神聖金属セレスタイトで作り上げた剣を特別に騎士団員に渡しているのだ。
そして聖杯騎士団は新界における古代に一度全滅しており、その際に聖杯も失われてしまっている。現在の聖杯騎士団とは、その失われた聖杯を探す事を目的として再編された組織の事を指すのだ、とクロウは語った。
「聖剣騎士と聖典騎士を掛け持ちするだけでもどんな人事だって話なのに、更にそこに聖杯騎士だぜ? 無茶苦茶だろ。聖王候補でありつつ更にそんな人事を受けた奴が、追放処分を受けてるんだ。一体何をやっちまったのかって話だ。な? このジジイが一番怪しいだろ?」
しっかりと語ってくれたクロウに感謝しつつ、「んー」とサラは考える声を上げた。そして再度アロンゾに顔を向ける。
「クロウさんはああ言ってますが、三つの騎士団を掛け持ちする事はあり得ないのですか? それとも今はあり得ないけれど、昔はあったとか?」
「――いいえ。当時でもありませんでしたよ。聖剣騎士と聖典騎士の掛け持ちというだけでも色々言われたものです。ただ聖杯騎士についてはちょっと違いますね。私をセレストに立ち入らせない方便として、聖杯探索任務を与える為に配属されただけです。決して正式に任命されたものではありませんよ」
「大罪を犯した、というのも本当ですか?」
そのサラの直截的な問いにさすがのアロンゾも苦笑いを浮かべた。
「聖神に誓って、神に背くような事はしておりませんよ。しかし立場上、それ以上の事は語れないのです。申し訳ありません」
どこか顔に諦観すら滲ませてアロンゾは言った。こうした怪しい者扱いをされる事というのをこの半世紀いくらでも受けてきたのだろうという事がわかる、そんな表情だなとサラは思った。
だがそれを見てサラは一つの納得をした。そしてそれが故に一つの決断を下した。
「なるほど。良く分かりました。ではアロンゾさん、正式に護衛の話を進めてよろしいでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待てちょっと待て」
あまりに普通にサラが護衛の話を続けようとした為にクロウが口を挟んできた。
「今そのジジイが怪しいって話をしてただろ? なんでいきなり護衛の話になるんだ」
「聞きましたが、アロンゾさんは悪い人では無さそうだとワタクシ思いまして」
「……なんだそりゃ、女の勘か? それとも聖王候補様の勘か? どっちにしたところで、そんなもんで判断するなよ。馬鹿を見るぞ」
自分の話を蔑ろにされた為か、ややクロウの表情が硬くなるが、サラはそう言う事ではありませんと否定した。
「アロンゾさんは三つの騎士団に配属され、更に聖王候補の先輩だったのですよね?」
「先輩って……まあ、サラから見ればそうなる、のか?」
「聖剣騎士の剣も没収されずに持っておられるようです。と言う事は――そこまでの罪では無かったという事では?」
「なんだと?」
更にクロウの目つきが鋭くなるが、サラは一歩も引かずにその目を見返す。
「もし本当に神をも裏切る大罪を犯したならば、当然聖剣騎士の剣は没収されるでしょうし、歴史の本にだって"放浪騎士"ではなくて、そうですね、例えば"神の教えを裏切った者"とかと載るのでは? 処刑する事もなく、あえて聖王都に立ち寄らせない方便さえ、聖杯騎士団に所属させることによって与えたのですよね? であればアロンゾさんは大罪を犯したのではなく、何かの争いで出て行かざるを得なくなっただけなのではないでしょうか?」
「――――っ」
「ワタクシにはまだ勉強が足りておりません。なのでどんな事が起きればそうなるのかは分かりかねます。しかし少なくとも聖王都が正式に犯罪者扱いをする程のものでは無いのだな、という理解をしました。そして本当にそうなのか、その後にどう変わったのか、までは分かりませんが……そういった事があやふやで良く分からないのは、クロウさんもライアさんも同じなのでは? であれば同じように接し、同じように護衛をお願いしようと思ったのですが……何かおかしいでしょうか?」
心底不思議そうに語るサラに、その場にいる人間は咄嗟に口がきけなかった。
サラがアロンゾについて語った内容は、本人の言う通り確定した何かではない。だがクロウが口にしたような確定した怪しさがある訳ではないという理屈は通るし、他二人と同じ信用信頼をして何が問題なのかと問われてしまえば、それ以上何かを言う事が出来なくなってしまったのだ。
「これは……参りましたね」
沈黙を破ったのはアロンゾだった。どこか愉快そうに静かな笑みを浮かべながら、アロンゾはサラを見た。
「来歴を知られて敬遠される事には慣れておりましたが……まさか、そういう受け入れられ方をするとは思ってもみませんでした」
「あら、そうですか? 皆さんはもっとちゃんと疑いを持てるのでしょうか。ワタクシには難しいです。戦力として期待したいと思っているから、何か間違ってしまいましたでしょうか?」
「いやいや、私にそれを聞かないでくださいよ」
ますます笑みを深くし、アロンゾはサラに手を出した。
「護衛の件、お受けしますよ。そこまで言われて受けない訳には行きませんから。……あなた方はどうします?」
サラと握手を交わしつつ、アロンゾがクロウとライアの二人にも水を向ける。二人は直前に護衛の件は了承していた。故にこれは、アロンゾを含めた仲間になるという事を了承する儀式のようなものだ。
直前までアロンゾを不審者扱いしていたクロウは一瞬遅れを取ったが、その隙にライアの方が先にサラに手を差し伸べた。
「あたいも受けるよ。サラ、あんたは面白そうだ」
「……あー、もう俺の負けだ。分かったよ。俺も護衛の件は受けてやる」
頭をくしゃくしゃとかき混ぜ、やや不本意そうな表情を浮かべながら、クロウもまたサラに手を差し出した。
サラは彼らの手を順々に握り、ニコニコと無垢そのものの笑顔を浮かべた。
「では期限は聖王都に帰るまで! ワタクシの護衛をお願いしますね」
「申し訳ありません。私はセレストには入れないので、その手前まででお願いします」
「――では期限は聖王都近く、もう安全だという所に行きつけるまで。ワタクシの護衛をお願いしますね」
「ああ」「おう」「はい」
「支払いはワタクシ自身が責任をもってお養父様に掛け合いますわ。そこはお約束いたします」
「お前さんの強情っぷりは分かったよ、そこは安心してる」
サラ主導で始まった護衛を決める話はこうして決着を見せた。
――その朗らかな光景を、カリンがどこか切なそうに見ている事に、サラは最後まで気づかなかった。
***
正式な契約をする準備をサラの他のおつきのものに頼んでいるカリンの横顔が強張っていたことに、クロウは気づいていたがあえて言及しようとも思わなかった。
(まああいつが自分で乗り越えるべき事だし、潰れてもそれはそれだし)
クロウはスラム出身である。それが故に、博愛の精神は勿論として、全員が救われるべき幸福であるべきという考えも持っていない。どうしたって幸福の影には不幸になる人間が存在してしまう事を実感として知っていたし、否定する気にも成れなかったから。
そして同時に、仮にカリンの仕事としてのプライドが砕かれて潰れたとしても、それで彼女の人生が不幸になると決まった訳ではないと考えるのがクロウだった。
(一々そんな事に拘泥しててたまるかよ)
一言で言えばそうなるのがクロウのカリンに対する考えだった。そして何より、クロウにはそれよりも優先してこの場でしておかなければならない事があった。
「仲間になる以上一応言っておくが、俺のエモノはこの短剣だ。それなりに丈夫で切れ味はいいが、特別なものってわけじゃない。後は素早さに特化した生体強化魔法とそれを活かした体術だな。情報屋をやっている以上は多少は頭も期待してもらって良いが……多分、今回の護衛依頼ってのには関係しないだろうからこれくらいにとどめておくぜ」
クロウは懐から黒いナイフを少しだけ見せた。こうして自分達が出来る事の情報共有をしておかないと、いざという時の連携にも隙ができるのだ。勿論、本来であるならば訓練などをしてお互いの息を合わせる所までやるべきなのだが、この場で急遽組まれたチームにそこまでは求められないとクロウも分かっていた。
が、それを踏まえた上でも一定の情報共有は必要だと考えて、クロウはまず自分から言いだした。そして次に、とライアの方に視線を向けて促す。
それを受けて億劫そうにライアも答える。
「あたいはさっき見せた通り、物質操作系魔法で岩人形を直接操作して戦わせてる。一定の距離範囲なら、サラを庇わせる事だって可能だ」
「直接操作ですか? 何か命令とかして自動的に戦わせるとかは?」
「あー、付与系魔法を使えばできないことは無い。けど、比較的単純な命令しかできなくてね。実際の戦闘での即応性――つまり、素早く臨機応変に戦わせるには直接操縦する方が良かったのさ」
サラからの質問にもライアは丁寧に返していた。そしてその内容はクロウにも納得できるところだった。
そもそもゴーレムを動かすというのは古典的な魔法ではありつつも、そこまで簡単なものでは無いのだ。何しろ人型で歩かせるというだけでも、どのようにバランスを取るのかといった問題も出てくるのは当然で、そこらの制御に魔力を回してしまった結果、図体はでかいのでその体格を用いたあれこれはできても、結局は単純な命令しか聞けない、でくの坊ができあがると聞いた事があった。
クロウが聞いたところによると、氷雪大陸ノーゼシア発祥の巨大魔導兵器である魔導機装も、大本はゴーレムを用いるという発想があったそうだ。が、兵器としての運用を考えた場合に先ほどライアが言った即応性などの問題もあり、結局は上手に成立させるためにAIを組み込んだ上で人が乗り込んで操縦するという発想に至ったと。
戦場において、無関係な所をいつまでも殴り続けるゴーレムという寒い存在を作り出さない為にも、直接操作するというライアの考えは、真っ当にクロウにも思えた。
「ふむ。私については先程紹介されたようなものですが、こちらもついでに紹介しておきましょう」
次いでそんなことを言ったのはアロンゾだった。確かに聖剣騎士としての剣術を扱えるようだったし、その他の肩書もあればある程度戦える事は分かる。が、その上で紹介とは何の事だと訝しんでクロウが見ていると、アロンゾがカバンから取り出したのは――小さな生き物であった。
「犬?」
「……ウゥン? キャン、キャンキャン!」
鞄の中では眠っていたのか、そこから出された事で目を覚ましたのは子犬だった。子犬は気が付いたら身の回りに知らない人ばかりがいる事に驚いたのか、急いでアロンゾの肩の方へとよじ登っていく。それをサラが興味津々という目で見ていた。
「ペット、ですか?」
「まあそうですが、これでも索敵とかに役立ってくれる子らなのですよ。ここにもほら」
言いながらアロンゾが自分のフードに手を突っ込むと、そこから蛇をつまみ出した。やや色が薄くともすればコートの紐にすら見えてしまう、長細い蛇であった。
「なんだなんだ。馬を連れてると思ったら、犬と蛇も? また設定を追加するってのか、この設定てんこ盛りジジイは」
「……設定うんぬんはともかく、ジジイは止めなさい」
「お、なんだ? 礼儀がどうのとか言うつもりか?」
「そこは諦めました。それより、貴方が他の老人に対して呼びかけるのと混同してしまう事の方が問題です。少なくとも護衛仲間である間は、名前で呼びなさい」
「……分かったよ、アロンゾ。これでいいか?」
「よろしい」
言い返そうとしたがその言い分には理があると思ったクロウは、大人しく飲み込む事にした。そう、それらは些事であり、本当に聞きたい事はこの先にあったのだから。
「それは良いが……一つ聞かせろ。アロンゾ、あんたがこんな寂れた街にやってきた理由はなんだ? 観光って訳でも無ぇだろう?」
「……どういう意味でしょうか? まだ私の事を怪しいと思っている、と?」
「いや、そっちはとりあえず良い。雇い主様であるサラが良いと言ってるんだから、俺がとやかく言う事じゃない。そうじゃなくてこれは聞いておかなきゃいけない事だぜ。……なんせ、俺達の目的は同じかもしれないからな?」
「……なんですと?」
「なんなら先にライアに聞いとくぜ。なあ、お前さんはなんでモンテウッドなんかに来たんだ?」
「あたいか? あたいはギルドの仕事でだよ。届け物。細かい事は守秘義務があるから言えないが……なんならここのギルド支部に問い合わせてもらっても良いよ?」
唐突に話を振られたライアは目をパチクリとしながら答えた。ギルドは全世界規模の組織であり、数多くの街や村にも存在していた。さすがにインフラと同じレベルとまでは言わないが、今は寂れているとは言えモンテウッド程の大きさがある街であれば、当然その支部は存在していた。
ライアからの返答を聞いたクロウは一つ頷いた。
「まあそんなとこだろうな。それは普通にある話だから分かるが、俺とアロンゾ、お前は旅でここに寄ったって事になってるが、本当か?」
「……」
「本当はある情報を掴んだから、じゃないか?」
「お、おい。お前達は何を言ってるんだ。情報? 偶然じゃなくてここにいるというのか?」
カリンの焦った声が割り込んでくる。落ち込んでいるにせよ、確かに護衛騎士としてはここは黙っていられないところなのだろうとクロウも思う。
「ああ。カリン、お前さんも聞いてないか? 最近、聖王候補達が巡回奉仕の旅で死んでるって事を」
「……なんでお前がそれを知っている」
カリンの顔が強張ったのを見て、クロウはため息をついた。
「情報屋だって言っただろ? そういった話が入って来たから、確かめに来たんだよ。本当に何かが起こるかなってな。それが俺がここに来た理由だ」
「まあ。確かにお養父さまが言ってらっしゃった気がします。と言う事は、クロウさんはワタクシに会いに来る事が目的だったのですか?」
「いや、確かめようとした際の直近の巡回奉仕の旅に出たのがサラだっただけだし、接触したのもたまたまだ。……こんな風にゾンビに襲われるとは思ってなかったけどな。で、アロンゾ。お前さんはどんなんだ」
「……確かに私も同じです。聖神教関係の情報はこんな私でも入ってきますので。警戒をすることに越したことは無いと考えたのは確かです」
「そんな……」
カリンは何やら青くなっていた。聖王候補襲撃事件、というのをどこか軽く見ていたのだろうか、とクロウは思った。学生気分が抜けきらないのもそうだが、いささか想像力が足りていない気がするな等とクロウが考えていると、ポン、とサラが一つ手を打った。
「まあ。ではそちらの警戒はカリンにお願いするとしましょう」
「あん?」
「お三方にはゾンビに対応してもらうのです。役割分担ですね。……だって起きていたのはゾンビ事件じゃないのですよね? ならちゃんと別に考えないといけないのでは?」
「まあ、それは、そうだな」
「は、はい! やります、やらせていただきます!」
失ったと思った自分の仕事が回ってきたからだろうか。顔色を失っていたカリンの声に少しだけ熱が戻って来た。どこまで計算してサラが言ったかは分からないが、これで少しはカリンが立ち直ったならばそれはそれで良いなとクロウは思う。
「ま、認識してるなら良いんだ。要するにそういう危険があるってのは皆共通で知っておくべきだと思ったってだけなんでな」
言うだけ言ってクロウは一歩引き下がった。――情報屋として得た、聖王候補の暗殺事件。聖神教の醜聞となると考えて情報が制限されているのか、まだ一般にはそれほど出回っていない情報。しかしこの異常状況の中では、それを皆が意識共有しておくことは重要であるとクロウは考えたのだ。
「サラ。俺達が言う事じゃないかも知れないが、誰も彼も信用しすぎるなよ? お前さんが狙われてるかも知れないんだからな」
「ワタクシ、別に誰も彼も信用している訳ではありませんよ? これでもスラム出身です。良くない人がいる、騙そうとしている人がいる、というのも良く知ってます」
「……これだけ初対面の人間を集めといて、良く言えるなそんな事」
「だってワタクシ、スラムの孤児院に居る時だって……」
言いかけたサラが突然黙り何かを思い出そうとする。と、突然顔を上げた。
「エイジ君の事、忘れてましたわ! 皆さん、失礼しますね」
口早にそう言い残すとサラはテテテテとすごい勢いで部屋を飛び出していった。クロウらはその素早さに呆気にとれたまま、取り残される事になり、カリンは慌ててサラの後ろを追いかける事になった。
***
モンテウッドから少し離れた岩山の影。一つの人影が佇んでいた。
その足元には蠢く影。人間、ではない。ゾンビだ。数多くのゾンビが地面を這って、唯一立っている人影の足元に向かっていた。人影はそれを見て満足げにしながら、視線を左に転じた。
そこにあったのは一つの岩山であった。
――否。
よく観察すればその表面がやや生物的である事に気づくだろう。決して生命力を感じさせる色ではないが、ヌチャリという粘度が高そうな音が聞こえそうな爛れがあちこちに見える肌。それが岩山を覆いつくしていた。
最初にこれが岩山に見えたのは、そのサイズであった。決して一人の人間のサイズでは無かった。だがそれが良く見れば人体どころか、その頭部に過ぎなかった事に気づくだろう。
人影がニヤリと口元を歪ませる。
「さあ。あの街を蹂躙してやれ」
その言葉が聞こえたかどうか。人影の足元に倒れて震えていたゾンビ達が続々と立ち上がる。
――そして。
そんなゾンビ達を遥かに凌駕する大きさの何かもまた、その身をもたげ、人影とゾンビ達を含めて、影の下に覆い隠すのだった。




