↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/56

55. エピローグ





 庭の花が、広がるように咲いている。

 いつだったか、あまりにも花がわさわさと増えるものだから、足の踏み場もなくなるのではないかとリネーネが心配すると、ルースは丁寧にレンガを敷き詰めた。


 家の前に道ができ、彼いわく「思い出のベンチ」周囲を広場のように整備し、裏庭へ通じるように家の周りをぐるりと一周する。それ以外は、花で埋め尽くされていた。

 リネーネがそれを手伝おうとすると止められるので、一時期は出窓に座って眺めているのが日課だった。


 ルースは時折花を摘み、ディア湖へ向かう。

 リネーネはどうしてかは聞かなかったが、ルースが「ここに捧げるべきだと思うんです」と言うので、一緒に死者を弔うように、花をそっと湖面に流した。二人で他愛ないことを話しながら、ゆっくりと歩いて、家へ帰る。


 あっと今に身長は伸び、リネーネの腰に添える手は無骨になった。

 それでも、あの柔らかな空気で微笑むのだ。




「リネーネ」


 背後から呼ばれ、庭から街を見ていたリネーネは振り返った。


「エミリア」


 呼ぶと、返事をするように目元がわずかに穏やかに細められる。

 以前「ルーシャス」と呼ぼうとしたとき、止められてからというもの、未だにリネーネは「エミリア」と呼んでいる。曰く「あいつが対抗しようとするから」だそうだ。


 リネーネは、ルースとエミリアの間にある何かしらの絆のようなものを見るたび「ああ、この二人は近いのだな」と思う。形でも心でもなく、なにか、内側に抱える光が似ているのだ、と。


 全く似ていない表情で、エミリアが笑う。


「加護を渡しに来た。調子は?」

「全くなんともないよ。お前は?」


 そばに来たエミリアの頬に手を伸ばす。

 ゆっくりと目を瞑ったエミリアは「こっちも」と呟いた。


「ルースは?」

「買い物。街の様子も見てくるって」

「それでここに?」

「うん。見守り」


 リネーネが言うと、エミリアはくっと笑う。


「あいつもう大きいよ」

「それでもね。一応」

「女が寄り付かないように?」

「ルースが誰か見つけてきたら、一番に怒るのはお前だと思うけどね?」


 リネーネが笑いながら手を離すと、心外だと言わんばかりにその手を強く握られた。

 二人の足元で、光が重なる。

 小さな花が咲くと、エミリアが集めたたった一つの加護が、手を伝ってリネーネに流れ込んできた。

 

「……」


 エミリアが、何度も何度も通い、話を聞き、それでも意志の変わらない者の加護を踏むのを、垣間見る。

 その瞬間のその者の安堵と、エミリアの痛みを、すべて受け取る。

 

「苦痛は?」


 聞かれ、リネーネは首を横に振った。


「大丈夫。お前は?」

「こっちも大丈夫だよ。俺の痛みは、あいつから戻ってきた加護にすぐ癒されるからね」

「ふ」

「笑いごとじゃないよ、リネーネ……」


 エミリアが顔をしかめ、うんざりしたように呟く。

 けれど、穏やかな表情を見ていれば、きっとそれはとてつもなく優しく、あたたかいものなのだろうとわかった。

 

 リネーネは握った手を揺らす。


「そういえば──この前、お前のこともそろそろ愛せそうで怖い、って言ってたよ」

「……止めてくれた?」

「一応。やめなさい、とは言っておいた」

「あいつ、本当に怖いね」

「そういう相手がいることは、いいことなのかもしれない」


 リネーネがそう言うと、エミリアは小さく笑って、そっとリネーネを抱きしめた。

 親愛を伝えるように、深く深く、別れを告げる。

 もう、行くらしい。


「早いね」

「俺はあなたに愛されてるから。時間くらいはあいつにね」


 頬に軽いキスをくれ、エミリアは身体を離した。慈しむように見つめられ、最後に頬を撫でられる。

 幸福が湧き上がることを、リネーネはどうしてか許せるようになった。

 それが、良いことであるのか、罪であるのかは、まだわからないが。


「じゃあね。また」

「──あ! ちょっと! 何帰ろうとしてるんですか?!」


 その場を離れようとしたエミリアを、大きな声が止める。


「うっわ」


 顔を盛大に歪めるエミリアに、帰ってきたルースは果実酒を持つようにぐいっと押し付けた。なにやら察知していたのか、急いでいたらしく、ルースの息は上がっている。


「今日来るあなたのために買ってきたんですから、飲んでいってくださいね!」

「お前なんで分かるんだよ……」

「なんとなくです」

()()ないだろうな?」

「あなたと一緒にしないでください。僕は覗き見なんてしません」

「お前嫌い」

「僕も──あ、でも」

「やめろ。絶対やめろ。言うな」


 嫌な予感とばかりに止めたエミリアに、ルースは不満げだった。それでも、エミリアの背を押して、ぐいぐいと家の中に連れて行こうとしている。

 逃げられないと悟ったエミリアは、とうとう瓶を抱えて先に家に入っていった。

 ルースはぼそりと呟く。


「あの人、押しに弱いですよね」

「そうだね。お前のことも、好きなんだろう」

「やっぱりそうですか? 素直じゃないですよねえ。なんか可愛く見えてきました」


 ルースは、うんうんと頷く。

 エミリアが開けたままにしているドアを見ながら、リネーネはくすくすと笑った。


「本人には言ってやるなよ」

「はい。それはもう。これからも長ーい付き合いになりそうなので。機嫌は損ねません」

「? どういう意味?」


 リネーネが隣に並んで聞き返せば、ルースは少しだけ考えて、それから「なんでもありませんよ」と軽く流した。

 そうして、リネーネを見て、思い出したようにやわらかく微笑む。



「ただいま帰りました。リネーネ様」



 何回繰り返したかわからない。

 それでも、その言葉を言うたび、リネーネの心は穏やかな幸福に満たされる。


 優しく。

 ただ、愛おしむ。


 あなたの存在に、感謝を。



「おかえり、ルース」









─完─



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。