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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第9章 第12話:灰銀作戦後処理


 灰銀作戦後処理。


 その言葉は、まだ見つかっていない。


 ただ、昨日見つけた焼けた札の一部に、「封箱」と読める文字が残っていた。


 礼拝堂跡の北側。


 旧地図では紙倉に近い表記がある石造建物跡。


 王国軍戦時地図では、敵資材小屋跡。


 昨日は、入口脇に落ちていた焼けた札を外部から確認するだけで戻った。


 今日は、その札を詳しく確認する。


 建物内部には入らない。


 崩れた壁の中へ踏み込まない。


 採取は、必要があれば最小限。


 触る前に見る。


 見る前に止まる。


 箱に入れることの目的を確認する。


 アルト・レインフォードは、朝の宿場の食堂でその予定を聞きながら、左手首に触れていた。


 痛みはない。


 熱はごく少し。


 声もない。


 けれど、昨日から「封箱へ」という文字が胸の奥に残っている。


 封箱へ。


 箱へ入れる。


 守るためか。


 隠すためか。


 奪うためか。


 そのどれかを、誰かが決めた。


「痛みなし。熱ごく少し。声なし。現在地、北西宿場の食堂」


 アルトが言うと、隣に座るリゼ・グレイスが頷いた。


「確認しました」


 リゼの声は静かだった。


 だが、その静けさの内側に、緊張がある。


 昨日、「資料処理完了」という戦時記憶が戻った。


 敵情報の無力化。


 接収完了。


 焼却。


 封箱。


 搬出。


 それらの言葉が、白鐘北礼拝堂跡の紙片と重なった。


 リゼはまだ、すべてを思い出してはいない。


 思い出したつもりにもなっていない。


 ただ、線が近づいている。


 自分の戦功名と、戦後処理の言葉が。


 エリアナ・ルクス・ヴェルグラントは、香草袋を手元に置いている。


 昨夜、保護箱へ再封入された小さな紙片。


 白鐘礼拝堂跡焼け跡採取紙片。個人記録可能性あり。


 裏面に、封箱へ。


 それは、母の手帳かもしれない。


 白布の子どもの記録かもしれない。


 別の誰かのものかもしれない。


 まだ決めない。


 だが、誰かの記録が分けられた可能性は、もう消せない。


 ミリア・ファルネーゼが、エリアナへ声をかける。


「状態は」


 エリアナは一度、息を吸った。


「身体異常なし。感情、怒り。悲しさ。箱という言葉への警戒があります」


 エレオノーラ・ヴィンスフェルトが記録する。


 ミリアは頷いた。


「続けられる?」


「はい。続けたいです」


 ユリウス・エインズワースが今日の計画を読み上げる。


「本日の目的。白鐘北礼拝堂跡北側石造建物跡、仮称・紙倉跡の外部確認。昨日確認した焼損処理札の文字確認。内部立ち入りはしない。札の採取は、保存上必要と判断された場合のみ。灰色封箱、個人記録類小型封箱との関連は可能性として扱う。王宮提出資料化はしない」


 クラウス・ヴァイゼルが補足する。


「処理札は脆い。木片に金具ごと残っている可能性があるため、無理に剥がさない。読める範囲をまず記録する」


 カイ・ロックハートが保存食の袋を抱えて、小さく頷いた。


「無理に剥がさない」


 ロウ教師が見る。


「よし」


「あと、昨日の続きで、箱に入れる目的を確認する」


「そうだ」


 カイは少し眉を寄せた。


「今日も難しいです」


 ロウ教師は淡々と言った。


「難しい時ほど、便利な言葉で片づけるな」


「はい」


 出発前の状態確認が始まった。


 アルト。


「痛みなし。熱ごく少し。声なし。“封箱へ”がまだ怖いです。でも、確認したいです」


 リゼ。


「身体異常なし。感情、重い。資料処理完了という戦時記憶に反応があります。今日は、処理札を戦果ではなく、誰かの記録の行き先を示すものとして確認します」


 エリアナ。


「身体異常なし。怒り、悲しさ、怖さ。記憶を分けられた感覚があります。誰が分けたのかを確認したいです」


 ミリア。


「身体異常なし。全員、箱と処理という言葉に負荷があります。確認後、必ず休憩を入れましょう」


 カイ。


「身体異常なし。馬車酔いなし。保存食数、良好。燃やすものと箱に入れるものを勝手に決めない。あと、処理って言葉をそのまま飲まない」


 リゼが頷く。


「重要です」


 カイは少しだけ真面目に胸を張った。


「はい」


 宿を出る。


 馬車で分岐まで進み、古道へ入る。


 白布の石柱は、今日も谷の入口で揺れていた。


 こす。


 こす。


 布が石に触れる音。


 アルトの左手首が少し温かくなる。


「痛みなし。熱少し。声なし。白布確認」


 エリアナの香草袋から、かすかな香りが漂い、熱は少し落ち着く。


 全員が白布に頭を下げる。


 触れない。


 ほどかない。


 声を落として入る。


 谷の中は、昨日と同じように音が遠かった。


 足音は鈍く、風の方向はわかりにくい。


 しかし、今日はアルトの意識は奥の扉ではなく、礼拝堂跡の北側に向いていた。


 紙倉跡。


 封箱と読める処理札。


 誰かが、そこで分けたのかもしれない。


 焼くもの。


 箱へ入れるもの。


 残すもの。


 消すもの。


 灰銀突破点の石碑前で停止する。


 表には戦功名。


 裏には禁忌文。


 王の血を、ここより先へ持ち込むな。


 音、乱れる。


 リゼはいつものように現在地を言った。


「鳴らさぬ谷奥部参道。王国軍戦功記録名、灰銀突破点。白鐘北礼拝堂跡前方」


 アルトが頷く。


「良好です」


 リゼは石碑を見た。


 その表情は昨日よりも硬い。


 戦功碑の奥に、資料処理の線が見え始めているからかもしれない。


 エリアナも石碑を見ていた。


 怒りはある。


 だが、今日はその怒りの奥に、別の問いがある。


 誰が、分けたのか。


 何を、どこへ送ったのか。


 その分ける行為に、灰銀という名前が使われたのか。


 石碑を通過し、礼拝堂跡へ向かう。


 今日は内部へ入らず、北側へ回る細い道を進む。


 昨日は外から見ただけの石造建物跡が、木々の間に見えた。


 屋根は落ちている。


 壁は半分ほど崩れている。


 入口は低く、内部には焼けた木材と石片が散らばっている。


 建物の横には、黒く焦げた木片が残っており、そこに錆びた金具と薄い札のようなものが付いていた。


 クラウスが測定具を近づける。


「危険反応なし。ただし、構造不安定。内部立ち入り不可。札は外部から確認する」


 ユリウスが頷く。


「全員、線より内側へ入らない」


 リゼが足元に目印を置く。


「確認線です。これより先へ単独で進みません」


 カイがすぐに言う。


「突撃しません」


 ミリアが頷く。


「良好よ」


 クラウスが拡大鏡を使い、焼けた札を見る。


 昨日見えた「封箱」の文字。


 今日は、周囲の炭を傷つけないよう、光の角度を変える。


 札の上部に、さらに文字が見えた。


 灰。


 銀。


 アルトの左手首が熱を持った。


「痛みなし。熱少し上昇。声なし。“灰銀”で反応しました」


 リゼの呼吸が止まる。


 ミリアがすぐに声をかける。


「リゼさん」


「はい」


「現在地」


「白鐘北礼拝堂跡北側、紙倉跡前」


「名前」


「リゼ・グレイス」


「今は」


「王立学園の生徒です。現地確認中」


 ロウ教師が短く言う。


「続けられるか」


「はい」


 クラウスは札を読み続ける。


「上部に“灰銀”。その下……作戦……後……処理」


 谷の音が消えたように感じた。


 実際には風が吹いている。


 木の葉も揺れている。


 だが、その言葉だけが、重くその場に落ちた。


 灰銀作戦後処理。


 アルトの左手首が熱を持つ。


 痛みはない。


 声もない。


「痛みなし。熱中より弱い。声なし。“灰銀作戦後処理”で反応しました」


 リゼは札を見つめていた。


 目を閉じない。


 逃げない。


 だが、顔色は明らかに変わっていた。


 ミリアが言う。


「状態は」


 リゼはゆっくり答える。


「身体異常なし。感情、強い負荷。灰銀という名が、戦闘だけでなく後処理に使われていた可能性を確認しました」


 エレオノーラが記録する。


 クラウスは慎重に続けた。


「札の下部に“封箱”の文字。さらに、その横に“焼却”らしき残りがある。つまり、この札は灰銀作戦後処理における分類札だった可能性がある」


 エリアナの声が低くなる。


「勝った剣の名前で、私たちの記録を片づけたのですか」


 リゼはエリアナを見る。


 その言葉は刃のようだった。


 だが、エリアナの刃はリゼだけへ向いていない。


 王国軍へ。


 戦功名へ。


 処理という言葉へ。


 そして、その名を使った誰かへ向いている。


 リゼは静かに答えた。


「その可能性があります」


 エリアナの瞳が揺れる。


「あなたが命じたのですか」


「命じていません」


 リゼの声は震えていない。


 けれど、硬い。


「私は、その処理を命じた覚えはありません。焼却、封箱、搬出の選別を命令した記憶はありません」


「はい」


「ですが、私の名が使われた可能性があります」


「はい」


「灰銀の戦功名が、戦後処理、接収、封箱化の正当化に使われた可能性があります」


 エリアナは唇を結んだ。


 怒りで何かを言いそうになり、飲み込んだのではない。


 言葉を選んでいる。


 ミリアが静かに見守る。


 エリアナは言った。


「私は、怒っています」


 リゼは頷く。


「はい」


「灰銀という名で、私たちの記録が分けられた可能性に怒っています」


「はい」


「あなたが命じたと決めません」


「はい」


「でも、あなたの名が使われたことを、軽くしません」


「はい」


 リゼは深く頷いた。


「軽くしません」


 ロウ教師が低く言った。


「グレイス」


「はい」


「お前の名前が使われたことと、お前がすべて命じたことは違う」


「はい」


「だが、使われたことから逃げるな」


 リゼは目を伏せなかった。


「はい」


「英雄譚は、戦闘だけで終わらん。勝った後の処理にも使われる」


 その言葉に、アルトは胸が冷たくなった。


 英雄譚は、勝利を飾る物語だと思っていた。


 リゼが強かったこと。


 敵を退けたこと。


 王国を守ったこと。


 だが、今、目の前にある札は違う。


 灰銀作戦後処理。


 勝った後に何を焼き、何を箱へ入れ、何を王都へ運んだのか。


 その分類に、灰銀という名が使われていたかもしれない。


 リゼの英雄譚は、戦闘の場だけでなく、誰かの記録を分ける場所にまで伸びていた。


 アルトは左手首に触れる。


「痛みなし。熱少し。声なし。名前が本人から離れて使われるのは怖いです」


 ミリアが頷く。


「ええ」


 アルトは続けた。


「僕も、アルトじゃなくて、鍵とか銀環反応とか呼ばれるのが怖いです。リゼさんの灰銀も、リゼさんから離れて使われたのかもしれません」


 リゼの瞳が揺れる。


「はい」


 エリアナが静かに言った。


「王の血も、私から離れて使われます」


 アルトは頷く。


「はい」


 カイが、札を見たまま拳を握っていた。


「灰銀って、リゼのことだろ」


 ロウ教師が見る。


 カイは声を抑えたまま続けた。


「でも、この札の灰銀は、リゼじゃない。リゼの名前を使った何かだ」


 リゼはカイを見る。


 カイは少し言葉に詰まりながらも、続けた。


「だから、リゼが全部悪いって話じゃない。でも、リゼの名前で何かされたなら、それはちゃんと見ないといけない」


 ロウ教師が頷いた。


「よく言った」


 カイは少し驚いた顔をしたが、すぐ真面目に戻った。


「はい」


 クラウスは焼けた札をさらに確認する。


「文字の読み。灰銀作戦後処理。下部に分類らしき語。封箱、焼却、搬出。全て完全ではないが、同じ札上にある可能性が高い」


 ユリウスが記録を整理する。


「この札により、灰銀という戦功名または作戦名が、戦後処理の分類作業に用いられていた可能性が高まった。現地で焼却と封箱の選別が行われた可能性。個人記録類小型封箱への流れと関連する可能性」


 エレオノーラが記録する。


 リゼは札を見つめて言った。


「私は、灰銀作戦後処理という言葉を記憶していません」


 ロウ教師が問う。


「知らなかったで終わるか」


「終わりません」


「よし」


 リゼは続けた。


「私の戦功名が使われた可能性があります。私は、それを確認します。私の罪として急いで受け取らず、無関係として捨てず、誰が、何のために、どこまで私の名を使ったのか確認します」


 エリアナが頷いた。


「はい」


「灰銀作戦後処理で、誰の記録が焼かれ、誰の記録が封箱へ送られたのか確認します」


「はい」


「それが、あなたの母上の手帳かもしれない可能性も消しません」


 エリアナの瞳が揺れる。


「はい」


「白布の子どもの記録かもしれない可能性も消しません」


「はい」


「別の誰かの記録かもしれない可能性も消しません」


「はい」


 クラウスが札の採取について判断を求めた。


「この札は重要だ。ただし、木片ごと脆い。無理に持ち上げると崩れる可能性がある。今日は高精度写しを取り、位置を封じるだけにした方がよい」


 ユリウスが頷く。


「同意する。採取なし。写しと位置記録のみ。後日、補強具を用意して再確認」


 エリアナが小さく言った。


「置いていくのですか」


 ミリアがすぐに見る。


 エリアナは自分で続けた。


「保存のためなら、置いていくことも必要です。わかっています。でも、怖いです」


 ユリウスが静かに答える。


「位置を記録し、保護印を置きます。学園の印です。王宮の封ではありません。触れないよう示すだけのものです」


 エリアナは少し考えて頷いた。


「はい」


 リゼが言った。


「保護印の目的は保存。隠蔽ではありません」


 エレオノーラが記録する。


 カイが小さく言った。


「また目的確認」


 ミリアが頷く。


「大事よ」


「はい。わかってきました」


 クラウスとエレオノーラが慎重に写しを取る。


 灰銀作戦後処理。


 封箱。


 焼却。


 搬出。


 文字は完全ではない。


 だが、十分だった。


 リゼの名を使った何かが、ここにあった。


 礼拝堂跡の北側、紙倉跡。


 誰かの記録が分けられた可能性のある場所。


 その入口に。


 確認が終わると、全員は参道脇へ戻った。


 今日は礼拝堂跡内部には入らない。


 扉にも近づかない。


 紙片の箱も持ってきていない。


 ただ、札の文字だけが全員の中に重く残っていた。


 カイが保存食の包みを取り出した。


 ミリアが尋ねる。


「名前は?」


 カイは長く黙った。


 灰銀作戦後処理。


 勝った剣の名前。


 記録を片づける。


 名前が本人から離れて使われる。


 その全部を、短い名前にするのは難しい。


 やがて、彼は言った。


「名前を使って片づけない用」


 リゼの瞳が静かに揺れた。


 エリアナも頷いた。


「はい。今日は、それがよいです」


 アルトも言った。


「僕も、それがいいです」


 カイは包みを開いた。


 小さな焼き菓子と、香草パンの欠け。


 アルトは成分を読み上げる。


「焼き菓子は小麦、卵、乳、林檎、杏。香草パンは小麦、卵、乳、蜂蜜、香草候補二、香草候補三。蜂蜜減量版。香草はエリアナさん調整です」


 エリアナが頷いた。


「確認しました」


 今日の香草パンは、口に入れた瞬間から苦かった。


 蜂蜜の甘さはある。


 でも、その奥に、焼けた紙の記憶のような苦味がある。


 カイが不安そうにエリアナを見る。


「苦すぎますか」


 エリアナは首を横に振った。


「今日は、この味です」


「はい」


 リゼは香草パンを見つめていた。


「灰銀作戦後処理」


 小さく、言う。


 自分の口で。


「私は、その言葉を知りませんでした」


 エリアナが頷く。


「はい」


「ですが、私の名が使われた可能性があります」


「はい」


「私は、その名を使って片づけられたものを確認します」


「はい」


 ロウ教師が低く言った。


「英雄譚が崩れるのは、名誉が消えることではない。人が残るかどうかだ」


 リゼはロウ教師を見る。


「人が残るかどうか」


「そうだ。灰銀が崩れた後、リゼ・グレイスが残るかどうかだ」


 リゼは少しだけ目を伏せた。


 そして、顔を上げた。


「残ります」


 声は小さい。


 だが、確かだった。


「私は、灰銀作戦後処理の札を確認しました。私は、その言葉だけにはなりません。ですが、その言葉から逃げません」


 ミリアが静かに微笑んだ。


「良好よ」


 アルトは左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱少し。


 声なし。


 リゼさんが残る。


 その言葉に、少しだけ安心した。


 灰銀という名が何に使われていても、目の前にいるのはリゼだ。


 けれど、灰銀という名で何が行われたのかを見ないで済ませることもできない。


 それが、こんなにも重い。


 帰り道、灰銀突破点の石碑の前で、リゼは立ち止まった。


 長くはない。


 ただ、表の文字を見て、裏の旧文字を見た。


「私の名は、ここだけでなく、後処理にも使われた可能性があります」


 エリアナが答える。


「はい」


「それを確認します」


「はい」


「私だけの罪にしません」


「はい」


「私と無関係にも、しません」


 エリアナは静かに頷いた。


「はい」


 谷を出る。


 音が戻る。


 馬車へ戻る。


 宿場へ帰る。


 そのすべてが、今日は少し遠く感じた。


 宿に戻ると、エレオノーラは写しを保護記録として整理した。


 仮名称。


 紙倉跡焼損処理札写し。


 灰銀作戦後処理記載あり。


 封箱・焼却・搬出分類可能性。


 現物未採取。位置保護。


 エリアナがそれを確認する。


「灰銀作戦後処理、と書くのですね」


 エレオノーラが頷く。


「文字として確認したため、記録します」


「はい」


 リゼも記録を見る。


「確認しました」


 その声は、重いが崩れていない。


 夕食後、五人は食堂の隅に集まった。


 状態確認。


 アルト。


「痛みなし。熱ごく少し。声なし。灰銀という名前がリゼさんから離れて使われていた可能性が怖かったです。でも、リゼさんが残ると言ったので少し安心しました」


 リゼ。


「身体異常なし。疲労あり。感情、重い。灰銀作戦後処理の札を確認しました。私の名が戦後処理に使用された可能性があります。私だけの罪にせず、無関係にもせず、確認します」


 エリアナ。


「身体異常なし。疲労あり。感情、怒り、悲しさ。勝った剣の名前で記録を片づけた可能性に怒っています。ただし、リゼさんがすべて命じたとは決めません」


 ミリア。


「身体異常なし。全員、今日は名前が本人から離れて使われる怖さを確認しました。リゼさんが自分の名前を言えています」


 カイ。


「身体異常なし。馬車酔いなし。保存食数、減少。名前を使って片づけない用、残りなしです」


 リゼが頷く。


「使用、適切でした」


 カイは少しだけ笑った。


 だが、すぐに真面目な顔になった。


「リゼ」


「はい」


「リゼはリゼだからな」


 とても単純な言葉だった。


 けれど、食堂の隅で、その言葉はしっかり届いた。


 リゼは一拍置いて頷いた。


「はい。私はリゼ・グレイスです」


 エリアナが静かに言った。


「灰銀という名が使われたことを確認しながら、そう言ってください」


 リゼはエリアナを見る。


「はい」


「灰銀を消して逃げるのではなく」


「はい」


「灰銀だけにならずに」


「はい」


 リゼは深く息を吸った。


「私は、リゼ・グレイスです。灰銀の戦乙女と呼ばれました。灰銀作戦後処理という言葉に、私の名が使われた可能性があります。それを確認します。ですが、私はその処理そのものではありません」


 エリアナは頷いた。


「はい」


 アルトは左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱なし。


 声なし。


 名前が本人から離れて使われること。


 それは、恐ろしい。


 でも、名前を本人のところへ戻すこともできるのかもしれない。


 灰銀。


 リゼ。


 王の血。


 エリアナ。


 鍵。


 アルト。


 それぞれを、ひとつに潰さない。


 宿の外では、夜が深くなっていた。


 鳴らさぬ谷の向こう、紙倉跡には、焼けた札がまだ残っている。


 灰銀作戦後処理。


 封箱。


 焼却。


 搬出。


 その文字は、今日、英雄譚の下にあったものを見せ始めた。


 勝利の後。


 突破の後。


 灰銀の名の後。


 誰かの記録が、分けられ、箱へ向かい、焼かれたかもしれない。


 アルトは記録表の最後に書いた。


 英雄譚は、戦闘だけで終わらない。


 その後に何を片づけたかも、見る。


 リゼさんは残る。


 そう書いてから、左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱なし。


 声なし。


 窓の外の夜は静かだった。


 鐘は鳴らない。


 けれど、何かが崩れる音は、たしかに聞こえ始めていた。


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