episode13.結びつき
「ぼっ、菩提樹ノ君。」
「あぁ稀有な存在よ。」
「我らが君。」
先程の王に意見を述べていた者達は口々にそう言いながら、王から、静咲に向けて、立って居た者関係なく、膝を折り、頭を地につける。
そんな事は気にも留めずに、静咲のその鋭い瞳孔は、ミルディアの口元の吐血した血の跡を見つめて居た。
更に、ミルディアの顔は、苦しみに歪み、そのあまりの痛さに、静咲の懐の裾を掴んでいる程だった。
それに対し、さらに、静咲の表情は不機嫌な物に変わって行き、王を鋭い瞳孔で睨みつける。
「王よ。今後この者を殺害なさるならば、私を殺害するのと一緒と思って頂きたい。」
「何⁈」
王は静咲の発言に対し、驚愕の表情と共に、勢いよく玉座から立ち上がる。
「私は、この者を片時も放さず見ています。
今後、この者が死ぬ時は、私もその場に居る事を忘れないで頂きたい。」
「正気か?この愚か者め‼「愚か者。ふっ貴方からその言葉を聞くなんて。思わなかったですよ。チチウエ。」
鼻で笑いながら、父上と言うが、その父上と呼ぶ言い方は、明らかに尊敬の念は込められて居らず、馬鹿にするように王に言い返す静咲。
「何?」
その言葉に、眉を顰める静朔慈。
「私がいつまでも何も知らない子供だと⁉ずっと一族の目の呪いは母だけのせいだと私が信じるとでも⁈
我らが何故、今でも金ノ国と戦わなければならないのか、本当にそれが資源に対する扱い方の違いだけだと⁈
本当に愚かなのは何方なのか、私は、貴方に証明しましょう。」
「っ!性格まで似るとは・・・。」
「どう言われ様と、もう決めた事です。
ですからこの者が死ねば私も死にます。」
「静咲‼静咲‼」
王の呼び止めにも答えずに静咲はミルディアを抱きかかえると王の前を後にする。
如何して、彼は何時も、私を助けてくれるのだろうか、初めて出会ったあの時も、紅い服を着た樹天仙から、私を助けてくれ、王の兵につかまりそうだった、私を救ってくれた。
如何して・・・。
けれど、彼は、何処か・・・。何処か、無鉄砲で、まるで何か欠けて居る片方の様。もう片方を探そうとしてるけど、あてもなく彷徨って居て、見つけ出せないで、途中で、迷子になった子供にも見える。
どこか・・・。放っておけないと感じるのは気のせいなのかな。
ミルディアは、そう思いながら、完全に気絶したのだった。
[っうひっく・・・あぁぁ。]
これは・・・夢?
[・・・いつまで泣いてるんだよ。
てか、どれだけ沢山、宝玉生産してるわけ。]
違う・・・私の記憶だ。
[皆が・・・。私を・・・不気味だと。]
[なんで?]
[私がたくさん宝玉を作るから。普通じゃないって。]
[お前、いつもそういわれて、こそこそここで泣いてるわけ?
いや・・・皆お前が沢山宝玉を出せるって知ってるって事は既に皆の前でも泣いてる訳・・か。]
[もう・・・いやだ。髪の色ですらも真っ白で、おばあさんみたいだって馬鹿にされてその上、宝玉まで・・・私、やっぱり化け物[解った。]
私の言葉を遮って、辺りに散らばった友情の宝玉を全部残さず拾ったラッドは、その内の一つを首に下げると、自分の友情の宝玉をポケットから取り出して、私の首に下げたんだ。何時、何処で、誰の為に流されたか、解らないのに、ラッドはラッドの全ての友情を私に誓ってくれた。あの日からのラッドはいつも私の傍に居た。
正確には、心の中に居た。友としてずっとずっと。
[俺がお前の宝玉の正式な相手になってやる。たとえお前が宝玉を大量生産する体質でも
正式な相手が居れば誰も文句なんて言わない、俺が言わせない。
お前が、化け物であろうと、無かろうと、俺は関係ない。俺の宝玉の相手もお前がなれ。これでもう、泣く必要は無いだろう?
俺がお前の一番になってやる。
お前が、どんな人間だろうと受け止めてやる。お前が、自分は化け物だと言うなら、俺も化け物になってやる。
それで、同士になれるだろ?
俺はお前に約束する。俺はお前を置いて死んだりなんてしない。
だから、お前も約束しろ。もしも、俺が、お前の前から消える事があったなら・・・。
それは、俺が道に迷って居るだけだから。その時は、お前が俺を迎えに来い。]
ラッドと私のあの約束は永遠だと思った。
だから、私は、ラッドの為ならラッドとの友情の為なら死んでも良いって思ったんだ。
でも、あれはラッドを困らせて交換をせがんだみたいな形になったけれど、ラッドは後悔してないだろうか。
ミルディアの視界に光が差し込むと、一瞬にして、辺りが暗闇になり、その暗闇は、見覚えのある、風景に思えた。
あの、幼い時から見て居た夢の空間に向かう前触れの風景だった。
案の定、白い手が伸びて来て、ミルディアを包み込んだ。
そして、耳元でささやいた。
【愛して居る。】
その言葉ははっきりと聞こえたのに、どんな声なのか解らない。
【―――目を覚まして。】
この声の主は、誰なんだろうか?
やっぱり、先ほどまで私の記憶の中に居た、ラッドなのだろうか?
会いたいよ。
トラッドネス。
「ラッド・・・。トラッドネス。」
ひっそりとミルディアが呼んだその名は、隣でミルディアの傷の手当てをするために鳥籠を作り、その中でミルディアと共に寝転がりながらミルディアの頬を撫でていた静咲の顔を一気にしかめ面させるには十分であった。
ゆっくりとミルディアの目が覚めた第一声は
傷の具合はどうかと言う声を掛けようと、決めていたのに、それも忘れ、別の言葉が出て来た。
「ラッドとは?そなたの想人か?」
「静咲さん。どうしてここに?私は確か・・・。」
ミルディアと、静咲の会話は明らかに噛み合ってなかった。ミルディアは、静咲の質問よりも、辺りの景色の方が気になって仕方なかったからだ。其処は、木の家でもなければ、森の湖の畔でもない。
ちゃんとした、沢山の蔦が絡み合って出来た豪勢な部屋で、寝かせられているベッドは、白銀の色をした蔓が絡まり合ったとても広いベッドで、下には何かの獣の白い毛皮が敷かれ、それは、毛並みもよくまるで生きている様に皇かでふわふわした寝心地だった。
更にこのベッドは豪勢すぎる程の造りで、天蓋もついており、四本の支柱の上の部分だけを、部屋の構造が少し見える位の、薄く白い絹が繋がって居て、今は閉じているその布はおそらく四本の支柱に結び付け、開ける事も出来るのだろう。
辺りをきょろきょろと見渡していた、ミルディアの視界に静咲は、無理やり入り込むと、先程の問いを更に簡潔にし、聞く。
「ラッドとは?」
その解答をせがむ静咲に対し、ミルディアは、首をかしげながら答える。
「私の親友の名です。彼とは友情の宝玉を交換した仲です。」
「友情の宝玉?っとは・・・そなたは、もしやミルディアの宝玉を作る事が出来る数少ない民族の一人か?」
「・・・・。それは・・・。」
その問いに対して、ミルディアは俯き悲しそうな表情を浮かべる
「それは・・・話さなきゃダメでしょうか。」
「・・・出来れば。」
その出来ればと言う言葉とは裏腹に、静咲の顔は絶対聞きたいと言う表情をミルディアに一心不乱に向けており、ミルディアは、それが痛い程伝わって来た為に、苦笑しながら、話始める。
「私は・・・。私達は、化け物なんです。」
「達って事は・・・。」
「ラッドも、私も。」
静咲は、首を傾げながら、ミルディアの顔を覗き込む。
「何処も・・・。奇妙に思う部分や、不可思議に思える所等・・・無いように思える。寧ろ普通過ぎて、私との儀式後の生活に支障がでないかが、心配な程だ。」
その鋭い瞳孔が一瞬開いてまた細くなり、表情が一瞬和らいで見えた。
けれど、ミルディアにとって、それは、静咲は、知らないからだと思うに過ぎなかった。
「静咲さんは、先程、ミルディアの宝玉を作る事が出来る数少ない民族の一人と私に言いましたよね?」
ミルディアのその言葉に、今まで微笑んで居たその顔は、眉間に皺が寄り、一気に不安な表情へと変わって行く。
「ミルディアの宝玉。それが作れる数少ない民。それを知って居るなら、ミルディアの宝玉を創れる者は〝ミルディアの民〟と呼ばれている事も知って居ますよね?」
「あぁ。砂漠の土地に生まれ、争いを好まず、我々樹ノ国と金ノ国との乱世に巻き込まれない様に生きて居るのだとか。正直な所、書物でしか、知らない内容も多いが、二つの国との関わりを兎に角避ける為に、不毛地帯である、資源が口渇した砂漠にあえて住んで居て、必要資源は調達士が居て、調達するのだとか。だからって、ミルディア。君が化け物だと言う、言葉とは繋がらないと思うが?」
「では、今言った者ではないと言ったら?」
「⁇どう言う事?」
静咲は、おもいきり首を傾げ、それは、やはり人に近い者では無い為に、何処か九十度に曲がって居て、その群青色の瞳が俯いて居るミルディアの瞳と見つめ合って居た。
「私は、ミルディアの民ではありません。」
静咲は、更に不思議そうな顔をする。
「あの砂漠で生まれたわけではなく、両親も存在しません。そして、何より、私は・・・。私達は、突然、砂漠の上に居た。という事しか記憶になくて、何処から来て、どの種族に属して居たのか、今何歳なのか、正確には解らないんです。それが、私達です。」
「達って事は・・・。」
「私と、ラッド。えっと。トラッドネスは、七・八歳位の時に砂漠で、彷徨って居た所を、育ての親に拾われたの。生まれた時の記憶はおろか、自分が何者かも知らない。ミルディアの民も私達の事は知らなかった。誰も何も・・・。私達ですらも、お互いを知らなかった。名前も、何も・・・。」
「でも、そなたは宝玉が。」
「だから何ですよ。」
静咲の、言葉の途中で、ミルディアはその言葉はまるで言われ馴れて居るかのように、答えると、更にそれに続けて静咲に言う。
「ミルディアの民で無い者が、宝玉を、作れるはずがなく、また私と、トラッドネスの、宝玉の色は、ミルディアの民が作るどの宝玉とも違った。それでも、ミルディアの民達から忌み嫌われる材料となるには容易だったのに、私は・・・。私の、友情の宝玉は私が流す涙の数だけ作る事が出来るなんて!」
そう言いながら、肩を震わせ、涙を流すミルディア。
それは、ミルディアが言う通り、ぽとぽとと、ベッドの上に宝玉となって落ちて行き、白い獣の毛皮にころころと転がりながら溜まって行く。
「ミルディア。ねぇ。顔を上げて?」
静咲は、今までにないくらい、優しく囁くように、ミルディアに言うが、ミルディアは言われれば言われる程に、更に俯いていく。
「ちゃんと話をさせて欲しい。少し・・・。私が、無神経過ぎたかもしれない。ねぇ。ミルディア。私の目を見て?お願いだから。」
静咲のお願いは、本当に心の底からのお願いで、それは、ミルディアの耳元に優しく囁かれる。
そして、静咲は、その白く冷たい手で、ミルディアの頬を包み、ゆっくりと俯いて居る顔を上げさせ、それでも、いまだに涙を流す、ミルディアに対して、困った表情を浮かべる。
「お願いだから。泣き止んで。私は、そなたの宝玉を見て、美しいと思う事はあっても、悪い印象を抱く事は何一つとして無いのだから。でも、この宝玉は私の物では無いと思うと、嫉妬で身が引き裂かれそうになる。だから、お願いだから。泣き止んで、私の話を聞いて。」
ミルディアは、静咲のその言葉で、やっと泣き止み、静咲の言われた通り、静咲の黒目に群青色の綺麗な細い瞳孔を見つめる。
「ミルディア。私の話をしよう。」
突然、静咲がミルディアの頬に手を添えたまま、そう言うと、更に続ける。
「私達樹ノ国の樹天仙は、元はこんな目をして居なかったんだ。元はそなたと同じ様な白い目に色んな樹天仙それぞれの色の普通の瞳の色だった。今の様に獣の様に鋭い瞳孔でもなければ、本当に、私が言うのも烏滸がましいかもしれないが、どの種族にも負けない美しさを誇って居た。そして、誰しもが、その美しさは、神サンザーラから頂いた祝福で在り、美しさの永遠が終わる何て疑わなかった。」
静咲はそう言いながら、瞳を閉じて、ミルディアにその額をゆっくりと近づけ優しく触れさせる。
すると、不思議な事に、まるで、静咲の記憶がミルディアの頭の中に、その場に、静咲と共に立って居るかの様に、それは、流れ込んできた。
[綺麗な人・・・。]
目の前には、薄桃色の長い髪をなびかせながら、ゆったりと、歩き去って行く女性の姿があった。ミルディアは、思わず、周りの景色よりも、その女性に目が行くほどに、その女性は、艶やかで、清楚で、どんな美しい装飾品を身に着けても装飾品が霞んでしまうのではと思う程の美しさだった。
[静咲さんに、似てる。]
ミルディアが思わず口にしたその言葉に、静咲はすぐさま答えた。
[似て居て当然だろうな。母なのだから。]
その言葉に、一緒に立って居る、静咲を見ると、何処となしに、悲しい表情をして居る様に見える、ミルディアは、静咲から、再び、その女性に目を移すと、静咲が今髪につけている紅く小さな鈴の付いた簪を付け、女性は、まるで木々の間から指す光の様な微笑みを、浮かべながら、樹ノ国の国王の元へと歩いて行って居る。
[私達樹天仙は、我が母により呪われ、母は、母自身が最も憎いと思う者程その呪いを重くした。]
その言葉により、一気に、辺りの景色はゆがみ、崩壊し、樹ノ国の美しい木々達はボロボロになぎ倒され、草木は枯れ、その中心に、先程美しいと心から想って居た、その女性は、今の静咲の様に黒い目に赤い鋭い瞳孔をし、その瞳からはまるで人の血の様な涙を流し、顔は、先程の様に美しい皇かな、肌ではなく、所々まるで岩が割れた様にひび割れて居た。
[母は、ずっとあの男に騙されて居たのだ。私達樹天仙は、その報いを、受けた。]
あの男、そう指を指す方向を見ると、そこには、現樹ノ国の国王が、小さな静咲と、少し青年に見える、ギルラスを腕の中に抱きしめながら、その背に呪いを受けようとして居た。
[あの男って、まさか・・・。まさか。]
[我が父・・・。サイラス=サンザーラ。]
その言葉に、一瞬時が止まった気がした。
空間ですらも、吸って居る空気ですらも、何もかも、止まって居る。それ位、凍り付いた様な、そんな感情にミルディアはなった。
[樹天仙は、愛する者は一人しか出来ない。何故なら、儀式を行えば、その縁はその時点から、現世だけでなく、来世へと続き、巡って行き、ずっと離れる事が無いから・・・。そう、たった一人だけだ。]
ミルディアを見つめて居た、静咲の目は再び静咲の母親に向けられる。
[母にも、そのたった一人が、居た。それは、父では無かった。父の兄。先の王にして、真の王、静朔慈。]
静朔慈。その名を口にされ、今の王と同じ名だと言う事に違和感を覚える。静咲は、まるでミルディアのその違和感を読み取ったかの様に、違和感の説明をする。
「王になる者は、その資格を得ると同時に、その名を引き継ぐ。だから、先の王は生まれた時から、静朔慈、もしくは、私の様に、漢字と言う文字で、名を語る事を許されて居たであろうな。だが、私は、先の王の真名を知らない。」
その説明で大体検討が付いたミルディアは、俯く。
[やはり、解ってしまうものなのだね。先の王と、現国王は、我が母に想いを寄せて居た。けれど、母が選んだのは、先の王だった。いや、正確には選ぶ筈だった。選ぶ前に、先の王は、死んだ。その時は、幾度とある戦に耐えかねての核への負担だと。核とは、君達で言う所の私達の心臓部。
ただ、樹天仙の場合、それは、樹天仙によって異なる場所にある。]
静咲の言葉と同時に、静咲の母である先程の女性が、先の王に労いのお茶を差し出している、微笑ましい情景が目の前に映し出される。
[けれど、実際は、母が差し出した毎日の労いの為のお茶には劫火香と言う香が少しずつ体内を廻る様に、入って居たんだ。母が入れた訳ではない。]
その言葉を聞きながら、目の前の映像を見て目を疑う。
現国王が、あの美しい女性に、先の王の身体に良いから是非上げて欲しい、貴女も一緒に飲むと良いだろうと、言い、渡して居るのだ。女性は、それを受け取ると、自分は、戦には出向かない分、王は、大変だからと、自分の分も王に元気になって欲しいと言う願いを込め、それを自分の分まで入れて居る。
[今思えば、現国王は、我が母も殺めるつもりだったのかもしれない。手に入らぬのならば、と・・・。だが、事は父の思うよりももっとうまくいった様だった。先の王はあっけなく死に劫火香で燃えた王は、原因不明の劇薬も混ぜられていたせいで、燈火にもならなかった。そうして、我が母を奪えた父のその表情はこの大自然が教えてくれた。]
[母は、そんな父の裏の顔を最初は知らなかった。知らずに、父の死後、既に、お互い別の儀式の相手が居るにも拘らず、情を交わし、そして、母は、みるみるその姿が変わって行った。今思えば、先の王の縁の根源があるからこそ、あぁなって行ったのかもしれない。]
『あぁ顔が!私の顔が!』
苦しみ、顔を抑える静咲の母の姿が目の前に映し出される。抑えている顔はパキペキと異様な音を立てて、割れて行き、その姿を支えながら、現王であるサイラスは、驚愕の表情で見つめて居る。
[母は、顔だけでなく、最終的には、一番最初に君に見せた姿にまで変貌を遂げたんだ。流石に、母も途中で気付いたんだろう。何故自分だけにこんな現象が起きるのか。本来愛されるべき存在を、自らの手で抹消しただけでなく、輪廻転生も望めぬ身体にした。それだけでない。その黒幕となる存在と、はじめは知らないまでも情を交わしたんだ。母は、報いを受けて当然と思う。私達も・・・。]
途中からの静咲の言葉は、少し感情的になって居たせいか、支離滅裂になって居た。
そして、静咲は長い事当てて居た自分とミルディアとの額を放すと、ミルディアの瞳を見つめながら、言った。
「先程、そなたは、そなたと、ラッドとやらは化け物だと。けれど、実際の、化け物は、その本質にある。我々がその本質だ。我々こそ・・・。真の化け物なのだよ。ミルディア。君は、化け物ではない。ただ、生まれた場所が解らぬ。迷い子。それだけだ。宝玉に関しては確かに一つだけ気に食わぬ事がある。」
その言葉に、ミルディアは、俯くが、それは、静咲の手によって制され、再び顔をゆっくり上げさせられ、静咲は、首を横に振りながら、更に言葉を続ける。
「そなたの、思う通りの物ではない。気にしないで欲しい。本当だよ。ミルディア。」
まるで、ミルディアの思う事が全て解るかの様に、言い残すと静咲は、部屋を後にした。
しばらく考え込んでいた。この国には、複雑な関係性や、複雑な事情を抱えた者達が多く居て、今まで、自分中心で考えて居た、他の事や他の人の事を考えずに、兎に角、ラッドを助ける事だけが頭を占めて居て、いつの間にか自己中心的になって居たけれど、彼は、私を、助けてくれたんだ。そのお礼すらも、私は言って居なかった。
「はぁ。彼を探して、お礼を言おう。」
それから、ルーティの事も探そう。そう思い、ミルディアは、ベッドから、飛び出して、部屋を出た。
廊下に出ると、其処は、また別世界だった。静咲の部屋は何方かと言うと、何重にも重なった蔓で出来て居たが、一歩出た廊下は、木の中に自然と出来た洞窟の様な場所で、所々、木の枝が太く巻き付いており、天井は、普通の部屋の様に平にはなっておらず、樹のままのざらっとした材質がそのまま絡み合ってどこまでも繋がって居た。そんな豪華樹の洞窟の様な廊下なのに、薄暗くなく、それは、両方に小さく伸びた枝の葉っぱが無色な光を放って居たからで、暗がりを手探りで歩く必要性は全くもってなかった。
地面には、絨毯の様な柄の付いた苔が敷き詰められており、苔の為に絨毯よりもフカフカした歩き心地だった。
装飾品は、自然に出来た植物をそのまま自然に美しく飾っている様で、それがまた、この廊下を唯の廊下でなく、美しく豪華で自然に満ち満ちた廊下にして居た。
そんな、豪華絢爛な廊下に圧倒されながら、
そのまま、ひっそり、と歩き続けると、風の音が聞こえる扉に突き当たる。
扉と言っても、それも、また樹の幹がぐるぐると巻き付いて、あたかも扉の様に見えるそれは、扉を開ける部分まで、模様が入った蔦で出来ていた。
ここまで来ると、本当に、この国は、樹ノ国で、樹や緑に対してこだわりを持って居るのだなと再認識してしまう。
ミルディアは、扉をゆっくりと開けると、其処は、この大きな太い樹の宮殿の外側の様で、螺旋状の階段が上と下に伸びて居た。ミルディアは、自分の勘で、ひたすら下の階を目指し、その大きな螺旋階段を下りた。
だが、本当は登れば静咲に合えるのか下りれば静咲に会えるのか、勘の為に、解らず進んでいた。
やがて、とても手入れされている、広い庭へと迷い込んでしまう。
其処は、吹き抜けになった一つの別の部屋の様で、噴水や、ガゼボ等も幾つかあった。
その噴水から流れ出る水は幾つもの川になり、庭園の中を流れている。
その中にある、植物達も、決して、伐採される事無く、かといって伸びっぱなしにされて居る訳でもない、樹天仙達の手入れによって潤って居た。
改めて吹き抜けの天井を見る。
上は今まで無い位濃い群青色に染まり、夜に近い色をしていた。
「もしかして、ここの上は、ミルディアの民の住むフェミナーガ(空中浮遊都市)?」
だから、他の所と比べてこんなにも空の色が濃いのかな?
そう思いながら、再び前を向き、歩いて行く。
それにしても、屋敷の中にこんな大きな庭があるなんて、不思議だな。
「それに、何でかなぁ?こう、ぱっとまっすぐな道って如何してこの国には存在してないのかな?」
手をぶらつかせながら、そうぼやきながらも、静咲を探し歩く。
「あれぇぇぇ?この匂いは。」
まずい。見つかったらまた、処刑所に連れて行かれて、静咲さんに迷惑かけちゃう。静咲さんを探す所か、迷惑かけるなんて、目も当てられない。
そう思い、茂みに隠れる。
「くくくく。きぃみ。それで隠れて居るつもりぃ?」
声の主はそう言うと、いとも簡単に茂みの中に顔を覗かせる。
「みぃつけた。」
「きっむぐぐぐぐ。」
息が・・・。
「あっ、あああ叫ばないで。お願い。ねっお願い。俺はギルラス。ギルラス=サンザーラ。静咲の異母樹天だ。」
その樹天仙はミルディアが叫ぼうとする瞬間に緑色の蔓を口と鼻に巻き付ける
「君が、叫んだら、色々と困るんだ。静咲は、私が義兄であるにも拘らず、殺しに掛かるかの如く襲い掛かって来るだろうし、何よりも、罵られる。其れだけじゃない、妹からも結構な拷問を受けかねない。」
最初の言って居る事は、何となく解ったが、次第に、独り言のように聞こえたそれは、私には理解できなくなって行った。
「そもそも、何で君がこの国に?あぁ。兎に角、良い?今から鼻と口元放すけど、頼むから叫ばないでよ?」
その言葉に、首を思いきり縦に振ると蔓はゆっくりと離れ元の手の形になる。
「ぷは。はぁはぁげほっごほ。」
「あっそっか。君って口と鼻で息をしているから、両方塞いだらいけないんだった。
ごめんよ。本当にごめん。苦しかった?まさか今ので寿命縮んで無いよね?いやぁついつい忘れてたんだ。」
鼻と口を押えて来た樹天仙は、先日一番最初に出会ったあの深紅の目が印象の樹天仙だった。ミルディアは、彼をじっと見つめ思う。
見た目は少し静咲さんと似ているけれど、でもやっぱり違うな。
静咲さんは蠱惑的な感じ或いは妖しい感じだけど。
この人は何て言うか、美々しい、或いは神々しいって感じだろうか。
それにしても、やっぱり身長が高い。静咲さんも相当高いけど、ギルラスさんも、一体何メートルあるんだろうか。いや、私の身長がちっちゃすぎるのかな?
「ついついで、殺す気ですか。」
「だよね。本当にごめん。ちゃんと覚えていたつもりだったんだけど・・・。君を前にっ。」
ギルラスさんは何かを言いかけ途中でやめる。
「?とっ、兎に角、普通に両方塞がれたら死んじゃいます。」
ミルディアは、不思議には思ったが、あえて聞く必要性も浮かばなかったので、聞かずにギルラスに言った。
「あぁ。本当にごめんってば。でも、いいじゃないもう放したんだし。それに、君が悪いんだよ?俺を見るなり叫ぼうとするからぁ。」
ギルラスは、不貞腐れた様に、ミルディアに言う。
「それは!貴方が!「あっそれ以上声を荒げたら!「ギルラス第一皇子?」
「っ⁉⁉」
一瞬の出来事だ。彼はオフホワイト色の手を再び私の口元にやり、今度はあろう事か押し倒してきた。その時ふと、彼の手首に光る紅い雫状の腕飾りが〝じゃら〟と音を立てて彼の手まで落ち、それが私の視界に入る。
よく見るとその紅い石に紛れ一粒だけ、紅に留まらず、虹色に揺ら揺らと揺れるまるでミルディアの宝玉の様に見える石があった。それ以外は、紅色のミルディアの宝玉が揺ら揺らと揺れて居る感覚に見えて、ミルディアはその腕飾りを見つめ違和感を覚えて居た。
そして、思わず、その虹色の石に触れる。
【紅い人見つけた!】
「ギルラスさん。」
聞き覚えのある声が聞こえ、思わず、ギルラスにその事を話そうと話しかける。
「しっ。駄目だよ。じっとして居なさい。」
耳元でそう囁かれ、ミルディアは、思わず、石に触れたまま固まる。
【ごめんなさい。貴方ばかり辛い思いをして。私ばかり。】
ミルディアは、今度は声だけでなく、その情景を感じて居た。第三者としては見えておらず、そのセリフを言った本人を通して、ギルラスを見て居た。ギルラスの背景は唯、光って見えて、眩しくもあった。しかし、それとは逆に、ギルラスの表情は、今とは違い、何処か悲しい表情で、けれど、薄く微笑んで居た。
やがて、誤って居た本人は涙を浮かべたのか、ギルラスの顔が霞んで見え、それが流れると、再びはっきりと、その微笑が見え、ギルラスは、一言だけ、告げる。
【これが―のー―――だから。】
けれど、その言葉は、はっきりと聞こえず、再び現実へと、引き戻される。
「こっ、これは・・・。」
綺麗な紅色の羽織物超しに聞こえるのは全く知らない声。けれど、この光景にはかなり驚いて居る様だった。
「やぁ。まずい所を見られたな。父上には黙って置いてくれるかい?あと、出来れば・・・他の樹天仙にも。」
「はっはぁ。ですが・・・そこにいらっしゃる女性は誰ですか?」
「君も知っての通り、私は静咲と違ってこの手の遊びを楽しむ方でね。けれど、遊んでいる間。横恋慕は好まないのだよ。誰であろうと。この意味解るね?」
「でっ、ですが、紅将皇である以上あまり、その位に傷をつけぬ程度にせねば。それに、国王陛下が前の女性でもう身を固めろと「私はそんな気はないよ。前の樹天仙がどう思おうと一世の遊び。私は、本気になる事なんて・・・。もうない。」
あれ?なんだろう、今のギルラスさんの言葉と表情。
まるで、本気で前の女性には愛を全く傾けてない様な・・・。ううん。そうじゃない。それ以前に何かが引っ掛かってる。
「私は、本気にはならないね。父上の様になりたくない、だから、たくさんの女性と遊んだとしても、本気にはならない。それに、安心しなさい。色事はどの樹天仙の女性とも行って居ないよ。私は父上の様に心は一つ色事多様、何て、ごめんだからね。」
ギルラスさんどうして、こんなに、悲しい表情をして居るのだろうか。まるで、全てを、諦めている様な、そんな感じがひしひしと伝わって来るのは、私の気のせい?
「良いから早く立ち去ってくれないか?今はこの女性との時を楽しみたい。」
「・・・失礼いたしました。」
兵の足音が消えたのを確認するとゆっくりと、塞いでいた手を放すが、ギルラスは相変わらずミルディアをその深紅の瞳で真剣な表情のまま見下ろす。
「どうしたの?そんなに、穴が開くほど、俺の瞳を見つめて。」
「どうして、そんな悲しそうなの?」
その問いに対し、ギルラスは、目を見開き、心底驚いた表情を見せる。
「どうして、そんな諦めた表情をして居るの?」
ギルラスは、ミルディアの更なる問いに対し、苦笑しながら言う。
「―の――は、やっぱり、ずるい。」
消え入りそうな、少しかすれた声で、何か言われた気がするが、聞き取りずらかった。
けれど、確かに聞こえた。
ずるいと言う言葉に、何がずるいのかを、聞こうとした時には、先程の悲しそうな顔は既に違う顔に変化し、その顔は、不敵に微笑んで居た。
「もしかして、俺の事・・・好きになったとか?」
ミルディアは、何を言って居るんだ。この人はと、思いながら、思い切り首を横に振る。
「傷つくなぁ。そんなに首を横に振って拒絶しなくても良いじゃないかぁ。」
ギルラスの瞳は深紅の色から、光を放つ緋色に近い深紅に変わり、あの、出会った時と同じ様に、口が裂けんばかりの少し不気味だけれど何故か美しく思える微笑みを浮かべる。
「静咲は・・・どうして、君を、愛の相手に選んだのかな?実に・・・気になるね。この真っ直ぐな心かな?それとも、その何処までも深い、深い緑色の瞳?それとも、君の宝玉が美しいから?」
そう言いながら、ミルディアの胸元から、友情の宝玉を取り出すギルラス。そして、更に、続ける。
「聞けばただ旅をしていてこの国の近くを通っただけだとか・・・。逆に君はどうして静咲を?ねぇ、どうして?正直俺も静咲とは異母樹天だけれど、顔は間違われる程似て居るんだけれど。どうして君は、俺ではなく、静咲なのかな?俺でも良いでしょう?」
そう言いながらゆっくりと顔が近づいて来る。
「ちょっ、まさか。」
オフホワイト色の手がミルディアの唇をなぞる、その仕草で、ミルディアは、何となく、ギルラスが、何をしようとしているか、解った為に、暴れ始めるが、顔は片手でがっちり固定され、もう片方の腕は、両腕を束ねて、固定するギルラスは、さらに、自らの唇をゆっくりとミルディアのそれに近づけようとする。
「どうも、腹の立つ話だよ。静咲よりも先に・・・。なのに。なのに・・・何で。そう思うと、どうしても納得が行かなくてね。」
主語も、無ければ、筋の通らない言葉の羅列を並べ立てて、最早理解不能になって居た。
ミルディアは、頭が混乱し、
「ふっふざけないでください。さっきは何もしないって言ったじゃないですか!」
ギルラスの腹あたりを思いきり蹴飛ばすが、
人に近い見た目をして居るだけで、やはり全くもって、人ではないその体にはダメージ等与えられる訳も無く、彼にとっては痛いくも痒くもない様だった。
寧ろそれに対し、更に面白がって居るのか、それとも、真剣なのか、解らないが、普通に口づける為の唇は再び、口が裂けんばかりに微笑む。
「さっきはさっき、今は今。
それに、こういう意地悪したって、正直当然な事をきぃみ。してるからね。俺に・・・・。だから、口付けの一つや二つ、構わないじゃないか。」
猫なで声でそう言いうが、意地悪されるいわれはない。
「ちょっ‼」
ミルディアは、そう言いながら、今度は、必死で、つかまれていた手首を外すと、ギルラスの顔を抑えながら、続けて言う。
「そう言って、数多の女をかどわかしてきたんでしょう‼」
「君は少し誤解している様だけど。俺はこれでも樹天仙。甘い遊びを楽しむことはあっても、樹天仙は女性との遊びは慎重でね。樹天仙の女性は愛した事も無ければ、恋をした事すらないよ?ただ、遊ぶだけ。お互い本気にはならないよ。」
ギルラスはやはり、弄ぶ事が好きで、今自分をからかって居るんだと思うと、何とか止めないと、更に必死になり彼に言う。
「うっ、嘘つき。大体、その甘い遊びって何ですか⁉聞いてるこっちからしたら、変に勘繰ります。」
「何?それも教えて欲しいの?君も結構男に馴れてるのでは?」
「なっ。馴れてません!」
「ククク。安心して。樹天仙は、本当の妻になった女性としか、君の想像するような行為はしない。触れ合う事も、かなり配慮するんだ。妻には別だけどね。」
「だったら、この行為も、配慮して下さい!どうも、信じられません。その言葉。だって、ギルラスさんは、出会った時からずっと私にべたべたと‼」
「では、逆に良いじゃないか。今更、口付け位で騒ぐこと無いだろう?」
更に、顔が近づき後、数ミリで本当に、口付けされる瞬間に、ミルディアは、ギルラスに更に言う。
「わっ私は騙されないです‼幾ら貴方が、美々しい感じとか神々しい感じとか思ってたとしても‼」
その言葉に、ギルラスの行動が止まり、
ミルディアを組み敷いている中で沈黙が走る。
「っく」
だが、その沈黙はやがて、組み敷いているギルラスの笑い声で空気が変わる。
「くくくく。あぁもうダメ‼このまま襲っちゃおうかと思ったんだけど、ミルディア。君、思った事そのまま言い過ぎぃ!俺の事そんな風に思ってたの?くくく。あはははははは。美々しいとか神々しい?なぁにそぉれ!」
ギルラスは、起き上がるなり、自らのそのさらさらの長い髪を横側からぐしゃっと掴み上げ後ろに持って行き、崩れた身なりを整えながらも、その笑いは止まらず、更にミルディアに言う。
「美々しいだの、神々しいだのはねぇ。菩提樹ノ君である、静咲に対して言う奴はよくいるけど、俺に言う奴は、神サンザーラに誓って言うけど、この三千五百八十九年間生きてきて一度も無いよ。
君、俺と静咲見間違えたんじゃないの?」
そう言いながら、大爆笑するギルラスに対し、ミルディアは、更に即答する。
「まさか‼静咲さんはどちらかと言うと、蠱惑的と言うか妖しいと言うか・・・誘惑されると言うか。それに、私、ギルラスさんと、静咲さん見間違えません。
多分、目を瞑っててもわかると思いますよ。
やっぱり違う樹天仙だって事何となく解るし。匂いからして違いますよ?」
「っ⁈君。今何て。」
ギルラスは、眉間に皺をよせ、ミルディアを見つめる。
「え?静咲さんとギルラスさんは見間違えない。「その後だ。」
ギルラスは、ミルディアの両腕をがっしりと掴むと、本当に真剣な眼差しでミルディアを見つめ、少しだけ怒鳴る様にミルディアに問う。
「えっと。匂いが違うって所かな?」
その言葉に、ギルラスは、心底驚いた顔をした後に、今度は、先ほどの大笑いや、口が裂ける程の微笑みではなく、優しい表情でミルディアに、言う。
「じゃぁ・・・さ。俺の匂いと、静咲の匂い君にとって、如何違うの?」
「えっと。静咲さんの匂いは、少し、甘くて。でも、その匂いを嗅いだら、身体中痺れる感じ。嫌な感じはしないんだけど、何だか、考える事すらマヒしてしまいそうになる。」
ギルラスはそれを聞いて、眉を顰めながら、自分の事も問う。
「それで?俺はどう匂うの?」
「ギルラスさんは、まるでさわやかな花の香。誘惑とかそんなものじゃなくて、何処に居ても、何となく風に乗ってその香りが乗って来そう。だけど、きつい香りってわけでは無くて、落ち着きがある、けれど心の奥底まで爽やかな風がその香りと一緒に入って来るみたいに安らぐ。どちらも、嫌な香りではないの。ただ、静咲さんの方は、少し落ち着かなくて、ギルラスさんの方は少し落ち着く。」
その言葉に、ギルラスの顰めて居た眉は元に戻る所か、柔らかい表情へと変わり、少しだけ照れた様な表情へと変わって行く。
「ねぇ。ミルディア。ならば、ならば、いっそ俺の方にしない?」
宮殿の中の筈なのに、柔らかい風がギルラスさんの方から吹き、ギルラスさんが付けている独特な香木の香りがする。
そう思いながら、少し落ち着くその香りに、俺の方にしないかと言う意味を読み取る事に対し頭が追い付いて行かずミルディアは固まってしまって居た。
「何・・・を?「求愛の儀式の相手。だって俺の方が静咲より美々しくて神々しいんでしょう?それに、俺の匂い落ち着くんだよね?「どうして?」
ミルディアはギルラスの言葉を遮り、眉間に皺を寄せながら更に続ける。
「静咲さんもギルラスさんもどうして、そう簡単に儀式をしようって。まるで、明日も遊ぼうと約束する子供みたいに、簡単に言えるんですか?」
無機質に思える。始まりすらないのに、恋をしたわけでもないのに、そもそもその先の想いである愛に行きつくのだろうか。
「ミルディア。君は、やっぱり。ミルディアなんだね。」
ギルラスは、何処か刹那気な表情をしながら、更に言う。
「俺となんかじゃ。嫌?やっぱり、同じ様な顔でも、君は、静咲みたいなのが・・・良い?」
少し言葉を詰まらせながらミルディアに問うギルラス。
「だから!そう言う事じゃないんですってば‼」
怒鳴る様にギルラスに言うと、ギルラスはそれに対し更に驚く。
「どうしたんだい?ミルディア。
解らない。どうしてそんなに怒って居るんだ?普通、どの種族の女性も共通して、求愛されれば嬉しい物だろう?愛されれば嬉しい物だろう?なのに、どうして君は喜ぶどころか怒って居るんだい?」
ミルディアは、少し離れていたギルラスの目の前に正座して座ると、真剣な表情で答える。
「・・・・本気なら嬉しいです‼
それは、静咲さんだからとか、ギルラスさんだからだとか、そんな差別なしに、私は、その心が本物なら嬉しいし、ちゃんと真剣に考えてから答えます。」
「なら!「ギルラスさん。私を愛してるんですか?」
「・・・・・。それは、儀式をしていく内に確かめ合って行けばいい話だよ。」
やっぱり、ギルラスさんは静咲さんと何処か似て居る。行き当たりばったりだ。
「君はどうであって欲しい?」
ギルラスは、そう問ながら、真剣な眼差しで、ミルディアを見つめる。
「私は、恐らく、二人が、どうでも良いと思ってる感情論が大事なんです。でも、静咲さんも、ギルラスさんも、それはどうでも良いと思ってる。」
「いや。ちょっと待って。ミルディア。まさか。君何か誤解していないかい?」
「だって、だって、静咲さんも、私にいつの間にか、私の気持ちも何も確認しないで、儀式をして。その儀式はどう考えたって、人間でいう結婚に近い物だって聞かされて・・・。私も混乱してるって言うのに、今度はギルラスさんまで・・・。」
「ミルディア・・・。
じゃぁ、静咲は、君を愛の相手に選んだから、求愛の鳥籠の儀式を君に申し出たわけじゃな・・・いの?」
ギルラスは、心底不思議そうにけれど、安堵にも似た表情で、ミルディアに質問を投げかけると、ミルディアは首を傾げる。
「私、樹天仙の愛は情熱的だって聞いてたけど、書物はやっぱり書物です。勝手に空想してました。愛された樹天仙は幸せだとか。愛の告白はさぞ情熱的なのだろうとか。でも・・・。求愛の儀式がそれに関わって居るなんて知りませんでした。」
「え?ちょっとまって。えっごめん。考えが追い付いてない。君静咲に愛してると言われたのでは?」
「言われてません。」
「でも、儀式を受けたんだよね?」
ギルラスのその問いに対し、ミルディアは一つ頷く。
「あの、何にも関心を抱かない、しかも、地位も名誉もある、兄である俺が言うのもなんだけれど、見た目も完璧だ。そんな男が少なくとも、君を妻にしようとしてるのに、君は何がそんなに不満なの。それだけじゃない。あいつが、自分の今まで誰にも明かしたがらなかった過去を、記憶を通して伝えるなんて、前代未聞の行為をしたって言うのに。」
「二人共、何て言うか、感情も何もないのに、静咲さんは義務的に、貴方は何て言うか周りが一人に決めろと、言うから、偶々通りがかった私に、求愛の儀式をしようと言っているだけに聞こえるんですが、違うんですか?「俺は、別としても、静咲は、違う。」
ギルラスは、ミルディアの質問に即答する。
「え?・・・・だって、静咲さん、私が化け物だと言ったら、それは私では無くて、自分だと言って、逆に沈んだ顔をして居たわ。何だか、拒絶されている様な感覚に思えたから、てっきり儀式も何か原因があって仕方なく・・・。」
そのあまりの即答ぶりに、思わず、小さく声を上げる。
「価値観の問題ってだけだよ。愛の価値観の違い。」
「価値観?」
ミルディアは首を傾げながら、今まで不振を抱いて居た顔は既に解け、ギルラスを真っ直ぐ見つめる。
「君達人に近い者は感情。つまり愛情・友情・熱情・色々な情があると聞いて居る。
けれど、樹天仙はもっと単純なんだ。」
ギルラスは、そう言いながら、薄く微笑むと、更に言葉を続ける。
「樹天仙が持って居る情は唯一つしかない。そして、それを向けられる者も前世、現世、来世に至るまで、唯一人しか居ない。
それが樹天仙なんだ。君が先程言った、樹天仙の愛し方は情熱的。それは当然の事なのだよ。樹天仙が前世から来世に至るまで、愛情を注げるのは、一度愛した女性その女性のみにしか、愛情は勿論友情、熱情全ての情を注げない。
サンザーラに誓って言えるが、例えどんな理由で君に求愛の儀式を行ったにせよ、静咲は、半端な想いで求愛の儀式をやる程、周りに興味を持つような男でもなければ、不真面目な男でもない上に、草木に対しての敬意はあっても、樹天仙達や民達に対しては、菩提樹ノ君としての顔で接して居る。
けれど、君に対する静咲は菩提樹ノ君である静咲以前に樹天仙としての個の静咲を感じ取れる。」
「そんなに、私と他とで、静咲さんの扱いが違うようには感じられないけれど。」
「とんでもない!君は静咲を知らないからだ。一体君は静咲の何処を見てそう思って居る?」
「ううん。おしゃべりな所とか、べたべたとくっついて来る所とか、初めて会った日なんかは、助けようとしてくれたは、良いけれど、服を脱がされました。」
ミルディアの話を聞き、ギルラスの表情はどんどんと驚きの表情へと変わって行く。
「ミルディア。確認するけれど、それ、本当に菩提樹ノ君である、“あの〟静咲の事を言って居るのだよね?」
「そうだけれど。」
ミルディアは、不思議そうにギルラスに言うと、ギルラスは、苦笑しながらミルディアに更に言う。
「それが、本当に菩提樹ノ君の本物の静咲つまり、我が弟の事を言って居るなら、君はやはり何よりも誰よりも、貴重な存在だ。」
「どういう意味ですか?」
「君は、菩提樹ノ君としての静咲、そして、君の前以外の静咲を知らない様だから、言うけれど、菩提樹ノ君であり、〟皆の静咲〟稀有な存在は、何時もまるでガラス玉の様に生気のない目をし、妖艶な雰囲気はあったけれど、誰とも口を利かず、微笑む事も無く、男女問わず、父でさえも、その身に触れる事を許さなかった。
触れようものならば、振り払い、嫌悪の表情を浮かべて居た。静咲はその地位も王と同等の為に、考えも誰にも話さないし、伝えもしない、勿論悩みすらも、不服も、誰にも言った事が無い。
それが、菩提樹の君、稀有な存在、あの我が弟、静咲だ。」
ギルラスのその言葉を聞き、自分が見てきている静咲とは全く真逆である事に違和感すら覚えるミルディア。
「違和感を覚えるのも、無理は無いだろうね。だから、先程言ったでしょう?樹天仙が本当に情を抱けるのは前世でも現世でも無論来世でも、一人だけだと。」
その言葉に、ミルディアは、まさかと言わんばかりの、驚きの表情を見せる。
「静咲は、自分自身で、気付いて居ないようだけれど、もう、君は静咲にとっても特別な存在なんだろうね。」
ギルラスは、薄く微笑むと、更に、続ける。
「更に言うとね。例えば、君に対し情を抱いて居ないと仮定したとしても、それだと、辻褄が合わない事があるのだよ?
もし、このまま、君の静咲に対する気持ちが薄いままだと、静咲はどうなると思う?」
「どうなるって・・・静咲さんが断ってくるだけの話じゃ。」
「やっぱり君何も知らないね。」
ギルラスはため息交じりにそう言うと、更に続ける。
「君が静咲を愛さなかった場合、そして、静咲の情が全く君に向けられていなかった場合、何方が欠けても、儀式は最後まで成り立たない。そして、言わせてもらうが、静咲は、君に求愛の儀式をした事で、容無き神の怒りを買い、どのみち死よりも苦しい道を歩むことになる。」
ギルラスは、苦笑しながらミルディアに言う。
「・・・え。」
その言葉に衝撃を隠せないミルディア。
「ほらね。あいつそう言う事は言わないんだよね。何でだと思う?」
ギルラスは、少し視線をミルディアからそらし、俯きながらさらに続ける。
「更に仮の話をしよう。静咲が仮に、君の事なんとも思ってないとして、君の言う、何か義務的な理由で儀式をしたと仮定しよう。
そこには、何の感情もなく、何の想いもない。仮にそうだとしたら君、今もうここに居ないよ。」
「どう言う。」
ミルディアは、その言葉に戸惑っていた。
「こう言い直した方が良いかい?」
ギルラスの鋭い瞳孔は少しだけ鋭く不気味になる。その言葉は、ミルディアの頭の中に響くかのように告げられる。
「君は・・・もう・・・この世に居ない。」
不敵な笑みを浮かべ更に続けるギルラス。
「何故この国の王、我らが父である静朔慈は、君を捕まえ、処刑しようとしたと思う?」
ギルラスは、首をかしげながら、ミルディアに問うが、ミルディアは、うつむいたまま答えない。
「求愛の儀式を取り消す簡単な方法。答えは、一つしかないでしょう?」
そう言いながら、ゆっくりとそのオフホワイト色の手を伸ばしながら、その言葉を口にする。
「君が死ぬ事だよ。」
そう言いながら、その赤く鋭く長い爪でミルディアの心臓部分を軽くとんとんと突く。
「この契約は、解除出来るの・・・ですか?」
ミルディアは、心底驚きながらギルラスに聞くと、ギルラスは、ゆっくりと頷きミルディアに答える。
「その為に、王はどの段階か君に聞いたんだよ。進みすぎると、解除できないからね。あぁ。君達はまだ第一段階のみの契約の筈だ。その証拠に俺から見る限り、静咲の魂惜を感じない。
つまり、君達はまだ、お互いの髪及び身体の枝の部分を切取りそれを装飾品にして、交換し合って居ないと言う事だ。まぁ魂惜を見なくても君、装飾品何も身に着けてないし御覧の通り君が、静咲から、こんなに離れても静咲は一向に気付いて追いかけてくる気配が無い。明らかに第二段階を終えてない証拠だね。最も、王も君の身包みを剥がしさえすれば、解ってただろうけどね。その段階の場合、いくつかの方法で、求愛の儀式、つまり求愛された事自体を取り消す事は可能なのさ。
けれどね、それには面倒な手順って物があるんだよ。」
ギルラスは、少しだけミルディアに顔を近づけ、ミルディアの瞳にはあの、深紅の瞳しか見えず、ギルラスがどんな表情で、説明しているのかわからなくなる。
「サンザーラに誓って言うが、仮に、静咲が君に何の情も持って居ないとするなら我が弟がとる行動は一つしかない。自らの命を延命させる為に、君を殺す事だね。」
再び元の位置に戻ると、その表情は柔らかい微笑みとなっていた。
「けれどね、先程、辻褄が合わないと言ったのはそこなのだよ。静咲は回りくどい事が嫌いな上に、兄である私が言うのもなんだが、冷血非道な所がある。それなのに、君に対して何の手だしもせずに、寧ろ君を大切にして居る。その時点で、私には静咲が君に対して何の情も抱いて居ないと言うのは、辻褄が合わないのだよ。」
「解らない、静咲さんは一体何を考えているんですか?」
「さぁね。何時でも、あいつの考えて居る事は、神のみぞ知ると言われて居る。俺達は、異母樹天だから、考えがお互い繋がって居て、見る物も繋がって居る事はあるけれど、未だに解らない事の方が多い。だから、菩提樹ノ君なのだよ。でも、静咲が歩んできた道ならば教える事は出来るから、知りたければ、おいで。」
そういうと、ギルラスは、立ち上がり、ミルディアに手を差し伸べる。
ミルディアは、何故かその差し出された手は嫌ではなく、自らの手をのせると、
その行動に一瞬驚き、優しく微笑むギルラス。




