エピローグ
レオナとグレンが元の世界に帰ってから、二ヶ月という月日が経った。
唯は暴露された恋心を、風間はグレンと出会った記憶を完全に失っているらしく、変な言動があれからは見られなかった。唯に限っては代用で入れられた別れの記憶のことを俺に話してきたが、上手く言葉を合わせておいたので何も問題はない。
風間も少しの間、学校に戻ってきたのだが、すぐに転校してしまった。
それはしょうがないことなので俺にはどうすることも出来ない。頼まれた立場としてはちょっと複雑な気持ちだったが……。
今日は卒業式だったため、午前中で学校は終わり、俺と唯は帰宅していた。
「はぁ、今度は私たちが最上級生かー。不安だなー」
「不安になるのは進学か、就職かだけで十分」
「それが一番考えさせられるよねー」
「宿命だからな」
「あーあ、なんか今日の卒業式見てたら、レオナさんのこと思い出しちゃったよ」
唯は目を真っ赤にさせながら、しみじみと呟く。
目が赤いのは卒業生から貰い泣きさせられたせいだ。
俺からすれば何が悲しいのか、分からなかったけど。
「あの時も泣いてたからなー」
「別れは悲しくなるものだよ」
「俺は泣いていないけど?」
「優ちゃんは冷たい人間だからね」
「そんなに冷たいか?」
「うん。あ、でもさ、あれからレオナさんから連絡ないの? 戻ることが出来たんだから、こっちに来る事だって出来るよね?」
「連絡ないな。つか、戻れたのって、あっちの世界に繋がる方法があったからだろ? こっちの世界に来る方法は別問題なんじゃないか?」
あの時は腕輪を出すために、レオナが設定した宝物庫に繋がるというバグみたいな方法があったせいだ。こっちでは物を取り出すような設定はしていないはずだから、『こっちに来る方法はない』と断言出来た。
あくまで可能性として『魔道』とかいうものが生きてたら別かもしれないが、そこまでしてこっちに来る必要もないと思っている。
やっぱり自分の世界が一番というのは誰だって同じなのだから。
「とか言いながら、レオナさんの部屋や服はそのままにしてるくせにー」
「もったいないからな。一応だよ、一応」
「だね。絶対に戻ってこない可能性がないとは言い切れないし……。ねぇねぇ、久しぶりにご飯食べていっていい?」
「あー、なんかあったっけ?」
「なかったら、買いにいかないとね」
「そうだな。ま、手料理にありつけるんだし、それぐらいはしないとな」
唯はこうやってたまに作りに来てくれるようになった。
レオナがいる時の名残みたいなのかもしれないし、イジメが解決した事で俺が心を開いたおかげで話しやすくなったからなのかもしれない。とりあえず距離が縮まった、と言っていいと思う。
俺としても意外と食費が浮くので助かっているのだ。
「あ、荷物はどうするんだ?」
家が見えてきたので、そう尋ねると、
「あ、置いていってもいい?」
とあっさり返事が来たので、俺は承諾して玄関のドアを開錠し、ドアを開けた。
「おかえりなさいませ、ご主人様♪」
「……」
ドアを閉めた。
レオナの話をしていたせいで幻覚を見てしまったらしい。
唯の方を確認すると、同じように驚いた顔をしていた。
同じ幻覚を見たようだ。
「ね、ねぇ。今、レオ――」
「いるわけないだろ。あいつは自分の世界に帰った。間違いなく、だ。いいな?」
「う、うん」
「さ、もう幻覚はないだろうし入るか。レオナのいた話をするものじゃなかったな、変な幻覚を見てしまうし。さ、もう一回開けるぞ」
幻覚を見ないという根拠は一切ない。
ただ、レオナが家にいるはずがないという現実から目を背けたらいけないことは確かなのだ。
あの時、ちゃんと別れの挨拶も済ませたのだから。
そして、再びドアを開ける。
やっぱりレオナがいた。
一回ドアを閉めた事により拗ねているのか、頬を膨らませている。
「なんでドア閉めるの!? せっかく出迎えしてあげたのに!」
「その前に聞きたい。なんでお前がここにいるんだよ! 魔王としての役割は!?」
「戻ってきたの! だいたい魔王って言ったって、幹部とかほぼ全滅してたし、そりゃ多少の魔物たちは生きてたけど、本能で動いてるようなところもあるから忠実とは言えないし……。っていうかさ、あっちの世界征服とかすでに興味ないから、こっちに戻ってきたんだもん! 文句ある!?」
「文句はないけど、そういうのは事前に連絡ぐらい寄越せよ! こんな風に出迎えられても驚くだけだろうがっ!」
「それが狙いだったんだし、驚いて当たり前だと思うんだけど?」
「レオナさん! おかえり!」
唯は俺を押しのけて、レオナに抱きついた。
言葉では現しきれなかったらしい。まさか、唯がこんな風に抱きつくとは思っていなかったけど……。
レオナは、いきなり抱き付いてきた唯をしっかりと受け止める。
「ただいま! 元気にしてた?」
「してたよ! もっと早く戻ってきてくれればよかったのに! クラスのみんなもいきなりレオナさんが戻っちゃうから、寂しがってたんだよ?」
「本当はもっと早く戻ってくる予定だったんだけど、ちょっと色々しててね」
「……ロクでもないことの間違いじゃないのか?」
「あー、間違ってない」
奥のリビングからエプロンを付けたグレンが現れる。
「ぶっ!? な、なんでエプロン付けてんだよ!」
予想外の姿に俺は思わず、噴き出してしまった。
エプロンを付けている時点で料理をしていた事は想像できたが、細マッチョに近い男がそれを付けると面白さしかない。
唯もグレンの様子をレオナの肩越しから見て、呆然としている。
ショックがデカかったらしい。
「料理を作ってたんだよ。これから、俺もお世話になるからな」
「はぁ?」
「レオナの監視役は必要だろ? それがレオナを殺さない条件でこっちに戻ってくる条件だったんだから」
「な、なるほど。……じゃなくて、なんで俺の家に居候決定なんだよ!? あ、レオナ! お前、また父さんたちに幻術かけたろ!」
「正解! 他にもかけたんだけどね」
レオナはあっけからんとした顔で即答した。
そんなレオナの代わりにグレンが頭を下げる。
「すまない。迷惑をかけないように気をつける」
「――俺以外の人に迷惑かけてるくせに。どうせ準備万端で来たんだろ?」
「まぁな。レオナも遠慮をしなかったからな、幻術を使うのに……」
グレンは遠い目をしていた。
その目がレオナの行動を止め切れなかったことを遠回しに説明してきた気がする。
だからこそ、レオナが何をしたのか、聞かないといけない気がした。
「何をしてたんだ?」
「そんなに大げさな事じゃないよ。高校の事務員として働けるようにちょこーっと幻術をかけて来ただけ。っていうから、まともにしてたら監視なんて出来ないでしょ?」
「その通りだけどさ」
「でも実際はさ、いくら、そうやって幻術で都合よくしてもスキルとしてグレンが覚えることもあるわけだし、そこに時間が掛かったんだよねー」
レオナはグレンの勉強時間に関してだけ、物凄く不満そうに語り始める。
それ以前の問題が、何の問題もなかったように。
ぶっちゃけ、問題だらけすぎて、どこでボロが出るか分からない怖さが俺には芽生えた。
唯もレオナが怖くなったのか、自然とレオナから離れて、俺の身体に隠れる。
「すまんな。こいつを見張るためにもこうするしか出来なかった」
「本当だよ。しっかりしてよね!」
俺は拳を握り、レオナの頭に思いっきり落とした。
遠慮なんかしない。
今まで迷惑をかけてきた人たちに比べたら、こんな痛みでは割に合っていないのだから。
レオナは俺の拳骨を受けて、その場に座り込んだ。
「痛いよ! 今回は私のせいじゃないじゃん! グレンが原因でもあるでしょ!? 年齢が年齢だからさ!」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ。レオナがやったことはほぼ犯罪だろっ! むしろ、犯罪で括っても大丈夫かすらも分からないんだよ!」
「うー! 優太のバカッ!」
「ったく!」
レオナの頭に手を伸ばすと、レオナはまた叩かれると思ったのか、目を閉じた。
しかし、俺のやりたい行動は叩くことじゃない。
撫でる事だった。
怒りたい気持ちもあるが、それ以上に伝えたい言葉があるから。
「おかえり」
そう言って、頭を撫でると、
「うん! ただいま!」
レオナは目を開けて、最高の笑顔を見せてくれた。
こうして、また俺は騒がしくも楽しい生活が再び始まったのだった。
この作品を最後まで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。おかげさまで最後まで書き切ることが出来ました。完結してはいますが、続編も書けるように終わらせました。続編は書くかもしれませんし、書かないかもしれません。正直、分かりません。
ただ、一人称に悩まされました。作品が作品だけに視点が変わっちゃうところを考慮しても難しくて、三人称にすればよかったと後悔した場面もありました。
しかし、本当に最後まで書き切れてよかったです。
最後までありがとうございました。
すでに次回作も書いております。良かったら、どうぞ。




