オラクル Ver. ヘルメス -6-
「あっちゃーショウのやつ、本気で機嫌悪ぃじゃん……」
アルがさりげなく陰に入ってきた。どこかに隠れたい気分はわかる。が、アヤノは我慢してその場に踏みとどまり、様子を見守ることにした。
「言いたいことはわかっている」
ダンテがまっすぐ向き直ると、ショウが難しげに眉根を寄せる。
「だろうとは思ったけど」
「俺はまだ『戻れる』。ならば、まず盾になるべきは俺だ。お前もわかっているのだろう」
「……」
「無論簡単に倒れはしない。その程度の判断力はあるつもりだが。そんなにも俺が信用できないか?」
「信用はしてる。だけど、万が一ってこともあるだろ。さっきは君ひとりが無茶をする場面じゃなかった。多少毒が散っても勝てたよ」
「それでは全員にリスクが生じる。現状を鑑みて、お前達と俺と、どちらの安全確保を優先させるべきだ?」
ショウは黙った。少しして、力なく息を吐いてから、ばつの悪そうな笑みを浮かべる。
「そうかもしれない、ね……君は正しいと思う」
「ああ」
「だけど、ダンテ」
表情は変わらないまま、声のトーンだけが落ちる。
「君を犠牲にしてもいいとも思ってないから。それだけは言っておく」
「……ああ」
「じゃあ……戻ろうか、みんな」
アヤノ達の方へ向けられた笑顔は、今度こそいつも通りのものだった。
ユーリが肩をすくめてさっさと扉の方へ歩き出す。苦笑混じりのショウが続けば、やっと空気が緩んでいった。
「先に行くわよぉ」
扉に触れたユーリが消える。2番目にいたのはショウだが、ふいと横にずれた。お先にどうぞという身振りにうなずき、アヤノは水色の扉に触れた。
……
…………
「あれ?」
あたりを見回し、思わず声を漏らす。
ここはどこだろう。ヘルメスの神殿とは違うような気がする。というか、間違いなく違う。こんな風にまっ暗な場所ではないはずだ。
「……なんで」
『ここにいるのかって?』
アヤノはびくりと肩をすくめた。
誰にともないひとりごとに応じた声は、どこかで聞いた覚えのあるような気がした。
『こんにちは。一応「初めまして」、かな?』
唐突に、スポットライトを浴びたように、“彼”は姿を現した。
ジリジリとノイズ音がする。輪郭がぶれてはっきりせず、凝視すると気分が悪くなりそうだったが、とにかくそれはヒトの形で間違いない。もっと言うなら、アヤノよりも年下の少年のようだ。
「誰」
『ぼく? 君たちと同じプレイヤーだよ。ただちょっと事情があって、運営の目の届かないところに潜って動いてる』
顔の部分が動いた。笑ったのだと認識したのは、相手がまた話し始めてからだった。
『会えて良かった。ずっと君と話したいと思ってたんだ。プレイヤー“アヤノ”』
「なんで?」
『最初の被害者だからさ』
「被害者……って」
『心当たりあるだろ?』
ある。が、彼が幻想症候群のことを言っているのか、そもそもアヤノのことをどこまで知っているのかわからない。
わからない――はずだ。
『やだな。知ってるよ? 君と、いっしょにいる仲間のことは大体のところ。見てたからさ』
見透かしたかのように“彼”は言った。アヤノは身を硬くする。
「あなた……誰」
『ん? だから、』
「名前は」
『うん? それは登録名っていう意味?』
「早く」
『――あ、そういやここでは名前が表示されないんだっけ。ごめんごめん』
相手は肩をすくめた。どことなくショウに似た仕草だった。
『それじゃあ改めまして。ぼくは“ファントム”だ。名前だけはそこそこ有名じゃないかと思うんだけど、どうかな?』
とっさに声が出なかった。ファントムといえば、噂の幽霊ではないか。
本物なのだろうか。――なぜ、こうしてコンタクトを取ってきたのだろうか。他でもないアヤノに。
目を見開いたままでいると、彼はゆっくりと歩み寄ってくる。楽しげに、かと思いきや、近づいてみると表情はそれほど明るいものではない。
『で、話の続きをしてもいいかな? えーとどこまで……ああそうだ。ぼくはしばらく前から、このゲームにおかしなところがあると思って調べててさ。ちょうど、関係あるんじゃないかってプレイヤーを見張っていたところで、君が“幻想症候群”になってさ?』
「え」
『だから忠告したでしょ。「気をつけろ」って』
思い出した。ほとんど忘れていたけれど。いつだったか、“ファントム”の名で送られてきたメッセージ。
それと今の話を合わせると、見張っていたプレイヤーというのは、もしかして――
『そう。“ショウ”のことだよ』
息がかかるほど間近で、ファントムの緑色の眼が細まった。
第6章 了




