オラクル Ver. ヘルメス -5-
あれは生き物じゃない。カサカサ動く黒い紙細工だ。
と、無理やり自分に言い聞かせながら、アヤノはユーリと別方向の虫型に向かって駆けた。
正面から刺す。衝突の勢いも合わせ、刃は虫の頭部を深く貫く。それを横に引き斬った。確かな手応え。足が止まりきる前に黒い虫は消滅した。
「やった!」
「こっちもよぉ」
「おっ……こんにゃろ、逃げんなよ!」
立て続けに銃声が轟いた。アヤノはちらりとふり返る。それなりに足の速いネズミも黒虫も、アルは確実に捉えて仕留めていく。
その難易度は魔法を修得してやっとわかったところだ。狙いの早さ、正確さは、アヤノよりもずっと長く訓練して得た成果なのだと思うと、素直に尊敬の念が湧いた。自分もまだまだがんばらなければ。
「すまない! 打ち損じた!」
ダンテの声は突然だった。間を置かず視界に白いもやがかかる。同じことが何度かはあった。これは、キノコの毒胞子。
「仕方ない、大丈夫! 生命力残量だけ注意して!」
気に病まない程度に気にしておけばいいと、ショウは何度か言っていた。だからその通りにする。このくらいのダメージは心配いらない。
次の敵は。どこにいる。
「右に出んぞアヤ!」
「ん!」
身を翻し黒陽炎に向き合う。もうこうなったら相手がネズミだろうとGだろうとどうでもいい。
動き出す前に刺しに行く。下手に構え、刺した姿はネズミだった。そこでふと背後の気配に気づく。とっさに飛び退くと、大蛇がネズミの首に食いついて大きく首を振り放り投げた。
「みんな伏せて!!」
息つく暇もなく床に伏せ、その背中に軽い衝撃を受ける。強い風に煽られるような感覚はボスの魔法攻撃か。
「あっ!?」
ショウの慌てた声にはっと目を上げる。と同時に。
『魔法:プリミラ』
防御ではなく攻撃魔法が放たれた。視界の端に映るパーティメンバーの生命力ゲージが、ひとつ、一気に落ち込む。
「何してるんだダンテ!!」
「キノコを潰した。残数、1」
「!」
風がやんだ。跳ね起きたアヤノは頭上を、最後に残った巨大蝿を睨み上げる。
「ダンテは下がって回復! アヤとアルは待機! ユーリ、魔力は?」
「まだ残ってるわよぉ」
蝿の羽音がひときわ大きくなる。来る。ショウが、長剣の柄を握り直した。
「じゃあ……行こうか」
回復のために下がったダンテ以外、4人が一斉に散った。
直後、蝿は勢いよく旋回した。大きく円を描いてフィールドを一巡し、元いた場所に戻ろうとする。
「ユーリ!」
『魔法:ソーク!』
突風が薄い羽を煽った。バランスを崩した蝿が高度を落とす。
即座にアルが撃つ。その横から飛び出したショウが横一閃に薙ぎ払う。
アヤノも2人に続いた。とっさの思いつきで、まっ赤な複眼に斬りつける。――まだ落ちない。横っ飛びに距離を置いて見回すと、次の攻撃準備に入るショウが視界の端をかすめた。
「っらあああ!!」
ここからは見えないところでアルが雄叫びを上げる。銃声。蝿の身体ががくりと揺れたから、きっと当たったはずだ。
「いく!」
「オーケー!」
返事があった。ショウが援護してくれる。信じて、アヤノは高く跳んだ。
「首のうしろだ、アヤ!」
羽のある背中は自分の真下。両手で柄を握り、振り下ろした。
少しだけ狙いがずれた。決定打には至らない。が、文字通りの援護射撃音と詠唱が聞こえた。
『ヒドラ!!』
着地したアヤノは、背に重いものの落ちる衝撃を感じた。
勝った。らしい。
「カウンターは」
「……ゼロのままのようだ。他に気配もない」
ふり返ると、大きな黒いからだが形を崩しだしている横でショウとダンテがうなずき合った。
問題ないようだ。今回は安心して帰ることができそうだった。
が――
「ダンテ」
ひとつ息を吐いてダンテに目を向けたショウは、静かに怒っていた。




