クラック -3-
もうひとつ、別の連絡方法が必要だ。
日向亮司は内心で頭を抱えつつその方法を検討していた。いくら協力者であろうと、“テオス・クレイス”運営内部事情でプレイヤーに知られたくないことは少なからずある。本来無関係な一般プレイヤーである“ダンテ”を介する通信はうまくない。候補となる手段は一応あって、あとはどうやって彼へ伝えるかが当面の課題だった。
「なあショウ……お前には一体、何が見えてるんだ……?」
栄養チューブに繋がれベッドで眠っている甥っ子を見下ろし、つぶやく。
自発的な呼吸はある。が、こちらの呼びかけには一切応えてくれない。医者も首をひねって様子を見るほかないと言うばかり。心当たりを尋ねられて“本人の言”を答えていないのだからこちらも非協力的だが――いやしかしこんな話を信じてもらえるかどうか――しかし――
彼は頭を振って立ち上がった。じっとしていては悪いことばかり考える。さっさと動こう。動いてどうなるものかはわからないが。
また来るからな。
言い置いて病室を出ようとしたところで、ふといやな気配を感じた。
「……これは……!?」
ふり返った瞬間に彼が見たものは。
まるで見えない刃物で切られたように、ぱくりと開いた甥っ子の腕の傷だった。
「っつつ……」
「ご、ごめん、ショウ」
3度目のバトルフィールドで、ショウは久々にダメージを負った。というのが、まだアヤノがG型モンスターに怯んでうまく動けず、それを庇ってのことだった。敵もだいぶ強くなってきているし、言ってみれば不可抗力なのだが、今もアヤノからものすごく申し訳なさそうな視線を向けられている。
「大丈夫だよ。僕もちょっと油断してたかな、ごめん」
「ショウ」
ダンテが歩み寄ってきて宝剣を上げた。ショウもおとなしくその場で待つ。現状、アイテムより魔法の方が回復効率がいい。
『魔法:セラピア』
ダメージ量自体はそれほどでもなくすぐに全快する。それで、この後どうしたものかと思案しかけた時だった。
メッセージの着信音が響いた。ダンテが手早く画面を開き、「お前にだ」と手招く。横からのぞき込み叔父から来た文章に目を通すと、そのうちに、自然と顔が強張るのがわかった。
「どうしたの」
「悪い知らせでもあったのかよ?」
「悪いというか……うん、まあ悪いのかな」
ショウは心持ちうつむいて、考え考え、ゆっくりと話し出す。
「確認したいことがあるって。さっき僕が、ダメージを受けなかったかどうか」
きょとんと瞬いたアルが、次いで思いきり眉根を寄せる。
「なんでそんなこと知ってんだ?」
「あっちで、僕の“本体”が怪我をしたっていうんだ。でも傷はすぐに塞がったって。ちょうど治療魔法で治してもらったみたいに」
「……詳しく説明してもらえるかしら?」
ユーリが腕組みをする。アヤとアルは怪訝そうに顔を見合わせ、先にメッセージを目にしていたダンテは押し黙ったまま、宝剣を握る手に力を込めた。
「簡単に言うと……“幻想症候群”の深度が上がってるんじゃないかってこと」
おそらくだが、ショウの中で仮想と現実との境界が曖昧になりかけている。意識がこちらでのダメージを『傷』と認識して現実の身体に反映させた――そういうことだと思う。
「一瞬のことだったから、叔父の他に誰も見てないし、本人も幻を見たんじゃないかって感じらしいけど」
「って待て待て。それぁつまり、ひょっとしたらオレ達も……ってことか?」
ようやく呑みこめたらしいアルの表情が曇る。ショウは控えめにうなずいた。
「うん。同じ事が起きてるかもしれない」
「今一度、肝に銘じよう。万全の態勢を整えつつ行動し、可能な限り敵の攻撃を受けぬようにしなければなるまい」
ダンテが低く締めくくる。微かな波音さえ届くような沈黙と、重苦しい空気が漂った。
ともかくとショウは気を取り直す。叔父に返信をしなければならない。ダンテにそれを伝えようと口を開きかけた。
再びの着信音がそれを遮った。ところが見上げたダンテはかぶりを振る。同時に「あら」と声を上げたのはユーリだった。
「私だわ」
「珍しいね?」
「変ね、メッセージ送ってくるような人なんて――」
自分の画面を確認したユーリが、ほんの一瞬、息を止めた。
しかし本当に一瞬のことで、次に口を開いたときにはいつもの気怠げな雰囲気だ。
「何かしらね。イタズラみたい」
「悪質なやつ?」
「それほどでもないわ」
ユーリはさっさと画面を落とした。それを一瞥してから、ダンテがアヤノとアルに向き直る。
「提案する。このステージの概要はわかった。一度前ステージへ戻り、2人が“魔法”を獲得してから進むべきだ」
それはショウも考えていた。身を守るための手段は多い方がいい。うなずき、同意を求める意味でアヤノとアルを見ると、2人もうなずき返してくれた。アルが若干面倒くさそうではあったが。
「魔法が手に入るには、まだもうちっと能力値溜めねーとなんだけどなー。まあしかたねーよな……」
「寄り道させて悪いね」
「早く獲って、早く戻れば、それでいい」
アヤノがたのもしく言い切った。澱んでいた空気に、ようやく風が吹き込んだような気がした。
――なんなのかしら、一体……
にわかに息を吹き返したような他の4人を眺めつつ、ユーリはそっと眉をひそめた。
先ほど届いたメッセージを思い出す。さっきああ言ったものの、実際イタズラかどうかは定かでない。それより気になるのは差出人だ。
ほんの短い文章の最後に記された名は――『ファントム』。
あまり人の噂を気に留めないユーリでも、それが巷で噂の“幽霊”を指すことくらいは知っていた。
第6章2節 了




