二話 村の寄合所
「ふざけるな!」
――ドンっ
何度目だろうか、村の寄合所に怒号と机を叩く音が響いた。
「トラン! お前はこの村を見捨てるつもりなのか!」
「なぁヴァレリウス、何度言ったらわかるんだ。この村の戦力では太刀打ちできない規模にまで膨れ上がっている。王都に支援を要請するべきだ」
「それで助かった後はどうするつもりだ! 王都からの多額の依頼金を毎年払い、蓄えのないこの村はどうなる! まずは俺たちでやれることを考えるべきだろ!」
「だから、この村にやれることはもうないと何度言ったら――」
「そんなこと...やってみなければわからないだろ――!」
◇
「あーあ、ヴァレさん完全に頭に血が上ってるよ」
シアが乾いた笑いを含んで言った。
「あれは駄目だね。あぁなったら父さんは引かないよ」
僕らを連れ帰ったおじさんは、その後すぐに村の寄合所へと向かった。
そして、村の役人と警備部隊の隊長たちを集めて会合を始めた。
そこには、小隊長である僕の父さんもいて先ほどから言い合いを繰り返している。
「でもさ、パパとおじさんが喧嘩するなんて珍しいよね? いつも仲良しなのに...」
シアは少し心配したような顔で遠目に言い合う二人を見る。
「それだけ今回は危険なのかもね」
魔王が侵攻を始めてから今年で七年だ。
すでに数えきれないくらい、村や街が滅ぼされている。
この村にも三年前、魔物の侵攻があったばかりだ。
その時は警備部隊の兵士だった父さんが先陣を切って魔物を倒した。
その功績を評価されて、一般兵士から小隊長になったのだと、村の人から聞いたことがある。
「大丈夫なのかな...」
シアが心配そうに聞いてくる。
不安にさせてしまっただろうか。
「大丈夫だよ。もしもの時は......僕がなんとかする」
「そうだよねっ! リアンの魔法があれば大丈夫だよねっ!」
「ちょっ、声がでかいって」
僕は慌ててシアの口を手でふさいだ。
「父さんたちは...」
大丈夫か、と思ってチラと見ると、向こうでは人だかりができていた。
何人も人が集まって熱い議論を交わしているせいか、こっちの声は全く聞こえていないみたいだった。
「はぁ...」
「んぐぐぅんぐぅ」
シアがモゴモゴと何かを言って睨んでいる。
「あっ、ごめん」
「ぷはぁっ、そこまで必死に隠す必要あるの? 別にパパたちはリアンのこと魔族なんて言わないと思うけどなー?」
「父さんたちが言わなくても村の人がそうとは限らないでしょ」
できるだけ危険は避けるべきだ。
「リアンは人を頼ることを覚えるべきだね」
言い放ったシアはなぜか、むふーっと自慢げだ。
「おじさんの真似?」
「パパいっつも言ってるもん。『リアン君はもっと周りを頼っていい』って。もしかしたら、もうバレてるかもしれないし」
「そんなことは...」
ない、と言い切れないのがおじさんの怖いところだ。
あの人は父さんと違って察しが良いし、人のことを良く見ている。
シアが約束を破って、一人で森に入った時なんかは既に森でシアを待ち伏せしていたくらいだ。
いや、それはシアがわかりやすいだけかもしれないが。
「別に、リアンが隠したいって言うならいいけど。どうせあと一週間なんだし」
「そっか」
あと一週間か。
洗礼の儀式さえ終わってしまえば、僕が魔法を使えても不思議ではなくなる。
――はぁ
ふとため息が漏れた。
結局、最後まで魔法を使うことをやめられなかった。
そもそもシアに魔法のことを話したのが間違いだった。
けど、こんな秘密を一人で抱え込んでいたらと思うと恐ろしい。
なんだかんだでシアの能天気さには救われていた。
――ガサガサ
などと考えているうちに、シアはおもむろに箱から積み木を取り出して、三列ずつ縦横、交互に積み始めた。
もう遊び始めるとは、相変わらず切り替えの早いことだ。
◇
「――ねぇリアンは洗礼のお祈り何にするの?」
「え...?」
シアは積み木をトントンと指でつついて押し出し、突き出た先をつまんで引き抜いた。
器用に積み木の塔が崩れないように引き抜いている。
「だからぁ、洗礼の祈りだよ」
「あぁ...」
洗礼の儀式の時に何かお祈りをするんだっけ。
お祈りと言っても、確か今後の目標とか抱負的なやつだったはずだ。
要は自分の人生をどうしていくかを、成人したこの時期に考え直すきっかけ作りだろう。
「えぇ...もしかして考えてないのー?」
「か、考えたよ」
「うそだね」
「うっ」
僕はそんなにわかりやすいのだろうか。
まぁいい、適当に話をはぐらかすか。
「シアは考えてるの?」
「わたしー? 私はねー、決めてるよ」
シアは僕から目を逸らし、積み木を眺めながら言った。
そして、見定めると積み木を指で突いて、引き抜いた。
「そうなんだ。意外とちゃんとしてるんだな」
「えっ、意外と?」
やべっ声に出てた。
「いや、なんでもない」
「うん、そうだよね」
危ない、シアの機嫌を損ねると面倒なことになるからな。
しかし、今どき洗礼のお祈りなんて真剣に考えている人の方が珍しいだろ。
大体の人が億万長者になりたいとか、健康に過ごしたいとか、そんなありきたりなことを祈っている。
「リアンってさ。本当に信仰心がないよね」
シアが呆れたように、僕を見つめる。
洗礼の儀式は、もともとイスト教で行われていた成人を認める洗礼行為だった。
それが、イスト教が世界的に広まったことで一般的に行われるようになり、僕らの村でも毎年の恒例行事になっている。
だからイスト教の信者でもないのに、僕も洗礼の儀式を受ける羽目になっている。
全く、いい迷惑だ。
「そんなことないよ」
「ほら、そういうとこ。絶対に思ってないでしょ」
シアは「まったく...」とため息をつきながら完全に僕から意識を積み木に移した。
仕方ないだろ。
だって神様は三年前の侵攻時、母さんを助けてはくれなかった。
信仰すれば神の祝福を授かる?
なら、なんで敬虔な信徒だった母さんが死んで、信仰心のかけらもない僕が生き残ったんだ。
神様が許しを与えれば魔法が使えるようになる、という話も僕は信じていない。
もしそうなら、なぜ僕が魔法を使える?
間違っても気づかないうちに僕が許しを受けた、などということはないだろう。
神様がどういった存在か知らないけど、僕の心の底に煮えたぎる憎しみに気づかないほど、無知蒙昧ではないと信じたい。
母さんはそんなものに縋って命を落とすような、愚かな人ではなかったはずだ。
***
「――アン、起きろ」
肩を揺さぶられて僕は体を起こす。
「ん......」
目をこすって周囲を見渡すと、ろうそくに火が付けられ寄合所が火の光で淡く照らされていた。
寝ていたのか。
気づけば真っ暗になっている。
「......帰るぞ。準備しなさい」
僕の隣に立つ父さんはとても疲れ切った表情をしている。
こんな時間になるまで話していたのだろうか。
もう、いつもの元気は残っていないみたいだった。
「うん......お疲れ様、父さん」
「あぁ、本当に疲れたよ......早く家に帰ろう」
◇
僕が父さんと一緒に寄合所の出入り口に行くと、外にシアとおじさんがいた。
「あ、リアンっ! 遅いよっ!」
「え、待ってたの?」
「当たり前じゃんっ! だって明日から準備で、洗礼の儀式の日まで会えなくなるんだよ?」
あぁ、確か近くの街から神官様を呼んで、いろいろ準備をすることになるって父さんが言っていた気がする。
「ねぇー、また忘れてたのー? いくらなんでもやる気がなさすぎるよっ」
「ごめんごめん」
「もぉー。しっかりしてよね、私たちはもう大人になるんだから――いてっ」
すると、おじさんがシアの頭を少し小突いた。
「調子に乗らないっ」
「あははっ」
「もう、パパっ」
「リアン君、今日はシアの相手をしてくれてありがとう」
「ううん」
「ヴァレリウスも、今日はありがとう。問題についてはこれから解決していこう」
「先送りには——いや、なんでもない...そうだな...」
父さんはまたしても食って掛かろうとしたが、その気力もないのかすんでのところで言葉を止めた。
「今日はもう遅い。気を付けて」
そう言って、おじさんは拗ねているシアの手を引いて歩き出した。
僕と父さんが黙って二人を見送っていると、突然シアが振り返った。
「リアン――! お祈りちゃんと考えるんだよっ! あと、今日はありがとうっ! またねっ!」
村中に聞こえるんじゃないかと思うくらいの声量でシアは叫んだ。
「わかった! 僕のほうこそありがとう! また!」
僕もシアに負けないくらい声を張り上げる。
すると、暗くてよく見えないがシアがまたおじさんに小突かれたのが見えた。
「リアン、もう夜更けだ。大きな声を出すのはやめなさい」
「あ、ごめん父さん」
「帰るぞ」
本格的に疲れがたまってそうだ。
「父さん、今日は僕が夕食を作るよ」
「悪い...リアン」
「いいよ」
そうして、僕らも家へと歩き出した。
洗礼の儀式まで一週間。
僕が自由に魔法を使えるようになれば父さんのことも助けられる。
もう、父さん一人に頑張らせはしない。
母さんが死んでから、父さんはどうにも死に急いでいるように思えてならなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もし、「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブクマとポイント☆☆☆で応援していただけますと大変励みになります!
評価や感想もいただけると嬉しいです!




