#23 これまで通りの朝とこれからのいつもの始まり
お前が上手くやっていればもっと穏便に済んだんじゃないのか?
うるさい。あれがギリギリだったんだ。
そもそも、何を根拠に偉そうな口を聞いてそこにいるなどと宣ったんだ。お前なんて明日には居ないかもしれないのに。無責任な約束にも程がある。
それでも笑ってくれたんだ。嘲笑であったとしても、僕にしたら上出来だろう。
存在しているだけで迷惑をかけるお前が、罰すらまともに受けられないお前が、何を残せると言うんだ。
僕だって、消えられるなら消えたいさ。ただ、それを許してくれない人がいるんだ。
――最大限の感謝を――
ああ……
眠れないままに無駄な自己問答を繰り返していた頭を叩き起こして、水を飲みに行く。
時計は朝の4時を指している。今からでも何とか寝られれば、昼前には起きられるだろう。
「あ、今日学校じゃんよ……」
「あ、才人くんおはようございます」
「進藤クンおはよう」
いつも通りの時間に教室に着くと、ラブの席に当然という顔で真恋が座っている。あと横には当然常田さんもいる。
「……おはよう。俺はHRまで少し寝る」
「そうですね、すごいクマしてます。駄目ですよ、寝ないと」
染みになってしまいます。と真っ当なことを言ってきてくれる真恋。
あんなことになった昨日の今日だが、さすがに少しこちらを見てヒソヒソと聞こえてはくるが大人しいものだ。
「あ、昨日は久しぶりに寝る前の通話をしませんでしたからね。眠れませんでしたか?」
「え、あんたらって、そのレベルの仲なの…?」
「誤解だ。そこまでの頻度じゃないし、内容も普通だぞ」
実際11時くらいに真恋からメッセが来てやり取りはするが、通話は3回に1回とかだ。
……まあ、通話したときのほうが寝つきがいいのは黙っておくことにする。
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
悪魔がおるわ。
「そういや今日、特別全校集会するんだって。なんでも、自分と違う個性の人への中傷について。って内容らしいよ」
「それはまあ、なんとも珍しいことで。何かあったんだろうかね」
白々しくため息をつき、机に突っ伏す。
今日は身体測定やスポーツテストが主だったはずだから、学校的にも時間を使いやすかったのだろう。
(しっかし昨日事が起きて、今日全校集会とは。何人寝てないんだろうな)
俺もあんま寝てはいないが、理由が全く違う。
「あらあって感じですよね。私たちは別に出なくとも良さそうなものですけど」
「いや、あんたら居なかったら特定個人が簡単に特定できちゃうでしょ」
「まあこの内容だと、俺はともかく真恋についてなのは全校生徒思ってそうだが」
言い換えてはいるが、人種か、障害くらいにしか見えない文章なのはもはやしょうがないことなのだろう。
自分でも、別に良い代替案は浮かばないしな。
そこまで考えたところで、予鈴が鳴る。
「セーフぅ!」
「セーフだな!まだ予鈴だ!」
「半分アウトだろ、もうちょい急いでこい」
一応予鈴までに学校の敷地内に入っていたら遅刻扱いにはならないが、移動教室の授業に遅れるのはあり得る時間だ。
「いや、ラブがおにぎり買いたいって言い出して…」
「朝ごはん食べてなかったんだもぉん」
いつもより少し騒がしい朝が過ぎて、朝のHRが始まる。
「うーん、なんかよく分かんない集会でしたねぇ」
「まあ、一日ででっちあげたにしてはそれなりだったんじゃないか?」
全校集会は20分程度の短いもので、内容も「校内で勝手な噂を流すのはやめましょう。相互理解に努めましょう」といった、至極まともで面白みのないものだった。
そして、俺と真恋は当事者として話を聞くために空き教室に呼ばれている。
昨日は言い終わったあと、速攻学校を離れたからなあ。
勇気に担がれて、だけど。
「才人くん、冷房強くしてもいいですか」
「ああ、肌寒いくらいでいいぞ」
体育館に少し近い、今は部活動にしか使われていない第2情報教室。
てっきり職員室で詰められるかと思っていたけれど、静かな方でやってくれるらしい。
「すまない、お待たせしたな」
勇気よりも背の高いゴツいガタイの教師が入室してくる。
1組の担任で現代社会科の日田先生だったかな。
昨日のあのときにも、途中から様子を見に来て最後までウダウダ言っていたやつに何かしら言っていたのを覚えている。
「いえ、それより何を話したら良いんです?」
正直普通の授業ならともかく、身体測定を潰されても嬉しくともなんともないので早く終わっていただきたい。
「ええ、私たちは被害者ですのであの方たちを詰めればよろしいのでは?」
あの方たち。あのとき教室にいた内の扇動していた3人と、元より噂を流していたとして教師にマークされてたらしい2人を加えた5人。
中には真恋と同じ中学のやつもいるようだ。
真恋は顔もよくわからないと言っていたが。
組はバラバラだけど、真恋の噂を流すうちに緩くつながり、より過激な噂を広めたほうがえらいという幼稚な競い合いをしていたようだ。
これらは全部昨日の夜に勇気から送られてきたものだけど、あいつ数時間でどこまで調べてるんだ…?
「あいつらはいま職員室で、生徒指導の先生と学年主任と校長の3人で聞き取りをしているよ」
錚々たる面子だな、ほとんど総戦力じゃないか。
「あら、だからこちらは日田先生だけなんですね」
「そういうことになる。そして、こちらから聞きたいことは正直あんまり無いよ」
「ええ…じゃあ何で呼ばれたんですか」
「聞きたいことはないんだが、一応教室という場を騒がせたのは事実だからな」
なるほど。噂の内容は教師側も知ってるし、起こったことも日田先生はその場にいたから知っているものな。
「だから本題はこっちだ」
教壇でこちらの視線に合わせるように背中を曲げていた日田先生が、スッと姿勢を正す。
次の瞬間、その身体は90度に曲げられていた。
「この度は、本当に申し訳ございませんでした。本来ならば、我々教職員が正さなくてはならない虚偽の噂の流布、それの対処を当事者にしてもらうことになってしまったのは、ひとえにことを軽く見ていた我々の認識不足と甘えに他ならない」
一息に、姿勢も微動だにせず述べられた謝罪。
子供相手だからと誤魔化すような言葉は一切なく、伝えるべきをまとめた謝罪だ。
そのままたっぷり30秒ほど頭を下げていた先生が、やっと顔を上げた。
「大人のやるべきことをさせてしまって、すまない。特に君たちについては気にかけてはいたんだが、対処が遅れてしまった」
「まあ、仕方がないんじゃないですか?私と才人くんが仲良くなったのって休み中ですし」
「学校内で話したのは、ほぼ昨日が初めてくらいだもんな」
シャイですからねえ。とクスクス笑う真恋に日田先生が目を丸くしている。
……分かる。
「でも、君たちが仲良くなれてて良かった。先生には話しづらいことも、障害…人と違う個性がある同士なら相談し合えることもあるだろう」
「いやでも俺、他に障害者がいるって真恋に漏らしたのは今でも少しどうかなって思っていますよ」
「それは…返す言葉もない」
シュンとしてしまった先生を見て、真恋が笑いだしつられて俺も笑ってしまった。先生も笑って、それで俺たちの呼び出しは終わった。
「今からでも身体測定行けるようにはしてあるから、行っておいで」
「はい。ありがとうございます」
二人で返事をして、教室へと戻る。
「まさか、謝られるとは思ってなかったな」
「そうですか?私は、多分そうだろうなと思っていました」
想像より丁寧でしたけど。と、どこか慣れたように言う真恋はきっと何回かこういうこともあったのだろう。
「普通の授業が潰れるんなら、万歳なんだがなあ」
「私は身体測定じゃなくてスポーツテストの時間にしてほしかったです。記録係をずっとやらされるのって、疲れるんですよ」
愚痴をいう真恋とその場を別れ、着替えて体育館へと向かう。
寝不足で最悪だった頭は、少しだけマシな気分になっていた。
で、身体測定のために、他の生徒より30分ほど遅れて体育館に来たわけだけども。
「さあ、才人くん。頑張って回っていきますよ!」
いや、そりゃそうなんだよ。他の生徒はみんなかなり先に行ってしまっていて、ここでやることが残っているのは三割ほど。
それ以外は保健室での視聴覚テストや、外でのスポーツテストに移っている。
「スポーツテストが身体測定からシームレスなのいいですね!私が記録係固定になりません!」
「そうだな…俺的にはどっちでもいいけど」
だから俺と真恋が二人で回ることになるのは、当たり前なんだが。
異常にテンションの高い真恋が、俺の隣に立って進んでいく。
当然、周囲の眼は遅れてきた変な二人組に向くわけで。
視線が痛いんですけど。
やっぱさっきの呼び出し、普通の授業か集会中の方がよくなかったですか!?
ここから才人編です。
いきなりめんどくささを発揮する主人公。




